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異世界に落ちたら愛を知った  作者: 青井空


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ドゥの終わり

ジューの城の一室で長老会が開かれた。



これまでの奪還が、すべて順調だったわけではない。ただ、取り戻せるものは確実に取り戻してきた。そんな経験が、最後の国についても、どこかに、まだ方法は残っているはずだ――という希望を皆に抱かせていた。



午後の光が、窓から静かに差し込む中――長老たちは、ガザル奪還時とは比べ物にならないぐらい自信にあふれた顔で席に着いていた。


「それで、どうだったのだ」


猿族長老が、口火を切った。私に質問してきたが、回答をするのに躊躇した。その様子を見た他の長老たちが、次々に自分の報告を始める。


「槍の準備はぁ問題なぃのぉ」

「酒の備えも整えてございます」


その二つは、奪還時に争点になるところだった。熊族長老も狐族長老も、最後の国の奪還に万全の準備をしてきたみたい。決意を目に晴れやかな顔で報告してくる。


「虎も用意ができている」


最大武力の虎族もすでに準備に入っていた。


「食料も、もう半分以上は用意できとるで」


止めは兎族。にこやかに、大丈夫だと言わんばかりに、頷きながら私を見てる。


――応援してくれてる。

長老たちの心が痛いほどわかるからこそ、申し訳なさでいっぱいになる。


私は、狼族長老に向かい、出ない声を絞り出した。


「ドゥ、ですが……ありません、でした」



私は、できる限り感情が入らないように、ただ淡々と、ドゥの様子をそのまま伝えた。


城がなかったこと。

建物もなかったこと。

草原と、若い森が広がっていたこと。


報告が終わった瞬間、部屋の空気が止まった。


「ドゥが……ない?」


虎族長老が、呆然としたまま呟いた。


「……どう……いう……」


猿族長老は、言葉を探すように口を開いたまま、続きを言えなかった。


理解しきれない、という表情が、次々と広がる。


腰をほんの少し浮かせたまま止まる。

力が抜けたように背もたれへと身体を預ける。

身動きできずに固まる。


誰も、次の言葉を見つけられず、止まった時間の中にいた。



その中で、狼族長老だけが静かに話し出す。


「草原だったか」


低く、落ち着いた声。


「よく……そこまで、偵察に行ってくれた。感謝する」


そう言って、深く頭を下げる。


「いえ。ですが、奪還するとしても、何をどうすればいいのか……」


言い終わる前に、狼族長老が首を横に振った。


「奪還は不要だ」


――え。


誰かが声を出したのか、それとも皆の心の声だったのか。ただ、全員「信じられない」という顔で狼族長老を見ていた。


「何もない土地に、国を一から作るよりもだ。すでに奪還した国の立て直しが優先だ」


狼族長老の声は、明朗で淡々とした、迷いのないものだった。


「今は、種族の垣根を越えて、皆が好きなように移住し、好きな国に住んでいる。これが本来あるべき我らの姿ではないか」


少しだけ、視線を落とす。


「生活に必要な土地は、すでに十分に取り戻している」


その言葉に――誰も返す言葉を持たなかった。




ドゥの奪還は、なしとなった。





廊下に出る。


落ちつつある日に照らされ、少し影がついたバーツの顔を見上げた。


一番取り返したかった国。バーツの祖国。でも、現状、なすすべが思いつかず、奪還は見送られてしまった。ごめんね、バーツ。


泣きそうな私の顔を見て、バーツは微笑みながら私を抱き上げる。


「気にすんな。狼族の連中で、ドゥにこだわってるやつは多くねぇ」

「でも……」


優しいバーツは私のためなら何でも言う。


「そうだ」


声がして振り返ると、狼族長老がいた。長老の顔も穏やかだった。城の出口へ向かい並んで歩く。


「どの種族もな、城にしなきゃいけないことを残してきた。だが狼だけは違う。我らはドゥを出るとき、思い出以外は全部持ってきた」

「思い出は……重要なものではないのですか?」

「そうだな」


少しだけ間が空いたが、同じ口調で続く。


「ジョーガン生まれも増えた。今さら、年寄りの思い出のためだけに、ドゥかどうかも分からない土地に、国を一から建てる物資も余力も、ない」


それは、一族を束ねる者の決断だった。


――そうか。

これが、国を治めるということ。……重い。


何も変わらない長老の様子に、私は言葉すら失くした。





後日、色々と決めることがあるからと、長老会は何度か開かれてた。


「私の部屋を城に作っていいか」

「私の銅像を建てたい」


という、私宛の要望があるときは呼ばれたが、いつも通り国の運営については参加しなかった。毎回参加してほしいという長老たちの視線は見てないことにしてる。だって…


「部屋? いらねぇな。帰る場所なら、ジョーガンにある」

「銅像? ふざけてんのか? 建てたらぶっ壊す」


と、バーツが怒ることばっかりお願いしてくるから。運営に参加してもきっと何か揉める。間違えない。



そんな感じで、決定事項はいつも後から聞くことになる。でも今日は、呼び出しがかかった。きっと何か揉めるんだ。溜息をつきながら参加する。



「今後の長老会の開催場所を、持ち回りではなく、どこかの国に決めようと思うがどうか?」


猿族長老の議題から始まった。


「良ぃのぉ。毎回変わるぅのもよぃが、移動が大変~だからのぉ」

「ええ。理にかなっております。地理的にも、ジューが最適かと存じます」

「良い。虎は賛成だ」

「兎も、それでええで」

「猿も同意する」

「熊もよぃぞぉ」


「では、決定とする」


狼族長老の一言で、来月からの定例はジュー開催となった。


「狼の。トカゲは用意しておくから、いつでも声をかけてくれ」


猿族長老が、五体は必要か? 一族の何人ぐらい移動するのだ? と、ぶつぶつ言いながら、メモを取ってる。


「引っ越し?」


つい声が出ちゃった。だってそんな話題出てなかったから、びっくり。


「せや。まとめ役なんやし、長老会がジュー開催なら、引っ越したほうがええやろ」


兎族長老がニコニコ顔で言うと、決定事項のように狼族長老以外、頷いていた。


確かにそうだけど。まとめ役とか、引っ越しとか、勝手に決めていいのかな? と、思いながら狼族長老に視線を向けたら……


「引っ越しか……」


溜息をつきながら、狼族長老が肩を落としてた。


「大変ですよね?」

「ああ……女神の泉を模した庭をどうやって持っていくか。悩ましい……」


狼族長老がオデコに皺を寄せて、うんうん悩んでいる。


――それなの!? 


勝手に決められちゃったことは問題ないの? てか、長老の引っ越しの一番の問題が……庭? 女神、大好きなのはわかってるけど、なんか、開いた口が塞がらないとは……今の私だった。



議題はどんどん進んでいく。


「今後の国の運営につき、過去の記録を確認いたしました」


狐族長老が「各国、国民は、ほぼ同一の一族にて構成され、統治は長老が担っておりました。それ以外の前例はございません」と、状況を説明。何を話し合うんだろ?って、思って聞いていたら


「なら、あわんな」

「だのぅ。今は民が~混ざってぉる。ドゥ奪還もなぃしのぉ」

「長老やのうて、誰か別のやつがやったらええんちゃうか」

「ふむ。猿は同意する」

「狐も、異存はございません」

「狼もだ」

「虎も同意だ」

「熊もよぃぞぉ」


「では決定する。復興が落ち着くタイミングで、長老会から国の担当へ運営を変える。具体的な日程や内容は別日に決めるとする」


狼族長老が閉めると皆が頷いた。


――すごい。

気が付いたら、一歩、前に進んでいる。こんな大きな転換すらスムーズに決まるなんて。本当に、この世界の人たちは「自分が何を好きか」だけで動いている。


「欲」じゃなくて「好き」が重要なんだって感じるたびに、この人たちが大好きになる。ほのぼのと温かくなった心を感じて、バーツの腕にしがみついた。




けど……そのほのぼのとした温かさも、すぐに消えた。



「では、最後の議題だ」


一瞬で場に緊張が走り、熱量が一気に上がる。


「それで……だ」


狼族長老が、真剣な顔で私を見てきた。


「ドゥについては、狼族全員、納得している。だがな、狼族……いや、全種族の悲願があり、どうしてもお願いしたいことがある」


――嫌な予感しかしない。

思わずバーツの顔を見たら、バーツもこちらを見て、わずかに眉をひそめていた。


「……できることなら」

「まてよ」


バーツが身を前に乗り出して、低い声で続ける。


「無理なことじゃねぇだろうな。ルルに無茶はさせねぇぞ」


牙をむき出しにして唸り始めた。今回は威嚇が早い。


「バーツよ、まて。まずは話を聞け」


狼族長老が、バーツをなだめてると、熊族長老が私の顔を見て、にこにこと笑いながら少し弾むような口調で言ってきた。


「わしらはのぅ~女神のぉ山に~行きたぃんじゃ」


間延びした声に、全員の本音が、きれいに詰まっていた。


「僭越ながら――私からも、就任のご挨拶をさせていただきたく存じます」


今度は狐族長老。神妙な顔だが目は輝いている。


「そろそろ、わいの毛並みを堪能したい言いよる頃やろな。せや、ゴボウも一緒に持っていこか」


兎族長老が、耳をピコピコさせながら、にこやかに頷く。


「ふふふ。女神の御手によって毛並みを解かれたのは、狐の一族ただ一つ。その栄誉を示すためにも、狐の櫛を女神の御前にお納めいたしましょう」


そんな兎族長老を横目で見て、狐族長老が鼻で笑う。その声に反応した兎族長老は、目をにんまりと三日月にすると、机をトントン叩き始めた。


「ハッ。狐の櫛かいな」


――まずい。


あの感じだと、兎族長老は、絶対に狐印の櫛について裏事情を知っている。これは戦争になる。毛並み戦争――なんか笑えるけど、全然、笑えない。全身から冷や汗が飛び出た。止めるにはこれしかない。


「わかりました。行きましょう」


食い気味に言った声は、焦りすぎて少し裏返ってしまった。部屋の空気がぴたりと止まり、全員が一斉に私を見た。


「ルル、いいのか」


長老が反応する前に、バーツが、食い気味で言ってきた。


「嫌なら断りゃいい。そうだな、家にいりゃ果物も山ほどある。仲間とも好きなだけ茶、飲めるぞ」


どんどん早口になる。


「ん。そうだな、風呂もあるしな。野菜もなんだ、ほら、ビルから新しいものが入ってきてる。家で待ってる方が楽しいんじゃねぇか」


すごく焦った顔を、無理やり笑顔にして、家は楽しいアピールをしてくる。顔が引きつってるよ、バーツ。


「行く。どっちにしても、行かなきゃいけないから」


バーツの頬を撫でる。バーツを見てたら、焦りもどこかに行ったみたい。大好きバーツ。


「……そうか」


バーツは悲壮な顔でそう言って、私を抱き寄せる。……ごめんね。


「行かなきゃいけないとは、なんだ?」


猿族長老が、首を傾げて聞いてきた。


「虫が巨大化した理由の、裏付けを取りに行きたいと思っています。合わせて、対処も」


「おぉ……もう、すでに分かっておるとは……さすがは、ルル様」


猿族長老の目が輝く。そのまま跪き、手を合わせて拝み始めた。


――やめて。

本気で。女神じゃないから!


慌てる私の横で、バーツが低く唸る。


「おい。やめろ。ルルは俺のだ。勝手に拝むな。減る!」


――違う、そうじゃない。


いつも通り、変な戦いになってきた長老会に疲れ切った私は、さっさと訪問の詳細を決める。


「まずは復興です。そのあと私たちが先に見に行きます。偵察して安全が確保される方法を考えてから、長老たちの訪問を決めましょう」


当然、長老の安全が第一だ。私は復興の旗を振れるわけでもないし、色々な決断の覚悟なんて、もっと持てない。皆に守られて行く偵察のほうが、まだいい。


全員かなり渋っていたが、なんなら、かなり抵抗して、最後は自分だけでも――と言ってきたが、全員、一律、却下。当たり前でしょ!







夕方。

ジューのえちぎょにゃで、長老会の報告をした。


「……ルルちゃん、長老たちを止めてくれてありがとう」


話しが終わったときには、リックさんが頭を抱えてた。


「本当に。ご自身の重要性を理解していただきたい……」


ブルーさんも天井を見上げて呟いてる。


「無理だな。あの人たちは止まんねぇ」


溜息をつきながらサムさんが頭を振ってる。


――長老たちはどれだけ皆に迷惑かけたんだろ。


「ほかの長老は大変やなぁ。うちの長老は、そのへんきっちりしとるわ」


ウーさんがドヤ顔で長老を自慢してる。


――そうだっけ? 

兎族長老って、そんな人だったっけ?


「ウー。きっちりしてるのは金の勘定だけだろ」


リックさんがすかさず突っ込んでた。なるほど、確かに。


「ほかに何がおる?」


ウーさんは、本当に不思議そうな顔をしていた。


――そうだよね。

そうだった。ウーさんは、そういう人だ。


「とりあえず、俺はついて行く。その時は偵察部隊は休みだ」


ここ最近、偵察メインで一緒に戦ってなかったから、来てくれるって聞いて心強かった。やっぱりジャンさんが先頭にいるのといないのでは、安心感が違う。


「俺も行くよぉ」


皆の話をニコニコと聞いていたドンダさんも、すぐに同意してくれた。


「いかねぇやつはいねぇよ」


サムさんが笑いながら言うと、全員が頷いてる。ありがとう、皆。




その流れで、ジャンさんから、ギャラの森についての報告があった。


「幹は細かった。オス二人もいらないぐらいだ。背丈も……オス二人分くらいか。春になって、花が咲き始めた木もあった」


指で示しながら話してくれる。だけど、虫の話になると、少し表情が変わった。


「虫が全くいなかった。ただ……小さな蟻や、蜘蛛ならいた」


一瞬、言葉を探すようにしてから続ける。


「あと一度だけだが、お山の方から歩いてくる、蟻の群れに出くわした」


――やっぱり、そうか。


「こちらが攻撃しなければ、向こうも何もしない。ただ、通り過ぎていくだけだ」


少し、悔しそうに視線を落とす。


「先の国のことを考えて、攻撃すべきか迷ったが……こちらも六人と少人数だったから、やり過ごした」

「偵察部隊は情報を持ち帰るのが仕事だから、それでいいと思う」

「……そう…か」


一瞬、私に言われたことがわからなかったみたいで、きょとんとしてたけど、最後は、晴れやかな笑顔だった。



「戦わなかったことが正しい」っていうのは、皆にとって、心からの理解が難しいんだ。それに気付いた瞬間、胸がぎゅっと痛くなった。どれだけの過去がその思考を作ってきたんだろ。


私は少しだけ泣きそうになって、バーツの腕にしがみついた。


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