ジュー奪還
圧勝だった。
もう、びっくりするくらいの圧勝。
ジュー奪還戦。
前回ガザルで戦ったときと地形は違うけど、敵は同じ蜘蛛。戦略はもう身体に染みついてる。何より――熊族が本気を出した。最初の繭を見つけた瞬間、ブルーさんが叫ぶ。
「ミント酒、発射ぁぁ!」
その声と同時に、ウォーターガンの噴射音が響く。シュウウウッ! って音がして、青い霧みたいにミント酒が散る。風に乗ってすっきりした香りと光る霧が、まるで祝福の煙みたいに広がり――その中から、でかい蜘蛛がゆらっと顔を出した。
「おー、出てきた出てきた!」
熊族たちは笑って下がる。
前に出るのは兵士たち。槍を構えて、蜘蛛の足を突く。動きは完璧。まるで、音楽みたいにリズムが揃ってた。蜘蛛が倒れる。その向こうで、熊さんたちがウォーターガンを担ぎ直して、背中のタンクが陽にきらきら光ってた。
「次! 右の屋根!」
「了解!」
熊族たちが笑いながら動く。ミント酒の霧が屋根を包むと、その度に、ねぼけた蜘蛛が「キィ……」と鳴いて落ちてくる。可哀想なほど反応が遅い。熊族のウォーターガンは、ただの水鉄砲じゃない。もはや兵器だ。
「ウォーターガンなんて言葉じゃ足りないよね」
「ウォーターくも殺し、だね」
「ダサいよ!」
「うるさい!」
そんなふざけたやり取りをしてるうちに、兵士の一撃を貰った蜘蛛はもう動かない。兵士たちは無傷。
蜘蛛の糸は、熊族が新しく作った「巻取り機」でどんどん回収されていく。鉄の筒をぐるぐる回すたびに、白い糸が巻かれていく音が心地よかった。たまにミント酒が風向きで、かけた熊たちに戻りそうになったけど、その練習もしていたせいか、周りの兵士との連携で蜘蛛を倒し、残党狩りもサクサクと終わっていった。
「熊族、すごい!」
思わず叫んだら、近くにいた熊さんが照れくさそうに鼻を鳴らした。
「ベーベから巻き取り機、たくさん貰ってきたんだ。ルルちゃんがいうとおりになってた?」
「うん、最高だね!」
「でしょ!」
戦いだけじゃない。
休憩になると隙あらば地面を均して、石を敷いていく。
「おい、まだ戦ってるっての!」と兵士が笑えば、
「戦いながら整備すれば早いよぉ」と返ってくる。
もう、そういうとこが熊族。やる気スイッチが入ると止まらない。熊族の快進撃は続いて行った。
三日。
たった三日で、ジュー奪還は終わった。兵士は誰一人欠けず、熊族は、まだまだ元気いっぱいだった。夜になり焚火を囲みながら、蜂蜜を舐めている熊族の皆。
「虫、終わったんだって」
「じゃあ、道?」
「石が足りないかも」
「持ってきたの全部やっちゃった」
「じゃあ、もう家作っちゃう?」
大きな身体を丸くして焚火を囲み、同じ動作で蜂蜜を舐めている姿を見ると、癒され……ない。火の光の加減か、迫力が倍増し。こわっ。
目を上げると、夜空が見える。順調すぎて、奪還が終わったなんてまだ信じられなかった。それでも――もう、皆の喜びの声しか聞こえない。
「ルル。テントに戻るか」
「うん……」
バーツに抱き着いて、勝利の余韻を味わった。
テントに入ると、ふぅと息が出た。思った以上に気を張ってたようだ。でもやっと勝利の喜びが浮かんでくる。
「バーツ……勝ったんだね。誰も傷つかず、勝っ……」
「ルルちゃーんッ! 帰ってきたよー!」
入口の幕が勢いよく跳ね上がった。見えた姿は、頭上の丸い耳からして熊族の人?
「勝手に開けるんじゃねぇ! ルルが寒くて削れたらどうするんだ! あ゛?」
開いた隙間に蹴りを出すバーツ。なんかすごい音が、外から響く。
――寒さで削れるって。
たまにバーツの私像を本気で知りたくなる。
「待って、バーツ」
追撃しようとするバーツを手で押さえつつ、外を覗くと、そこには、たくさんの熊族がいた。
――え?
一、二……三十人?
あ。ガザルにいた熊さんたち、ほぼ全員だ。て……え? ちょっと待って。早くない?
「奪還の報告トカゲが、今さっき、出発してたよ!?」
驚きに声が裏返る。どういうこと?
「うん! 聞こえたから!」
「丘の向こうで勝利の雄叫びが聞こえたんだ!」
「嬉しくて走ってきた!」
丘の向こうって、どれくらいの距離あったっけ? バーツが呆れた顔で頭をかいてる。
「熊ども、聞こえる距離じゃねぇぞ……」
「気合いで聞こえた!」
「あと風が運んできた!」
なるほどね。もう理屈じゃない。気持ちの問題らしい。しかも、熊族全員が家財道具を山ほど積んで移動してきていた。……戦いが始まった直後から。どうやら「もう勝つ前提」で動いてたらしい。
「勝つって信じてたから!」
胸を張って笑う熊さんたちを見て、思わず吹き出してしまった。
気づけば、熊さんたちはあっという間に焚き火を囲んで宴会を始めている。蜂蜜を詰めた木樽をどんどん開けて、兵士たちに振る舞っていた。
「勝利の蜂蜜だーっ!」
「飲め飲めーっ!」
「いや、蜂蜜って飲むもんじゃ……」
と、私が言いかけたときには、もうバーツがやけくそみたいに舐めてた。
「ん……うまっ」
「でしょ?」
「うまいけど、甘ぇ!」
「甘いのがいいんだよ!」
その会話のあと、兵士たちも次々と真似して舐め始めた。口のまわりをベタベタにしながら笑い合ってる。
ジャンさんもいた。前回の傷は癒えたのか、綺麗な笑顔で笑ってた。目が合ったと思ったら、こっちに歩いてくる。その顔は、もう俯いてなかった。
「ルルちゃん。俺、あのチーム、やるから」
「うん。お願い」
その言葉が嬉しくて思いっきり頷きながらお願いする。その私の顔を見たジャンさんは嬉しそうに微笑むと、「こういう宴って、いいな」って、そっぽ見ながら呟いてた。
「なぁ、ルル」
隣でバーツが私の肩を引き寄せてきた。
「……幸せか?」
「うん」
ジャンさんに自分を重ねるところもあったんだと思う。バーツも嬉しそう。
「大好き」
ぎゅってバーツを抱きしめながら、私の幸せがバーツに伝染しないかなって思ってた。バーツも頭の上でくくくっって笑ってる。
顔を上げ、一緒に笑いながら、お代わりの蜂蜜を貰いに行く。
焚火の火がぱちぱちと弾けて、兵士や熊さんたちの笑い声が響く。誰もが疲れてて、でも幸せそうだった。この戦いでも皆が生きて戻ってきた。その当たり前の奇跡を、今夜も全力で祝いたい。
私は蜂蜜の小瓶を掲げて叫ぶ。
「ジュー奪還、おめでとう!」
みんなが一斉に蜂蜜を掲げた。
「おめでとう!」
「ルルちゃんばんざーい!」
「ジューばんざーい!」
「女神ばんざーい!」
バーツが笑いながら私を見た。
「お前、ほんとにこの世界、動かしちまったな」
「私じゃないよ。みんなが、動かしたの」
「……そういうとこ、好きだぜ」
顔が熱くなる。
焚き火のせいにして、うつむいた。
次の日の朝。
まだ空が白む前――寒い。
真冬って、こんなに寒かったっけ。
外の冷気が、テントの布を通して刺すように入ってくる。でも、バーツの腕の中はあたたかい。もう少しだけこのままで……って思ったけど、やっぱり起きなきゃ。報告がある。みんなが待ってる。そっと腕の中から抜け出すと、バーツが寝ぼけ声で呟いた。
「……まだ寝てろよ。寒ぃだろ」
「リックさんに任せるって言っても、報告は私の仕事だよ」
「……寒がりのくせに真面目だな」
「うるさい」
笑って、寝癖のついたバーツの髪を軽く引っ張る。そんなことをいいながらもバーツが起きて火を起こしてくれた。少し暖かくなった空気の中で簡単に身支度を整える。バーツも、しぶしぶ身支度を整えてるけど、寝ぐせのまま、ぼさぼさ頭でコートを羽織ってる。
「……あー、寒ぃ。凍るかも」
「だろ。もう一回毛布に戻ろうな」
「……しないからね」
言い合いしながら、私たちはガザルに戻るため動き始めた。
道中。
「虫も獣もいないね」
「あぁ。冬だしな」
「トカゲの足も速いよね?」
「俺たちしか乗ってねぇからな」
そう、仲間を邪魔扱いしたバーツは全員置いて、二人(+馭者)で帰ってきてしまった。
今、私専用の頭上小屋の中でぎゅうぎゅうになって座っている。膝の上に乗せた私の匂いを嗅ぐのが何よりのご褒美らしいけど、お風呂にまともには入れてないから止めてほしい。溜息しか出ない帰り道だ。
宴の余韻を残したまま、私たちは四日後の夜、ガザルの砦門に着いた。焚火がいくつも焚かれ、いつもは星明りしかない夜の門が煌々と照らされていた。その明るさが、そのまま皆の喜びのように見えた。
翌朝
ガザルの長老会。
報告の場は静まり返り、長老たちは皆、真剣に私の話に耳を傾けていた。
ジュー奪還の――戦略、熊族の協力、被害の少なさ。
全部話し終えると、静けさがさらに広がる。
どの長老も喜びをかみ砕けずに、持て余しているようだった。動いたら今ある現実が壊れるかのように微動だにしない。
そんな時が止まったかのような空気を破ったのは、熊族の長老だった。俯きながらゆっくり立ち上がると、大きな体を揺らしながら、よろよろと私の方へ歩いてくる。
「ぁ〜りがとぅなぁ……」
大きな手が、私の両手を包み込む。ごつごつしてて、でもすごくあたたかい。顔を見ると――鼻水を垂らしながら、泣いてた。
「わしはぁ……わしはぁ、ほんとにうれしぃ……」
鼻をすすりながら肩を震わせて泣く姿は、まるで子どものようだった。
バーツが後ろで苦笑している。
「きたねぇな」
「ぅるさぃのぉ。そぅ言われてもぉ止まらんのぉ」
熊族長老が泣き笑いしながら、また鼻をすすった。私は、その手をぎゅって握り返した。
「こちらこそ……ありがとうございました。あの蜂蜜も、ウォーターガンも、熊族の人たちがいなきゃ無理でした」
「礼など、ぃらんのぉ」
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、長老がふにぁと笑う。
「ルルちゃんがぁジューを取り返してくれたぉかげで、熊族はま〜た“戦える”って、胸張ぁって言ぇるよぅになった」
その言葉に、猿族の長老が目頭を押さえ、狐族の代表が小さく俯いているのが見える。
バーツが、ぼそっと私の耳元で呟く。
「……泣かすのうまいな、お前」
「違うよ。泣き虫なんだよ、皆」
「お前もだろ」
「……ちょっとだけね」
気づいたら、私も目が潤んでた。この部屋の中にあるのは――涙と笑い声と、温もりだけだった。
後から帰ってきたジャンさんから報告を貰った。
ジューの森の木は、ジョーガンと比べて、やはり少しだけ小さく、間も若干狭いらしい。それ以外は変わらず。
謎はまだ解けない。




