小説家とよもぎ風呂
だめだ。どうしてもだめだ。
小説家は頭を抱えた。
今書いている物語、どうしても続きが出てこない。
何をどうやってもどこをどうこね繰り回しても、納得する続きが出てこない。
一週間くらい同じページに向き合い、書いては消してを繰り返していた。
「はぁっ…。」
初めはなんとかなると思っていたのに、考え続ければ続けるほど頭は休まらず、眠りもままならなくなっていた。
気づくとカーテンの向こうは明るい。
朝になっているのだ。
「少し横になろう…。」
小説家は続きを書くのを一旦あきらめ、ベッドにどさっと倒れ込む。止めどなく考え続けながらも、小説家は気を失うように意識を手放した。
数時間後、小説家はカフェにいた。
コーヒーをブラックで飲みながらパンをかじる。
「あの、小説家さん」
声を掛けられはっとする。
見るとカフェで働いている最中の学生が、困惑したように自分を見つめている。
「すいませんお食事中に。なんだかお疲れのように見えて…。」
軽くあいさつをする程度だったが、いつも笑顔で接客してくれていた。それが今は心配そうにこちらを見つめているではないか。
「すまない…。少し仕事で根を詰めすぎたようだ。」
ふう、と溜め息をつきながら言う。
自分はどうやら、人を心配させる程度には疲れて見えるらしかった。
「こういう時は思いきって休むか、気分転換をするのが良いとわかってはいるんだがな。どうしても切り替えられなくて困ったものだ。」
学生はふふっと微笑む
「わかります、私もお休みの日はたっぷり寝て、起きたらお出かけするんです。普段よりもちょっと遠くまで散歩してみたり。息抜きになって楽しいですよね。」
「そうだな…。」
少し会話を交わしてから学生は仕事に戻っていった。
さきほど自分が言った言葉に自分で驚く。
思い切って休むか、気分転換をする。
カップに入っていたコーヒーを飲み干し、会計を済ませて外へ出る。
この町でまだ行ったことのない場所に行ってみよう。
小説家は心に決めて歩き始めた。
「おお…。」
この町でまだ行ったことのない場所。
それは巨大な、神秘の住まう森だった。
大昔からある森で、魔法動物が暮らしているとか、奥にはエルフが住んでいるとか。
森の少し近くまでは近寄れるが、中に入るには許可が必要で入口で手続きをしなければならないらしい。
圧倒的な植物。緑の世界。
ぼんやりと眺めているだけでも、普段は自分が暮らしている場所との違いに驚かされる。
なんとなく周りを歩いていると、少し先に人がいることに気付いた。
つば広で後ろにショールがついているガーデニング用の帽子を被っている。
しゃがみ込んでいる側には籠が置いてある。
一体何をしているんだ…。
「これはねえ、よもぎを摘んでいるんだよ。」
その人物が急に答えてきた。
しまった。声に出ていたか。
「よもぎはどこにでも沢山生えてるからねえ。香りも良いし栄養もあるから時々採りに来るんだよ。草餅とかお茶にしても美味しいし、他にも使えるかね。」
確かに籠の中には葉がどっさり入れてあった。
独特の香りが漂ってくる。
どっこいしょ。とその人は立ち上がる。
「良い感じに採れたからそろそろ戻ろうかね。お前さんも、この先進んでも行き止まりだよ。」
見ると若い女性だったが、言葉遣いが古くさい気がする。
ちぐはぐな言動に少し面食らうが、初対面の人物と会話をするのは久しぶりだったので、一緒に戻ることにした。
「本当は新芽のときに摘むのがいいんだけどねえ。お店に出すんじゃなくて自分が使うもので急に欲しくなったときは、こうやって採りに来るんだよ。」
特に聞いてはいないが、女性は植物についてのことを話しかけてくる。
「草餅なんか急に食べたくなるんだよ。地味だけど何だかんだ上手いんだよねえ。」
「そんなに良い草がそこら中に生えてるのか。」
「そうそう。ああ。でも、よもぎに似ている毒草があるから、自分で採りたい時には気をつけるんだよ。間違ったら大事だからね。わからないうちは採らないようにね。」
その後毒草の毒性についても教えてもらったが、とんでもなくまずいことになる事だけは理解した。
歩いていると庭のある建物が見えてきた。
どうやらここが彼女の家らしい。
「お前さんちょっとここで待ってなよ。いいものをあげるから。」
そういうと彼女は急に早足になり、建物の方へと消えて行った。
断る隙もためらう隙もなかった…。
少しすると、手に何かを持って彼女は戻ってきた。
「よかったらこれをあげるよ。乾燥したよもぎの葉。」
薄い布に包まれて端を紐で結ばれたそれは、確かに独特の香りがしていた。
「鍋で煮出したお湯を風呂に入れるといいんだけど、とりあえず浴槽に放り込んでおくのでもいいから。今回はお試しでね。」
それじゃあ。と彼女は会話を切り、家に戻っていった。
…なんだか急に色々と起こって、終わった。
俺は森を見に来たんじゃなかったのか?
手に持った乾燥よもぎの包みを見つめて少しだけ呆気にとられた。
「帰るか…。」
その日、小説家は久々にぐっすりと眠った。
渡された乾燥よもぎの包みを使うために久々に湯船に浸かった。
身体は温まり、独特の薬草の香りのおかげか、ゆっくりとすることが出来た。
目覚めてしばらくした後。
なんとなく書いている小説のことを考えた時に、作中の人物はこういうことを言うのではないかと思いついた。
そのまま書いてみると、続けて文章をかけるようになっている。
どこまで行けるのかと思っていると、今回の区切りのところまでたどり着くことが出来た。
「ふむ…。」
不思議な気持ちがして、書き終えた原稿を眺める。
思い切って休むか、気分転換をする。
「全くその通りだな。」
原稿を纏めて、小説家は出かける支度を始めた。




