行こう
久しぶりに呼ばれた代表会。
もう、嫌な予感しかしない。
前回の、あの酷い会議が脳裏に蘇る。
部屋に入った瞬間、ざわざわしていた話し声がぴたりと止んだ。嫌な感じ。一斉に振り向いた顔は揃いも揃って物凄い笑顔だった。嫌な予感が当たる時って、皆、大体こういう顔をしてた気がする。帰りたい。
私とバーツが席に着いた途端、待ちきれないとばかりに猿族長老が話始める。
「ルル様。女神の国の、祝日というものを取り入れようと思っている」
「休みは、メスと”でえと”するんにちょうどええ言うてたやろ」
兎族長老も、珍しく満面の笑みで身をぐっと乗り出し、耳をピコピコさせながら聞いてくる。
「はい。日付が合えば、婚活とかもしやすくなると思います」
街が幸せに満ちていく光景が目に浮かんで、つい顔が緩む。婚活の後、デートとかに発展するなら公園とかも作りたいな……リックさんに相談かな。そういえば、ジョーガンにいる未婚のメスから買い物をしてみたいって相談受けていたんだよね。始めは外商とかでもいいんじゃないかな。ウーさんに相談になるけど。
なんて、色々と想像していたら、話がどんどん進んでいた。
「ルルちゃんが、そういうなら良い」
「熊も賛成じゃぁ」
「ふむ」
他の長老たちも嬉しそうに頷き、次期長老や代表たちも同意の表情を浮かべている。
――あれ?
ふと見ると、リックさんだけが顔を引きつらせて首を横に振っていた。……んん?
「では、春を最初に感じる日を『女神の日』とし、皆、”でえと”を行うこと。また”でえと”ができないオスは、広場に集まり、女神の偉業を語る会に参加する。良いな」
「「「「「「「「賛成!」」」」」」」」
――え!?
思わず口をぱっかり開けて、皆の顔を見回した。全員、当然だと言わんばかりの表情で私を見ている。リックさんはというと――頭を抱えて机に突っ伏していた。
「却下ですぅぅぅ!」
「「「「「「「「え、え、ぇ、ぇ、え、え」」」」」」」」
――当たり前でしょ!
あの日は、本当に疲れた。思い出すだけで、ため息が出る。
「……はぁ」
午後の代表会までまだ時間がある。私はいつものようにバーツの膝の上でまったりしていたけれど、気分は重かった。
「バーツ、なんで呼ばれたか知ってる?」
「あれだろ………あれ、しかねぇな」
「はぁ……。山?」
「だな」
「だよね……」
――山かぁ。
初めて参加した長老会を思い出す。あれは……招待というより誘拐だけど。あの時から山に行きたいって言ってたからね。悲願だってことはよくわかる。
だけど――簡単に言うけど、道がない。ドゥは奪還しないことになったから、一番近いギャラからでも十日。虫次第ではもっとかかる。川沿いを進めば水の心配はないけれど、それでも往復で約一か月。
仲間たちだって、そんな長期は簡単じゃない。
「もし行くとしても、ドンダさんは無理だよね? ウーさんもお店あるし」
「あぁ、そうだな。メスは連れて行けねぇしな。……ん?」
「ん?」
お互い、はっとして顔を見合わせた。
「………連れてかねぇぞ」
「何言ってるの? 私が行かなきゃダメでしょ?」
「はぁ? 俺も行かねぇぞ?」
「え? バーツが行かなきゃ、たどり着けないよ? さすがに火力が足りないと思う」
「お前と離れるなんて無理だ」
「だから、私も行くって」
「…イヤダ…………イヤダ……」
この手の話では、今までずっと私が勝ってきた。バーツもそれを思い出したのか、悲壮な顔でぶつぶつ繰り返している。
知らない。
そのあと、代表会の前にジューの町を少し歩くことにした。
手を繋いで店通りに入ると、最近はメスも外に出るようになっていて、とても賑やかだった。花屋や雑貨屋も増え、通りは色とりどりの景色に変わっている。……けれど。妙なものが増えてた。
「めす の はな あります」
「めす の きらきら あります」
店の看板に、ロゴマークがついていた。でも――全部、同じポーズ。熊も猿も、みんな親指を立てている。
「ねぇ、みんな同じポーズだけど、決まりあるの?」
「は? 女神の国じゃ、店のマークはあれだろ……?」
「え?」
バーツも何かおかしいと気づいたらしい。顔を引きつらせながら呟く。
「まじか……」
――ウーさん、だ。
ウーさんが絶対に嚙んでる。私の顔も引きつってきた。気が付かなかったことにしよう。うん、それがいい。
「じゃ、きらきらって何?」
「ああ、これだ」
一瞬にしてデレデレの笑顔になったバーツは、すっと手を上げた。目の前十センチのところにピタッと止まった指輪。てか――近い。煌めきしか見えない。なんなら、ピントが合わなくてぼやけて見える。
「この光は愛のキラキラだ」
さらに手を少し動かし、わざわざ光を反射させていた。反射的に指輪から顔を遠ざけたけど、指が追いかけてくるから、ぼやッとした視界の中に目に刺さるような光だけが映る。チラッと見たバーツの顔は、完全にドヤ顔だった。
緻密なこの指の動き。正確に目の前十センチをキープするテクニック。どうみても――出し慣れている。ここ最近わかってきたことがある。それは、私が何かしてあげたことで流行ったものは大体バーツの自慢から始まってるということ。
――わかった。
この流行、絶対に、バーツから始まってる。私の長年?の感がそう告げていた。
もぉ。
嬉しいし、恥ずかしいし、何とも言えない、くすぐったいような温かさが広がる。顔が赤くなってきたから話を変えたい。
「ん。えーと、あ、店名はないの?」
「そりゃそうだろ。ルルしか女神がいないんだから」
ボーとし始めた頭には意味がわからなくて聞き返す。バーツ曰く、この世界には、店名をつける文化がない。店名は、自分の名前と同じで誰かに貰うもの。だから商売繁盛のために、女神から名を貰いたいらしい。
「アホどもが。皆、却下だ」
バーツが顔を歪めて吐き捨てた。やきもちから来ているとはいえ、全員分の店名は無理なので助かる。と思っていたけど、まだ文句は終わらない。
「ウーの野郎、あいつは相変わらず抜け目ねぇ……チッ」
二つも名前ももらったと、ブチブチ言い続けてた。ヤバい。
「あげた」と言えば「なんでだ」と、怒りだして、半分……いや、九割の確率でベッドに連れ込まれるのは目に見えてるし、「あげてない」と本当のことを言えば、確実にウーさんに殴り込みに行く。どっちの未来も無理。そっぽ向いて嵐が過ぎるのを待つことにした。
ウインドショッピングは困ることが多すぎる。本当に。
城に着くと、やっぱり全員が揃っていて、視線が一斉にこちらを向いた。……デジャヴ。
狼族長老が顎を引く。
「では、全員集まったところで、次の議題だ」
そして――予想通り。
「お山に行きたい」
長老たちが、口々に言い出した。しかも最近は、国の行く末も見えてきて、方針も固まってきたせいか、遠慮がなくなった。
「ルル様、動けるうちに一度お山へ参じ、女神様へご挨拶申し上げたく存じます」
狐族長老が袖口を整えながらそう言うと、熊族長老も負けじと瀕死アピール。
「わしも、生きてるうちにお山に行きたいのぉ」
ヨボヨボと言わんばかりに、いきなり手を震わせてコップの蜂蜜茶がちゃぷんと揺れる。ずるい。さっきまで、ガンガン飲んでたの見たから。
「ん、ん。あー。皆、復興が優先だ」
そんな中、やっとだけど、狼族長老が、いつもの威厳が全く感じられない言い方で、皆に注意を促してた。ちょっと不満だけど、それでも、皆を止めてくれたことに感謝を感じた瞬間。
「だか、皆の言うことも…まぁ、ん、ん。なんだ。言いたいこともわからんでもない」
――ひどい。
狼族長老だけは味方だと思ってたのに。
じぃっと長老を見つめていると、チラチラと私の顔色を窺う長老と目が合う。無表情になっていく私の顔を見ては、どんどんと顔を背けていき、最後は長老の背中も見えるぐらいに、あっちに向いてしまった。それでも、他の長老たちを止めてくれる気配はなくて、他の長老たちのキラキラした目は私に突き刺さり続けていた。
「行こうとは思ってたので、計画は立てますけど……」
わぁーっ、と部屋が一気に沸く。
もう少し後にしたかったけどしょうがない。けど……って、続きを言おうとした口を閉じる。誰も、私の「けど」の先なんて、聞こうとしない。うーん、困った。
ガンッ!
「いい加減にしやがれ!!」
叩きつけた拳が机にめり込んだまま、バーツが半立ちで皆を睨み据える。怒声が天井にぶつかり、反響して耳に刺さった。私もびくっとして、思わず見上げる。
「ルルにばっか背負わせといて、聞く耳持たねぇたぁな……毛、毟られてぇのか」
低く唸るように恫喝するバーツの姿に感動して涙がでそうになった。あんなに行きたくないって言ってたのに、それでも全力で力になってくれる。大好き、バーツ。
「俺のメスだ。お前らだけで行け」
どさっと座りなおすと、私を膝の上に抱き上げてそっぽ向く。全員の顔が、見事なくらい同時に引きつってた。
長老たちが悪いと思うし、私も今はまだ動きたくないから、バーツが作ってくれた断りのタイミングに乗ってもいい。ただ――長老たちが女神をどれだけ好きか知ってるし、何より狐族長老との約束がある。だから――。
「行きます。けど、二つ条件があります」
真剣な顔で言うと、さっきまでの浮かれた空気が、すっと静まった。頭の上からは「ケッ」って声が聞こえる。ごめんね、バーツ。
「まずは偵察です。その後に、長老たち」
あからさまに肩を落とす皆。
「その時に行くのは、“今の”長老たちです。補佐の皆さんと代表の皆さんは留守番です」
「「「「「「「「え?!」」」」」」」
いきなり、顔つきが明暗分かれた。置いていかれるとわかった人たちは、ギャラ奪還前日の虎族のような顔になり立ち上がった。長老と仲間以外なので、三分の一ぐらいの人数だが、身体が大きいこともあり、かなり圧迫感がある。
今までの私なら少しは怖がっていたと思う。でも修羅場を何度も潜り抜けたからか、皆の顔が怖くない。さらに言えば、どうして自分も行けると思ったんだろう?と不思議に思って、眺めている自分がいた。
「と…とうぜ、ん……」
声が震える。
一旦口を閉じる。うーん。嘘ついた。声を出して初めて気が付いたけど、頭は慣れたつもりでも身体は怖がっている。さすが次期長老たち。実力者ぞろいってこういうことなんだ。と、身体は恐怖で硬直、頭は尊敬で感心、と、器用なことをしていると、バーツが激怒していた。
「座れ」
瞳孔が開いた目で皆を見据えてる。
「俺のツガイにやりやがったな。誰がやったかは覚えたぞ」
バーツのほうが上みたい。皆、崩れるように座ると、今度は泣き落としに来た。自分だけでも、と悲壮な顔で縋ってくる。
「なぜですか?」
「我らも!」
「案内役が――」
「助手が――」
でも――。
「留守番です」
一律却下。当然だよね? 留守を守ってもらわないと。
ちなみに後日の話だけど。
立ったメンバーの一人と城の廊下ですれ違った際、顔がボコボコに腫れていて、初め、誰だかわからなかった。「顔、どうしたの!?」と心配したけど、何があったかは教えてもらえず、バーツから目を背けるその姿から答えを見つけた。足も引きづっていたから相当バーツが暴れたみたい。ごめんね。
バーツ、やりすぎ。
皆、必死だっただけだよ。
そっぽ向かない、キスしてきてもダメ。ちょ! お尻揉まないで!
やめて……。
ん、……ん!
会議後の話に戻るけど。
仲間たちだけで今後の話し合いを行った。
皆が、いつ行くか、何を持って行くかを話し合ってる中、思いつめた表情でドンダさんが言いだした。
「俺、行けないよ。リューを連れて行けない」
皆は、話をピタッと止めてドンダさんの顔を見る。数秒の沈黙のあと、口火を切ったのはブルーさんだった。
「いいんじゃないですか? 今まで私たちは……あぁ、バーツは単独でしたが……ずっと一緒に命を助け合ってきました。救われた回数も、救った回数も一回や二回じゃありません。ですが、今、私たちに求められているのは、私たちだけが生き延びる戦いではありません。ドンダは、ここで代表として勤めを果たし、国民の命を救ってください」
ブルーさんがそういうと、ドンダさんは、重い責任を思い出したのか、顔つきを変えて頷いた。
「リックも代表だろ? 残るのか?」
ジャンさんが、隣にいたリックさんをニヤニヤ見てる。
「いや、俺は行く」
リックさんは絶対に譲らないと言わんばかりに、身体を前のめりにして返事してた。
「ダメだろ? 代表のまとめ役だからな。留守番しとけ。女神のことは俺に任せとけばいい」
頷きながら半分本気のような口ぶりで、リックさんにダメだしするサムさん。
「黙れ」
すねたような口ぶりのリックさんは初めて見た気がする。ちょっと笑っちゃった。
「ウーもお店……ですよね?」
「行くに決まっとるやろ」
「店、どうすんだ?」
「この間、挨拶させたやろ。えちぎょにゃは、もうトーに任せとる」
――え!?
ウーさんがえちぎょにゃの運営を、誰かに渡した? カウンターにいた新しい兎さんの顔が頭に浮かぶ。
「言うても、助言役として俺も残っとるけどな」
「あぁ、あの兎か。もう一人、いなかったか?」
「ラーか。あいつはおみしょにんの運営や。ほかはサーが回しとる」
――忙しいから……ウーさんは忙しいから。
「俺は戦士やからな」
「まぁ、違うとは言わねぇけどな」
三人の軽い話が聞こえてきただけなのに…うまく言えない違和感が残った。
「そういや、ルルちゃん。俺、新しい事業始めてん」
ふっと思考が途切れる。
「え? どんな?」
「見たいやろ? ほな、行こう」
ニヤニヤしたウーさんが軽く席を立つと、振り返りもせず
「じゃぁ出発は春な。用意しとけよ」
と言って扉から出ていった。
バーツも新事業について知らなかったみたい。「は?」と言いながら、私を抱き上げてウーさんの後を追う。その時にはもう、さっきの違和感を感じたことを……忘れてた。
「三人も雇ったんやし、暇になった思て始めたんはええけど、形にすんのは今までで一番大変やったわ」
と渋い顔して言いながら、狼族の村のほうに行く。
「どの村でもええんやけど、一番近いんが狼やから、見学はそこな」
長老宅の前まで来ると、前に無かった家が出来てた。家と言っても住める大きさじゃない。二畳ぐらいの小屋。窓がある。窓の真上にでっかい兎印。それだけ。用途がまったく分からない。
「ここや」
「……うん」
「ウー……今度は何を作りやがったんだ?」
腕から降ろしてもらって、窓から中を覗いたけど、普通の空間しかなかった。ウーさんは、壁に寄りかかりながら、ニヤリと笑って説明を始める。
「ここは受付場や。予約制やねん」
そう言って中に入ると、窓から顔を出す。……耳が引っかかってる。兎族は受付できない仕様?
「前に、ルルちゃん、“うた”したやろ? 女神の国では、受果のときにその“うた”やるらしいって狐の文献読んでな。思いついたねん。皆、受果のお願いしに長老のとこ来るやろ? その帰りに、ここで予約や」
「えちぎょにゃ…では、しない、の?」
さっきの違和感がまた襲ってくる。でも、ウーさんの呆れたような視線に意識が引っ張られた。
「ルルちゃん、酒場に神聖さ、は、ないで」
「…………」
――不満。
思わず、じっとりした目でウーさんを見る。
絶対、値段、高くするよね? ふっかけるウーさんに、呆れられるとか……ちょっと、納得できない。「なんやその目」とでも言いたげに、片耳と片眉だけぴくっと動かすウーさん。これは、負けられない勝負。目に力を籠める。隣からため息が聞こえるけど、バーツ、止めないで。負けられない戦いってあるの。
「まぁええわ。とりあえず、うた、聴かせたるで」
何に勝ったのか、何を勝ち得たのかわからないけど、勝った!?
勝利の余韻に浸っていると、ウーさんはさっさと歩き出していた。今度は、私がプロポーズした広場に向かってるみたいで、プロポーズの時の恥ずかしさが襲ってくる。バーツも思い出したのか、私と違う意味で目が潤んでた。
「これは、”女神そんぎゅ”というもんや。俺、耳がいいから、ルルちゃんがしてるのを聴いて、すぐに覚えたんや」
ピカピカの笑顔で振り向きながら報告してくれた。
「着いたで、ちょっと待ってな」
広場の端に新しくできてる小屋に入っていく。少し経って、猿八人衆+猿族長老が登場した。
――え、長老!?
長老は横一列に並んだ猿八人衆の前に立ち、棒を持って、目の前の八人衆に向かって丸を書き出した。
「おい……あの動き、お前が指示飛ばすときのだろ」
バーツが、おでこに皺を寄せて、凝視してる。確かに、私が砦の屋上から指示を出すときに『あのあたり』『この方向』と、指す時の動作に似ているような……。
綺麗に並んだ八人がいきなり、ぐぐっと胸を張った。と同時に、真ん中にいた一人が、やけに真面目な顔で口を開く。
「アァ〜……アッ」
すぐ切れた。
一瞬後、隣が慌ててつなぐ。
「オオォッ、オ、オッ」
後ろの一人が関係ない高さで入ってきた。
「キィーッ」
声が止まり、全員が一瞬その人をみた。そして、また気を取り直して始める。
「アーオ、アーオ、アアッ」
「ウッ、ウッ、オー」
「キョッ」
「ウゥ〜〜……ッ」
顔を引き攣らせながら息を出してるところをみると、伸ばそうとして失敗してる? のかもしれない。苦しそう。藻掻いてる…。見ているこっちの顔が歪んでいく。
――ん?
音?
あれ?
首をかしげる。
曲?
んん?
これって……。
「……もしかして、私が歌った……歌」
ウーさんは満足げに頷き、長老はピカピカの笑顔で振り返る。
最後だけやたら揃った。
「オオォーーッ!」
二秒もたずに全員むせて終わった。それでも本人たちは、完璧に歌いきった顔をしてる。なるほど。歌が生まれてない理由がわかった気がした。多分、声帯はまだ進化中なんだ。最後のグルグルを終えた後、長老がこっちに歩み寄ってきた。
「新たなる名誉を猿族にもらえるとは……感謝する」
長老は涙ぐみながら、頭を下げてくる。そんな、覚えはない………とは、言えないから。えーと…。
「じょ……上手…でした……………………タブン」
「猿族しかできんかっただけや」
「女神の”うた”ができるのは猿族だけだ」
ウーさんが疲れ切った顔で言った言葉に対して、誇らしげに返すと、長老は胸を反らせながら、猿八人衆と控えの家に帰って行った。
歌…というと、ちょっと違うけど、まぁいいか。
えちぎょにゃに移動して、”せいかたい”ができるまでの苦労を聞く。
「どの族もやりたい言うたが、声が伸びへんし、キーキー音しか出ぇへんし……俺の耳、死ぬか思たわ」
ビール片手に、げっそり顔のウーさんが、どれだけ自慢の耳にダメージがあったか教えてくれる。想像して、ちょっと吹き出しそうになっちゃった。ダメだししても帰らずに、あの手この手で”せいかたい”に入ろうとしてくる姿も、合わせて思い浮かび、笑ってた顔が引きつっていくのがわかる。ウーさんのげっそり顔も理解だ。かわいそう。
「ウーさん! 勤務中です! ビール飲まないで助けてください!」
「えちぎょにゃの一つや二つくらい、ひとりで回せるやろ」
「三人雇ったからって、事業が増えてたら、足りなくなりますって!」
カウンターから、トーさんが叫び泣いてる。溜息付きながら、それでも助けに行くウーさん。
「そんなわけあるかい。場所の交渉やら、運営のルールやら、人の手配に育成まで、全部俺がやって、もう終わっとんねん。あとは日々の業務だけや、楽なもんやろ」
なんでそんなに泣くんだ?と言わんばかりのウーさんだけど、その量、普通の人にできるわけがないと思う。トーさんに同情。
「忙しくなってきたな。俺たちはもう帰るぜ」
「すまへんな」
「ウーさん、じゃあ山、ね」
カップにビールを注いでたウーさんは、「山」という言葉で手を止めて、私の目を見つめる。
「あぁ、山やな」
手を止めて言ったウーさんの、真っ黒な丸い目は、私に『終わりの先』をみせていた。




