グレー色の心
空気が澄んで、息を吐くと白くなる。虫たちが静かになる季節。
――そろそろ、冬だ。
今日は新しい武器を受け取りにベーベさんの店に行く。私たちが、奪還に向けてガザルにいることが増えると、ベーベさんも拠点ごとこちらへ移してしまった。
「ルルちゃんの~そばにぃなぃと~武器つくれなぃからねぇ」
なんて、いつもの調子で笑いながら。
「ベーベ、取りに来たぞ」
「おじゃまします」
お店に入ると目の前に大きなカウンターがあり、奥からべーべさんが顔を出した。
「来たねぇ」
にこにこと差し出されたのは――槍だった。
あの時、仲間たちが見せた“がっかりした顔”。どうしても忘れられなくて、海から帰ってすぐ、紙とにらめっこしていた。でも――。
――刃を飛ばす?
銃みたいに……いや、無理か。
――バネで飛ばす?
……作れる気がしない。
――うーん。
そもそも刃を飛ばしても、少ししか強くなってない。もっと違う方法がいる。白いままの紙から何も進まなくて、ふと顔を上げると隣でバーツが布を吟味していた。
「ねぇ、バーツ。槍はあまり使わないと思うけど、剣と比べていいところと悪いところってある?」
「剣は愛がある。槍はねぇ」
私の顔をチラッと見て布を置くと、そばに置いてあった剣をテーブルの上に乗せた。剣の魔石を撫で愛おしそうに見つめると布で磨き始めた。
「それだけ……?」
思わず聞き返す。
――いや、絶対もっとあるでしょ。
確かにその魔石には私の魔力が入っているけど。でも槍……。
――あれ?
そういえばバーツ、自分の槍は戦いに持って行ったことがない……。
今更気が付いた事実に、思わず口が開いたまま固まってしまった。すると、何を勘違いしたのかバーツが耳元に顔を寄せてくる。
「可愛い顔してどうした?」
ぐいっと抱き上げられ、耳に熱い息がかかる。ゾクゾクする低い声と温もりに身体が引っ張られ……そうになるけど手を突っぱねて首を振る。しない、絶対。建設的な意見をくれないバーツなんて、知らない。
騒いでるバーツに知らん顔して、膝から下り考える。
――槍。
どうして、そもそも槍もつくったんだっけ。
初め考えたのは……。
バーツが剣なのは?
――森が中心で戦ってるから。木に邪魔されにくいし。
じゃあ、皆にはなんで槍?
――草原では、距離があるほうが有利だから。
「……あ」
武器を振り回す範囲で用意したんだ。そして皆の今の戦場はどっちも行く。
――なら。
「長さを変えられたらいい」
長いままなら草原用で、短くすれば森や室内でも扱いやすい、そんな槍。後ろ側をスライドさせて縮める構造にして、接合部の強度は魔法陣で補強する。それならオスの魔力量でも十分に実現できる。
「……これだ」
書いたメモを握りしめ立ち上がる。
「ベーベさんに相談する!」
「行かねぇ」
振り返ると、不貞腐れた顔のバーツと目が合った。でも関係ない。
「行くの!」
腕を掴んで、無理やり引っ張る。
「ルルぅ……」
「だめ!」
全力で抵抗してくるけど――そのまま、ずるずると引きずって家を出た。
あの時のバーツの顔は、たぶん一生忘れない。
「これ~たぃへんだったよぉ」
げっそりした笑顔で、べーべさんが槍を六本、カウンターに置いた。
長さも太さもバラバラ。
バーツが持ち上げた槍は、黒い木の柄は、私の足首ぐらいある。長さは……刃も入れたらバーツより大きい。刃はひし形で厚みもあり、ミスリル製だからピカピカと光っていた。
「かっこいい。……でも、前より短い?」
「ここ触ると~後ろが出て、長槍になるよぉ」
「あ、魔法陣。三つもある。……小さいね。ベーベさん、すごい……」
感謝に心が熱くなっていると、バーツが眉をひそめいた。
「貫通と短縮……もう一つは何だ?」
――あ。そういえば。
たしかに、これ何?
「ぇ? ルルちゃんが、先に着いた刃を飛ばしたいって~言ったよぉ?」
「え? バネ、使えるようにできたの?!」
思わず身を乗り出す。
「そぅ。いじってたらぁ、できたけど、なんで、できたのかは~僕もわからなぃんだよねぇ」
「すごい……」
あの時は、ミスリルでバネが作れるか分からなくて諦めてた。刃だけを飛ばしても柄は残る。――いざという時のアイデアとして、そういうのもあるね、程度に話したものだった。軽く話しただけのアイデアを、ここまで形にしてくるなんて。
胸の奥が、じわっと熱くなる。
バネといい、三つの魔法陣が入っていることといい、たぶんこれ以上の武器は作れないと思う。
そう思って見つめていると、ひょい、と槍が視界から消えた。
「……俺のルル剣も強くしてくれ」
バーツが、ぶっすーとしながら槍を背中に隠す。タレ目はいつもより垂れて、唇はわずかに尖っていた。
――あ、拗ねてる。
少しだけ嬉しくて、でもちょっとだけ困る。
「無理だよ。あれ以上威力上げたら、周り巻き込むでしょ」
「……ちっ」
あからさまにしょんぼりしながら、槍をまとめて抱えるバーツ。そのまま帰ろうとしたところで。
「バーツ、まだだよぉ。これも~」
べーべさんがカウンターの下から取り出したのは――巨大な”ウォーターガン”だった。太い銃身に、管。さらにそれに繋がる、大きな木製タンク。どう見ても水鉄砲のサイズじゃない。
「わ……。すごい迫力。重そうだけど大丈夫かな」
バーツもさすがに目を丸くしている。
「背負うのは熊か? なら問題ねぇな」
「ぅん。使ぃ方もぉ、もぅ教えてぁるよぉ。試すかぁ」
裏にいた助手を獣人化させて背負わせる。おっきな身体だからタンクを背負ってもびくともしない。
――凄い迫力。
まるでハリウッド映画、熊版だ。
試射と聞いて、裏から熊たちがぞろぞろと現れた。
――なんで?
全員、獣人化してるの。
不思議に思っていると、ウォーターガンを持った熊さんは、そのまま、のしのしと裏の空き地まで行き、何も言わずに発射。
シャアァァァァ――!!
水が風を裂き、霧のように広がる。
音も、勢いも、完璧だった。
「すご……」
「「「「すごい!!!」」」」
私の声は、熊たちの歓声に完全にかき消された。自分たちの体格と武器がぴったり噛み合ったことが、よっぽど嬉しかったみたい。大興奮してる。そんな光景を横で見てたバーツも、腕を組んでにやりと笑った。
「……いい顔してるな、あいつら」
「うん、嬉しそ……」
ほっこりとした温かさが胸に広が………る前に、目の前の状況は大きく変化して行った。
「おいそれ寄越せ!」
「待てこらぁ!」
ウォーターガンを背負った熊が、別の熊に襲われた。
タンクごと奪われる。
奪った熊が、さらに後ろから膝カックンを食らう。
横から別の熊が滑り込む。
気づけば、三方向から奪い合い。
――カオス。
「だから、みんな獣人化してたんだ」
完全に納得した。――いや、誰か止めて。笑いが込み上げるのをこらえきれない。
「ふふ……」
「武器見て笑うの、初めてだな」
バーツがぽんと頭を叩き、そのまま安心したように笑う。差し込んだ夕日が、その表情をやわらかく照らしていた。
――ずるい。
「……バーツも、私が武器触るの、嫌がらなくなったね」
「うるせぇ」
ぶっきらぼうな返事。
でもその声は、どこか優しかった。
夕方、ウーさん印の酒場・ガザル支店に行く。
店の中はすでに満席で、騒がしさが渦を巻いていた。背の低い私は覗いても様子が見えないけど――バーツは違う。
「いるな」
そう言って、私を気遣いながら、迷いなく奥の席へ進んでいく。
「持ってきたぞ」
その一言で、視線が一斉に集まった。バーツから槍へ――そして、慌ててビールと肉を避難させる。どさっ、とテーブルに置かれた瞬間には、もうスペースが空いていた。
――ナイス、反射神経。
「あぁ? 槍?」
「なんですか、この短さ」
「俺の、まだ使えるよ?」
口々に言いながら槍を見ている中で、リックさんとウーさんだけがこちらを見る。
「ルルちゃん、これは?」
「サムさんが欲しがってたやつ。今日できたの」
その一言で、全員がこちらを振り返った。
「あ」
同時に、皆の顔が変わる。持っていたものをその場に置いて、槍へ手を伸ばす。その様子が、肉の奪い合いとそっくりで――思わず笑いそうになった。
「これは……」
「うん。ここを触ると長くなるの。草原用だね。今の長さなら森や街でも使いやすいと思う」
説明しながら指を差す。
「あと、こっちは刃が飛ぶから――ダメ! ドンダさん」
反射的に叫ぶ。
「ここでやったら危ない!」
ブルーさんがすかさずドンダさんから槍を取り上げてくれた。
「ドンダは、皆がやるまで触らないでください」
温度が一℃は下がった気がする目つき。ドンダさんは涙目になっていた。でもしょうがない。今回は壁に穴が開く程度じゃすまないから。
「ルルちゃん、わりぃな。大変だったろ」
声に反応して振り返ると、サムさんが、槍を撫でながら申し訳なさそうな顔でこっちを見ていた。そんな顔してほしくて作ったんじゃないのに。
「サムさん」
ちゃんと目を見て言う。
「私も仲間でしょ?」
なんなら、少し睨みつけてたかもしれない。だって、「わりぃ」って何よ。
「いつも危険なところに一緒に来てくれてありがとう。皆の命を守りたくて作ったの。だから……喜んでほしいな」
本当に感謝している。少し顔は引きつってるかもしれないけど、怒りを感謝に変えて、精一杯にっこり笑う。ありがとう。
気持ちが伝わったみたい。サムさんの表情が、いつもの不敵な笑顔へ戻っていった。
「試すのは明日だな」
「そうですね、では朝日とともに、ここで」
勝手に話を進めるリックさんとブルーさんの横で、ウーさんの耳がぴくりと動いた。
「待てや勝手に店使うなや」
「ウーは、来ないんですか?」
ブルーさんの一言に、少し考えるそぶりをし、牙を引っ込める。
「せやな。俺、戦士やしな。しゃあない、明日の朝は店、開けといたるわ」
ニヤリと笑いながら、槍を手に取り魔法陣を眺めてた。
改めて席に座ると、ウーさんが、バーツには肉とビール、私には干し果物と干し野菜を持ってきてくれた。最近、婚活繋がりで独身メスたちに干し果物と野菜を作る仕事を依頼したらしく、メス限定の一品として酒場に用意されるようになった。
これがまた美味しい。絶妙な干し具合で、甘みと繊維、そして若干の水分があり、口も胃袋も満足いく一品になっている。
「ほら」
黙々と野菜を食べていると、やきもちを焼いたらしいバーツが肉を食べさせようとしてきた。顔をそむけて野菜を口に入れる。
「うぅ……」
悔しそうな声。
バーツは好き。でも、もう肉はいらない。ごめんなさい。
食べ終わり、ジュースを飲んで一息つく。皆は新しい槍の戦い方について離していて楽しそうだ。
――でも、もう一つ。
やりたいことがある。
「皆、話があるの」
話しが止まり、皆、身体ごとこっちに向けてくる。
「新しいチームを作ろうと思ってるの。調査と探察専門。知らないことが増えてきたから、それを調べるための部隊」
「なるほど」
「必要ですね」
「へぇ」
「誰がするの?」
「……」
そんな中、一人だけ、完全に関係ない顔で肉を齧っている人がいた。
「リーダーは、ジャンさん」
肉に齧りついたまま固まった。
ゆっくりこっちを見る。
信じられない、って顔。
真ん丸に見開いた目は、グレーで銀色の粉が散ってる不思議な色だった。
一連のコマ送りのような顔の変化に、私は笑って、そして頷いた。
ジャンさんは必要なことしか話さないけど、戦場では常に周囲を見渡してる。観察力も、判断力も、冷静さも持ってる。そして狼族特有の嗅覚と聴覚。見えない敵を“感じ取る”ことができる。
――うん。
ジャンさんしかいないよね。
「メンバーは三人追加する予定。種族は猿、兎、狐かな。それぞれ得意分野が違うから」
猿族は、地図作りの専門家。土地の変化を描き出すのが好きで地理に強い。
兎族は、食糧の知識が凄い。生態の研究もしていて詳しい。
そして狐族。書き残すことを好み、過去の記録に精通している。
子供時代に、一族の中で色々と学ぶんだけど、どこも同じような内容を教えると言ってる割には、好きなことを深く多く教えたりしている。だから、その特性を生かし、このチームは「戦う」より、「知る」ことに特化したい。もちろん、戦闘も避けられないから、逃げられるだけの力を持っている人に絞られるけど。
ジャンさんはまだ固まっている。
――起きてジャンさん。
「人選は終わってる。明日、顔合わせしたいんだけど――いい?」
ゆっくり。
本当にゆっくり。ジャンさんが頷いた。
帰り、酒場を出ようとしたとき――背後から足音が近づいてきた。
「……俺より、ブルーのほうが適任だと思う」
振り向くと、少し俯いたジャンさんがいた。
ジャンさんは、これまで何度か言っていた。
「俺はこんな仕事しかできない」と。
狼族にとって、“群れを導く力”は誇りだ。その誇りにおいて、自分より優れた者がいれば揺らぐのも無理はない。――だからこそ、想定していた言葉だった。
「ジャンさんの観察力と視野の広さが、今回のチームにはどうしても必要なの」
首を振って答えると、ジャンさんは更に顔を下げ、小さく呟いた。
「そうか……」
たった一言。 それは、普段の温度感の低い響きはなく、喉の奥で鳴るような声で、最後は湿って形をなさずに崩れていった。 どこか、甘えるような、そんな響きに似て聞こえた。
その瞬間だった。
背後にいたはずのバーツが、無言でジャンさんを蹴り飛ばした。
「ふざけんじゃねぇ!」
ドンッ。
鈍い音が響く。
「人のメスに甘えんな! テメーが弱ぇから負けてると思ってんだろ!」
倒れたジャンさんが、驚いたままバーツを見上げる。
「……統率じゃ長老にゃ敵わねぇ。だがな、リックやブルーに負ける道理はねぇ」
低く、叩きつけるような声。
「負けてんのは腕じゃねぇ。――心だ。気づけよ、負け狼」
ジャンさんの肩が、びくりと震えた。そこへ、もう一撃。気づけば仲間たちも外に出てきていて、次々に手を出し始める。
「はぁ……」
思わず息を吐く。
“愛のしつけ”。
わかってる。これも、この人たちのやり方だ。否定も手出しも禁止。でも――今回は、私にも“見てるだけ”に、できない理由がある。だって、バーツの顔が、心配じゃなくて苦痛に歪んでいる。
だから私は、意を決して――歌った。場が、ぴたりと止まる。視線を合わせられなくて、酒場の入口を見たまま、最後まで歌いきる。
少しの静寂の後、そっとバーツに向き直った。
「ね? 一人一人、違うからいいんだよ。私はそのままのバーツが好き」
ジャンさんがそう思うなら、きっとバーツもそう思ってるんじゃない? 統率力はバーツの、最強の強みではないもんね。
バーツの顔が歪んだ。
怒ってるような、泣く前のような――そして、いきなり私を抱き上げて走り出す。
「ちょっ、バーツ!?」
冷たい風が頬に当たって、髪が舞った。
抱きしめる腕が、強い。
「……お前はずるい」
「なにが?」
「……そういうとこだよ」
泣くのを堪えるように笑うその顔が、、どうしようもなく愛しかった。
――わかってる。
大好きだよ、バーツ。




