番外編 第三勢力
今は、夜更け。それも明け方に近い時間だ。
電灯などあるわけもなく、月明かりだけが道らしきものを照らしていた。そんな時間にもかかわらず、一人、また一人と、きょおかいに入っていく。手には携帯用に進化したランプ、もう片手には槍を持っていた。オスたちは前から座ると、静かに祈り始める。少しすると小さくないはずのきょおかいは満員となっていた。
一番奥の窓から入る月明かりを背に立っている像は小さく、子供のメスのようで、それでいて母のような包み込む笑顔も浮かべていた。この像の胸には女神のシンボル、ハートマークが刻まれている。
最大派閥のコハル派から女神の愛を感じると喜ばれ、この像には、お供え物を捧げに来る人が後を絶たない。第二勢力はルル派と呼ばれ、ツガイと名乗る狼が邪魔をしてくるので表立った活動はみせていないが、猿族が多く所属し、ひっそりと像と本人に祈りを捧げ、女神の偉業を普及するといった活動を行っていた。
そして、ここに集まったオスたちは第三勢力。ここ最近、信者を急速に増やしている。称えているのは――。
「女神よ、母女神よ」
「我らの母女神よ」
そう、母女神。
聞いたこともない、落ちたこともない女神を讃えていた。
この勢力が生まれた切っ掛けは、いつもと変わらない一日の、日が沈みかけた時間。ジョーガンのえちぎょにゃでの会話だった。
二人の狼たちの会話がこっそりとされていた。
「ブルー、知ってる? コハル様もルルちゃんも、母親から生まれたらしいよ。そういえば、この間、ルルちゃんが、女神の国はたくさんのメスがいるって言ってたなぁ」
「そう言っていましたね。では、私たちにもメスが落ちてくるかもしれませんね」
にこやかな狼たちの会話を、偶然、隣のテーブルに座っていたオスたちが耳に入れる。そのオスたちこそ、この第三勢力の立上げ人たちだった。オスたちは、その時のことをこう語る。
あのとき、俺の身体は痺れたんだ。まちがえねぇ、天啓が落ちた瞬間だった――と。
「俺にもツガイをください」
「俺にメスを落としてください」
この第三勢力は、ツガイを欲しがるオスの集まり。今や、各国のきょおかいに入らないぐらいに集まっている。未婚のオスが……。
今日も、オスたちは一心不乱に祈る。「俺のメスをくれ」と。
「俺の女神を汚しとるやないか。いつまで放っとく気やねん。リック、お前、なんとかせぇへんのやったら、俺がやるで」
物陰に、兎の耳と狼の尻尾が見える。
「まぁ、待ってって」
ひっそりとされている会話が終わる前に、オスがゆっくり立ち上がり外に出始めた。そのまま帰るのかと思ったが、皆、門の方に歩いていく。誰もしゃべらない。手に持ったランプと、その光を受けた槍だけが道を照らしている。
門の前に今日の門番である未婚のオスがいた。ランプの光を見ると一つ頷き、門の中に入っていく。きょおかいから歩いてきたオスたちは、門が開くのと同時に、ゆっくりと外に出た。
門は締まる。何事もなかったかのように。
「俺は帰るで。子らが待っとるからな。……リック、分かっとるよな」
門まで見届けた兎は、どすの利いた声で狼にそう告げると暗闇に消えて行った。狼は溜息を一つ吐くと砦を上り始めた。
「リック、遅いですね」
「ウーが、ねぇ」
遅いと叱られた狼は困ったような声で反論するが、顔は笑っている。砦の外の状況を眺めていた狼が振り返り、その顔を見て呆れた。
「いい加減にしないと、ウーに刺されるぞ」
「そうなんだけどね」
「リック、いつまで続ける気ですか? そろそろウーが本気になりそうですよ」
「それなんだけど、まだ大丈夫じゃないかな」
「…なぜだ? だいぶイラついているだろ」
三人、顔を寄せ合い、ひそひそと暗闇で話している姿はまるで、犯罪者のようだが、実はれっきとしたお偉い狼たちの集まりだった。ここにいる狼たちは、国の代表だったり兵士長だったり、副兵士長だったりする。
「ウーはね、今、公園を作ってるんだよ」
「それは、ルルちゃんが、でえと用にどうかって言ってたやつですね」
「それ。昨日ね、ルルちゃんと既婚のメスたちと話をしてるのを偶然聞いたんだけど、公園って『子供デビュー』というものがあるらしいんだ」
「なんだそれは?」
「どうも子供たちが親と一緒に公園で遊ぶことを指すらしいんだけど、公園って子供の遊び道具も置くらしいんだ」
「は?」
「おい?」
「うん、多分、近所の家は、破壊されるね……」
「やばいだろ」
「でも、メスたちは乗り気なんだよ。女神の国の行事だからね」
「あー。それでは、ウーは忙しくなりますね。破壊した後に家を建てないとダメですし、ウーの家になるので管理も大変かと……」
「ああ、それだ。ガキどもは見境なく減築するからな。破壊するのが楽しいからって、後のことを考えねぇ」
「ジャン、あれは、そもそも減築ってわかっていませんよ」
「それもそうだな…」
狼二人がため息をついている中、ニコニコといつものほほえみをうかべ続けている一匹の狼は、砦の下を覗き込む。
「今ね、お金ないんだよね」
そこには、オスたちが落ち人がいないか探している姿があった。
「いたか?」
「いねぇ!」
「よく探せよ! オレのメスかもしれねぇからな!」
「黙れ! 俺かもしれねぇだろ!」
「端から探せよ! 俺たちも拾うんだ!」
「メスを探せ!」
遠くから、這いつくばるぐらいに必死になって草刈りをしているオスたちの声が聞こえる。
「ガザルの復興にお金がかかってね。怪我した兵士のお金もかかってるから」
そう溜息付いた狼の声にかぶさるように、戦いに入ったオスたちの声が聞こえる。
「カマキリだ!」
「やれ!」
「生かしておくな! 俺のメスを守れ!」
「お前のじゃねぇ、俺のだ!」
「まだ、見つけてねぇよ!」
そんな声とともにカマキリを倒していくオスたち。
実は、ここ最近にできた新しい法律で、虫との戦える時間の制限ができた。だからこの戦いもこっそりと行われていて解体屋が呼べない。新法では解体屋が回収しない買い取りは支払い対象外となったため、当然ながら、このカマキリは売れない素材になった。
「カマキリか……」
「蜘蛛が良かったな」
「糸はいらねぇから、俺は蟻の皮が良かった」
そんな言葉とともに、オスたちは、倒し終えたカマキリを手慣れた手つきで解体し、自分で使う部位を切り出していた。
「リック。さすがに……」
「ああ、なんていうか……」
残り二人の狼から、鬼畜を見るような目で見られてもニコニコとした笑顔は変わらない。
「しょうがないよ。お金ないからね」
森が作る地平線は、もう薄っすらと色が付き始めている。そろそろ夜が明ける。その光景を何気なく見ながら笑顔を張り付けた狼は続きを言い放つ。
「オオトカゲ十体ぐらいが寝そべれるぐらいの空き地が出来たら、取り締まろうか。森に手を出されても困るしね」
その下では、オスたちが明るくなりつつある空を背に「今日も俺のメスはいなかった」と尻尾を垂らして戻ってきている。
「私たちも帰りましょう」
「そうだね」
「リック。……身辺気をつけろよ」
「うーん、……ルルちゃんが、子供たちに新しい遊びを教えたいって言ってたんだよね」
「リック。ダメですよ。これ以上はさすがに」
「そう? 狙われる前に忙しくしておけばいいかなって……」
「ばれたら、マジでやられるぞ。やめておけ」
真剣な顔して首を振る狼二人にさわやかな笑顔を向けて、階段を下りていく狼だった。




