仕事
私の仕事は、どうやら重要らしい。
朝、目が覚めると、バーツは当然のように私の髪を整えようとしてくる。肩下までのセミロングのストレートだから、梳かすだけで纏まる。
「……自分でするから」
そう言って櫛を受け取ろうとすると、バーツは短く笑って肩をすくめた。
「ふん。これは……こういう仕事だな」
「……私の髪を梳かすのが?」
「あぁ」
そっと息を吐く。なぜこれが仕事なのか、さっぱりわからない。しかも触れられると、なんとなく落ち着かない。――慣れていないだけ。たぶん。
朝食の支度になると、今度は彼のエプロンの紐を結ぶのが「仕事」になる。
「そんなに緊張しなくていい」
「……してない」
「そうか。ありがとな」
背中から伝わるバーツの温もりを感じながら、紐を結ぶ。料理はすべてバーツが作るから私はただ、彼の隣に立っているだけ。手伝いたいって言ったら「いるだけでいいんだ」って言われて、余計に落ち着かなくなった。
朝食は美味しかった。横並びで、ぴったりくっついて食べる意味はわからなかったけど。
「……飯は隣同士と決まってる。昔からな」
「え、そうなの? わかった。……あ、果物は自分で食べられる。自分で!」
「ま、ルルは可愛いからな。しょうがねぇさ。……爪がないだろ。剥いてやる。口開けろ」
「じぶぅ……モガ……モグモグ……。自分で!」
横並びで食べる意味……もしかしてこれ?……いや、そんなわけないか。こんなにかっこいい人だもんね。逆にしてもらってそう。
朝食が終わると、「巣の整理」と呼ばれるシーツ交換や寝具の手入れ。バーツのお腹に腕をまわして背中にぴったりくっつくと、彼は普通に作業をこなしていく。最初は抵抗したが、「重要な仕事」だと言われた。
「これ、意味あるの?」
「あるさ。お前が背中にいると、腰がしゃんとする」
「……仕事じゃないよね」
「……いや、重要な仕事だ」
仕事なのか、と思いながらしがみつく。役に立っている実感はないけど、羞恥はかなり実感できる。
掃除も同じだった。
床を拭くバーツの背中に、ぴたりと張りついていく。「本当に必要?」と聞くと、バーツはモップを止めて振り返った。
「メスに"必要か?"と聞かれて"そうじゃねぇ"と答えるオスは、三流だ」
「つまり、必要ってこと?」
「お前がいなきゃ、この部屋の空気が冷える」
――もう、何が本気で何が冗談なのかわからない。
昼食も、夕食も、朝と同じ流れ。バーツの横で、私は立っている。黙って「いる」だけ。それだけで満足そうに笑うから、こっちが戸惑う。
夕方、バーツは買い物に出かける。その間は奥の寝室で鍵をかけて待つことになっていた。
「鍵はかけるからな」
「危険なの?」
「危険なんじゃなくて、俺が落ち着かなくなるって話だ」
家の中にいても気が抜けない世界。怖すぎて自立したいという気持ちが芽生える気配が全くない。困った。
夜、バーツはいつも少しだけ声を落とす。
「よし、最後の任務、いくぞ」
彼の尻尾――少しこしが合って、ふわりとした感触を持つあの尾を、ブラシで梳かす。
「ねえ、私が手伝わなきゃダメなの?」
素直に聞いてみた。バーツは一拍置いて、わざとそっぽを向いた。
「……俺の尾は、気むずかしいんだよ。お前じゃなきゃ梳かせねぇ」
「……難しい仕事なんだね」
「あぁ。……一番重要な仕事だ」
その言い方があまりに照れくさそうで、でもどこか優しかったから、私はもう何も言わずに、静かにブラシを動かした。
こんな日々に、慣れてはいけない。
そう思っていたはずなのに、気づけば心のどこかが温かくなるのを、拒めなかった。
ルルが、俺の幸せだ。
愛してる。




