エピン大渓谷(3)
ふと見ると、先ほど助けた商人トルネが、こちらを振り返りお辞儀をしている。
……うん。人助けをした後は気分がいい。 トルネは大きく手を振ると、王都の方へと去って行った。
「それにしても、あんな大きな荷物……重くないのかな?」
「たぶん『荷運び』のスキルを持ってるのよ」
なるほど。そういうのもあるのか。
この『セイクリッド・ハートランド』は、一般人も様々なスキルを持っているのが特徴だ。
NPCスキルというシステムで、プレイヤーは使いたいスキル持ちの村人に話しかけ、一時的に旅に同行してもらい、彼らのスキルを使って有利にゲームを進めることができるようになっている。
「あんなに荷物が多いなら『アイテムボックス』に入れればいいのに……」
「え? 今、アイテムボックスって言った? まさか……持ってるの?」
「ああ、持ってるけど?」
「えーー! すごいっ!! あなた、何者なの!?」
今日イチで驚かれてしまった。
「それで? 何個入るの?」
身を乗り出して聞いてくる。
「確かめたわけじゃないけど、100個以上は入れてるよ?」
「む、無限アイテムボックス? す、すご過ぎるわ……あなた、ほんと何者なの?」
アネモネの話によると、アイテムボックスのスキルを持っているのは、この国でもごく一部で、上級貴族だけらしい。それでも所持できるアイテム数はせいぜい30個ぐらいが限度なのだそうだ。
そう言えば、実際のゲームでも持ち物のMAX所持数は30個だった。
アイテムをフルに持った状態で、イベントでさらにアイテムを強制入手する……
いわゆる「MAXチェック」(デバッグの必須項目だ)で、何度も確認したからよく覚えている。
「無限アイテムボックスのスキルを持ってるのは、この国でも2人だけ。一人は商人として大成功して、もう一人は軍の大物になってるって噂よ」
確かにこのスキルがあれば、流通や兵站の分野で圧倒的なアドバンテージが得られる。
「で? あなたはそのスキルで、何になるつもり?」
「いや……特にまだ考えてはないけど……」
アイテムボックスがそんなにレアスキルなら、ステータス画面に書いておいてほしかった。
ただ確かにすごい能力ではあるけど、『デバッグコマンド』のチートさに比べたら、ちょっとした便利機能ぐらいのスキルのような気もする。
◇
「ねぇタケベ、実は……お願いがあるんだけどさ」
申し訳なさそうに両手を合わせ、お願いのポーズをするアネモネ。
背が低いため、自然と上目遣いになっているのだが……その表情があまりにも可愛らしくて、聞く前にどんなお願いでも叶えてやりたくなってくる。
……おっと、そんなことじゃダメだ。 『女のお願いには気をつけろ』と、死んだ爺さんもよく言っていた。
……っていうかウチの爺さん、過去にどんな酷い目に遭ったんだろう?
「まぁ……俺にできることなら」
爺さんごめん。俺には断れない。
俺の返事を聞いて、アネモネが飛び上がって喜んでくれた。
「わぁい! ありがと!」
たぶんこの時、俺の鼻の下はかなり伸びていたと思う。
「じゃあ、この石をどかすの手伝って」
――と、道の端に置かれた大きめの石を動かす。 するとそこには――。
「すごい! これ……全部、魔石?」
「えへへっ、あたしがコツコツ貯めたんだ」
石をどかすと窪みがあり、そこに大量の魔石が隠されていた。
「これをあなたのアイテムボックスに保管しておいてほしいの」
「いいけど、なんでこんなところに隠して……」
言い終わる前に気づいた。 さっきも言ってたけど、アネモネはお尋ね者だからギルドで魔石を売れないのだ。
「そっか……たった一人で、こんなに魔物を倒したんだな」
「うん。偉いでしょ? 褒めて褒めて!」
「うんうん!」
自然と手が動き、アネモネの頭を撫でていた。 さらさらとした髪の手触りが心地よい。
アネモネも「えへへー♪」と、満更でもない表情だ。
「この魔石、俺がギルドに行って換金すればいい?」
「うん。お金は山分けでいいよ」
「いや、流石にそれは悪いよ。ただ、この量を一度に換金すると怪しまれるから、少しずつやるしかないね」
「そうだね。いろいろありがと。タケベ」
「いいって」
……少なくとも、この大量の魔石を換金するまでは、アネモネと一緒にいられる。 俺にはそれが何より嬉しかった。




