金色が背負う使命
山へ向かったのは、冬の初めだった。
旅はドンダさんを除いた仲間たちと私たちだけで行く。大トカゲ一体と一人乗り用のトカゲを三体。冬なので、虫というよりは獣対策。獣はトカゲを襲うので、遊撃部隊担当が倒すことになってる。食料を今まで以上に積み込みしっかりと大トカゲに括り付ける。
私の手には、狐族長老の毛が入った壺。
――今から行きますよ、長老。
壺をひとなでし、座席に括り付ける。
「では、行ってきます」
バーツに抱き上げられて、小屋に入ると走り出すトカゲ。後ろから見送る長老たちの声が聞こえた。小屋の中で、バーツの膝の上に座りながら、落ちてきてから、今までのことを思い出す。
命の軽さ。
弱い私。
そして、愛の深さ。
この旅が集大成のような気がして、安堵とともに、少し寂しさを感じた。
「バーツ、これで、旅は終わりなのかな?」
「あ゛? 旅が続いてるなんて思ってるのか。とっくに前で終わってんだよ」
不穏な声に振り返ると、バーツがオデコに沢山の皺を寄せて、思いっきり睨んでた。
――あ、そうだった。
バーツは、旅禁止派というか、外出禁止派だった。まあ…この世界のオスは皆、その派閥みたいだけど。タレ目を吊り上げるなんて、難しいことしてるなぁって思いながら眺めてたら、「チッ」って言いながら、私の内ももを撫でてきた。
「え?! ちょ?」
どういうこと? 何?
「止めて!」
「お前には身体に教え込む必要があると、今十分に理解した」
「ここで? 頭上小屋で? 皆もいるのに?」
「関係ねぇな」
切れたらしいバーツは、目を座らせて、見境ない手で私の服を脱がそうとする。信じられない!
「待って、待ってバーツ!」
「待たねぇ」
――大ピンチだ。
どうしよう。上目遣い+涙目のお願いは前に使って逆効果だったし、他に手を考えないと。――あ!あれだ。
「これ。バーツこれ」
頑張って内緒で作って旅に持ち込んだものがあった。それは……。
「これは……」
バーツが私の両手の中のものを覗き込む。
「お守り。前にえちぎょにゃで話したでしょ? バーツに持っててほしくて作ったの」
拙い縫い目の黒い袋。表面にはハートのマークが縫ってある。中には魔法陣と魔石を入れた。バーツの心臓に向かって速いスピードで固いものが近づいたとき、一回だけ、十センチ手前で空気の盾を作って守ってくれる。魔力は入ってる。発動条件は……。
「これを胸に入れて。バーツの鼓動を感じている状態で、私に愛を叫んで。そしたら発動するから」
大好き、バーツ。
「…これ、を、俺に…。お、俺は、なんて幸せな、オス、なんだ」
泣き出した。ボタボタと涙が零れてる。片手で私を抱き寄せ、片手でお守りを握りしめて、どっちにも頬ずりをくり返して喜んでた。と、ふと硬直するバーツ。マジマジとお守りを見つめて――。
「……おい、ルル。これ持ったら、剣を振るたびに“愛してる”って、叫べなくなるんじゃねぇか?」
――あ、バレた。
うん。それも目的の一つ。余計なこと思いついたバーツは、ここ最近、ことあるたびに、剣を振りながら愛を叫ぶようになっていた。既婚オスたちはマネするし、未婚オスたちの恨み妬みは凄いし、で。うるさい戦場がよりうるさくなって、今じゃ収集つかなくなりつつあった。
「バーツ、愛は私にだけ聞かせてほしい」
お守りを握りしめたバーツの拳を両手で握りしめ、お願いする。ついでにもう一つ。
「あとね、バーツ。もし外で私を押し倒したら……口、きかないからね」
目に力を込めて、間近で伝える。バーツの脳みそに練りこむように念入りに。
「く…ち、きか…ない」
ごくりとつばを飲み込むと青ざめた顔で、バーツは何度も頷いてた。
よかった。こんなところで押し倒されたら、恥ずかしさと寒さで死ぬところだった。
旅は順調で、たまに獣が出てくる程度。冬だしトカゲの上ということもあって、虫には遭遇しなかった。獣が出ると小屋の窓は厳重体制で守られる。バーツは一度も戦わず、私の小屋の窓係になっていた。仲間たちも余裕らしく、この間教えたじゃんけんで遊撃部隊の当番を決めていた。
夜はトカゲの上で寝る。見張り番も担当制。私もやるって言ったら、ギョッとされた。昼間は小屋の中で座ってるだけだから、見張り番を私たちがやった方がいいと思うんだけど、絶対にダメなんだって。
ドゥまでの道もなかったけど、ドゥから先は森になってた。生命の森。背が低くて木の間隔も狭いから、大トカゲたちも走りにくそう。たまに顔に当たるのか「ギャウッ」と悲鳴を上げていた。
ドゥを過ぎて一日目の昼、リックさんから声がかかる。
「バーツ、昼だけど、下で食べるよ」
「どうした?」
窓から顔を出して様子を見るバーツ。
「ちょっと相談がある」
下を見るともうウーさんが、薪に火をつけてスープを作ってた。
下りて、焚火を囲い、スープを飲む。美味しい。ほっとした気持ちが顔に出たのか、リックさんがにっこりと笑った後、皆の顔を見ながら言い始める。
「ここからは歩いたほうがいいかもしれない」
「そうですね、たしかに大トカゲが走りにくそうです」
「まぁな、この速度じゃ、歩いても変わんねぇ」
やっと見つけた少しだけ広い平地で大トカゲはぐったりと寝ていた。
「問題は、大トカゲを返すなら、荷物を減らさなければいけない。あとルルちゃん」
リックさんが真剣な目で私を見てる。
「寒さでこの先の旅は辛さが増すよ。どうする?」
「行く」
バーツもわかっているのか苦みを潰した顔をしてるけど何にも言わない。
「わかった。なら、ルルちゃんはトカゲの上にバーツと座って」
「ありがと」
足手まといになってることはわかってるけど、私が見ることでわかることもあるから、それ以外の選択肢はない。ごめん、皆。
そこからは荷物の詰め替えが始まった。一人用のトカゲ二体に食料を詰め込み、皆は歩き。一匹だけ私とバーツが乗る。私の足には皆の毛布がぐるぐると撒かれていく。そのままコートを脱いでトカゲに座ると、後ろから獣の二足歩行バージョンになったバーツが抱きしめてくる。最後はバーツのコートの中に入る。ヤバい、凄い暖かい。なんでこれを今までしなかったのか不思議に思ったが、すぐに理由がわかる。
「あちい…」
頭の上から、バーツの草臥れた声が……。そうか、バーツは自前の毛皮の上にコートを羽織ることになるから暑いんだ。ちょっとかわいそうな気もするけど、ごめん、凄く温かいから許してほしい。私は、顔半分、毛にうずもれるようにつけて、バーツに抱き着いた。足が毛布で上手い事動かないけど、でも幸せ。
そのまま、残りの道を進む。山はいつでも見えるから迷子にならなくていいのが楽だった。大トカゲを帰したこともあり、途中からは基本川岸を進んだ。水汲みも楽だし視界も開けてて、獣が出た時はバーツの毛皮に隠れる。完ぺき。
出発して十日を過ぎると山が壁のようになって、視界の全部を遮り始めた。森の緑も初め太陽の光を受けてキラキラ輝いてたんだけど、このあたりになると、森自体が暗く、葉の色もわからなくなっていた。朝と夕方だけ日が拝めるという不思議な感じ。昼間は暗いから、松明を持ってそれでも進む。川はいつでも一定の幅で少し蛇行しながら、山まで続いてる。ただ、川底にある金色は、山に近づくごとに多くなり、この辺は、川が金色に輝くまでになってた。
朝、まだ日が出る前、川で水をくむ。
川辺にも金色の粉が上がり、朝日を浴びた川沿いは一面金色だった。
「すごい、な…。これを見せたら、熊族は喜ぶだろうな」
ジャンさんは、水を革袋に詰めながら、金色の魔石の粉を掬っていた。手のひらいっぱいの金色の粉をサムさんに見せてる。
「言うなよ、本当に来るぞ、あいつら」
隣りで同じように革袋に水を入れてたサムさんが、それを見て、想像したかのように顔をしかめてる。
――確かに、大喜びして、大勢で来ちゃう気がする。
「あははは」
大きな背中の二人が、金色の中で、小さく丸くなって水を汲みながら、しゃべってる姿は、平和で幸せな光景に見えた。
「悪いけどな、ご機嫌ムード終わりや。来よるで、カマキリや」
この度初めての虫。ウーさんとブルーさんが、すでに槍を構えて森に向けていた。バーツが剣を抜き、臨戦態勢を取る。同時に、森からカマキリが飛び出してきた。
「え?」
「あ?」
「ん?」
「…」
皆が呆気に取られてる。だって、カマキリがいつもの半分ぐらいの大きさで、私の膝ぐらいしかない。ウーさんが蹴り入れたら、木の幹にぶつかりそのまま終わり。振り返ったウーさんの目が驚きに見開かれてた。
「どういうことや」
皆が私の顔を見る。
――私?
うーん。
実を食べ続けた先祖を持つ虫は巨大化して、異物排除のため、本能的にジョーガンを襲いに行く。ということは、身体の大きさや本能の強さで祖先を同じと仮定すると、この虫の先祖は多分、実をそこまで食べれなかった虫たち…になる。
「多分だけど、同じ種類の虫でも、巨大になる虫とならない虫で、進化した先が違うのかもしれない」
「同じ種類で違うカマキリ?」
リックさんが、考えが追い付かないと言わんばかりの顔で私を見てる。サムさんが解体を始めた。
「うん。私の国でも、遡ると同じ種だった動物とか多いよ」
解体している虫のそばに座り、更に違いを探す。
「魔石が小さい。…あと、金色の血も、赤色の血も薄い?」
身体が小さかったから魔石も金色の血も薄いのはわかるけど、赤色の血も薄いってなんで?
解体している虫をジーと眺めてて、透明の体液を見つけた。
――あ!
確か、虫の体液ってそもそもは透明だったはず。わかった。進化の過程で食べた獣の血も自分の体液にしてたんだ。背筋がぞくっとした。理解したと思った事実が、旅をするとさらに深まっていく。楽しい。
解体が済んだ虫の部位は必要なところだけトカゲに積まれる。トカゲを見て思い出すのは絶滅していった巨大な生き物たち。もしかしたら巨大虫も役目を終えたら、絶滅するのかもしれない。ふと、巨大な歴史の中にポツンと立ってる気持ちを味わった。この感覚は落ち人だからかもしれない。怖いけど悪くない。――こういう”仕事”は向いてるのかも。
奪還が終わり復興の目途も立ったら、自然と、自分の未来や生活を考えるようになるって人間て凄いなって、金色に光る川を見ながら実感した。
「あと少しだと思う。行こう」
いつもの通り、ジャンさんが先頭に立ち、次にサムさん、リックさん、ウーさん、バーツと私、最後にブルーさんと続く。トカゲは、リックさんとウーさんが引っ張ってる。ドンダさんがいないのが少し寂しいけどしょうがない。行こう。
お風呂に入れない日々だった。寒すぎて汗かかないし、下着だけ交換して何とか、山までたどり着く。その道のり十二日間。半分徒歩と考えると、皆の歩くスピードがどれだけ速いかわかる。さすが。
川の終わりは突然だった。金色が一面に広がり、何度か目をしばたいたら、目の前には池があった。この辺りは、日中でも日が差すみたい。目が慣れてきて、池がよく見えるようになると、透明で底が良く見えた。けど…あれ?全然大きくない。てか、川の水の量からするとどちらかというと小さくない?
トカゲを下りて池を覗き込んでると、バーツが「行くぞ」と、トカゲに抱き上げてきた。
「え?」
「ん?」
見渡すと、皆は、池の後ろにある壁のような岩肌の、更に後ろに回って、入っていく。バーツがそのまま皆に追いつくと、そこには上流に繋がる川があった。
――あそこ、終点じゃなかったんだ。
「ルルちゃん。お山の麓には地上の世界樹があるはずですよ」
「あ…」
――そうだった。
皆、ニヤニヤしながら私を見てる。私が勘違いしたのがわかってるんだ。恥ずかしいからバーツの胸に顔を隠す。「クククッ」とバーツのデレた笑い声がした。もぉ。
川を登る。次の池も小さい。その次も少しだけ大きくなったけど小さい。けれど、ドンドン深くなっていってるがわかる。三つ目の池は星の真ん中まで届いているんじゃないかと思うぐらいに深くて、底の方は真っ暗闇だった。覗き込んでいると吸い込まれそうな気分になる。
川沿いには草が生えていた。不思議な色が混じった金色の草と、見たことありそうな緑色をした草が混在してる。生命の森も池の周りを回って川沿いを縁取っていた。木からはキノコも生えてて、魔力が多そうな金色ブチ。
「ルルちゃん。金色は魔力で、この星のもの。生命の木はルルちゃんの星のもの。そうだよね?」
リックさんが、キノコが生えた部分を凝視しながら、呟くように聞いてきた。
「うん、そう」
――この森は、共存してる。
私たちは、未来の可能性を見つけた気がした。
四つ目の池は小さい湖と言ってもいいぐらいの大きさで、その後ろは全面岩肌だった。狼族長老の庭に似てる。頭上から金色の水が一面に注いでる。高すぎるところから降るから霧みたい。チョロチョロと山肌を伝って落ちてくる水もある。チョロチョロといっても巨大な山と比べてだから、普通に横幅三十メートルはあるけど。到着が夕方だったこともあり、綺麗なオレンジ色に水が輝いていた。
「なんだ? 何で水が舞ってるんだ?」
サムさんが不思議そうに、頭を真上にあげた。
――そうか。雨がないから霧もみたことないんだ。
湖の中央に、樹、があった。
太くて始めは山肌と間違えたぐらい。その根元は水につかり、覗き込んでも根っこは見えない。顔を上げて上を見ても、樹のてっぺんも見えなくて。葉っぱすらずっと上の方だった。皆、警戒するのを忘れて、その光景に見入っていた。ふと、虫が視界を横切る。
「あっ! おい、警戒忘れんなや!」
一番初めにウーさんが戻ってきて、皆に声をかけている。その声を横に聞きながら、私は別のことを考えてた。
あの樹が世界樹の子供だ。実際あると思って皆に話してたけど、本当にこの目で見ると驚かされるほど壮大だった。しかも池から生えてる樹なんて初めて見る。水辺から樹肌までは、五メートルもないんじゃない?
――泳げるかな…?
深すぎるから危ないか……。幹を触って見たかったけど諦める。その周りに目を凝らすと、幹のそばには、紫がかった実、白っぽい実と色々な実が浮いていた。全体的に薄い金色ベースであることは確か。
「え? 金色?」
「どうした?」
私の隣にぴったりと立って周りを警戒していたバーツが、私の声に反応。
「ううん、実が金色だったから」
「金って、魔石の粉の色か?」
「うん、多分」
ボーと見ていたら、リックさんが後ろから声をかけてきた。
「ルルちゃん。思いふけってるところ悪いけど、日が落ちる前に野営の準備するから」
そう言って、テントを張ったところまで案内してくれた。ごめん、何にもしてなかった。火を使っていいか判断が付かなかったから、夕食は干し肉と干し野菜でサッと食べて寝ることになった。
日の出前に皆、もう起きていて樹を眺めてた。日の出とともに煌めきが一帯を包む。神秘の中にいるようだった。
虫や獣もいたけど襲ってこない。――ここはそういう場所なんだ。不思議と、その事実が納得できる雰囲気があった。
望遠で観察してると、虫が湖の水を飲んでる。大きさはマチマチ。巨大虫が、湖に浮いていた白くて金色の実を、脚を使って引き寄せて持って帰ってる。虫は水の中には入れないみたい。
――だから巨大虫の種が決まってたんだ。
危険がないとわかった皆は、その辺を見て回ることにした。ぐるっと周りを回ると、岩肌と樹の間に隙間があって、洞窟が見えた。樹の幹が膨らんでて、途中、水たまりもあったが洞窟まで歩いていける。
「ルルちゃん、あそこの洞窟、行ってみる?」
リックさんが振り返ってバーツの顔を見た。ちょっと、どういうこと?
「行きたい!」
「ダメだ!」
言うと思った。皆も、やっぱりなって顔してる。
「行かないと来た意味ないよ?」
「……イヤダ」
そっぽ向いて駄々こね始めた。
――しょうがない。
過保護なバーツに両手を伸ばすと、無意識に抱き上げたバーツは「やられた!」という顔をして、渋々、皆の後ろについて洞窟に入っていった。ふぅ。
中は光が届かないと思ったけど、洞窟と、山肌の上のほうが斜めにくっついているらしく、そこら中、光が差し込んでいた。
洞窟幅も広くバーツたちが横並びで三人歩ける。途中、右と左に分岐の道もあり、どちらも大きな広間に繋がっていた。最奥まで到着すると、体育館ぐらいの広さの部屋があり、一番奥の壁が一面金色のプレートみたいな見た目だった。
「岩肌に金色のプレートって、なんか……壁画みたい」
近くまでよって見ると、魔石の粉が固まったものだった。粉の元はマグマの塊なので、この壁自体が相当巨大な火山岩だ。凄い……。
「ルル、どうした?」
私が長く壁を見つめてたからだと思う。バーツが心配そうに声をかけてきた。皆は?と思ったけど、皆も壁には興味を示さず、あっちこっち見て回っていた。
「ううん、なんでもない」
巨大な金の塊に心をトキメかせるのはきっと、落ち人だけなんだ。と、不思議なところで文化の違いを感じてしまった。金の壁画を左手で触りながら、反対側の壁まで歩いて行こうとしたら……。
「え?! これ!」
「ルル?」
手に、何かが引っかかってよく見ると、手のひらサイズのハートマークが彫ってあった。
「コハルさん……」
その声を聞きつけた皆が飛んできて、私の手元を覗き込む。あんなに金には興味がなかったのに。
「おい…」
「これは…」
「女神?」
「愛のマークやんけ…」
「……」
皆、うずくまり、胸に手を合わせ始める。横を見ると、バーツも跪いていた。
私は、いつまでも終わらない皆の祈りを見守りながら、血の道で造られた国々の歴史を思い出していた。
――どれだけ……女神に縋ったんだろう。
垂れ流れる血、目の前で途切れる命。それでも皆、女神を信じてた。愛していた。
そして——ハートの意味を誰にも言わずに行ったコハルさん。きっと長老たちが、いつか、想いを託せる人を連れてきてくれると信じて、ここに描いて行ったんだ。
――あなたの愛を見つけました。
私も、涙が止まらなかった。
何百年前にこの星に来て、私の仲間の祖先を助けてくれた人。
私も手を合わせると頭を下げた。
――あなたの仲間の子供たちは、私が頑張って守っていきます。
この洞窟を女神の神殿にすることになった。発案者はなんと、サムさん。
「俺、帰らねぇわ」
愛しいメスを見る目つきで女神のマークを見つめるサムさん。そんな眼差し、初めて見たよ。
「どうして?」
振り返ったサムさんの目は、日の光をうけて、金色に輝いてた。
「俺は、生まれた時から親はいねぇんだ。ま、代わりに、仲間がいたがな。うるせぇくらいに騒がしくて、よくケンカもした。それと長老がいた。あの人は、本当にいい親だったよ。甘やかしもしねぇし、逃げも許さねぇくせに、泣きつけばちゃんと話を聞いてくれる。叱るときなんか、本気でこっちのことを思って怒ってんだ。だから俺、自分のことを不幸だって思ったことは、あんまねぇな」
そこで彼は、少し照れたように笑う。
「そりゃ、悩んだことがなかったわけじゃねぇけどよ。……なんで俺には親がいねぇんだ、とか、この先どうすりゃいいんだ、とかさ。胸が苦しくて眠れない夜も、ちゃんとあったさ。けどよ、そのたびに女神に祈った。山に向かって、ぐちゃぐちゃの気持ちをそのままぶつけて……。不思議なもんで、そうすると少しだけ胸が軽くなる。答えをもらったっていうよりかは、『ちゃんと聞いてもらえた』って感じか」
彼はもう一度、ハートマークへ視線を向ける。
「俺は、女神の神殿を守りてぇ。長老に育ててもらったみてぇに、女神にも何度も支えてもらった。だったら今度は、俺の番だ。ここを守ってれば、昔の俺みたいに迷子になった誰かが来ても、きっとまた女神がそいつを支えてくれるだろ。俺はそばで、ただ見てればいい。手伝えたら、なおいい。――そうやって、女神と一緒に生きていけたら、それが最高だ」
女神が好きな毛並みを、毎日欠かさず整えていたが、今日、役だったな、と、笑うサムさんは幸せそうだった。
一度、取りに戻り、狐族長老の毛皮壺もここに安置する。
――お待たせしました。
大好きなコハルさんのハートマークの下でゆっくりとしてください。
下げた頭を上げて、洞窟を出る。
トカゲの上から見下ろしたサムさんの顔は誇らしそうだった。
「じゃあ、また来るね」
「ああ。来い来い。どっちにしても、長老たちが来るまでにここを整えておかねぇとな」
アハハ、と大きな口をあけて笑うサムさんを初めて見た。寂しいけど、しょうがない。仲間の旅立ちだから。
「サムさん、本当にありがとうございました。私が生きていられるのも皆が居てくれたから。サムさんが守ってくれたから。絶対にまた来るから、元気でいてね。約束してほしい」
「ああ。女神にそう言われると、マジでいい気分だな」
ニカッって笑った顔が次の瞬間、歪んで、森まで飛んでいく。バーツが蹴飛ばしたみたい。
「バカだな」
「バカですね」
「バカとしかいえない」
「アホか」
いつも通りの皆の会話を最後に出発した。涙が止まらなかった。
「どうせすぐに来る。長老たちを連れてこなきゃならねぇからな」
私に旅をさせたくないくせに、泣いてる姿のほうが嫌だからって、「渋々」って顔に書きながら私にそう言い、慰めてくれるバーツ。優しいね。
徐々に遠ざかっていく山を振り返り、置いてきた仲間を思って流れる涙は、止まる気配がなかった。
それからしばらくして、リックさんがうちに来た。
ウーが倒れた。と。
許さない。
わがままってわかってる。
ウーさんの過去を知ったあと、ずっとずっと考えてた。
他人の人生を私が歪めていいのかって。
でも、わがままって言われてもいい。
酷いって言われてもいい。
ウーさん、私は、「許さない」って覚悟を決めた。
未来を変える。
長老たちがくるからな、早く整えねぇと。メシは実でいいだろ。どうも白っぽいのは虫も食べてるし、いけそうだ。
洞窟内を少し広げて、落盤しないように石で整える。
洞窟の天井と壁は、荒く削った石柱と石の梁で支えた。
崩れやすい岩肌の前には厚い石積みの内壁を築き、亀裂には小石と泥が詰める。
「ルルちゃんのアイデアを生かすために、ガザルで岩山工事を手伝ってよかったな」
出来上がりに笑いが零れる。
洞窟に、石造りの家を無理やり押し込んだような造り。
泊れる部屋も用意した。
「いつ、長老たちは来るんだ? 待ちきれずにすぐにでも来そうだが」
食料も用意がいるか?
と考えつつ、女神のマークのところに行く。
触らない。
触れたら消えそうだから、触れない。
これは皆のものだ。
「愛してるぜ、俺の女神」
もう一人の女神が教えてくれた祈りの仕方で、今日も挨拶をした。




