虎の強さ
虎の国――ギャラ。
かつて、六種族の中で最強を誇った国。
私は今、そのギャラ奪還のために偵察に来ている。メンバーは、いつもの仲間たちに兵士六名。案内役として、次期虎族長老候補の青年ユガリさんも同行していた。
「あと二つで全部の国を奪還とか、なんか、早いね」
今は、焚火の前で、バーツに寄りかかって夕食を食べた後のおしゃべりタイム。
「お前が来るまではな、そんな発想はなかった。それが……たった数年だ」
しみじみとそう言うと、私の頭に頬ずりをする。
「ルルちゃんのおかげだね」
「ありがてぇな」
「ご利益ですか?」
皆が会話に参加すると、頭上で「チッ」という舌打ちが聞こえた。そう、焚火は皆で囲んでいる。見張り番以外は全員。だから、べったりくっ付いている私たちに皆の視線は集まるわけで……。当然、初めは離れてってお願いしたよ。でもねぇ、相手はバーツだし、無理。自称「私の背もたれ役」は、今日も職務を果たしている。そして、私は皆のおしゃべりのネタの役目。消化不良を起こすかも。
「やめて。本当に。なんで、そうやってからかうのよ!」
皆は私が女神って呼ばれたり、扱われるのを嫌がってるって知ってる。ついでに、皆は、本当に全員で勝ち取った勝利であって、誰か個人の活躍というわけではないことも、十分にわかってる。わかってないのは、キラキラした目で見てる兵士さんとユガリさんだ。
「からかっているのですか?」
ユガリさんは驚いた顔で周りを見渡してる。
「当たり前でしょ。もしね、私が女神なら誰も戦わないで勝ってるよ。勝ったのは皆が戦ったから。すごく単純な答えなのに」
「ですが、剣も槍もなければ勝てませんでした」
ブスーとしてる私にユガリさんは焦って言い募る。
「違う。勝つって何? ジョーガンなら皆で守れてたでしょ。国を取り換えしたからって、勝ったとは言わない」
「ですが……」
そっぽ向いた私の頭を撫でながら、バーツが代弁してくれる。
「俺のメスだ。勝手に称えんな」
——違う!
首を振って手を払うと、バーツを睨みつける。……のに、なんでニヤニヤしてるんだろ。怒ってるんだよ、私。もぉ。口を尖らせて焚火を見ていたら、ブルーさんが苦笑して優しくユガリさんに向かって言葉をかける。
「ユガリ。ルルちゃんは普通のメスです。女神ですが普通のメスですよ」
ブルーさんの言葉に仲間たちは同意して頷いてるけど、ユガリさんは理解できないみたい。兵士さんたちと目を合わせては、失礼にならないように、でも理由を知りたい、って顔して、仲間たちの顔に答えを探してる。
「ふふふ。私たちには女神しかできないことでも、ルルちゃんにとって普通なら、それは普通のメスでいいじゃないですか。別に呼称などどうでもいいことです。ユガリは違いますか?」
「そう、でした。……そうですね」
「いまさらか。ハッ。俺たちだって命かけて戦ってんだ。女神であろうと手柄独り占めはさせねぇよ」
ブルーさんが微笑みながらユガリさんに問いかければ、サムさんはウインクしながら茶化してくる。本当にいい仲間! 大好き!……なのは、うんうん、もちろん、バーツだけだけどね。
ヒヤッとした空気を上から感じた私は背筋を伸ばし、バースという椅子に座りなおす。ちょうどいいから聞いてみたいことがあった。
「奪還ですが、どうして……次の冬を待ってくれてるんですか?」
彼らの血は戦いに燃える。誇りも、牙も、爪も、戦うためにある――そう信じていた。
他の種族は止めるのが難しいほど、早く奪還をという声が大きく、特に兎族は、静止させることすらできず突っ込んだ。私はてっきり、虎族ならビル奪還の直後にでも突っ込むと思っていた。それなのに――虎族だけが、動かない。その静けさが、私には何より不思議だった。
ユガリさんはしばらく黙り、やがて低く、静かに言った。
「虫との戦いで、我らは学びました。――傲慢こそが、最大の禁忌だと」
その瞬間、風が止まった気がした。
彼は拳を握り、焚火に視線を落とす。
「我らは強さに溺れ、他族の助けを拒み、“我らだけで十分”と信じました。その傲慢が、国を滅ぼした。それが……“ギャラの落日”です」
震える声。
それは、悔しさと痛みに耐えながら、恥を噛みしめるような声だった。
バーツがぼそっと呟いた。
「……すげぇな」
誰も返さなかったけど、その一言が、皆の心を代弁していた。ユガリさんは顔を上げ、私の目を見てまっすぐに言った。
「だから、我らは戦い方を変えました。ほかの種族の強さを“敬い”、共に戦う。もう二度と、“我らだけで勝てる”とは言いません」
葉がすれる音が遠くから響く。彼の言葉は、風にさらわれるように静かだったけど——確かに、胸の奥に届いた。
私は、ふと仲間の虎――サムさんを見た。いつも陽気に強く、どんな時でも這い上がってきてくれる人。その顔は無表情なはずなのに、強い想いも見え、初めて、彼の素顔を見た気がした。
——そうか。
今までのサムさんの戦い方が頭をよぎっていく。本来、虎は一匹で戦う。でもサムさんは、どの場面もスムーズな連携で、他人を尊重したような戦い方をしていた。そういうことかと、腑に落ちた瞬間だった。
「……虎族の一番の強さは、武力じゃなくて“心”だったんですね」
自分でも驚くほど、声が震えていた。言葉はユガリさんに対してだったけど、目はサムさんに向けて、伝える。彼の瞼が上下に動き、それだけで私の思いが伝わったのがわかった。
「……辛かった…ですね」
ユガリさんの顔を見てそう言ったとき、ユガリさんは顔を下に向けたけど、一瞬見えたその顔は、歯を食いしばり、必死に涙をこらえて歪んでた。バーツが黙って私の腰を引き寄せる。私は、泣きそうになる声を押し込んで、明るく言った。
「あと少しです。奪還したあとは、きっと大忙しだから、冬を越す準備、今のうちに計画しましょう? 物資の輸送、私も手伝います」
ユガリはうつむいたまま、静かに頷いた。彼の肩が、ほんの少しだけ、揺れていた。
強さとは、立ち上がることだけじゃない。
耐えること。折れないこと。自分の弱さを知って、それでも前に進むこと。
虎族の生き様から、私はそれを学んだ。
翌日午後、ギャラそばの丘に到着する。早速、私は望遠機能を使って、ギャラの状態を確認することにした。
望遠越しに広がる光景は、私の想像とはまるで違っていた。
戦いの凄まじさを物語るように、砦はほぼ崩れ落ち、建物もほとんど残っていない。草の間にかろうじて立つ木の柱には、蜘蛛の巣がかすかに光っている。目を凝らせば、カマキリやバッタの卵が、あちこちの草に白くこびりついていた。まるで国そのものが草原に呑み込まれたように見える。
森は、すぐ背後まで迫ってきていた。
……静か。
痛いほどに、静かだった。
「ここが、昔、六種族で一番の武力を誇った国……」
私の呟きに、前方でしゃがみ、地面を確かめていたユガリさんが振り返る。そして静かに頷いた。茶色を帯びた煙色の瞳。戦士の目をしているのに、その奥には深い哀しみが宿っていた。
その静寂を破るように笑い飛ばす人たちがいた。
「問題ねぇよ。俺たちは今までやってきた。そうだよな、ルルちゃん」
「だよね。もう三つも奪還終わったしね」
「昨日、湿っぽい話してルルちゃん泣かせたんやて? アホが。奪還戦じゃ先陣切らすで」
「何にもなければ奪還もしやすいな」
「そうですね。不意打ちがないですからね」
サムさんはニヤリと笑っていつも通り軽口を言い、ドンダさんはニコニコと頷いている。ウーさんはユガリさんを槍で突き始め、ジャンさんとブルーさんは、逆に手間が省けたと喜びの声を上げる。皆が、今回の奪還は今まで通りにはいかないとわかっているのに、誰一人恐れない。
「復興は……あー、ちょっと手間がかかるかもしれないけど、熊族が何とかしてくれるよ、きっと」
ユガリさんの肩をポンと叩いたリックさんの顔は穏やかだった。
全員立ち上がると、もう一度ギャラを見る。その顔は確かに、戦いを許可された”戦士の顔”だった。
帰ってすぐ、えちぎょにゃ・ビル支店に集まった。これから一年をかけて、どう動くか――その戦略を立てるためだ。
テーブルの真ん中に広げられたのは、狐族から借りたという古い書物。紙は乾いて少し黄ばんでいるけど、そこに描かれた生態の図はやけに生々しかった。
ブルーさんが指で紙を押さえながら説明する。
「カマキリやバッタは卵で冬を越えます。そして春に一気に孵化するそうです」
「つまり――卵のうちに叩くしかあらへん、っちゅうこっちゃな」
ウーさんが足をぶらぶらさせながら、あくびまじりに言った。来年の冬。決戦はまだ先。でも、即実行派のウーさんにとって、“待つ”というのはなかなかの苦行らしい。
「問題は、冬でも時々動いてる個体に出くわすことだ」
ジャンさんが、くたびれた手帳を開きながら低く続けた。森を歩き続けた疲れが、声の端に滲んでいた。
「うーん……でもさ、長老たちの話を聞く限り、虫の数が“増えてる”わけじゃないんだよ。卵があるってことは、動いてる個体は夏よりずっと少ない。やっぱり冬が狙い目だな」
リックさんが地図のギャラ辺りをトントンと叩く。
「そうだね、やっぱり冬だねぇ」
ドンダさんが蜂蜜の瓶を抱えながら、うんうんと頷く。その姿に、リックさんが眉を寄せて突っ込んだ。
「……ドンダ。食べてないで考えろ」
「甘いと頭が回るんだよ~」
「「「「「お前は、頭は回してねぇだろ!」」」」」
その笑いが、張りつめていた空気を少しやわらげた。そのタイミングで、バーツが地図を広げて言った。
「建物がぶっ壊れちまってんのは皮肉だが……おかげで戦いやすいな。見通しがいいぶん、卵を潰しながら虫の動きも丸見えだ」
「となると、問題は……熊族の”やる気”か」
サムさんが溜息まじりに言い、また笑いが起きた。私は地図のビル部分に指を置いて宣言する。
「よし! 今回、熊族にはビルの復興に全力を注いでもらう。ウォーターガンは、カマキリとバッタには通じない。卵にもね」
みんなが一瞬ぽかんとして――次の瞬間、くすくすと笑いが広がる。けれど、笑いのあとに落ちた静けさには、覚悟があった。この戦いが、どれほど重いものになるか――全員が、もう知っていた。
「戦いは三人一組を三組でひとまとまりに。一組が卵を割る。残りは警戒と防御。誰も単独で動かないように」
皆が一斉に頷いた。
その瞬間――頭の片隅に、ひとつの違和感が浮かんだ。
蜘蛛の巣。……ほとんど、見当たらない。残っているのは、建物の残骸がある場所だけ。草原には一本も張られていなかった。――建物がないと、蜘蛛は巣を作れない? 理屈だけ見れば、そうとも言える。けど、それじゃあ蜘蛛は「人が作ったもの」に頼って生きてることになる。
「そんな生態系、ありえる……?」
気づけば、声に出していた。
日本の森には、普通の蜘蛛がいた。でも——あの“巨大蜘蛛”は、明らかに“普通じゃない”。だったら、“普通じゃない蜘蛛”は、“普通じゃない人工物”にしか、巣を作れない?
ジャンさんがこちらを見て、眉をわずかに上げた。私は黙って頷き返す。頭の中に、彼の報告が蘇る。――森が小型化している。虫も小型化している。
――そうか。
一つ一つの断片が、ゆっくりと一本の線でつながっていく。
これまで見てきた国々。侵略が早くに行われた国ほど、国の崩壊もすごかった。そして、崩壊したら…蜘蛛は居なかった。もし、巨大蜘蛛が“人工物を壊すための存在”だったとしたら? 壊すことで——“自然”を取り戻していたとしたら?
――それなら、辻褄が合う。
なら、蟻や蜂は?
巨大虫たちの血は金色もあった。あれは“魔力”の色。その魔力で、森が育っている。蟻や蜂の死骸が、森を育てている。だから彼らは、森と草原の境で死ぬ。“森を育てるために”。
じゃあ――カマキリやバッタは?
川辺や草原で出会うのは、決まってカマキリやバッタ。
彼らはトカゲを襲わない。襲うのは……獣と人。
なぜ、獣と人だけ……?
胸の奥がざわついた。
理屈を追えば追うほど、見えない線が浮かび上がってくる。
それはまるで、すべての謎が一本の答えへと吸い寄せられていくみたいに――。
ある一族+狼の会話
熊A:「なんで?僕たち活躍したよね?」
熊B:「うん。このウォーターガンで大活躍したよね?」
熊C:「巻き取り機も褒められたよ?」
苦労狼:「そうだな。……けど、ギャラはダメだな。ドンダも言ってただろ」
熊A・B・C:「「「えー」」」
熊A:「蜂蜜あげてもダメなのかな?」
熊B:「勇者のほうが蜂蜜持ってるよ」
熊C:「行きたいね」
熊A:「うん、僕たち戦士だしね」
熊B:「そうそう。僕たち戦士」
熊の獣姿に変わって、腕の太さとかを比べてるけど、手にしているのは――どこからどう見てもウォーターガン。水分しか出ない平和な武器だ。
苦労狼:「……そういえばルル様がビルの復興ができるのは熊族だけって言ってたかな」
熊A・B・C:「「「え?女神が?」」」
熊A:「僕、家づくりに必要な木を倒してくるよ」
熊B:「僕も!」
熊C:「じゃぁ僕運ぶよ!」
苦労狼:「虎族と狼族も誘ってやってくれよ」
熊A・B・C:「「「はーい」」」
大岩ほどある大きな黒い熊たちは、テックテックと砦のほうに歩いて行く。
苦労狼:「ふぅ。ビルにいる熊はあと何人だ? そろそろ俺の毛が抜けそうだよ…」
ドンダが熊族ギャラ奪還参加禁止を上手く説明できず、熊武装?の騒ぎが起こり……ここでもリックが駆けずり回るのだった。




