勇者伝説の森(2)
森の奥に進むと、ゴブリンの雄叫びが聞こえてきた。 続いて激しい剣戟の音――。
物陰から覗くと、10メートルぐらい先にアネモネがいた。 どうやら苦戦しているようだ。
彼女に襲いかかっているのは、2体のゴブリンと、植物系のモンスター……あれは人喰い花だ。
よく見るとアネモネの足首には、人喰い花の伸ばしたツタが巻き付いている。 あれでは彼女自慢の機動力が活かせないはずだ。
そして、動きが鈍ったところにゴブリンたちの重い一撃が襲ってくる。 ……これは最悪の組み合わせだ。
ソロで戦うと、よくこういうアクシデントが起こる。 だから冒険者は常にパーティを組んで行動するのだが、アネモネの場合、賞金首なのでそれが難しいのだろう。
……となれば、俺の行動は決まっている。 俺はアネモネを助けるために走り寄った。
「来ちゃダメ! あなたの敵う相手じゃないわ!!」
俺の姿に気付いたアネモネが叫ぶ。
確かに、俺ひとりじゃ苦戦するかもしれない。 でも……俺たち二人なら、こんな奴ら敵じゃない!!
「ファイアーボール!!」
俺は覚えたばかりの魔法を唱えた。 目の前に、野球ボールサイズの火球が現れる。(お、ちょっと進化してるぞ!)
そして俺は気合いを入れて、その火球を放つ!
文字通り、火の玉ストレートの一撃が人喰い花のツタを焼き尽くす。
俺の予想外の行動に、一瞬だけ驚いた顔をしたアネモネだったが、すぐにキリッとした表情になり、手にした短剣で人喰い花を突き刺した。
「サンキュウ! タケベ!」
アネモネの反撃を横目で見ながら……俺もゴブリンたち目掛け、鋼の剣を一閃させる。
「グゲギャーー!!!」
ゴブリンたちの二つの首が――同時に地面に落ちた。 おお! この剣、すごい切れ味だ。
「タケベ……あなた、いつの間に魔法を? それに剣の腕前も……昨日会った時は、あんなに弱そうだったのに……」
『弱そうだった』という言葉に、内心ちょっとだけ傷つきながら、俺はこんな言葉を返してみた。
「『男子、三日会わざれば刮目して見よ』ってやつだよ」
「ああ、なるほどね」
……いや、ちょっと待って。
中国の『三国志演義』が出典の言葉が、なぜ中世ヨーロッパ風世界観で通じるんだ?
この世界の『翻訳機能』についてもう少し調べてみたくて、つい試したのだが(これもデバッガーの職業病みたいなものだ)なんて期待通りの反応なんだろう。
ただ、アネモネは素直に感心してるみたいなので、これ以上突っ込むのはやめておくことにした。
◇
「あのさ……助けてくれて、ありがと」
激しい戦闘の後のせいか、ちょっと頬を赤くして、アネモネがぺこっと頭を下げた。
「いや、昨日助けてくれたお返しってことで」
……正直、女の子からこんな風にお礼を言われることって、これまでの人生でほぼ無かった……いや、初めての経験だったので、ものすごく照れる。
「あ! すごい! 腕とか逞しくなってる。あと、腹筋も割れてる!!」
昨日も思ったが、この子……距離感がバグってる気がする。
ほぼ初対面の俺の腕や腹を、遠慮なくぺたぺたと触っている。 正直、こそばゆい。
ただ……こういう『バグ』なら、悪くないかも……。
「ねぇ、どういう鍛え方をしたら、そんな急に強くなれるの?」
まっすぐな瞳でそう聞かれたが……まさか『実はデバッグコマンドを使って』などと本当のことを言うわけにはいかない。
仕方なく、俺はこう返した。
「ごめん。守秘義務があるから答えられないんだ」
守秘義務とは、文字通り『秘密を守る義務』という意味だ。
デバッガーは毎日、発売前のゲームをプレイするわけで、そこで知った情報を外部に漏らすわけにはいかない。
このため会社とNDA(秘密保持契約)を結び、違反した場合は罪に問われてしまうのだ。
今時のゲーム会社は上場企業なども多いので、情報が漏洩してしまうとインサイダー取引などの犯罪につながってしまう場合もある。 実際、何年か前にも某社の……おっと、それ以上はいけない。
とにかく、デバッガーが業務上知り得た情報をSNSなどに出すのはもってのほかで、家族にすら話してはいけないと言われている。
……まぁ、独身で一人暮らしの俺には、そもそも話す相手すらいないのだが……。
あ、なんか涙出てきた。
「まぁ、秘密ぐらい誰でも持ってるもんね」
アネモネが妙に聞き分けがいいのが逆に怖い。




