エピン大渓谷(2)
アネモネとまるでデートみたいに歩く道。しかし――。
そんな平和な時間は、突然の叫び声によって終わりを告げた。
「た、助けてくれーー!!」
見ると遠くで男が尻餅をついている。
小太りで口髭を蓄えた中年男……大きな荷物を背負い、誰が見ても商人といった感じの風体だ。 そして彼の目の前には、2体のモンスターが迫っていた。
「あれは……ゴブリンか?」
「そうね。助けなきゃ!」
「お、おう!」
俺も当然助けるつもりだった。 目の前で人が殺されるのは見たくないからな。
意外だったのは、アネモネの方が人助けに積極的なことだ。
もちろん、これまでの付き合いで、いい子だというのはよくわかっているのだが、ゲーム世界ではお尋ね者の中ボスだったわけだし……いや、考えている場合じゃない。助けなきゃ!
アネモネは一瞬の跳躍で、商人とゴブリンとの中間地点にまで着地する。 その動きに感心しながら、俺も少し遅れて駆けつける。
「あ、あなたたちは……?」
「自己紹介は後だ。そこで伏せてろ!」
隙を見つけた――と思われたのだろう。 俺の背後から、長身の方のゴブリンが棍棒を振り下ろしてきた。
狙いは悪くないが……動きが鈍すぎる。 俺は奴の勢いを利用するかたちで、鋼の剣を正確に心臓へと突き刺した。
「ナイス!」
アネモネが右手の親指でサムアップの形を作り褒めてくれる。
そしてほぼ同時に、左手に持ったナイフで太った方のゴブリンの頸動脈を切り裂く。
勝負の決着がついたのは一瞬だった。 いや、勝つとか負ける以前に、戦いですらなかったのかもしれない。
服に付いた蟲を片手で払うぐらいの、そんな軽い作業にも思えてきた。 しかし、助けられた商人は感動に打ち震えている。
「おお! 素晴らしい! お二人とも、なんという強さなのでしょう! 動きがまるで見えませんでした! ゴブリンどもを……一瞬で……」
「怪我はないか?」
「はい。おかげさまで。あなた方は命の恩人です!」
32歳デバッグアルバイトの俺にとって、今までの人生で誰かにここまで褒められたことって、初めてかもしれない。
◇
男はトルネと名乗った。うん、名前もだいぶ商人っぽい。 王都に物資を運ぶ途中、ゴブリンたちの襲撃を受けたのだそうだ。
商人トルネは、俺たちを拝むように手を合わせ、何度もお礼を言うと、半ば強引に皮袋を手渡して去っていった。
「金貨がずっしり入ってる」
「山分けしよっか?」
「え?」
アネモネはよく、こんな感じで人助けをして、報酬をもらっているらしい。
「ほら、あたしって冒険者ギルドを追放されてるから、こういうことしないとお金が稼げないのよね」
「立派なことだし、そんな申し訳なさそうに言うことないんじゃない?」
「でも、なんか悪いなって……」
「盗賊なんだから、盗めばいいんじゃない?」
「えー! そんなことしたら、犯罪者になっちゃうよ!」
……うん、実にいい子だ。 こんないい子が、人を殺してお尋ね者になんかなるわけがない。
きっと無実なんだ。ギルドの連中の目が節穴……
……あれ?
今、なんか引っかかる点があった気がするんだけど……何だっけ?




