王都、そして勇者の儀(3)
……すっかり寄り道をしてしまった。 宿の一室で、俺とアネモネは深く反省していた。
そもそも王子の『賜剣の儀』が行われる日まで、二人でスタンピードに備えようという話だったはずだ。 店の名物メニューとか作っている場合じゃなかった。
ただ、帰り際に店のオーナーがやってきて、俺たちに結構な重さの金貨を持たせてくれた。
その足で宿屋に向かい、今いる部屋を長期契約したというわけだ。 いつまでもウィル王子の隠れ家にお邪魔しているわけにもいかないからな。
今回借りたのは、ヴィラのような一棟貸切タイプの小屋だ。
1階は広いダイニングとキッチンがあり、2階の部屋は全部で4つ。 俺の部屋、アネモネの部屋、客室、そしてなぜかミネア嬢の部屋だ。
「ヒデオさん、私……帰る場所がないんですにゃん」
話を聞くと、冒険者ギルドの長期閉鎖が決まり、職場と住処を失ってしまったのだそうだ。
「再開するまで、あそこに住んでちゃダメなの?」
「兵士の皆さんが、あの建物の一斉調査を始めてしまって……お願いですにゃん。泊めてくださいにゃん」
「かわいそうだし、うちの子になってもらおうか?」
「いや、そんな飼い猫みたいな言い方……」
しかし、潤んだ目でお願いしてくるミネア嬢には逆らえなかった。
「氷魔法が得意なら、パーティ組んで一緒に戦おうよ」
「ぜひお願いしますにゃん」
「まぁ確かに、ギルドマスターの犯罪が発覚してしまった以上、冒険者ギルドの再開には時間がかかるだろうな。とりあえず、それまではお試し……ってことで」
「わぁ! ありがとうございますにゃん! 私、頑張りますにゃん!」
……こうして仲間が増えたということは、あのフルーツコンポート作りも、実は寄り道ではなかったのかもしれない。(原作とは、だいぶ展開が変わってしまったけど……)
「とにかく! 今日は王都中を探索して、魔香炉を探すぞ!」
「とか言いながら、どうせまたお店で新メニューを開発するんでしょ?」
「そ、そんなことは思ってない!」
……実は、ミネアの氷魔法を使ってかき氷屋ができないかなと一瞬考えたのは内緒だ。
◇
「なかなか見つからないな」
「もう、へとへとですにゃん」
魔香炉探しは難航した。
まぁ、王都を魔物に襲わせようなんて大胆な計画を練る人間が、そんな迂闊に尻尾を出すはずがないので、この辺りは想定内だ。
「ミネアに魔香炉の匂いを覚えさせて、その匂いを辿って探すってのはどうかな?」
「わ、私は犬ではないですにゃん」
「でも猫も人間の数万倍は鼻がいいって話だけど?」
「ざ、残念ながら猫獣人の鼻は、人並みですにゃん」
「そっか……」
「あ! 今、心の中で舌打ちしましたにゃん!」
「し、してないって……」
一日中魔香炉を探して回ったが……この日は結局、何の収穫も得られなかった。
◇
いよいよ明日、『賜剣の儀』が執り行われる。
今日中に魔香炉を探そうと、朝から王都中を歩き回っているのだが、手掛かりの一つも見つけられずにいる。
しかし、その代わり意外な人物を見つけた。 以前、エピン大渓谷で命を助けた商人トルネが、人通りの少ない路地裏を歩いていた。
「おーい! トルネさーん!」
アネモネが声を掛けると、一瞬ビクッとしたが、すぐに笑顔になってこちらに駆け寄る。
「やぁ嬢ちゃん。それに……タケベ殿。その節は、本当にありがとうございます」
「元気そうで何よりだ」
「お二人が救ってくださったこの命、これからも大事にします」
見ると、トルネの背負っていたリュックがぺったんこになっている。
「お仕事終わったところ?」
「ええ、まぁ。無事取引を終え、故郷に戻るところです」
「よかったら、一緒にご飯でも……」
「あ、いえ……急ぎますので……」
俺が誘うと、トルネは急に顔色を変え、そそくさと立ち去っていった。
「やっぱりあいつ、怪しいな……」
「え? どういう意味ですかにゃん? 優しそうな商人さんでしたにゃん」
「まぁ、表面上はな。ただ、どこか挙動不審だったし……そもそもあいつ、何の取引をしていたんだ? だってあいつが来た方向は……」
「……タルカスの村?」
「そう。無人の廃墟で、あの商人は一体……何を仕入れたんだ?」
「そう言われてみると、確かに怪しいですにゃん。今思えばあの人の髭、見るからに悪人っぽかったですにゃん」
――いや、ついさっき『優しそうな人』って言ったばかりだろうと突っ込もうとしたが、寛大な俺は黙っていた。
「ねぇヒデオ、タルカスに行ってみようよ」
「そうだな」
「え? でもあそこに行くには半日はかかりますにゃん」
「普通はそう思うでしょ? でもね。実はヒデオには、すごいスキルがあるのよねぇ」
なぜかアネモネが自慢げだ。
「まぁ、言葉で説明しても信じてもらえなそうだから、早速使うぞ。みんな手を握ってくれ」
――うぉ、ミネアの手のひら……肉球がある。
この人と猫とのミックス具合について、細かく全身を調べたい欲求が襲ってくるのを必死に堪え、俺はデバッグコマンド【FAST_TRAVEL】を使った。
「ふえ? ここは……?」
ミネア嬢が、大きな目をまんまるにして驚く。
「ね? 一瞬で移動したでしょ?」
そして、またなぜかアネモネが自慢げに胸を張る。
「え? 今なんでお腹を突き出したんですかにゃん?」
「胸を張ってるの! 胸を! 見てわかんないの?」
「……し、失礼しましたにゃん!」
ロリ巨乳のミネア嬢に天然の突っ込みを受け、アネモネが密かに傷ついている。 ここは俺がフォローすべきだろう。
「いや、俺はアネモネみたいな控えめな胸、嫌いじゃないぞ」
「うっさい!」
べちん!
――殴られてしまった。 やっぱり女の子の扱いって、難しい。




