愛とは
秋の初め。
朝晩は特に冷え込み、洋服の中に寒さが入ってきた。三つに増えた洋服棚の扉を、全部横にずらして、去年、バーツが作ってくれた秋用のコートを探す。
――全部、黒か緑だから。
生地の厚さと、模様と、形で判別していく。色も柄も一緒だから、一枚ずつ確認していくと、あった。胸元に小さい狼が五匹入ったかわいいやつ。全員、牙出して、唸ってるけど…。
「ルル? 何やってんだ?」
寝室の鍵を開けて入ってくるバーツ。手には買ってきたお肉がある。
「んー。寒くなったからコート着ようと思って……あれ? お肉、置いてこないの?」
「ああもガサつきゃ、何かあったかと思うだろうが」
「何かないように鍵かけていくんでしょ…。閉じ込めて出かけたのに心配?」
「当然だ」
ほっとしたのか、私の後頭部にキスすると、お肉を持って出ていった。と思ったら、疑問を浮かべた顔で戻ってきた。
「ルル。コート違うぞ。それ、去年のだ。今年のは緑で、ケツんとこに狼が寝てるやつだ」
「え?!」
慌てて振り返ると、三つ目の棚から、これだと言って取り出していた。
「もったいないから、今年もこれ着るねって言ったよ」
作ってもらったのに、こんなことを言うのは気が引ける。でも一昨年のものもあって、大切にしてきたから、まだ傷ひとつない。大事なものが軽く扱われた気がして泣きそう。でも、よく見ると、バーツも同じ顔をしていた。
「俺はな……お前のために働いた。いいもん着せてやりたくてな」
――あ。
私は……バカだ。最低だ。
溢れ出した後悔が、胸の奥でじりじりと焼く広がる。
いつかバーツが言っていた。お前のために、たくさんお金を貯めたんだ、と。
生きていくためには虫を殺さなきゃいけない。けれど、どれだけお金を貰っても本当なら戦いたくなかったはずだ。そんな状況の中で唯一、命を掛ける理由にできたのが未来のツガイ。……それしかない時代だったのに、バーツの全部を、私が否定した。ごめんね、バーツ。
「……ありがとう、バーツ。これ着るね」
「ああ」
バーツに抱き着いて、お礼を言う。バーツもお肉を持ってない腕でぎゅって私を抱きしめ返した。
手を繋いで、バーツと一緒にお肉をキッチンに置きにいく。そして、両手を上げ、抱っこしてもらうと、そのままベッドに戻った。生きているバーツの温もりを感じたかったし、なにより、辛い時代のバーツを抱き締めたくて――。
翌日。
洋服棚を整理しながら、溜息をつく。
とはいえ、コートばかり増えてちょっと困ってるのは間違いない。すでに棚は三つになってる。真冬の毛糸のやつなんて、何年着ても文句言わないのに、どうして布のコートだけ……。どうしようかな、と悩んでいたら、ふと閃いた。
――そうだ、ルームウェアだ。
コートといっても加工してある生地じゃないから、普通の布製。なら、私の部屋着用のTシャツとか半ズボンにするのはどうかな。バーツが作ってくれるものは、いつも刺繍が細かくて凝ってて、「こんなの家で着るなんてもったいない」って思ってた。でも、使わなくなったコートの布を使えば無駄にならないし、“ブサイクな縫い目”でも、自分用に家で着るなら問題ない。
「……ルル。またごそごそしてやがるな。今度は何探してる」
ちょうど、バーツも八百屋から帰ってきた。手に芽レタスを持ってる。
「バーツ、裁縫道具貸して?」
「ん? 何に使うんだ?」
「コートの布、もったいないから……シャツ作ろうかと」
一瞬で、彼の顔が固まった。
「な……なんだと……?」
目を見開いたまま、次の瞬間には涙を浮かべていた。え、なんで?と思ったら、いきなり、ベッドの上に芽レタスを放り投げ、服を脱ぎ始めて、背中を向け――
「……いいぞ」
尻尾をばっさばっさと振りながら、誇らしげに言う。
――あ、どうしよう。
勘違いしてる。そういう意味じゃない。ちょうど整理するために出していた去年のコートを見て、バーツの背中を見る。
――できるかな。
生地も足りなそうだし、何より私の裁縫技術が…。けど、まぁ、いっか。喜んでるし。私は苦笑いしながら、バーツの背中からTシャツの型を取った。
さすがにナイフは触らせてもらえず、生地は、バーツがコートから型で取る。一着からだと足りずコート二着を解体した。同じ色ばっかりと思ったけど、それが逆にちょうどよかった。
ここからが私の番。
バーツに教わりながら、一生懸命、縫う。なんなら一生で一番集中したかもしれない。だって、彼氏に送る生まれて初めての手作りプレゼントだから。けど、愛は……痛いもの、なのかもしれない。
血まみれになりつつある私の指を、大事に両手に挟むバーツ。
「ルル…俺のために」
涙を流しながら、愛の深さを噛みしめてる。
なんていうか、上手じゃないから血まみれになってるわけで、それで愛の深さを実感されても……ちょっと腑に落ちなかったけど、とりあえずシャツは完成した。
縫い目はガタガタ、ほつれも多くて、出来上がりは自分でも「ひどいなぁ」って思ったけど、バーツはそれを受け取ると、そっと鼻を近づけて何度も匂いを嗅いでいた。
「……これが、ルルの愛か」
嬉しそうに笑って、そのシャツを大事そうに寝るまで抱きしめてた。
翌日
いつもなら起きてないふりをしては、ベッドを出るのをいやがるのに、今日は、サッと起きてシャツを抱きしめ、匂いを嗅ぎながら、ベッドに戻ってくる。私を腕の中に戻し、もう片手でシャツを抱きしめる。本当に嬉しそうに目をつぶったバーツの顔をみて、指の痛さが幸せの鼓動に変わるのを感じた。
夕方
「……悪い。すぐ戻る。部屋から出るなよ」
そういうと、ボロボロのシャツを纏い、どんな鎧よりも誇らしげに出かけて行った。
ちゃんと鍵をかけて行ったけど、どこ行ったんだろ? まぁいいか。刺繍のところの布を使って私用のポーチを作りたかったんだよね。バーツの前で縫物すると、バーツの顔色が悪くなるのが気になるし、ちょうどいいから、今から作ろ。
それからしばらくして、既婚のオスたちの間で変なものが流行り始めた。
“愛シャツ”。
自分のメスが作ったシャツを肌身離さず着るのが、”真のオスの証”らしい。未婚のオスたちが「俺も欲しい!」と嘆いてた。私は心の中でため息をつく。
――誰よ、こんな流行り作ったの。やめてほしい。本当に。
でも、バーツがそれを着て幸せそうに笑ってる姿を見ると、まぁ、頑張って作るか……って思っちゃうんだよね。もう一着がんばろうかな。
冬が始まる前。
婚活の会場がジューに移ってから、初めての婚活の日。二組のツガイができた。あと一組のメルとオスが“パートナー”になった。その報せが広がった瞬間、もう周囲は大騒ぎ。
「三組か!」
「ジョーガンのときより多いんじゃないか?」
「すごいな! これでジューにも花屋できるか?」
ツガイになった二組はそのまま蜜月に入ったらしい。パートナーになった一組は受果のあと蜜月なので、祝福の人だかりに囲まれてた。
「おめでと!」
「抜け駆けか!」
「まさか俺より先に!?」
「よかったな!」
「どうやって口説いた!?」
「どんな魔法使った!?」
祝福なのか、嫉妬なのかわからない声も飛び交い、一部のオスたちは本気で殺気立って、“アドバイスを貰う”と、メル本人のところへ詰めかけていた。
「あんなオスのどこがよかった!?」
「どうやって仲良くなった!?」
「魅力は毛並みか!? それとも尻尾か!?」
案の定、メルに詰め寄った瞬間、横からオスの鉄拳が飛んで全員吹っ飛んでたけど。婚活って、もっとこう……平和な行事じゃなかったっけ? けど、ちょっと気になった。
――メルって、もともと“オス”だったんじゃなかったっけ?
今はメルとして生きてるけど、この世界で“は元オス”をパートナーに迎えること、相手のオスは気にしないのかな、と。
勇気を出して、そのオスに聞いてみた。
「……気にならないの?」
すると彼は、少し不思議そうに首を傾げて言った。
「何を気にするんだ? 俺のメルは綺麗で、いい匂いがして心が優しい。最高だろ?」
そう言いながら、ニヤニヤデレデレしながら、当然のようにメルの頬や額にキスをしている。メルは頬を赤らめながらも、少し不安げに私に聞いてきた。
「僕も彼が大好き。かっこよくて、いつも優しくて、大事にしてくれるから。……女神の世界では、これっておかしいのかな?」
「ううん。そんなことないよ」
と、私は笑って答えた。
「ただ、初めて見たから……ちょっとびっくりしただけ」
その言葉に、二人はホッと顔を見合わせ、そしてまた照れくさそうに寄り添った。
――ああ、そうだよね。わかってた。
大事なのは、“誰かを想う心”――それだけ。
この世界では、いつだってそう。なんにも関係ない。ただ”好き”がある、それだけで充分。そんな当たり前じゃないようで当たり前の“常識”に、胸の奥からじんわりと温かいものが込み上げてきた。
私はずっと“家族”に憧れていた。
でも、この世界に来て何年も経つのに、生理は一度も来ない。バーツと毎日寄り添っても妊娠しない。それが少しだけ悲しかった。けど今、気づいた。家族って、形じゃなくて“想い合うこと”。
ただ、愛したい。愛されたい。
「ただいま」「おかえり」って言い合いたい。
それだけでいい。
「私の愛情も、全部――バーツ、受け取ってね」
隣にいるバーツに抱き着いて、頭を擦り付けてお願いする。バーツは尻尾をばさばさ振り、私に何度もキスをしながら言ってくれた。
「最高だな。俺のメス」
新しいパートナーになる二人も、「お幸せに」って、笑って祝福してくれた。
――うん。
好きって、いちばん大事。
「ただいま、私のツガイ」
ツガイの匂いが染みこんだ
ツガイの服を切って
ツガイの愛で縫って
ツガイが作った俺のシャツ。
……なんという贅沢。なんという愛。
もう、至宝と言ってもいい。
そんな素晴らしいシャツを作ってもらった俺は、悩んだ。
俺のツガイを魅了してやまない、この自慢の毛が抜けるほど、一晩中、悩んだ。
だが、決めた。
これは宝物箱に仕舞うんじゃない。着るべきだ、と。
翌日、そっと身につける。
大事に、大事に。匂いが逃げないように、まだ暑いがコートも羽織って、”えちぎょにゃ”へ行った。
もちろん――自慢するためだ。
「なんや、そのルルちゃんの匂いが染みたシャツは?」
ウーが目ざとく気づく。
「……縫い方、昔習った“メス縫い”みたいに見えます」
ブルーが真面目な顔をする。
「あー、あったな。メス縫い」
サムが思い出したように頷く。
「資料が少なくて、見本ちらっとしか見てないけどな」
ジャンがぼやく。
「知ってる!縫い目が汚くて血がついてるのがメス縫いだろ? グヘッ」
ドンダが口を挟む。そして回し蹴りをお見舞いした。
「……ドンダ。口を閉じることを覚えたほうがいいよ? で、バーツ。まさかとは思うけど――ルルちゃんが?」
リックが冷静に聞いてきた。
「ああ、そうだ。ルルが! ルルのコートを! 俺のシャツに! 縫い直してくれた!」
皆に見えるように、俺は胸を少し張った。
いっぱい張ると脇が“ブチッ”て鳴るから、ちょっとだけ、だ。
「「「「「「「「「「ルルちゃんのコート!?」」」」」」」」」」
ハモった人数がおかしいが、まぁいい。
ドンダがまた座り直して聞く。
「ルルちゃんが、自分から作ってくれたの?」
「当たり前だ」
さらに小さく、胸を張る。
「「「「「「「「「「「「「「「……毛が抜け落ちろ……」」」」」」」」」」」」」」」
”えちぎょにゃ”にいたオス全員が毛を逆立て、唸っていた。
ああ、なんて気持ちのいい夕方だ。
自慢も済んだし、帰るか。
そのあと、既婚オスどもが真似して“愛シャツ”を着始めたが、俺のルルには敵わねぇ。なにせ、もうこのシャツは三枚目。脇が“ブチッ”と言わなくなってきたんだ。
馴染んできたんだよ――愛がな。




