皆で決める未来
あれから――。
国のこれからの在り方について、長老たちは何度も何度も話し合いを重ねていた。そして今日。現時点で決まった内容を共有したいと言われ、久しぶりにバーツと共に会議へ参加する。
城の一室。
そこには、次の長老と目される人たちも集まっていた。
その中で、ベーベさんがこちらに気づき、いつもの調子でニコニコと声をかけてくる。
「バーツも~ルルちゃんも~元気そぅだねぇ」
「よぉ。べーべ.。顔色良くなったじゃねぇか」
「あ、ベーベさん」
――本当だ。
目の下から仲間たちが消えてる。
「みんながぃろぃろしてくれたから~剣の注文がへったんだよぉ、ぁりがとねぇ」
「よかった」
「倒れる前に何とかなったか」
私もバーツも、ほっと胸をなで下ろした。
そのとき、人を避けながら手を上げて近づいてきたのはリックさんだった。
「ルルちゃん。今日はありがとう。バーツも悪いな」
「こんにちは」
「よぉ。リック、なんか人多くねぇか?」
部屋を見渡す。
一、二、三……。
――十九? 私たちを入れると、二十一人。
「そうだね。長老、長老補佐、国代表の予定者……あとは兵士長たちかな」
「兵士長?」
「前に言っただろ。ギャラに新人を集めて訓練したいって。そういうのも含めて、国が増えたから虫との戦い関連をまとめて管理しようと思ってる。その役だね」
「そういうことか。リックは何すんだ?」
「俺は代表だな。最初は代表のまとめ役になる」
何でもないことのように言うけど、今はまだ存在しない役職の、さらにまとめ役。さすがリックさん。
「え! おめでとう。本当にすごい」
「長老じゃねぇのか? ま、どっちでもできるだろうがな。他の人選終わったのか?」
私のお祝いの言葉にはにっこり笑ったリックさんも、バーツの言葉には苦笑いして、「それがさ……」と何か言いかけた。
その時だった。
「しねぇよ」
後ろから、いかにも面倒くさそうなサムさんの声が聞こえてきた。振り向くと、声そのままの顔をしたサムさん――だけじゃない。いつもの仲間たちが揃っていた。
「俺はできねぇよ。手伝いはするけどな」
「俺もするんだよ。サムだってできるでしょ」
ドンダさんは、私たちに挨拶しながら、サムさんを「さぼっちゃダメだよ」と叱ってる。珍しい光景。
「ドンダさんは、代表? それとも兵士長?」
ベーベさんが長老補佐のはずだから……。
「俺ねぇ、代表」
ほんわかした雰囲気のまま、嬉しそうに言うドンダさん。
「ほぉ。やるじゃねぇか、ドンダ」
「うん、皆のおかげだよ」
「ドンダさん、おめでとう」
納得だった。
ドンダさんは細かいことは苦手だけど、それ以上に人望がある。責任感も強いし真面目だ。ツガイを見つけてから、顔つきも変わった。
「ルルちゃん、ドンダだけじゃありません。私も兵士長になりました」
「え? 本当? おめでとう!」
ブルーさんなら長老でも務まりそうだけど、あれほど兵士に強い想いがあるなら兵士長の方が合っている。そう思って頷いていたら――。目の前でバーツが、ブルーさんに顔をぐっと近づけた。
睨んでいる。
「おい。ルルにいい顔しようとすんな」
――もぉ。
この流れは止めないと。
私はバーツの腕をぽんぽんと叩く。すると、さっきまでの顔が嘘みたいに、ニタニタ笑いに変わった。そのまま私を抱き寄せ、頭のてっぺんにキスを落とす。そして、声はもう完全に十八禁。
「寂しいのか? ん? なんだ、甘えん坊の俺のメスだな」
――わかってた。
こうなるって、わかってたけど。恥ずかしい。
仲間のじゃれ合いを止めるためとはいえ、犠牲が大きかったかもしれない。無表情になっているだろう私を見て、リックさんは事情を察したのか半笑いで頷いた。
「俺も、副兵士長だ」
そんな中、わざわざ屈んで私の顔を覗き込み、報告してきた人がいた。
「ジャンさん…………オメデト、スゴイ、サスガダネ」
ジャンさんは偵察だけでなく、現場運営にも関わっている。偵察部隊をまとめてきた実績もあるし、適任だとは思う。――ただ。この人、たまに空気読まない。
案の定。
私と密着しているバーツが、射程内に入ったジャンさんの顔に右アッパーを放った。――私の犠牲は………。
リックさんが同情した目で私を見始めたけど、直視できない。ブルーさんは「馬鹿ですね」と飛んで行ったジャンさんに言ってた。――ブルーさんが、それ言うの!?
バーツの腕はがっちり私を抱きしめて逃げられそうもないし、色々と飲み込めないけど、全部「感じない、知らない、わからない」で過ごすことにした。
「ウーさんは? 何かするの?」
いつもなら一番に話しかけてくれるウーさんが、そっぽ向いて静かにしてるので不思議。
「俺もせぇへん。これ以上忙しくなったら、死んでしまうわ」
口をへの字にして、全くやる気の感じない声で教えてくれた。
――だよね。
ウーさんは全く興味ないと思ってた。
「だな」
バーツもウーさんがしないことに納得してる。
ウーさんは味方が増えたと思ったのか、顔を向けてバーツを見ると、思いっきり「そやろ」と泣きそうな声で訴えてきた。なんでも、長老たちが諦めないみたい。
「いやや、って言っても聞いてくれへんねん」
育ての親と言ってもいい兎族長老には、ウーさんも強気に出れないみたい。か細い声で、一生懸命、理不尽さをバーツに伝えてる。
「ルルちゃん……」
いつも強気なウーさんが弱ってる。
しょぼんとした顔、ウルウルした目、掠れて聞こえなくなりそうな声。
「ウーさん、大丈……」
一瞬にして、ウーさんが目の前から消え、飛んで行った。
「え!? なんで!? バーツなんで蹴ったの?」
驚いて後ろを振り返ってたら、牙を剥いたバーツがいた。なんならウ゛ゥゥと唸ってる。
「ルルちゃん、騙されちゃダメだよ。バーツがいつも言ってるでしょ。兎はズルい。兎はズルい。復唱して」
リックさんが真顔で私に復唱を促してくる。
――え!? でも……。
言わないでいると、バーツの唸るような声が飛んできた。
「ルル、復唱だ」
「……ウサギハズルイ、ウサギハズルイ」
「まぁいいか。ルルちゃん、ウーはな――長老相手に汚い手は使わない。でもね、負けたことは一度もないんだ。しかも交渉事で“弱る”なんて、あいつには絶対にないよ」
「ウーのアレは、ルルに甘えてるだけだ」
苦みを潰した顔してるバーツと、肩をすくめてるリックさん。
――え? じゃあ、あの顔は…………嘘? て、これは汚い手じゃないの?
バーツとリックさんの顔を何度も見て、「この世界の常識って難しい」っていう実感を、味がしなくなるまで噛みしめた。
その後も――部屋はしばらく、カオスだった。
次々と人がやってきて、私に報告をしていく。どうやら、私の知り合いが報告したことを見て、自分も、と思ったらしい。
「ルルさん、お久しぶりです。ユガリです。ギャラ奪還の偵察に同行させていただいたのですが、覚えていらっしゃいますか?」
「あ、ユガリさん、お久しぶりです。もちろんです。あの時はお世話になりました」
「覚えてくださってたんですね。嬉しいです。俺、次の長老になることになりました」
「そうだったんですね。おめでとうございます。ユガリさんはしっかりされて……」
「ユガリ……じゃ、あ、な!」
バーツが後ろで唸り始めた。「失礼なんじゃ?」と思ったけど、メスに話しかけたらオスに怒られるのは当然みたい。ユガリさんも、「これからよろしくお願いします」と言って、ウキウキと尻尾を振りながら去って行った。怒られてウキウキ?
「ルルさん、俺は……」
こうして続いた報告。最後に、狼族長老が「全員、挨拶終わったか? これで全員、納得したということでいいな?」と、皆に声をかけてた。ん?
――どういうこと?
バーツも「はぁ!?」と文句を言いたげだったけど、リックさんに「まぁまぁ」と宥められてた。でも私は、リックさんのニコニコとしたあの笑顔で気がついた。リックさん、最初に報告しに来たよね。きっと――この流れ、最初から仕組まれてた。
窓から差し込む柔らかな光の中、皆が席に着く。
「では、始める」
狼族長老の低い声が部屋に響いた。
「本日は、これまで決めた事項の確認と問題点の話し合いとなる」
静かな緊張が走る。
「まずは確認から。戦いの復興が終わった後、各国は、代表が、今後の国運営、並びに人数調整などを行う。長老は種族の歴史と行く末、調整などを担う。また、それとは別にすべての国の防衛を担う長を一名、補佐を一名立てる。この職位を兵士長、副兵士長と呼び、国をまたいだ戦力調整と強化を行う」
ブルーさんとジャンさんがこっちを見て頷いてきた。
――だから……。
バーツも。隣で「毛、毟るぞ」とか言って唸らないで。
「今後、長老会は、代表会と名を変え、参加者は各国代表と各族の長老そして兵士長とする」
――そういえばバーツはしないの?
疑問が顔に出てたみたい。バーツは私の頬を撫でると、微笑んで首を振ってきた。
「俺はルルのそばを離れねぇ」
「うん、バーツはルルちゃんの護衛。ルルちゃんが国政に参加してくれるなら、バーツも役職してもらえるんだけど」
と、リックさんが例の笑顔で口を挟んでくる。冗談じゃない。
「しないです」
「うんうん、知ってる。そうだよね、そう言うと思った。大丈夫だよ、皆でやっていこうって、前回の会で誓ったから」
ちょっと、例の笑顔のままの言葉に嫌な感じが抜けないけど、私は絶対にしないからね。
こそこそ話してる私たちを置いて、議題は進んでいく。
「次に、国の在り方についてだが……。ガザルは、国の近くに岩でできた高台があるが、居住としても活用できる程度に大きい。よって、ここに国を移すことを前提として国づくりを進めることとした。問題はあるか?」
「ルル様。誠に恐れながら、どうしてもお耳に入れとうございます」
狐族長老が立ち上がり、私を見た。決意が宿った目をしてる。
「狐は、秩序を重んじる街を築き上げ、女神よりお褒めの言葉まで賜りました。それこそが狐の誇り、すなわちガザルという国にございます」
テーブルを回り、こちらに歩いてきた。大きな尻尾が体の横からチラチラはみ出して見える。でも止まってるみたいに動きがない。
「そのガザルの民が岩山への移住を受け入れるか否か――それは、ひとえに“誇り”が保たれるかどうかにかかっていると言っても、過言ではございません」
私の前で立ち止まり、跪く。
「街並みを整える責は、無論、我らにございます。とはいえ、ほんの一言で結構にございます。ルル様よりご助言を賜れましたならば、民もまた、心から納得し、今以上の秩序を保つことでしょう」
「………わかりました」
女神という名前と責任は、欲しくないし負えない。けど、この引っ越しは重要な「変化」。皆が決めた内容で、私ができることなら協力したい。
「いいのか? 嫌なら断ればいい」
バーツが心配しながら見てきたけど、大丈夫。私だってこの世界の住人だから。
「私もその道の仕事をしてたわけではないので、どこまでできるかわかりませんが、皆さんと一緒に頑張ります」
ホッとした顔をして、尻尾を振りながら席に戻る狐族長老。この件に関しては兎族長老も突っ込みを入れなかった。
「では次にジョーガンについてだが、ジョーガンは森がせり出してきている。このまま行くと森に囲まれるかもしれん。よって、ガザルででた岩を運び、木の家から岩の家への変更を進める。問題は寒さだ。猿族の多いジョーガンは岩の家に向いていない」
「それやな」
「難しい……な」
皆で、ちらちら見てくるのは。止めてほしい。人数が多い分、圧が――。でも確か…………。
「んー。石の壁は、確か内側に土壁を塗ってたような……気がします。 うちはバーツが毛の絨毯をたくさん引いてくれたから温かいけど……」
そうなんだよね。インテリア的にもシックな感じになって、温かくて…って、違う。話が逸れた。
「ん、ん。たしか材料は、粘りのある土に、砂とか草を刻んで入れる感じ……です。そのあと、たしか……固さ調節をしていた……ような気がします」
ずっと昔に見たテレビを思い出しながら説明してると、筆記してる狐族と猿族長老が見えた。
「あ、石の表面に傷つけたり、溝刻んだりしてから、泥水みたいなのを先に塗るんだっけ? そのあと、作った土を押し込む感じで塗っていく……はずです」
「やってみよう」
猿族長老が目を輝かせてる。
「多分、試行錯誤がいると思います。詳しくなくてすみません」
「いや。これほどまでに教えを授かったのだ。感謝せねばなるまい。必ずや、完成させてみせよう」
鼻息荒く、頷いてる猿族長老。
――そ……そう?
よろしくお願い……します。
「では、ジューもジョーガンも、決めた通り、ガザルで出た岩の建物とし、今教わった、ルルちゃんの指導内容で建てる」
キラキラとした眼差しで全員がこっち見た。
――人の役に立つって、居たたまれないものなんだ……。
新しいことを知った私だった。
「残ったビルとギャラについてだが、両国は、全部、建物を生命の木に変える」
「いっぺんにやったら森がはげるさかい、徐々にやな」
兎族長老の言葉をきっかけに、議論は続いた。
予算、順序、方法。
そして最後に決まったのは、
国づくりはガザルから。
予算は復興の余剰から。
無理のない範囲で、ゆっくりと。
ということだった。
――こうして。
「星の進化」との共存が始まった。
戦いではなく、共に生きる道。
相手は対話のできない存在だから、きっと簡単ではない。それでも。皆が力を合わせれば、この星と共に歩く未来を作れる。
そんな気がした。
会議が終わり、部屋を出たところで、猿族長老が声をかけてきた。
「少し、話がしたい」
そう頭を下げながら、長老の部屋まで私たちを案内する長老。ふと長老の背中が丸くなってることに気が付いた。
――そういえば、私、ここにきて何年たったんだろ。
数年は経った。長老の変化を見ながら、流れた時間がよみがえる。
初めて会ったときは高圧的に見えた長老だったけど、虚勢を張ってただけの不器用な優しいおじいちゃんだった。抱えた問題が一つずつ片付いて行くと、徐々に虚勢が無くなって、不器用な優しさだけが今は残ってる。仲間たちにいい様にされてる感はあるけど、でも、きっとわかって受け入れてるんだろうと思ってる。
「着いたぞ。今、茶を用意してこよう。そこに腰を掛けているがよい」
真ん中にテーブル。壁に腰までの棚。棚の上は、色々なものが飾られてた。特に多いのが花瓶。無骨な岩でできた花瓶に花がさしてある。色とりどりというには、少し赤みが少なくて、白と黄色が多いけど、でも綺麗。
「それはな、ジョーガンから持ってきた花でな。今はジューでも売り始めている」
持ってきたお茶をテーブルに置きながら、ニコニコと教えてくれる長老。
「……私にはな、花というものは国が落ち着いた証のように見えるのだ。女神が好み、メスが喜ぶ。まるで幸せを象徴しているようでな」
少し目を潤ませながら、花を大事に撫でてる。
――そうだった。
その言葉に、胸が締めつけられる。この人はいつも一生懸命、一つ一つを大事にしてる。
「綺麗ですね、花瓶はどうしたんですか?」
「ほう。さすがはルル様。これの良さがわかるか」
パッと顔をあげ、キラキラした目で、私を見つめてきた。
「これはオスが作ったものだ。足を失くした者たちでも、座って作れる物を考えてみてな。今は兎族とも調整しておって、売りに出せぬか模索しているところだ」
息が詰まった。
「全員が、弓の才を持って1るわけではないのでな……」
皺だらけでかさついてる手で、優しく花瓶を持ち上げ、私に見せてくれる。私は、今にも零れそうな涙を出さないために、洩れそうな嗚咽を飲み込むために、吐く息も飲み込む。
「いい……花瓶…ですね。私も……一つ、欲しい…です」
「…………そうか。それは……うれしいな」
頭を下げる長老の肩は、少し震えていた。
女神の名前の使い方を少し理解した気がする。バーツも、横で耐えてる。この間、リックさんに「女神のオス」としての覚悟を教えられたから、ツガイのメスへのプレゼントなら怒るけど、これが女神の役割ってわかってる。大好き、バーツ。
椅子に座って、お茶を飲む。コーヒーみたいなお茶で、久しぶりの味に少し肩の力が抜けた。
「ルル様、改めて……これまでの不行き届きを詫びたい」
「え!? そんな……」
「いや、きちんと詫びねばなるまい」
深々と、テーブルに頭が付くまで下げた長老は、ゆっくりと話し始めた。
「コハル様は、民を大切にせよと、我らに多くのことをお教えくださった。私はな、『想い』というものを授かったからこそ、我らは『人』であれたと思っている。だが……『人』であり続けるというのは、あまりに重い。種族としてどこへ進むべきか……その先の道は、私にはどうしても見えなかった。……そんな折。ルル様が、メルを救い、メスを救い、さらには我らに名誉まで与えてくださった」
顔をあげ、しっかりとした目で私を見つめる。
「我ら猿族の女神は、ルル様である」
涙が引っ込み、顔が引きつるのがわかる。
――嫌。
女神職なんてしたくない。
「ルル。イヤなら猿を全滅させる」
顔を寄せてきたバーツが、目を血走らせ私を見てる。
――え!?
全滅!? 物騒すぎる状況は望んでないんだけど。
「知らねぇのか……。お前が作ったシチューは猿族の中で、『女神のご馳走』と呼ばれてるぞ」
唖然とした私の顔を見て、ちょっと焦った感じで教えてくれるバーツ。
「かまくらで食うシチューはな、猿族の命を守る。蜜月前に仕込んどきゃ、美味しいってメスに喜ばれる。命を繋ぎ、愛を育てる――女神様直伝のシチューってわけだ」
命、愛……私が頑張って、奔走してきたものだから、本当なら嬉しいと思う……はず。けど、すっごく「違う!」って感じるのはなんでだろ。泣ける。
そんな、緊張感抜ける会話をバーツとしてる横で、猿族長老は頭を下げて、泣き続けてる。
「女神に会い…たかった。会うことは…一族の悲願であった。叶わぬと……わかっておったものの、どうしても諦めきれず……。こうして叶い、うれしく思う」
「……これから、お山に行きます。そんなに泣かないでください」
コハルさんが山から下りてくる、なんて嘘はつけないけど、女神に会いたいと泣く猿族は、あまりに可哀そうで、自分が女神っていうもの、受け入れられず、誤魔化す言葉がスルッと口から出た。
「ルル様…………コハル様は……お山には……おらん」
絞り出すようにいう長老。
――え。
「コハル様は……一度も、我らに会いに…こなかった。一度きりなら、時が合わぬことも……あり得よう。だがな、ずっととなれば……話は違う。コハル様は……約束を破られる御方ではない。ならば……答えは一つしかあるまい」
上げた顔は、泣き笑いという言葉を体現した顔だった。
「お山に……いや、この世界に……もう、いない」
独りで、悩み、苦しみ、答えを見つけ、隠し、背負ってきた、その重みが見える顔だった。
「しかし、ルル様。このことは、兎族には内密に願いたい。兎らは、女神のために野菜を育てることを誇りとしている」
目尻を下げ、皺の奥まで柔らぐような眼差しで続ける。
「おらぬと知れば、あまりに哀れ。あれほど楽しげに、野菜を育てているというのに」
――だから……だ。
納得した。
ウーさんが前、「ジョーガンだけ、野菜を買う量が妙に多いんや。ルルちゃんが住むなら、ジョーガンがええな」ってバーツに言ってた。メスが多いからかな?と思ってたけど、違った。兎たちが楽しくたくさん育てられるように、長老がいっぱい買ってあげてたんだ。
長老全員が、いないこと知ってて、全員が誰かのために内緒にしてた。――いつになったら、私は泣かなくても良くなるんだろ。
「……………長老。約束します」
私も、泣きながら、精一杯笑った。
愛が溢れきっているこの世界が、本当に、本当に、大好き。




