復興状況
長老会が開かれた。
議題は、虎族の国・ギャラの奪還について。
今回はジューでの開催。奪還直後で忙しいビルや、新たに長老を引き継いだガザルの都合もあるらしい。
私たちも狼族長老の隣席で参加となった。
私たちは一番に到着し、雑談をしながら他の長老を待つことにした。
話題は、狼族の子供たち。この間、戦いごっこで家の木を抜き、槍代わりにしたせいで、家が壊れたらしい。
「あの遊びは困った。流行ると、穴が大きく開いているいくつかの家は狙われるな」
少し困った様子で腕を組んでバーツに悩みを打ち明けている長老。バーツも顔をしかめて頷いている。
「俺たちの頃は、槍なんざなかった。せいぜい家の扉で殴り合うくらいだ」
「扉なら変えも楽だが、家の木を抜かれると倒れるからな」
「回りに代わりの木、何本か立てときゃ済むだろ」
「そうだな。そうするか」
子供……そんなに力あるんだ。というか……止めないんだ。ううん、扉はいいんだ。もう、突っ込む必要があるのかも悩むぐらいに、よくわからない会話が続く。そこに熊族と虎族の長老も到着した。
「よぉ、虎の、兎の」
「……よ」
「おはようございます」
「早ぃのぉ」
「うむ」
片手をちょっと上げて挨拶を交わして、ゆっくりと席に着く二人。そのあと、兎族、猿族と続く。どちらも同じ挨拶で席に着くけど、席は決まっておらず早い者勝ち。だから、早く来た熊族長老は窓際の席で日向ぼっこをしていた。
そこへ、新しい狐族の長老が姿を現した。すらりとした体つき、艶やかな金の髪。目を伏せてもどこか高貴で、空気がひんやり引き締まるようだった。挨拶が始まる。
「改めまして――このたび、長老の任を拝します、マミルと申します。若輩の身ゆえ至らぬ点も多かろうとは存じますが……その分、目も耳も新しゅうございますゆえ、どうぞお手柔らかに」
その一言で、場の空気がぴんと張り詰めた。周囲を見渡すと、誰もが引きつった顔をしている。
「さて、先の長老ネヒルより、最後に賜りましたお言葉をここに申し上げます。 『二柱の女神の御手により、その櫛にて毛並みを整えられしは、我が狐族のみなり。 その誉れに恥じぬよう、よく一族を治め、心を尽くせ。』 まことに、女神の櫛が我らの毛を撫でたこと――それこそが、狐族の誇りでありましょう。 他の種族には真似できぬ、神々の指先の温もりを知るのは、我ら狐のみ。 ……ゆえにこそ、慢心なき誇りを胸に、己を正すことが肝要と心得ております。 どうか諸兄方、旧き習わしに囚われず、女神の御櫛の通り道を、再び清く整えてまいりましょう。 皆々さまのご助力を、心よりお願い申し上げます。」
狐族って、皆こうなの……?
しかも、挨拶が終わったと同時に……
「そんなことを、狐族だけしたのか!?」
「え、えっと……は、はい……」
答えるやいなや、猿族長老がテーブルに突っ伏して泣き出した。
「く…っぅ……!」
さらに、兎族長老が苦みをつぶした顔で言う。
「どうせ“最後の望み”や言われたんやろ。ほんま、せこい真似しよるわ」
……当たりです。
「やめよ。今日の議題はギャラ奪還についてだ。始めるぞ」
狼族長老の一言で、ざわめいていた空気が一瞬で静まった。さすが長老たち。顔つきが一気に変わる。
「各国の復興状況と人数はどのぐらいになってるか?」
真剣な眼差しで周囲を見回す狼族長老。最初に口を開いたのは、窓際の熊族長老だった。
「ジューはのぉ、だぃぶ復興が進んどる。人数は……まぁ、ジョーガンの七割ほどかのぉ。ほれ、未婚のメス向けの乗り物ができたじゃろ。あれのぉおかげで、ジョーガンから少し流れて来てぉる。ただのぉ……防衛がまだ心許なぃ。今は、ぎりぎりぃ持ちこたぇとるとぃったところじゃのぉ」
——未婚メス用の乗り物? と思ってバーツを見ると、得意げにうなずく。どうやら「私用のトカゲ頭の小屋」を増産して、国間移動手段にしたらしい。なるほど、家の外に出ない未婚メスには合うね。
次に、狐族の新長老マミルが報告書を持ち上げた。
「ガザルは、復興・人口ともにジョーガンとほぼ並ぶところまで参っております。防衛は未だ余裕こそございませんが、なんとか持ち堪えております。ただ――剣を求めてジューへ渡るオスが後を絶たず、結果として、パートナーごと移住する例が増えておりまして……このままでは、ガザルの人手が不足しかねません。」
――あ。
べーべさん、ジュー気に入ったから。
奪還に合わせて移動していたベーベさんもジューの道具たちに魅了され、今はジューを定住地として、今までと比べて一回り大きい工房を建てていた。
「ほぉ、それなら。ベーベの弟子が~剣を打てるよぅになっとる。ガザルに支店~ひとつ構ぇるとするかのぅ」
熊族長老がにっこり。狐族長老は「恐れ入ります」と頭を下げた。続いて、猿族長老。
「ジョーガンは、目に見えて活気づいておる。既婚のメスが外へ出るようになり店も増えた。ビルへ移るペアもおるな。興味深いのは、子どもの数、そしてメスの出生率が上がったことだ」
私の顔をじっと見て、報告を続ける。
「ルル様のいう“検証”とやらを行ってみたが……どうも、愛されておるメスに子が増えておるようなのだ。子が少ないのはメルの影響かと思うたが、結局のところ――ルル様の仰る通り、“愛情”こそが根だった、という結論に至った」
”ルル様”呼びは、そろそろやめてほしいが、止めるタイミングを逃した。案の定、虎族長老が嬉しそうに言う。
「さすが、我らが女神。メスが増えるのは喜ばしい」
もうツッコミすら疲れた。隣でバーツの腕をぎゅっと掴むと、彼も嫌そうな顔で「俺の女神なのに」と小声でぶつぶつ言ってた。そっちもツッコミたいけど、我慢。
「メスも子ぉも増えてきてな、プレゼント用の布の注文もようけ増えとんねん。特にちっこくてやわらかい布、ハンカチぐらいのやつが、去年の三倍や」
兎族長老がニヤニヤしながら報告。やっぱり布関係、人気なんだ。そして、ビルの復興報告。
「まだ五割ほどや。商業と農地は整えたけど、住宅はまだ手ぇつけてへん。出産ももうすぐ始まるけど、人も移動予定者ばっかりや。あと、防衛がちょっと追いついとらん」
「急ぎは防衛だな。ビルの虫の買い取り額を上げるか?」
狼族長老の提案に、兎族長老も頷いて答える。
「せやな。ひとまずそれで様子見やな」
さすが長老会、決断が早い。そこからは人口調整や婚活の開催頻度の話になり、場は一気に活気づいた。そして最後に、狼族長老が静かに言う。
「では、議題をギャラ奪還に移す。意見はあるか」
「来年の冬やな」
「情勢も鎮まりましょう」
「うむ」
「問題ない」
皆の意見が揃う。けど、当事者の虎族長老は黙ってうなずく——だけ。その静けさが、少し印象に残った。
「では――来年冬、ギャラ奪還とする。各国、準備を頼む」
「「「「「うむ」」」」」
奪還の予定が決まったので、私は席を立った。会議はまだ続くらしい。詳細の調整や各国の割り当てを詰めるようで、皆が資料を手に残っている。
「ルル様は先にどうぞ。あとはこちらでやっておきます」
そう言ってくれる声に甘えて、軽く頭を下げた。ちょうど休憩にも入るところで、狐族の長老が「ガザルから書物を持ってきましたので」と席を立つ。私もそれに続くようにして、出口へ向かった。
ふと、扉の前で振り返る。窓から差し込む西日が、傾いた角度で部屋を金色に染めていた。
あの日の光に、よく似ていた。
あの日のジョーガンの会議室。もう全員が揃っていて、それぞれの席に座っていた。ただ、一つだけ――ぽっかりと空いた椅子があって……。
狼族の長老の声が、記憶の奥から聞こえる。
「ガザルの復興で忙しいそうだ。元気にやっておる。心配いらん」
その言葉に皆がうなずき、穏やかに笑っていた。
同じ光景のはずなのに――あの空席は、どうしてこんなに寂しく見えるんだろう。胸の奥が、ぎゅっと締め付けられて痛かった。
外に出ると、夕風が吹き抜けていた。中庭の草が光を受けて、橙に揺れている。深呼吸をした瞬間、背後からバーツの腕が私を包んだ。強く、優しく彼の声が頭の上に落ちてきた。
「大丈夫だ。もう女神の元にいる。調子に乗って追い返されてなきゃいいが」
真上にある顔は、微笑みながら、最後は悩ましい顔に変わっていった。
「ふふっ」
思わず笑いが漏れる。そうだね。長老、女神の話になるといつも目を輝かせてたもんね。きっと、もう日本に着いて、はしゃいでる。
日差しの角度が変わるまで、私たちは中庭の椅子に腰掛けて静かに抱き合っていた。
時が動き出したのは、長老たちが順々に部屋から出てきたとき。その中で、虎族長老が、私を見つけて寄ってきた。
「ルル様。少し時間がほしい」
その声音は、どこか切実だった。私はうなずいて、彼の案内で虎族の部屋へ向かった。
ジューの城の一角にあるその部屋は、驚くほど質素だった。革の敷物が引かれた石の机がひとつ。装飾らしいものは何もなく、壁には外界と寝室に通じる扉があるだけ——けれど、なんとなく彼らしいと思った。
「ルル様。この席へ」
静かに促されて席につくと、扉が開き、虎族の青年が盆を手に入ってきた。香ばしい香りの湯気が立ちのぼる。
「どうぞ。ギャラから持ち出せた葉のひとつです」
出されたお茶を一口含むと、緑茶のような深みのある味が広がった。懐かしさに似た香りだった。「美味しい」というと、出してくれた青年がにこりと笑って下がっていった。
青年がいなくなると、長老は、飲んでいたお茶を机に置き、握りしめた両手を膝の上に置いた。そのまま下を向き動かなくなる。一気に部屋の空気が重くなった。
――どうしたの?
そんな様子の長老が心配でバーツに目で訴えたけど、バーツは何かを察したのか眉間に皺を寄せたまま、歯を食いしばり黙っている。
「……ネヒルは、女神のもとに行けたのか?」
虎族長老の低い声が、ぽつりと落ちた。
「そうですね……。私も、そうであるように祈っています」
「そうか……」
長老は少し沈黙したあと、顔を上げた。その顔は――微笑んでた。
「我も……毛皮の敷物になれば、女神に届けてもらえるか?」
――どうしよう。嘘はつきたくない。
今度は私が顔を下に向けて、両手を足の上で握りしめた。
「……お山に、登る…方法を…」
「ふむ。…女神はお山にはおらん」
ハッと上げた目線の先には、何も変わらない長老の顔があった。
「うむ、我は知っている」
――どういうこと?
「女神と虎族の間には“密約”がある。我らは使命を託された。それ以降、女神とは会っておらぬと、前長老が言っておられた。今は修羅の世よ。居られるなら密約の確認をしに来られる」
私が知っていることは当然のように話を進めている。嘘つかなくてよかったと思うのと同時に、使命って何?って、疑問が頭を回り始めた。
私の様子を見ていた長老は、少し男臭い顔にホンワリとした笑顔を浮かべ、声を潜めると、内緒話のように続けた。
「ルル様――女神がお山におらんことは“内緒”だ。いつもお山、お山と言っておる。熊族が泣くからな」
その瞬間、疑問なんて吹っ飛んだ。胸の奥が熱くなる。
知らないのは、もう猿族長老だけ。
それぞれが誰かを思って、沈黙という優しさを守っている。そんなの……泣くに決まってる。さっき廊下で堪えた涙が、今度こそ流れ出そうになった。——んだけど、その涙は、また、出る前に引っ込んだ。
なぜって――。
虎族長老が、突然まっすぐ姿勢を正し、真面目な顔で語り始めたのだ。
「実はな、我ら虎族は女神に毛並みを褒めていただいたのだ。『その毛、誇りと共に手入れせよ』と……!それからというもの、我は朝夕に毛を整えておる。湯を用い、月光を当て、櫛を三度通し……」
まるで儀式の朗読みたいに延々と続く。お茶を飲みながら、私はうなずくしかなかった。
……長い……!!
やがて、扉の外から気配がして、虎族の青年がまた顔を出した。お茶を差し替えてくれている最中に、ボソッと私に伝えてくる。
「リックさんにお伝えいたしました。“長老がお呼びです”と」
よくできた人……!
その間もずっと毛皮と女神について話している長老。少し後、リックさんが現れた。きりっとした顔で長老に挨拶をしてから、私に小さく目配せをする。やっと、助けに来てくれた。
——けど。
遅いよ、リックさん!!




