熊族の使命
今日は、久しぶりにゆっくりできる日。
ジョーガンに戻ってきて、今はバーツの膝の上。彼は私の服を縫っていて、私はただその手の動きを眺めていた。大きくて分厚い指なのに、針を扱う手つきは信じられないくらい繊細。針の音と、薪のはぜる音だけが部屋に響いていた。なんとなしに色々な近況の話になった。
「ジュー奪還のあと、どこも人手不足らしいよ」
「だろうな。熊族も狐族も、砦の維持と復興でてんてこ舞いだ」
バーツが、ぼそっと同意しながら、糸を引き締める。
「猫の手も借りたいんだろうなって思ったけど、この世界、猫いないんだよね」
「猫ってなんだ?」
「虎族のすっごい遠い親戚みたいなものかなぁ。いたら、手伝いどころか毛並みで争い起きそう」
「……そりゃそうなるな」
ふたりで笑った。
ガザルの復興もまだ途中なのに、ジューの奪還が重なったせいで、本当に人手不足。戦いが終わっても、みんな休めてない。それでも、街は少しずつ変わってきている。
「ジョーガンで婚活が進んでるらしいね」
「おう。ツガイが増えてきたって聞いたな」
メスたちが、前よりも家の外に出るようになって、前は八割が肉屋だったけど、七割ぐらいまで減って、代わりに花屋が増えてる。色とりどりの花が並ぶ通りなんて、前は想像できなかった。
「生きるのに必死って感じだったけど……」
「今は少し余裕がある」
つぶやくと、バーツが私の髪を軽く撫でた。
「お前が生き延びる力をくれたからな」
「違うよ、みんなが、だよ」
「そうだな」
そんな穏やかな空気の中、彼はまた針を動かし始めた。縫い目が細かくて、見てて気持ちいい。
「そういえば、ホテルもできたんだって」
「あぁ。独身オス向けだろ」
「うん。婚活のために、ガザルに住んでる人もジョーガンに来るらしい」
「……あいつら、どんだけ必死なんだ」
「でも、いいことだよ。ツガイが増えるって」
ちょっとだけ、言葉のあとに沈黙が落ちた。バーツが針を止める。私の腰を軽く引き寄せて、頬を寄せてきた。
「……オスはな。ツガイがいると生きる意味が変わる」
「……知ってる」
「おれはもう十分だ」
「……ばか」
思わず顔が熱くなって、話題をそらした。
「えっと、えっと……そうそう。ジュー奪還のあと、婚活の場をガザルに移すって話も出てるらしい」
「……ジューからジョーガンは遠いからなあ」
「それがね、ベーベさんも理由らしいよ」
「は?」
「婚活成功したオスが、みんなベーベさんのとこ行くんだって」
「……魔法剣目当てか」
「そう。ツガイができたオスが、みんな、“愛の証に剣を”って」
「ロマンチックだな」
「実際は、修羅場で、魔法剣作ってるベーベさんが悲鳴あげてるけどね」
ベーベさんは弟子を増やして、昼も夜も働いている。それでも注文が追いつかないらしい。最近は、剣や槍にパートナーの名前を刻んで、必殺技を出すときに名前を叫ぶのが流行ってるとか。
「……愛にあふれた世界だね」
「あぁ。……だがな、名前だけじゃ足りねぇ。次は愛も叫ぶとするか」
「やめて。絶対やめて。バーツが名前叫ぶだって恥ずかしいんだから」
「ルールゥーー!!!」
「やめてぇ!」
案の定、叫ばれた。顔から火が出そう。
「ほんとうに叫ばないで!」
「……照れてんのか、かわいいな」
「黙って縫って!」
でも、そのあと針を動かす手が優しくて、あぁ、幸せってこういうことなんだな、って思った。
そんな穏やかな日々から数日が過ぎて、今日はまた少しだけ騒がしい場所にいく。
「ジューで奪還祝いの祭りをするってさ。どうしても来てほしいんだと」
そう言って、バーツが私のマントを肩に掛けてくれた。
「……行くしかないね」
「おう。お前が来なきゃ始まらねぇからな」
本当に、そういうのやめてほしい。
――そして今。
私たちは仲間とともに復興中のジューの広場にいる。見渡すかぎり、提灯みたいな明かりがぶら下がっていて、そこかしこから笑い声が響いていた。
奪還祝いの祭り。まだ瓦礫も残るけど、それを気にする人なんて誰もいない。みんな、ただ生きてここにいることがうれしいみたい。
そして、あたり一面――肉。
とにかく肉。
山盛りの肉が、これでもかってくらい並べられてる。テーブルごとに盛られた肉の山は、まるで立食バトル会場みたいだった。しかも熊族総出で運んでくるから、どんどん追加される。
「食べやすいように串にしておいたよー!」
「ほら食べてねぇ! こっちは特上だよ!」
熊族、テンション高すぎ。もう“お祭り”ってより“肉の祭典”だよ。
そんな中で、ひときわ目立つ看板があった。
――兎印の出張酒場。
樽が並んでいて、どんどん酒が注がれていく。おつまみ用にハンバーガーや餃子まで売っていて――。「売ってる」ってところがもう、兎族らしい商魂のたくましさを感じる。
その店の少し離れた場所。貴賓席から腕を組んでその様子を眺め、欲望を隠さない満足げな微笑みをうかべる一人のオス。
「まぁまぁ、ええ感じやなぁ」
ウーさんだった。あの笑顔、どっからどう見ても悪徳商人。もう越後屋にしか見えない。思わず小さく声が漏れる。
「越後屋、おぬしも悪よのう……」
「ん? ルルちゃん、なんか言うたか?」
「な、なんでもない!」
あとで、絶対に説明してやる。この世界じゃ通じないネタだけど、ウーさんならノってくれそう。――そんなふうにニヤニヤ笑ってたら、シンバルのような音が響いた。お祭りの始まりを告げる音。熊族の長老が前に出てきて、会場全体が静かになる。
長老が、ゆっくりと口を開く。
「昔~昔~の話じゃぁ。女神が~下りてきて言われたぁ」
「「「「「笑門には~熊きたる~」」」」
「よし! かんぱぃじゃぁ~」
「「「「かんぱーぃ!」」」」
流れるような、長老と熊族との掛け合いに驚きを隠せない。
――え!?
熊が来るの? 何の格言? どこから仕入れたの??
疑問いっぱいに会場を眺めてると、ドンダさんがニコニコと教えてくれた。
「ルルちゃんは知らないよね。これはね、熊を怖がるツガイに女神が言った言葉で、熊族の始まりの言葉なんだよ」
そうか。
底がないぐらいに明るい熊族。違和感がなかったから不思議に思わなかったけど、確かに”素”というには明るすぎた。一族全員で女神の言葉を守ってるんだ。
「いい言葉だね。熊族にぴったり」
「うん。俺もそう思うよ」
わはははって笑うドンダさんの笑顔が、本当に福を呼べるぐらい幸せそうだった。
空には焚き火の煙がのぼり、肉の匂いと笑い声が混ざって、凄く寒いのに温かく感じる。この世界が、少しずつ“新しい時代”を掴み始めている。それがなにより――嬉しかった。
あんなに笑って、踊って、食べて、驚いて――気づいたら、あたりは真っ暗。祭りが終わり、火が消えると、胸の奥のぽかぽかは残ってるけど、少しだけ、寂しさが襲ってきて、バーツに抱き着いた。
「今日は城に泊まってくれっだとよ」
バーツがぼそりと言う。
――また城。
ガザルのときもそうだったけど、どうやら“お城に泊まるのが当然”らしい。敷居が高いなんてもんじゃない。商業街にできたホテルに泊まりたかったのに、「女神さまが一般客と同じ宿なんて」と全力で止められた。女神じゃないっていいたいけど……もう疲れた。
「んー。じゃ行こう」
ミスリル製の箱に入れた第一級取り扱い危険”鍋”を、バーツが持ち、お城に向かう。
翌朝。
まだ少し眠気の残る頭で朝食を終えると、熊族の長老に呼ばれた。案内役の人の後ろを歩いて行く。ジューの城はガザルより崩壊が進んでいて、ほぼ全部作り直すみたい。木材があっちこっちに積んであった。
「こちらです」
案内役の人が扉を開けてくれる。
まず目に入ったのは――壁一面にそびえる蜂蜜棚。
「……蔵?」
「……蔵だな」
思わず呟くと、バーツも肩をすくめて同意してる。
部屋の中央には木のテーブル。その上に、小皿がいくつも積まれていた。蜂蜜の試飲用らしい。ここは、“蜂蜜の研究室”みたいな場所だった。奥の部屋から、ひょこって顔を出した長老は、「朝から、すまんのぅ」っていいながらお茶を出してくれた。
三人で蜂蜜茶をいただく。とろりと甘い香りが口いっぱいに広がって、思わずほぉ、と息が漏れた。皆が一口飲んで、落ち着くと、その様子を見ていた、長老がぽつりと話し始めた。
「熊族はな、蜂蜜取りの名人でのう。女神さまにもよう褒められておったんじゃ。だから、ルルちゃんにもな、これから定期的に届けようと思うとる」
「えっ、い、いいですよ! そんな、悪いです!」
焦る私の横で、バーツが「ありがたくもらっとけ」と苦笑してる。長老はそんな私を見ながら、いつもみたいにゆっくりと、でも明らかに、いつもと違う、はっきりとした口調で、独り言のように呟いた。
「……コハル様は、今頃、蜂蜜を食べられておるのだろうかのう」
その言葉に、息が止まった。
――コハル様。
狼族の長老から、内緒だと言われていた「不在」。言葉を失った私を見て、長老はニヘェと笑った。
「知っとるよ。お山には、もう居られんのじゃ」
「え……?」
「虫が襲ってきた。仲間もたくさん死んだ。それでも、コハル様は山から降りてこられんかった。性格も、英知も、そういうお方ではない。……つまりは、いらっしゃらない、ということじゃ」
虫の脅威と、国を失くした絶望、そして何より一族が流した血の量を考えれば、長老が結論に至ってから時間が経っていたことがわかった。それなのに、長老の声は静かだった。
その目の奥にあったのは、深い悲しみじゃなく、受け入れたような穏やかさ。私は、その表情に、長老が長老たる意味を見た気がした。
一口蜂蜜茶を飲むとカップを置き、背筋を伸ばして私を見つめる。私の中を見通すような目で……。そして、何か納得した様子で話し始める。
「コハル様から……我ら熊族は“使命”を授かった。我らは魔力と、武器の管理人。我らが作らねば、この世界に“道具”は生まれぬよ」
長老は蜂蜜の入った小皿を一つ指でなぞりながら、ゆっくり続けた。
「コハルさまはいつも悩まれておったそうだ。新しい道具を授けるべきか、まだ早いのか、と。英知ある女神が悩み、授けなかったものは多いと伝わっておる。だから、女神がいなくなってから、我らは“新しいもの”を作らぬようにした。……それが、わしらができる、唯一の判断だったからじゃ」
私の頭に、スコップを見つけたときのことがよぎる。
――だから。
古い道具だけが残ってるんだ。
「それとな。コハル様は、もう一つ我らに教えられた」
長老の声が更に優しくなった。
「蜂蜜は、魔力のかたまり。ゆえに、集め方は熊族だけの秘密。誰かにあげるのも、ほんの少し。“いい人にだけ食べさせて”と、そうおっしゃった」
「……いい人」
「悪い人が誰か、ようわからんけどのう。まぁ、“あげたくないやつ”にはやらん、そういうことじゃ」
――ああ、やっぱり熊族だ。
深い話をしてるのに、どこかおっとりしていて、でも、確かに信念がある。
私は蜂蜜茶を飲んだ。
甘くて少しだけ苦い。
その味が、今の気持ちにぴったりだった。
けれど、どうしても引っかかる。
コハルさんが熊族に託した?
そんなに重要なことを?
長老の目が私の心を読んだみたいに動く。
「熊族の長老は、皆が気づかんようにしておるが、智謀に長けた者がなる。数十年に一人だけ生まれる特別な熊じゃ。武力の“ドンダ”と同じようにな」
そこで、ぱちんと何かが繋がった。
――ああ、だからか。
「次の長老は……ベーベさん、なんですね」
長老はゆっくりうなずいた。
「うむ。だから、あれは見たことのない武器でも作れる。ルルちゃんの言葉だけで形にできるのじゃ」
「智謀……だから、最初から仲間になってくれたんだ……」
私の胸の中で、点と点が線になっていく。
「女神がいないのは内緒じゃよ」
「……え?」
「狐族の長老が、倒れてしまうからのう」
長老は、”いつもの”笑顔でにっこりと笑った。
――この世界は本当に”愛”が溢れてる。
蜂蜜の香りの中で、私は静かに息をついた。
***番外編 その1***
――祭り中での一幕 広場中央にて授与式を行う――
熊族長老:「ここでのぅ、ルルちゃんにぃジュー奪還のぉ礼を渡したぃと思ぅんじゃがなぁ」
ルル:「え? そんな、いいですよ……!」
熊さんたち:「「「「「女神さま、ありがとぉ!!!」」」」」
熊族長老:「ルルちゃんのぉ功績を称ぇて――鍋を~プレゼントするぞぃ!」
ルル:「えっ!? 鍋!? あ、ありがとうございます! ちょうど二つ目ほしかったんです。うれしい!」
ベーベ弟子一号:「師匠に教えてもらいながら、僕が作ったんだ! それにね、ドンダさんのアドバイスで、オリジナル機能も付けたよ!」
熊族長老:「ほぉぉ~。どんな機能じゃ?」
ベーベ弟子一号:「ルルちゃんがその鍋を”かぶる”でしょ? そしたら近づくものを全部燃やすようにしたんだ! “防御は最大の攻撃”ってやつ!」
ルル:「……え? かぶる? 燃やす? 全部?」
熊族長老:「ほぉ……まぁ、ぃろいろと間違っとる気もするがぁ、まぁええかのぉ~」
ルル:「いや、よくないですって!? ねぇ!?」
熊さんたち:「「「「「女神さま、ありがとぉ!!!」」」」」
ルル:「……いや、ほんと、どうすればいいのこれ……」
ベーベ弟子一号:「あ、そうだ! 師匠が完成品見て、専用の箱を作ってくれたんだ! これに入れてて持って帰ればいいよ!」
――それは、メル十人で同時に火魔法を放っても壊れない、魔法陣びっしりの箱だった。
ルル:「……ベーベさん。箱作るより、そもそも鍋の方、止めてほしかった……」
――こうしてルルは、ミスリル製の箱に封印された、第一級・取り扱い注意の”危険鍋”を手に入れた。
***番外編 その2***
――祭りから一か月程度が経った、ジュー国内、とある酒場での会話――
新進気鋭の経営者・兎:「店の名前、”えちぎょにゃ”にするで。看板の差し替え、はよ進めといてな」
部下・兎A:「え、”えちぎょにゃ”ですか? なんやそれ、意味聞いてもええですか?」
新進気鋭の経営者・兎:「女神さんの世界ではな、イケてる商人のことを”えちぎょにゃ”て言うらしいんや」
部下たち:「「「お、ぉ、ぉ、ぉーーーっ!!!」」」
部下・兎B:「ボス、”輝かしい商人”として女神さまに認められはったんやな! めっちゃすごいですやん!」
新進気鋭の経営者・兎:「うむ……せやけどな、ここで調子のんな。うぬぼれたら商売は終いや。これからも、気ぃ引き締めていくでぇ!」
部下たち全員:「「「「「「おーっ!!!」」」」」」




