デバッグアルバイトのお仕事(1)
人生は、クソゲーだ。
仕事の合間、苦いコーヒーを飲みながら、竹部秀夫は小さく呟いた。
顔も成績も普通。運動もあまり得意ではない秀夫は、小学校から高校まで特に目立つことなく、モブ的に生きてきた。
大学に入れば彼女ぐらいできるかなと思い、一浪して中堅の私立大学に入ったが、特に楽しいイベントが起こるわけでもなく……
――やめた。 ここで俺の地味な人生を語っても仕方ない。
その後、なんやかんやあって、今は32歳。 デバッグアルバイトの仕事をしている。
◇
デバッグというのは、ゲームのバグ……つまり、不具合を見つけ出し、開発者に報告するという仕事だ。
よく「ゲームを遊んでお金をもらえるなんて楽しそうでいいね」と言われることも多いが、仕事なので決して楽しくはない。 基本的には、地味で単純な作業の繰り返しだ。
もうひとつ「ゲームが上手じゃないとできない仕事なんでしょ?」と聞かれることもよくある。 これは半分だけ当たっている。
確かにゲームが上手い方が重宝される。 しかし、下手な人向けの仕事もたくさんある。
俺も正直、あまりゲームのスキルが高い方ではないので、テキスト系のチェックをすることが多い。 誤字や、正しくない表現、ストーリーの矛盾などを見つけて報告するという、『校閲』のような仕事を得意としているのだ。
◇
このデバッグという仕事、昔はゲーム開発者が自分たちで行っていたらしいのだが、今は分業化され、デバッグだけを専門に請け負う会社が複数ある。
俺が働いている『ナッシング・トゥ・ルーズ』もそのひとつだ。
「ひでぉっさん、今日は『始まりの森』のチェックをヨロシク!」
今、俺に指示を出しているのはリーダーの二階堂主任。 正社員なので、年下だけど俺の上司だ。
陽キャっぽく振る舞ってはいるが性格は陰湿で、今も俺のことを「ひでおさん」ではなく「ひでぉっさん」と呼んでいる。 わざと微妙な発音をして「おっさん」呼ばわりをしているのだ。
一度抗議したが「え? 下の名前を『さん付け』しただけですよ?」と、半笑いでごまかされた。 おそらく、30過ぎてもアルバイトとして働いている俺を見下しているのだろう。……まぁ俺自身、他人から尊敬される要素ゼロなので、あまり文句は言えないのだが……
……というか、32歳っておっさんなのだろうか?
自分としては、まだまだ若いつもりでいるのだが、この会社はアルバイトが10代後半中心で、社員のほとんどが20代のため、30代の俺が若干浮いていることは確かだ。それは認める。
だがしかし、世間一般から見たら32歳の俺は若者に分類されるはずだ。 なので、おっさん呼ばわりされるのは妙に腹が立つ。
……と、こんな感じで上司は最悪だが、デバッグの仕事自体はそれほど嫌いではない。 単純作業は性に合っているし、何よりひとつの作品がどんどんできあがってゆくのを見るのは楽しい。
俺はさっそく二階堂主任の指示通り『始まりの森』のチェックを始めることにした。
「さぁ、デバッグの時間だ!」
そう心の中で気合いを入れ、俺はゲームのコントローラーを握る。
目の前のディスプレイには、3Dで表現された『始まりの森』のマップが広がっている。 木漏れ日が差す美しい森だ。 名前の通りゲーム開始後、最初に敵と戦うのがこのマップだ。
今デバッグをしているのは、年末に発売される予定の『セイクリッド・ハートランド4』というゲームだ。
山田疾風怒濤という変な名前の有名クリエーターを前面に押し出した本格派のRPG作品だ。 俺はあんまり好きではないが、世間的には結構人気があるらしく、これでシリーズ4作目だ。
ただ、タイトルが長いので『セクハラ』と略されてしまい、せっかくの本格派RPGテイストが台無しになってしまっている。 (逆にそれがネタ的に話題になったため、売れたのだという説もある)
しかし、さすがに略称が『セクハラ』というのはまずいので、公式は『SH』という略称を定着させようとしている。(あまり定着はしていないが……)
「おっと、仕事中だった。集中しなければ……」
気を取り直した俺は、開発機に繋がったパソコンの「Ctrl」+「Shift」+Zでデバッグコマンドを起動する。 もう体に染み付いているので、キーボードを見なくてもできる動作だ。
デバッグコマンドというのは、通常では実行できない開発者専用の機能だ。
例えば今みたいにマップをチェックする時、魔物が出現してしまうと時間がかかってしまう。 興味本位で戦っていてはキリがない。
こういうときは、デバッグコマンド【ENTRY_OFF】を使えば、敵が出現しなくなるのだ。
このコマンドを使って、マップの繋がりや、宝箱の位置と中身などが仕様書通りに実装されているかを確認する。 開発も終盤なので、もうほとんど大きなバグは取り切った感じだ。
1時間ぐらいかけて、軽微なバグと要望をレポートにまとめた時――それは起こった。
グラグラグラッ!!!
突然、ビルが大きく揺れ始める!
それと同時に、会社中の携帯が一斉に緊急地震速報の不穏なメロディを奏で始めた。 ウチの会社はスマホゲームのデバッグも請け負っているので、実機もたくさん置いてあるのだ。
地響きと破壊音。悲鳴と怒号。 そして50台近いスマホの警報音……それはもう地獄絵図だった。
そして最悪なことに――デスクに積み上げられた大量の資料本が、俺の頭上目掛けて雪崩落ちてきた。
「ぐはっ!!」
激しい衝撃。 痛みを感じる間もなく――俺は気を失った。




