蜂蜜色の価値
あの日の会合は、静かに終わった。
誰も今後のことを言わない。ただ――
少し上がった顎、
光る眼、
握られた拳、
なにより、重く頷きながら帰っていく背中が、会合の成功を私に教えてくれた。
あれから何度か話し合いをしたみたい。
始めは呼ばれたけど行かないって答えた。私がいなくても自分たちで未来を決めていけることを、私は知ってる。なんなら、私が行くと、逆に良くない未来になりそうな気がしたから。
そんな中、ドンダさんに春が来た。
復興状況の確認をしにギャラに行き、夜、えちぎょにゃで皆と報告会をした。みんな揃うまで雑談するのがいつもの恒例。
「家もだいぶ出来てきたなぁ。お前、今、ギャラに住んでるんだろ?」
リックさんがビール片手に、隣にいたサムさんに疲れ切った声で聞く。
「ああ、復興の手伝いがメインだからな。お前は今どこだ?」
サムさんも力ない声で、リックさんに聞いてる。ビールを持ち上げる気力もないのか、あまり減ってない。
「俺はジューで長老の手伝いだよ。ただ…あんまり家に帰れてない」
がっくりと頭を垂らしたリックさんの肩を、ポンポンと叩くサムさん。
慰めてるようにみえるけど、顔つきは違う。思いっきり仲間を見つけたという顔をしてた。
「俺もだ…」
リックさんと同じように頭を垂らしたサムさんに、優しい声をかけるのは、その隣に座ってた、やつれはてたブルーさんだ。
「リックもサムも疲れ果ててますよ。倒れないように仕事調整してくださいね」
明日は全員、女神の権限で、強制休暇にしようと思う。今まで迷惑しか被っていない”女神”の称号。ここで思いっきり元を取ることにした。
皆が、「明日は休める」と、嬉しさ半分、仕事が溜まると泣きが半分で、撃沈してる中、ドンダさんが来ない。
「ジャンさんは不参加って言ってたけど、ドンダさんは遅いね」
「あー! それやそれ! ドンダにツガイが見つかったで」
ウーさんが、思い出したかのように言ってきた。
疲れていたはずなのに、その瞬間空気が変わり、皆が同時に立ち上がる。
「遅いですよ! ウー!」
「知ったときにすぐにチビトカゲだろ!」
「はあ? ルルと同じ女神か?」
――すごい!
喜びがあふれてきたけど、周りは皆、ウーさんを責めていた。――一人を除いて。
「リックさん……」
シー。
口元を抑えて、首を振ってくるリックさん。
――あぁ。
リックさんも知ってたんだ。
ウーさんだけが怒られ、リックさんはビールで顔を隠しながらいないふりをしてた。
その後、ウーさんは、ビールを飲む暇もなく、凄い質問攻めにあっていた。
ドンダさんのツガイは虎族のメスで、虎族国を奪還の際、どうしても国で暮らしたいという父親がサムさんに相談をし、メスがいるなら仲間と護衛をすることになって、ご対面となったらしい。
――素敵!
「お祝いしようよ!」
無意識に拍手してた。皆の視線で気が付いたから、止めたんだけど興奮は止められない。
「祝いってなんだ?」
バーツが首をかしげてる。そういえば、私たちもそういうの無かった。と思い出したんで、説明する。
「私の国では、結婚すると皆がお祝いするの。プレゼント渡したり、お披露目をするような会を開いたり」
「果物とは別に、ですか?」
「うん。それは蜜月の差し入れみたいなものでしょ?」
「そやな。プレゼントはいい考えや」
「お披露目会もいいんじゃねぇか?」
「どっちもやればいいと思うが……」
「受果後やな」
皆、さっきまでの草臥れた姿が嘘のように、元気になり――顔は悲惨なままだけど――ビールを飲んでは、色々と決めていた。
結果、蜜月後に受果をするので、その後お祝いを兼ねて、えちぎょにゃでお披露目会となった。
「ルルちゃんの国ではプレゼントもするのか。何にするか……」
リックさんがビールのカップの淵をなぞりながら、「うーん」と考え込んでいる。
「剣……は、ベーベが作るんだろ?」
「そうですね……」
サムさんとブルーさんも思いつかないみたい。ウーさんは、無言のまま、私の顔を見てる。
「プレゼントはどんなだ?」
バーツは考えるのを放棄したのか、私に聞いてきた。
――うーん。
果物…………蜜月中、差し入れするみたいだけど、バーツにはしてほしくない。他のメスのために危険を冒してほしくない……っていうか、そこまでしてほしくない。独身しか差し入れしない理由ってオスの願望だと思ってたけど、意味が分かった気がする。
衣料…………きっと、ドンダさんが独身時代に沢山作ってるよね。バーツを見ればわかる。
「ペアのカップかな?」
「なんだそれ?」
バーツが切った肉を私の口元に運びながら聞いてきた。
――もういらないよ?
お肉は、本当に、もう、いらない。
「……次から、野菜も置いとかなあかんな」
ボソッと呟く声が聞こえた。
――ごめんなさい。そして、よろしくお願いします!
お肉を避けながら、ペアについて説明をする。
「お互いがお揃いの物を持つの。二つ合わせると一つの模様ができる物もある。こんな感じ……」
バーツのカップと、ウーさんのカップをくっつけて並べて、跨るように手で作ったマルを当てる。
「いいですね、それ」
「ああ、特別なカップになるな」
バーツとウーさんはすごく嫌な顔をしてたけど、全員イメージが付いたのか頷いてた。
「カップだけじゃなくて、服とかもできる。同じ形にするとか色にするとか、マーク入れるとか……」
「服か! そりゃいい」
バーツが食いついてきた。着てる自分の服と私の服を見比べて、なんか考え始めてた。
――いっぱい服あるのに……。
ちょっと失敗したかも。と思いながら、ハートマークも説明しておく。ウーさんがペンと紙を持ってきたので書いて説明。カップの真ん中にハートマークを入れたものを作るってことで決まった。奇跡的に出会えたツガイって意味でも、二つくっ付けるとハートになるという模様がいいらしい。
最後に、色についても説明。赤が愛の色、ピンクが恋の色ってざっくりと伝えたら、ピンクがなかったみたい。たしかに花にピンクがなかったと思いつつ、赤と白を混ぜたような色って回答しておいた。
作成は、流石にベーベさんは忙しすぎると、ウーさんの知り合いの熊に製作依頼するみたい。カップの模様とか、ウーさんに、バーツが念入りに依頼していた。
――なんで、バーツが? ドンダさんのプレゼントのはずじゃ?
まぁ、カップはいいけど衣類は…と思っていたが、やっぱり、バーツが張り切って作りだした。しかも全服をそれにしたいみたい。勘弁して。
次の日、朝から悩んだ。お披露目会は、メスが来るかはその時のドンダさんたち次第になるけど、お祝いのため新しい料理を作りたい。何がいいだろうか?
落ちてきた当初は、調理器具がなくて直火だったから何もできなかったけど、今なら、フライパンと鍋がある。問題は私の知識と経験が無いだけ……。覚えてるもので、できそうなもの――――唐揚げ!
作ったことないし、調味料は塩しかないし、粉も小麦粉しかない。成功するのかな……若干の不安。でも試作を実行。
塩と小麦粉をまぶしただけの鶏肉を、私は震える手で油に落とした。
衣は剥げた――……お肉が見えてる……どうしよう。
油は跳ねた――顔、イタッ。
肉は焦げた――なんで?
出来上がりは酷いものになった。魔法陣で火は操れるはずなのに。——そもそも、揚げ物の正しい温度を知らなかった。
「火事の匂いがする」
バーツは鼻をひくつかせて、私の周りを心配そうにウロウロしてる。流石に恥ずかしくてバーツの顔見れない。とりあえず、焦げてるから揚ってるはず………と思って味見したら
――苦くて、中は生。ついでになんか脂っぽい。
泣きそう。
バーツは、味見しようとした私に向かって、
「え!」
「ぁ…」
「ウゥゥ」
と言葉にならない声を出してた。顔の移り変わりは
「そんなもん食べるな!」
「ツガイが作ったものを……俺は否定してしまった……」
「ルル、大丈夫か!? ……でも言えねぇ」
という流れ。わかりやすい。
――ううん、初めてでうまくいくわけない。
ちょっと落ち込んだけど、お祝いだから頑張りたい、と何度も作った。温度調節のスライドの位置、動かし方。衣のつけ方、量。油の量、色んなものを試してメモを取って――やっと完成。
バーツは恐る恐るひと口食べる。
「うまっ!」
成功するまで二個しか作ってなかったから、残りのお肉も全部唐揚げにした。バーツが「うまい!」と何度も言っては、一人で食べたんだけど、すごく嬉しかった。
私は当面、唐揚げは食べたくない。だって成功したと思ったものしか食べてほしくなくて、ここまで私だけの味見で頑張ったから、お腹も口の中もさすがに脂っぽい。
一日がかりだったけど、できてよかった。
お披露目会、当日
ドンダさんからの希望で、お披露目会前に、バーツと私だけ会うことになった。場所はなんと、うち。
ドンダさんのツガイは、リューさん。
ボリュームがあってキラキラしてる金色の髪と、同じ色の光るアーモンドアイを持ってる。ウーさんより大きくて、バーツほどはないけど百九十センチはあるんじゃないかな…。虎族特有の体格らしく、がっちり系の女性だった。尻尾もキラキラしてる。凄いゴージャス美人。
初めまして、と用意していたクッキーを出したら、嬉しそうに食べていた。私に会いたいと言ってたみたいだけど、相談があるみたいで、クッキーを食べながらチラチラこっちを見てる。
バーツとドンダさんは、いつも通り、「なんで言わねぇんだよ」とか「言う暇なんてないよ、バーツだってなかったよ」とか、笑いながら言い合ってた。
「二人で話しますか?」
こっそりと、リューさんに声をかけてみたら、オス二人が同時に私を見て、速攻「「ダメ!」」って言ってきた。
「そばに居たいから連れてかないで」
ドンダさんが、凄いしょんぼりした顔で言ってくるから連れてけない。でも、リューさんの顔を見てると……やっぱり何か話したそう。
「声は聴けちゃうけど、あっちの角で話するのはどう?」
シブシブ納得したドンダさんと……バーツ。
――何でバーツも…………。
と思わなくもなかったけど、とりあえずリューさんと角まで行った。
口をモゴモゴさせた後、きりっとした目をして、決意した様子で語り始めた。
私は大きすぎて醜い。だから女子会とか、婚活とかに行ってみたかったけど、オスにいらないと言われたくなくていかなかった。ドンダさんに会って惹かれたし、ツガイだから諦められない。だから受果をした。だけど、幸せだけど、これでいいのか、ドンダさんはかっこいいから私じゃないほうがいいのかと思ってしまう。
というような内容を、つっかえながら、一生懸命話してる。可愛い。
リューさんの後ろ――あっち側の部屋の隅では、立ち上がったドンダさんをバーツが抑えてるのが見えた。
――うーん。この美醜の価値観、本当、何とかならないかな。
「私はね、ドンダさんがより、バーツのほうがかっこいいと思うけど……」
と前置きしたうえで、今度は私がリューさんに話し始める。
あっち側の部屋の隅では、立ち上がったバーツをドンダさんが抑えてるのが見えた。あの二人……何やってるんだろ。
「私ね、違う世界から来たでしょ。それで、すごく不思議なのが、好きって気持ちが一番大事なこの世界で、なんで外見が大事なことに入ってるか、本当にわからない」
首を傾げながらリューさんを見たら、「そういえば……」って、今気が付いたような顔してる。
――そうなんだよね、この世界。「好き」が凄く大事なのに、美醜に基準があるって変。
「女神が美の基準って言ってたけど、そもそも、うちの国では、好きが基準だよ」
「え!? そうなんですか? でも……女神は細くて綺麗だって……」
「それは種族特性ね。うちの国民、ここの人と比べたら、全員、細くてチビになるって、自信持って言える」
「……そこに自信ですか?」
クスって笑う姿がまたキラキラ。ゴージャスなきらめきが凄い。
「ちなみに、リューさんがうちの国に来たら、凄い美人でオスからのナンパが凄いことになるよ」
というか、ゴージャス過ぎて、逆にナンパ難しいかも……と笑ったら、リューさんは驚いた顔した後、ぽろぽろと泣き出した。
「すごく綺麗な金色の髪。私の国ならそれだけでモテる。しかも宝石みたいな尻尾。すごく綺麗。私、今、外見だけしか言ってないけど、めちゃくちゃ美人だと思う」
手を握りしめて伝えたら、凄い力で握り返された。
――ギャ!潰れる!
と思ったけど、瞬間、バーツとドンダさんに引きはがされた。バーツがやきもち妬きで助かった。
救い出した?リューさんを抱きしめて慰めてるドンダさん。でも……ドンダさんのほうが泣きそうな顔してて――笑いながら涙が止まらないリューさんと、悲しそうで困って泣きそうなドンダさんのツーショットが、幸せがいっぱいの光景で、こっちまで幸せで泣きそうになった。
バーツも、私を腕の中に取り返して、身体の力が抜けて行ってる。頭の上にキスを降らせてきて――本当に、すごく幸せ。
リューさんが落ち着いてから、えちぎょにゃに移動。リューさんは、もう来た時みたいな苦い笑顔は無くなってた。よかった。
えちぎょにゃで、ドンダさんがもみくちゃになった後、皆、カップ片手に乾杯の体制。私とリューさんはもちろん桃ジュース。
「みんな、ありがとぉ。今日のこともそうだけど、今までもそうだよ」
少し俯きながら、涙をこらえる顔で続けるドンダさん。カップ持つ手が震えてる。
「俺は、一族から勇者って言われたけど、力が強いだけで、戦いでは、みんなの足ひっぱってばっかりだ」
声も、少し震えてる。
「俺が生きてるの、みんながいたからだし。毎日、がんばろうって思ってたけど、でも勇者はちょっとむりだったんだ」
皆、ひと言も言わずに聞いてる。
「けどね、俺、ルルちゃんから槍もらって、みんなが、いろんなことを任せてくれた。だから、勇者まではいかないけど、俺は、やっと戦士になれたと思う」
顔をあげたドンダさんのオレンジがかった目は、強い決意を宿して光っていた。リューさんを抱き寄せると、大きな声でしっかりと宣言する。
「今までありがとう。俺、受果したよ。これからもがんばるね。みんな、よろしく」
かんぱーーーーい!!
最高のお披露目会で、私は涙が止まらなかった。
――だけでは、話は、終わらない…………………………。
ウーさんが、ペアグッズを売り始めたのは、パーティー次の日だった。一応、ドンダさんのサプライズプレゼントの後だったというのは、ウーさんとして良心的な動きだったのかもしれない。
――これか!
プレゼント決めの時、全く発言しないで私を見てたのは。気が付いたときは衝撃だった。ウーさん!!
しかも――商品は、色とりどりのペアカップだけじゃない。ペア服の作り方教室、ハートクッションや絨毯の作り方教室、更にはどうやって作ったのか、ピンク色の糸まで売り出した。しかも、兎印の”おみしょにん”という新しい店を、各国で同時開業して、そこで売ってる。
――あぁ。近江商人の三方良しの話ししたからだ。
悪徳に歯止めをかけようとしたが、仇になったみたい。泣ける。
あの話をしたときは、めちゃくちゃ納得してたから、多分、ウーさんなりに、事業は三方良しなんだと思う。――なんか違う気もしないでもないけど。
もちろん、連日盛況。各教室は予約も難しいらしい。なんでも「オスのたしなみ」なんだって。
それでも、なんで、ここまで売れてるの?って不思議に思ってたら、「はぁとまぁく は めがみ の くに の あい の しんぼる」という宣伝看板が、売り場に置いてあった。
やり手すぎて、言うことありません。




