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異世界に落ちたら愛を知った  作者: 青井空


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兎、暴走する

ジューの祭りが終わったあと、ウーさんの酒場が「えちぎょにゃ」に改名されていた。店の看板の下には、金文字で誇らしげに刻まれている『めがみさまごようたし』


――いや、待って。


確かに越後屋の話をしたとき、発音ができなかったけど。というか、そもそも越後屋ってイメージが悪徳なのになんでそれにしたの? まてまて、女神様御用達+越後屋……合いすぎてて、悪徳臭が漂いすぎる。それより、女神じゃないし!


ツッコミどころが多すぎて、もう手に負えない。看板見て固まっている私をよそに、ウーさんは胸を張ってドヤ顔していた。――ウーさん、どこにその要素があるの!?


「う゛ぅ……」


振り返ると、バーツがめちゃくちゃ悔しそうに看板を睨みつけていた。飛び掛かる前に宥めないと。……でも顔が恐ろしい状態になってし。どうしたらいいのよ、これ。




あの手この手で何とかバーツを宥めて、疲れた身体でやっと店内に入った。なんか色々腑に落ちないけどしょうがない。


低い入り口をくぐると、騒がしさが押し寄せてくる。いるお客さんは皆、大きい身体で大きい椅子に座ってるから、私一人、小人になった気分でテーブルの間を歩いていく。


「ウー、ビールだ」

「ウー、俺が先だ。ぎょうざ二つ」


料理がおいしいって有名で、少し高めの値段なのにいつも満席。バーツが言うには、ウーさんのお店は上品な高級店なんだって。


「ざけんなよ!」

「やんのか!」


ちょうど、先に歩いていたバーツが通り過ぎようとしていたテーブルのオス二人、立ち上がって唾が飛びそうな勢いで言い合いを始めた。


――上品……。


確かに、たまにしか見ない光景だけど、巨人の言い合いは本当に怖い。泣きそ……う?


ボカッ! ドカッ!


バーツが見もしないで一人を裏拳で沈めると同時に、もう一人はウーさんに蹴りでくの字に折られ、崩れ落ちるように椅子に座っていた。


「ルルちゃん、安心してええで。うち、女神御用達の一流店やからな」


ぴかぴかの笑顔に、引きつった笑顔以外、返せなかった。




仲間が座るテーブルにやっとたどり着くと、次の奪還について話し合いが始まった。ウーさんが、私のジュースと野菜をテーブルに置くと隣に座る。開始の合図だ。


「次の奪還は、兎国、ビルだ」

「兎の国か……」


偵察行かないと。また蜘蛛がメインかな。なら熊族が行っても大丈夫かも。今までの傾向を考えると、兎族の皆は大勢参加したがるかな? 構成どうしよう。兎族のフォローだと虎族多めにするとか……。


「兵士の構成は……」


「兎ばっかりになるんじゃねぇのか?」

「うん、兎だね」

「……兎のみ、だな」

「他の種族も参加できるようにしておきますか……」


溜息や呆れた顔をしながら、皆が「兎」と教えてくれた。ドンダさんだけ、蜂蜜の瓶を覗いてて聞いてなかったけど。


「なんで兎? しかも、兎ばっかりになるの? 熊族みたいに?」


――どういうこと? 

首が傾げていく。意味がわかんない。まさか戦士がいないのに戦いたがってるの? 熊族再来?


「「「「「兎だから」」」」」


ハモるほど答えは同じらしい。でも意味が解らない。皆の顔を見ても、ため息をつきそうな顔。


「兎の国だから?」

「ちげぇ」


バーツが、魂が抜けたような顔をしながら否定する。なんでそれ以上教えてくれないの?


「兎はね。戦うのが好きなんだよ」


蜂蜜が掬えたみたいで、ニコニコしながらドンダさんがやっと答えをくれた。けど、意味が解らない。


――ん? 

戦うのが好き? 


「うーん? 好戦的ってこと?」

「「「「「そう!!!」」」」」


隣のウーさんをちらっと見ると……円らな目で私を見てた。


「うーん。兎って、か弱くて可愛い、よね」


すっぱい何かを食べたみたいに、皆の顔のパーツが同じようにぎゅっと真ん中に集まっていく。うわ。そんなに違うの?


「ルル、おまえ……あの速さで、あの蹴り食らってみろ。か弱いどころか、こっちが沈むぞ」


隣りのウーさんをもう一回、ちらっと見ると……耳もふわふわ、真っ白。可愛い。


「うーん……」


確かに。あの足はバネしか詰まってない、完全に戦闘用だ。でも、なかなか兎が“好戦的”とは信じられない。


「家のことを思い出せ」


バーツがドアップで迫ってきた。そんなに重要? うーん、家……あ!


「ご近所の兎さん家?」


そういえば、うちのご近所の兎さんたち、家の大きさ競い合ってたね。確かに。


「だけじゃねぇだろ」

「他にも…あ! かまくら!」


そうそう、“かまくら問題”もあったっけ。ウーさん十人衆がかまくら建てるとき、「この場所が儲かる!」と言っては四方八方に減築バトルを仕掛けたらしい。その話をしてくれたとき、バーツがため息まじりにぼやいてた。「兎だからな……もう、あきらめるしかねぇ」


――うん。

なんだかわかってきた。


酒場の出入口も、「自分が最後に出たくない」って理由で、横並びで同時に出られる設計になってる。もう建てるときの思想からして競争している。


「まさか、兎族って――頭も肉体も好戦的なの?」


パチパチパチ!

その瞬間、全員から盛大な拍手をもらった。


「「「「「「やっと女神が真実にたどり着いた!」」」」」」


――うわ。

女神ってやめて。


顔が引きつっただけじゃなくて、物理的に上半身を後ろに引いてたみたい。それを見てたリックさんが苦笑いしながら教えてくれる。


「昔の伝承でね、“女神が兎を可愛いと何度も言っていた”って話があるんだ」

「どんな目の構造してんだろうな……」


バーツがぼそっとつぶやく。その声に、私は吹き出した。だってもう想像できるから。ちなみに一連の会話、ウーさんはそっぽ向いて知らん顔してた。






そんな会合をしていたのに、「ええっ、ちょっと待ってよ!?」って、思わず声に出したくなるくらい衝撃を受ける日が訪れた。


もともとビル奪還は「来年」って話だったのに。兎たちは完全に聞いてなかった。「俺たちの番だ!」って勢いだけで、各国の状況も戦場偵察もすっ飛ばして、兵士を引き連れてビルに突っ込んだ。私たちがそのことを知ったのは、ガザルに移動してからだった。


今年はビルの偵察だけしておこうという話だったけど、ジュー奪還が予想より早く終わってしまって、先に砦の守りを見ておこうと、一度ガザルへ向かった。


到着して、塀の上から兵士たちの練兵を眺めていたとき、砂煙を巻き上げながら、なにか赤い小さい影が、こっちに向かって猛スピードで走ってきた。


「なに、あれ?」


目を凝らすと、全力疾走してるチビトカゲだった。


でも、その速さがもう完全にF1レーサー並み。ちょっとカーブも切ってる。しかも、背中に何かをくくりつけていた。バーツが私を抱え、慌てて塀から駆け下りたら、ちょうど目の前に走りこんできたチビトカゲがピタッと足を止めた。


背中の荷を下ろし、器用に小さな手で手紙を差し出してくる。


「……え? 私?」


受け取って広げた瞬間、文字を見て固まった。


「うさぎ、びるつっこんだ。じゅーでまつ。りっく」


ありえない内容に、鈍器で頭が殴られたかと思うぐらいの衝撃を味わう。


「うそでしょ……!」


あの好戦的な噂、正しかった。理解していてよかった。じゃなきゃ理解する時間分、後手に回るところだった。私たちはその日の内にガザルを出発した。


季節は冬。戦闘も少なく、凍るような風の中を抜けて、なんとか三日でジューまで辿り着く。


砦で待っていたリックさんの顔は、疲れ切ってた。それでも淡々と報告を始めてくれて――その内容がもう、想像以上にひどかった。


熊族を「かっこいいから、女神に見せよう」とおだて、ウォーターガンを背負わせて三十人ほど拉致。虎族には、前に「布の調達」を条件に兵士提供を約束させていたらしく強引に参戦させ、ついでに蜘蛛の糸を巻き取る滑車まで持たせてた。さらに狐族と猿族には「女神の好きな野菜が採れる国」とか言って、鼻息荒く乗せて参戦させていた。もう詐欺と勧誘の合わせ技だ。やることが、いちいち小汚くて器用。


唯一マシだったのは狼族だ。話を聞いた狼さんがちゃんと長老に相談したらしいけど――。狼族長老が「ルルちゃんが開戦って言ったのか?」と聞いたら、兎族長老はそっぽ向いて「か……かまへん」って言い残して出てったらしい。


――えぇ……。もぉ。


ウーさんは申し訳なさそうに耳を垂らして、「すまへん」って謝ってた。いや、ウーさんは悪くない。本当に悪くない!





そんなんでジューも最速で出発したけど、ビル奪還の本陣に着いたときには、もう、めちゃくちゃだった。


血の匂いが風に混じって、胸の奥まで刺さる。兵士たちのうめき声と、鎧のこすれる音が重なって、どこを見ても痛々しい光景ばかり。負傷者が三十人前後――戦闘に参加したうちの四分の一ほどが動けなくなっていた。それでも、死人が出ていないのは奇跡だ。


「…よかった……生きてるだけ、本当に……」


小さく呟いた私に、バーツが低い声で答える。


「喜んでる場合じゃねぇ。見ろよ、あの有様を」


バーツの指の先には、治療を受けながらも泣きそうな顔で俯く兎族の兵士たち。その横で、ウーさんが必死に包帯を巻いていた。


「動いたらあかん! 縫い目開くで!」


私は胸の奥がズキッと痛んだ。怒りというより、悔しさに近い。


――どうして。

こんな無茶をしたの。


リックさんが私に近づいてきて、苦い顔で報告した。


「ルルちゃん、敗退の理由は単純。誰も指揮をとらずに、勝手に蜘蛛の巣に手を出したらしい」

「……は?」

「冬眠してた蜘蛛が一斉に起きて、寝ぼけたまま暴れた。――それでこのザマだ」

「そんな……」


あまりにも馬鹿げてて、頭がくらくらした。それを聞いた瞬間、私はもう足が勝手に動いていた。


「長老はどこ?」


バーツが止めようと手を伸ばしたが、私はそれを振り払う。


「ルル、待て! 今は落ち着い――」

「落ち着けるわけないでしょ!」


長老の姿を見つけると、もう頭の中は真っ白だった。私は勢いのまま駆け寄って、ビシッと頬を叩いた。乾いた音があたりに響いて、掌の痛みよりも、自分の鼓動の方がうるさかった。


「あなたたちの国って、土地なの? 人じゃないの?!」


声が震えた。


「国は、人がいて初めて国、になるの」 


想いが強すぎて言葉に詰まる。でも、止められない。


「人を守らないで、土地だけ取り戻して何になるのよ!」


叩いた掌が徐々に痛みを増してきて、その分、心が落ち着いて行く。


「……上に立つなら、止めることも、責任、じゃないんですか…?」


誰も息をしていないみたいに、周囲が静まり返る。

時間が止まった気がした。


長老はぼんやり私を見つめて、それから顔をくしゃくしゃにして泣き出した。


「……帰りたいんや。国に……帰りたいねん……」

「……」

「すまんかった……ごめんなさい……」


自分の国に帰れない辛さは、異世界から来た私だからこそよくわかる。上げた掌よりなぜか心の方が、涙が出るほど痛かった。バーツが私の肩に手を置いた。


「……もう。ルル、伝わった」

「……うん」


深呼吸して、私は長老の手を取った。


「わかりました。国を取り戻したいんですよね。わかりましたから。でも今は命を優先しましょう。負傷者を休ませて、戦いはいったん止めて。次は、ちゃんと皆で行きましょう」

「……すまん、ほんまに……ありがとう」


長老は震える声でそう言って、深く頭を下げた。そのあとの動きは早かった。ブルーさんが即席の指揮をとり、ウーさんが負傷兵の移送を指示する。


「おい、あのテントに運べ! 冷気が入らんように布を二重にしろ!」

「蜂蜜酒、もう一本!」


兎族の兵士たちは耳を垂らしながら、互いに手を取り合って動いていた。恥ずかしさや後悔で俯く顔も、少しずつ前を向いていく。私たちはその間に、リックさんとサムさん、ドンダさんが待つテントへ向かった。


「合図を決める。突入は声じゃなくて、旗でいこう」

「わかった。撤退ルートは二つ、用意だ」

「救護班は前線に近い位置に置こうよ。連携を取るのミスらないようにするけどさぁ」


バーツが頷き、低い声で締めくくった。


「絶対に奪還するぞ。全員でだ」


夕暮れが近づくころには、空が淡い紫に染まっていた。焚き火の明かりに照らされながら、傷だらけの兵士たちが温かいスープをすすっている。疲れた顔の中にも、少しだけ笑みが戻り始めていた。


私はその光景を見つめて、そっと息を吐いた。






虫は――やっぱり蜘蛛だった。状況も、ガザルやジューの奪還と大差ない。ただ、あのときよりも負傷者が多く、みんなの顔に疲れが滲んでいた。でも、ここで止まるわけにはいかない。私たちは昨日の夜のうちに、焚き火の光を囲んで作戦を立てた。


兵士は残り七十名。熊族が二十名。負傷して動けないのは、主に兎族だった。彼らはこれまで奪還戦に参加していなかった新兵が多くて、怪我してもしょうがなかった。一方で、残った兵士たちは、過去の奪還に参加していた兵士たちで、無茶はせず、チーム戦重視で少しずつ蜘蛛を削るようにして倒していたらしい。「女神の戦略だ。同じようやるんだ」――そう言いながら戦っていたと、後から聞いた。


午前中は訓練。冷たすぎる風が吹きつける中、兵士たちが息を白くしながら隊列を組み、呼吸を合わせる。合図ひとつで踏み込み、下がる。


「テンポがずれています! 兎、もう一歩後ろです!」

「は、はいっ!」


ブルーさんの声が響くたび、兎たちの耳がぴょこぴょこ揺れる。緊張しているのか、動きがちょっとぎこちない。


午後から、いよいよ討伐開始。ブルーさんが三隊と熊族を率いて前線へ。ジャンさんがいないから、蜘蛛以外の虫担当はウーさんの部隊だ。


「俺が率いるからには、暴走は絶対にさせへんで!」


出発前、ウーさんが歯をむき出しにして、兵士たちにぐるりと威嚇してみせた。……牙、ちっちゃい。いや、可愛いんだけど。


思わず、バーツの袖を引いて聞いた。


「ねぇ、あのかわいい牙見せるの、意味あるの?」


バーツが、真顔で私を見下ろす。


「ルル。いいか、覚えとけ。兎は狂暴。兎は狂暴。だ」

「ちょ……なにその念仏みたいな言い方……」

「お前、前回理解したって言ってたろ。忘れたのか」

「いや…でも…それはそうだけど……」

「あれは“暴れるぞ”って意思表示だからな。普通は恐怖だ」

「……え、あれで?」

「そうだ。面倒くせぇし、やっかいだ」


バーツは腕を組んでため息をついた。


「兎はズルも駆け引きも厭わねぇ。勝つためなら何でもやる。だから、敵に回すと面倒くせぇ」

「……なるほど」

「復唱」

「え?」

「ルル、言え」

「ウサギハキョウボウ……」

「もっと真顔で」

「ウサギハ……キョウボウ」

「よし」


なんの確認儀式なの、これ。でもバーツは満足げだったので、とりあえず良しとする。


少し離れた丘に登ると、ビルの国全体が見渡せた。正直、胸が痛くなる光景だった。建物の大半が半壊。屋根が残っている家なんて数えるほど。瓦礫の間には、草が生えていて、もう半分が草原みたいだった。


「……ここ、ほんとは人が住んでたんだよね」


私がつぶやくと、バーツが静かに頷いた。


「奪還ってのは、土地を取り戻すだけじゃねぇ。帰る場所を取り戻すんだ」


その言葉に、胸がぎゅっとなった。




夕方。空が色を変えたころ、前線部隊が戻ってきた。蜘蛛の脚をいくつも引きずりながら、皆が疲れた顔で笑っている。もちろんウーさんの部隊もカマキリの羽根を何個も持っていた。


「負傷者、ゼロです!」


その報告を聞いて、思わず拍手が起こった。


「やった……!」

「このままいける!」


ウーさんも息を弾ませながら、額の汗を拭った。


「ふぅ……ルルちゃん、俺らも、やればできるやろ!」

「うん。すごいよ、ウーさん」

「見たか、俺の牙の威力」

「……うん、たぶん違うけど」


皆が笑って、少しだけ空気が軽くなった。


戦いはまだ終わっていないけど――今日一日で、確かに希望が戻った気がした。





































――ある日のバーツの苦悩――



家の建て方をリックから聞いたルルは、それはもう、あり得ねぇって顔してた。


まるで「え、それ犯罪じゃないの?」って言いたげな表情だ。

目をまん丸にして、半歩――いや、正確には三分の二歩くらい下がってたな。


……この世界じゃ、隣の家ぶち抜いて増築すんのは常識なんだが。


女神の世界じゃ、どうもそうはいかねぇらしい。

あの反応は、本気で引いてたな。


ふぅ……まずい。


うちの風呂、隣の家を”減築”させて建てたんだ。

もしそれがバレたら――

ルルに嫌われるかもしれねぇ。


いや、間違いなく嫌われる。

あいつの「信頼」ってやつが、ガラガラと音を立てて崩れるのが見えるようだ。


……くそ。どうする。


いや、まずは今建ててる家だ。

まだ、隣を半分、壊さなきゃならねぇ。


……いっそ、バレる前に捨てちまうか。

そうだ、それが一番だ。そうしよう。


……だが困った。

ルル、でかい家が欲しいって言ってたんだよな。


ルルに嫌われずに、家をでかくする方法。


……こいつは、戦より難しい課題だぜ。


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