エピン大渓谷(1)
始まりの森を抜けると、その先には切り立った崖が続いていた。 ここがおそらく、エピン大渓谷なのだろう。
……ゲーム世界ではこんなマップは存在しなかったが、エリザと初めて会った日にその名を教わった。
そう、彼女の胸の谷間を見入っていた時に聞いた地名だ。
俺は特に高所恐怖症ではないはずなのだが、それでも下を見るとクラクラするほどの高さだ。
「思っていた以上に、断崖絶壁だな」
ぼそっと呟いた俺の言葉に、アネモネが反応した。
「ちょ、今あたしの胸を見ながら『絶壁だな』って言ったでしょ? どうせ貧乳ですよ! 男の人はみんな、もっとばぃ〜んっとした胸が好きなんでしょ?」
……こ、こういうジェンダー的なネタは倫理の部署から突っ込まれるから正直、やめてほしいのだが、まぁこれはリアル世界の台詞だから問題がないのか?
いや、今必要なのは倫理的な心配ではなく、アネモネへのフォローの言葉だ。
「いや、俺は小さな胸も好きだけどな」
「え? ほんとに?」
「ああ。みんな違って、みんないい」
昔の女流詩人の言葉をまるパクリしたが、中世ヨーロッパ的世界観だからきっとバレないはず……だったのだが、アネモネはくすりと笑ってこう言った。
「なんか、そんな童謡あったわよね」
――あっさりとバレてしまった。 この世界の翻訳機能、いったいどういう仕様なんだろう?
◇
切り立った崖に沿って、細い道が続いている。 5メートルぐらいの幅しかなく、足を踏み外したら間違いなく死ぬ。
『セイクリッド・ハートランド』はアクションRPGではないので、道から外れても落下するようなことはない。
しかしリアル世界では……どうなんだろう?
確かめる勇気はないし、確かめるまでもなくゲームオーバーというか、人生終了になる気がする。そう、ライフオーバーだ。(いや、言い換える必要ないけど……)
ビビっている俺の心を察したのか、アネモネが俺の手をぎゅっと握ってこう言った。
「大丈夫。安心してね。落ちて死ぬ人は、一年に4、5人くらいだから」
「いや、その人数を聞くと、余計に怖いっていうか……」
「え? でも今年はもう3人が亡くなってるから、だいぶ確率低くなってるよ」
「……そういう問題じゃないだろ? ……て言うか、それで本当に確率は下がるのか?」
「てへへ」
話している間に、表情がコロコロ変わる。 そしてその表情全てが愛くるしい。
うん、この子と一緒にいると、楽しい。 なんか心がほわっと優しい気持ちになってくる。
◇
しかし――。 そんな平和な時間は、突然の叫び声によって終わりを告げた。




