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異世界に落ちたら愛を知った  作者: 青井空


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8/23

仕事

私の仕事は、どうやら()()らしい。


 


朝、目が覚めると、バーツは当然のように私の髪を整えようとしてくる。肩下までのセミロングのストレートだから、梳かすだけで纏まる。


「……自分でするから」


そう言って櫛を受け取ろうとすると、バーツは短く笑って肩をすくめた。


「ふん。これは……こういう仕事だな」

「……私の髪を梳かすのが?」

「あぁ」


そっと息を吐く。なぜこれが仕事なのか、さっぱりわからない。しかも触れられると、なんとなく落ち着かない。――慣れていないだけ。たぶん。


 


朝食の支度になると、今度は彼のエプロンの紐を結ぶのが「仕事」になる。


「そんなに緊張しなくていい」

「……してない」

「そうか。ありがとな」


背中から伝わるバーツの温もりを感じながら、紐を結ぶ。料理はすべてバーツが作るから私はただ、彼の隣に立っているだけ。手伝いたいって言ったら「いるだけでいいんだ」って言われて、余計に落ち着かなくなった。


 


朝食は美味しかった。横並びで、ぴったりくっついて食べる意味はわからなかったけど。


「……飯は隣同士と決まってる。昔からな」

「え、そうなの? わかった。……あ、果物は自分で食べられる。自分で!」

「ま、ルルは可愛いからな。しょうがねぇさ。……爪がないだろ。剥いてやる。口開けろ」

「じぶぅ……モガ……モグモグ……。自分で!」


横並びで食べる意味……もしかしてこれ?……いや、そんなわけないか。こんなにかっこいい人だもんね。逆にしてもらってそう。


 


朝食が終わると、「巣の整理」と呼ばれるシーツ交換や寝具の手入れ。バーツのお腹に腕をまわして背中にぴったりくっつくと、彼は普通に作業をこなしていく。最初は抵抗したが、「重要な仕事」だと言われた。


「これ、意味あるの?」

「あるさ。お前が背中にいると、腰がしゃんとする」

「……仕事じゃないよね」

「……いや、重要な仕事だ」


仕事なのか、と思いながらしがみつく。役に立っている実感はないけど、羞恥はかなり実感できる。


 


掃除も同じだった。


床を拭くバーツの背中に、ぴたりと張りついていく。「本当に必要?」と聞くと、バーツはモップを止めて振り返った。


「メスに"必要か?"と聞かれて"そうじゃねぇ"と答えるオスは、三流だ」

「つまり、必要ってこと?」

「お前がいなきゃ、この部屋の空気が冷える」


――もう、何が本気で何が冗談なのかわからない。


昼食も、夕食も、朝と同じ流れ。バーツの横で、私は立っている。黙って「いる」だけ。それだけで満足そうに笑うから、こっちが戸惑う。


 


夕方、バーツは買い物に出かける。その間は奥の寝室で鍵をかけて待つことになっていた。


「鍵はかけるからな」

「危険なの?」

「危険なんじゃなくて、俺が落ち着かなくなるって話だ」


家の中にいても気が抜けない世界。怖すぎて自立したいという気持ちが芽生える気配が全くない。困った。


 


夜、バーツはいつも少しだけ声を落とす。


「よし、最後の任務、いくぞ」


彼の尻尾――少しこしが合って、ふわりとした感触を持つあの尾を、ブラシで梳かす。


「ねえ、私が手伝わなきゃダメなの?」


素直に聞いてみた。バーツは一拍置いて、わざとそっぽを向いた。


「……俺の尾は、気むずかしいんだよ。お前じゃなきゃ梳かせねぇ」

「……難しい仕事なんだね」

「あぁ。……一番重要な仕事だ」


その言い方があまりに照れくさそうで、でもどこか優しかったから、私はもう何も言わずに、静かにブラシを動かした。


 


こんな日々に、慣れてはいけない。


そう思っていたはずなのに、気づけば心のどこかが温かくなるのを、拒めなかった。

















ルルが、俺の幸せだ。


愛してる。

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