番外編 れえす
”れえす”
というものが、女神の国にあると伝承に残っている。
これは俺がまだチビの頃に習ったもんだ。だが、実物を見た者はいねぇ。理由は、女神のパンツに関係してるからだ。これも言い伝えだがな。
もちろん、実物はツガイが燃やしたに決まってる。俺だって死ぬときは、絶対にルルのパンツと服は燃やしてから死ぬ。戦場で手足がもげようが尻尾だけで帰ってでも、な。
問題はそこじゃねぇ。
見たこともないこの”れえす”というものは、メスがかなり喜ぶらしい。「かわいい」んだと。だから、オスの間では、この”れえす”を作れるほどの腕前を神技といい、ペア入り能力の最難関に位置してる。これは、オスの夢といってもいい。
そして俺は、その最難関に挑もうとしている。当然だ。ルルが喜ぶことは最優先事項だからな。それに俺の裁縫の腕前はかなり上がったと言っていい。なら、今がその時だ。
「ルル、知りてぇことがある」
「どうしたの? 何かあったの?」
「いや……教えてほしい…ことがある」
「何でも言って。バーツのためなら、何でもするから!」
真剣な俺の気持ちが伝わったんだろう。ルルは縋りつくように俺の愛シャツを掴んだ。かわいいなぁ。愛シャツを守る必要があるから、非力なルルの手をシャツから離させて抱き上げる。
抱き上げるってのはいい。最高だ。愛シャツも守れるし、ルルも抱っこできる。人っていうのは本当はこの形で生まれたんじゃねぇのか? それぐらいしっくりくる。
「バーツ? 困ったことがあったんじゃないの? 顔がニヤついてるけど大丈夫?」
どんな顔しても俺を心配してくれる愛しのツガイ。かわいいな。
「え!? バーツ? なんで、寝室に行くの? ちょっと、バーツ? 知りたいことって?」
あ……。
いけねぇ。間違えて巣に運び込むところだった。匂いで誘うなんて、ルルのおねだりは恐ろしいな。話も出来ねぇ。
「チッ」
メスの誘惑に負けた俺に、いつもの舌打ちをしながら、さっきいたテーブルに戻る。膝の上にルルを置いて、毛皮……ちげぇ、髪の匂いを嗅ぎながら、知りたかったことを質問した。
「ルル、”れえす”って知ってるか?」
「ん? レース? 知ってるよ。でも……あれ? この世界にないよね? なんでバーツが知ってるの?」
「ああ、女神のツガイの伝承に残ってる。『女神がかわいいから好きって言った』ってな」
「そうだね、たしかにレースは女の子……メスはみんな好きかも」
「ルルもか?」
「うーん、そうかな。この世界は刺繍がメインだけど、レースもあると華やかになってかわいいよね」
出来上がりを想像したのかニコニコと喜んでる。かわいいなぁ。
「わかった。それで、”れーす”はどういうもんだ?」
「うーん。ざっくり言うと……布あるでしょ。あれの網目が大きいものかな。糸が少し太くて、網目が大きくなっても破れないようになってる。穴の形とか大きさを調整して花柄とかもあるよ」
ほぉ。
穴が大きいものか。
花柄とかもあるのか。
「そうか。少し太い糸か。わかった」
「作ってくれるの」
「ああ、ここ最近、腕が上がったからな」
そう。ルルは最近、やっとパンツを作らせてくれるようになった。洗濯はまだダメだと言われるがな。まぁそれもそのうち、いいって言ってくれるはずだ。
「護衛を小さく刺繍するのに慣れたな。俺の裁縫の腕前が上がってる」
「いつもありがとう、バーツ。この間の狼たち、首元から裾まで縦に並んでて可愛かったね」
この間、作った服だな。あれはパンツに刺繍する護衛たちの練習だ。小さい面積だからな。練習しないと護衛が崩れる。
「そうか。なら”れーす”で護衛を作れるようにしないとな」
「え? それはうちの世界でもできない気がする」
そうか。女神超えか。ルルにふさわしいパンツになるな。ニヤニヤしていく顔を抑えられねぇ。
「任せておけ」
「バーツ、大好き!」
そうやって、”レース”の情報を仕入れた俺は、早速、パンツを作り始めた。だが難航した。どこに”穴をあけるんだ?”
形に悩んだ俺は狐の城に行き、伝承を書き留めたツガイ名言集を確認する。
「隠すところのないパンツが存在する」
これか!
ん? まてよ? 他のオスの感想があるな。
「おれ、つくった。けを、むしられた」
「おれも、つくった。すを、おいだされた。ないてたら、きのう、いれてくれた」
「おれも、つくった。おれの、みみ、もげるところ、だった」
感想は三つしかねぇ。かなり難しい技術だな。だが、内容はいけてねぇ。想像で作るからそうなるんだ。バカな先祖たちを俺は鼻で笑いながら、伝承を閉じて考える。
メスに毛をむしられたらしい。アホだな。きっと「かわいくない」んだろ。ルルもよく言う。「かわいい」ってな。
そういうことだ。
ルルが「かわいい」って言ったのは、俺の腹毛で作ったクッション。服。
何度でも言う。
メスをちゃんと見てねえオスが悪い。
使ってる糸が悪いんだ。俺の腹毛で作った糸ならきっとルルは喜んでくれる。
毛を細く細く糸状にしていく。その糸で布を作り、更に型で切り出してパンツを作る。そして、俺は切った。パンツの股の部分を。
できた! これか! これがレースのパンツ!
念のため、更に大きな穴にして、痛くないように、丸くカットした縁を綺麗に縁取りする。護衛を一匹刺繍して……くそ、布が足りねぇ。護衛が一匹だけとは。不安だ。俺が張り付いてねぇとな。
履いた時のルルを想像して……鼻血で汚れたので、作り直しになったが、夢とロマンが具現化されたようなパンツができた。女神の国のレースってやつは、すげぇな。
早速、夜、ルルに渡すことにした。
「バァァァツーーーー!!」
尻尾がちぎれるかと思うぐらいに引っ張られた。いてぇぇぇ! なんでだ? なぜ怒る?
「いてぇ……。グスッ。で、もな。で、も……ルル。ズズッ……レースが、欲しいって、ゥゥ……言って、ただろ?」
なんとか尻尾を救出して、泣きながらルルを宥める。怒ってるルルも可愛いが、怒ってる理由は、まったくわからねぇ。どうしたらいい。
「これはレースじゃないの!」
「え!?」
衝撃でルルが何言ってるのか、俺がどこにいるのかわからなくなる。わかるのは俺の手のひらから伝わる尻尾の感触だけ。
「服を作ってくれるって思ってたのに!」
「ていうか、これ穴あきパンツだし……最低!」
俺……まだ、技術が足りなかったのか。
「バーツ? 聞いてる?」
「バーツ? ねぇ……。これは履かないよ?」
「ねぇ、ねぇ。そんなに落ち込まなくても……」
「わかったから。これは嫌だけど、いつものなら履いてるでしょ」
いつもの?
その言葉で、やっと脳みそが動き出すのがわかる。
「ルル、レースってなんだ?」
「バーツ……。レースはね、糸を編んで作るの。布に穴をあけるんじゃなくて、糸を編むの。こんな感じ」
ルルは、紙に書きながら、指でも教えてくれた。優しい俺のツガイ。
そして俺はレースというものを理解した。
もう一度作る。
せっせと型紙に合わせて糸を編む。いつもの形じゃないから怒られた。だから、型紙からずれないように何度も重ねる。
編むなんて初めてだから、何度も、何度も、解いては編むを繰り返す。
この間、コートでリボンつけたら喜んだから、横をりぼんで結ぶタイプにした。
こ…これでいいのか?
この間のパンツより素晴らしい!
今度は事前に鼻を布で巻いてたから、ルルが履いた姿を想像しても鼻血がパンツに垂れなかった。時間がかかったからな。やり直しは避けたい。
渾身の一枚を握りしめ、ルルのところに行く。
そして……さらに激怒された。
なぜだ?
レースでパンツを作るんだろ?
最高傑作を目の前にして諦めきれねぇ俺は、泣いて縋った。
なんでもするって、ルルが言ったと……。
泣いて泣いて泣いたら、そしたら、ルルが……履いてくれた。
夢のような夜だった。
この時理解した。
あの伝承の三人は勇者だ。間違えねぇ。
四人目の勇者になった俺は、誓った。
――ほとぼりが冷めたころ、絶対にまた作ってやる。




