お菓子
夏がきた。
この世界でいちばん温かい季節――とはいえ、夕方になると少し肌寒い。
今のジョーガンは、だいぶ生活が安定してきて、お店もずいぶんカラフルになってきた。肉屋はまた少し減り、代わりに雑貨屋や布屋、花屋、そして……なんとお菓子屋ができた。
そう、あのクッキーが売っている!
まぁお菓子屋ができるまで、すごくたいへんだったんだけどね……。
それは、のちに「兎大戦争」と呼ばれることになる騒動の、たった三日前の出来事だった。
私はその日、えちぎょにゃ・ジョーガン支店で、いつもの桃ジュースを飲んでいた。そこに、嵐のような勢いでウーさんが飛び込んできた。
「ルルちゃん、助けてぇな! 大変や!」
「ウーさん? あれ、ガザル支店にいるんじゃなかったの?」
「そんなん言うてる場合ちゃう! ジョーガンで暴動が起きるで!」
「…え? 暴動?」
「……お菓子屋だな。あれはない、ウー。ああなるのは目に見えていただろ」
「俺ちゃうわ! ギーや、あれはギーの店や!」
ギーさんというのは、ウーさんの幼馴染の兎族で、バーツ曰く「昔っから、なんでもウーに張り合って負けてる」らしい。
「ギーな、知り合いのオス経由でクッキー知ってしもて、調子乗ってメス向けの店出したんや。アホやろ……」
「……馬鹿だな」
「え? ダメなの?」
私は、なぜ悪いのかピンとこなかった。クッキーが買えるなら嬉しいのに。
「客がメス想定の店なんて、売れへんねん」
「え? どうして? メスが行っちゃいけないから?」
「違う。ルル、花屋ができたな? あれもメスが来てるが、みんなオスと一緒だ」
「あ、そうだね。じゃあ、なんでダメなの?」
「一緒に行こうが、オスが買ってプレゼントする」
「ルルちゃん、花はオスが買うんよ」
「……ああ、そういうことか」
なるほど。
私は花屋を通りすがっただけだったけど、確かに花は一本売り。花束はその場で作る形式で、店の外にまで作業台が出ていた。あれ、オスが自分で束ねるための台だったのか……。
「ちなみに、その作業台使うのは別料金だ」
「当然や。経営者が別やからな」
「……え!? ……え?」
「……ウー、お前……」
ニヤリと笑うウーさんを見て、ああ、商人ってこういう人のことを言うんだな、と思った。
どうも花屋を始めたのは猿族で「女神は花を好む。だからメスも喜ぶ」と花を集めて売り始めたらしい。それを見たウーさんは、即座に「儲かる!」と閃いたのだという。
「買うんはオスやろ? メスに渡すんやったら、自分の色で包みたい思うやん。せやから、布とリボンを隣で売りだしたんや。あと花瓶もな。予約制やけど」
「あー!」
思い出した。ジョーガンに帰ってきてから、バーツが何度か花束を買ってきてくれた。その包みの布も、花瓶も、全部、綺麗な緑色だった。
バーツには……これが当然みたい。いつも通り私の頭にキスしてた。
「衝撃的すぎた……。で、ウーさん。何しに来たんだっけ?」
「そうや! オスの暴動が起きるで! 助けてや!」
バーツが私を抱き寄せ、じっと様子を伺っている。
「あの店の客はメスやのうて、オスや」
どうやら、ギーさんのクッキー店にジョーガン中のオスが並んでいるらしい。
既婚オスは自分のメスにプレゼントするため。
未婚オスは自分のメス(未来)にプレゼントする(準備)ため。
他国からもオスが押し寄せ、ホテルは満員、宿が取れない者は道端で寝ているという。……社会現象って、こういうのを言うんだろう。
「ちゃんと並んでるなら、問題ないんじゃ……?」
「あかん! すでに店のまわり、五周目や!」
「えっ……」
「……オープンはいつだ?」
「三日後や」
ウーさんは頭を抱えた。兎族の長老に相談したが、「お前が何とかしろ」と丸投げされたらしい。
「ウーさんは、何が問題だと思ってるの?」
「クッキーの数が足りへんねん。どう考えても小麦が足らん。ギーはオス雇うてジョーガンの草原ほぼ取りつくして焼いとるけど、追いつかんぐらい並んどる。ほんで本人は、気ぃついてへん」
話しても無理だったそうだ。
「少し乱暴でもいい?」
「かまへん。もう全国のオスが集まりそうやし、どうにかせな」
「……あぁ、至急だな」
私は考え、思いついた。
「各国のまわりにはまだ小麦があるから、それを集めて各国のえちぎょにゃで売る。これは未婚オス対策。合わせてレシピも売る。これは既婚オス対策。多分未婚オスも買うと思うけど。これでジョーガンへの集中を分散させられると思う。それと――ジョーガンは”抽選制で”メスが焼いたクッキー”を売るの。抽選は全国のえちぎょにゃで受け付ける。抽選にすれば混乱も防げるはず」
「「な……っ!?」」
二人がそろって絶句した。
「あかん! 血の雨が降るで!」
「作るメスは独身のみね」
「おー、それなら問題ねぇな」
「ジョーガンの婚活に参加してるメスを集めて、お金を渡して協力してもらう。抽選は各国で一ヶ月に一度だけ応募できるようにしよう」
「ルルちゃん! ほんま、助かったわ!」
ウーさんは飛び跳ねて、風みたいに走り去っていった。
「……大丈夫かな?」
「あぁ。ウーならやる」
バーツはそう言って、私の頭に軽くキスを落とし、また桃ジュースを飲ませてくれた。落ち着いたなら、そろそろ膝の上から降ろしてほしいんだけどな……。
その後――ウーさんは全国のえちぎょにゃに「女神のお店」コーナーを作り、オスが焼いたクッキーとレシピを販売した。
「……女神の店、ねぇ。ま、ルル発案なら否定もできねぇけどな……」
聞いたバーツは、顔を思いっきり歪めて歯ぎしりしていた。さすがウーさん、ギリギリを突くのが上手い。ほんと商売人だ。
そしてジョーガンでは、ギーさんの店の数件隣に『メスが焼いたクッキー店』が堂々プレオープン。
ギーさんの開店予定より、二日早く、だった。私たちが話し合った次の日には、もうオープンさせるって凄すぎる…。
販売は抽選制。しかも、自分が住む国のえちぎょにゃからしか応募できない仕組み。オスはこぞって移動を開始した。さらにジョーガン在住のオスでも、プレオープン中に配るチケットを毎日集めなければ、オープン当日の抽選に参加できない。結果――ギーさんの店の列はなくなった。
「……さすが、ウーだな」
バーツはそう呟いて、ニヤニヤしていた。
だが、話は終わらない。
一ヶ月後。
落ち着いた頃に、皆でえちぎょにゃ・ジョーガン支店に集まったら、その後の話で盛り上がった。
ギーさんが再び暴走。「今度こそ勝った」と思ったのに、またウーさんに負けたのが悔しくて、えちぎょにゃに乗り込んできたらしい。
最初は「店内で暴れたのか」と思ったが、違った。
さすが兎族、やることが違う。
店を乗っ取るために、“減築”を仕掛けたのだ。けれどウーさんには、かまくらの時にも活躍した“店舗増設兎部隊”がいる。即応。防衛。さらに逆にギーさんの店まで乗っ取ってしまったという。
「……すごい……」
ここ一ヶ月間、ジョーガンの通りを兎族たちが縦横無尽に走り回ったらしく、リックさんが腹を抱えて笑いながら話してくれた。その後、ギーさんは完全に敗北。項垂れてジョーガンを離れたらしい。
――ちょっとやりすぎな気もするけど。
ウーさんは、にやりと笑って言った。
「ま、また儲かるわ」
――あぁ、やっぱりこの人、最強の商人だ




