新武器とコロッケ
偵察は何事もなく終わった。
今私たちは、ガザルへ向かう大トカゲの背の上にいる。ちょっと強めの風を受けながら、トカゲの背でサムさんが大きな声を上げた。
「リック、なんでガザルだ? 先にジョーガンに行った方がよくねぇか?」
森の方を見ていたリックさんは、視線を遠くに向けたまま肩をすくめる。
「たぶんだけど、長老たちはガザルにいると思う」
その言葉に、リックさんの隣に座っていたブルーさんが振り返りながら淡々と続ける。
「サム。長老たちが我慢しているとは思えません」
「あー、そりゃそうだ」
サムさんは頭を掻き、苦笑する。長老たちの顔を思い浮かべたのか、誰も否定しなかった。サムさんの後方からドンダさんの低い声が届く。
「ジョーガンは、長老がいなくて問題ないの?」
リックさんも後ろに振り返り、穏やかに頷いた。
「そうだな。オスたちと元メルたちが、息ぴったりで連携できて国を守れてる。長老たちも安心してるはずだ」
「たしかに婚活は、もう俺らおらんでも勝手にやっとるわ」
ウーさんが肩を揺らして笑うと、ドンダさんも目尻を下げた。
「そうだね。料理のいい匂いが、たまに流れてくるよね」
「ああ、花も増えたしな。メスが喜ぶ」
ジャンさんが腕を組み、しみじみと頷く。
「ジャンは、そればっかりですね。とはいえ、かなり活気が戻ってきているのは確かです」
ブルーさんは呆れたように言いながらも、口元はわずかに緩んでいた。
「ああ。それは皆が感じてる。だが――ガザルは復興中だ。それもあって長老たちはガザルにいるはずだ」
リックさんの声は静かだったが、確信に満ちていた。
皆の声が風に流れていく。
私はトカゲの頭上小屋の中で、バーツの膝に座ったままその会話を聞いていた。彼の腕が腰に回り、時折しっぽが私の足に触れた。国は日に日に形を取り戻している。でもそのぶん、問題も山ほど出てくる。
家を建てたと思えば、ガザル禁止条例に引っかかるものだったらしく、狐族が大勢きて壊して行くとか、家畜を柵に入れたら、同じ柵にバラバラの家畜達を入れたらしく、殺し合って全滅したとか――もう毎日が事件。
「長老たち、ガザルにいるかな」
何気なく呟くと、背後から即答が落ちた。
「いるな。間違えねぇ」
「……そっか。ならガザルも安心だね」
「そうだな」
バーツは面白そうに笑った。でもその声には、揺るがない信頼が滲んでいた。その温もりに寄りかかりながら、私は近づいてくるガザルの砦壁を見つめた。
砦壁が次第に大きくなり、やがて門前の喧騒が聞こえてきた。到着すると、そのまま砦の中へ案内された。トカゲから下りるとちょうど、門番の兵士が慌ただしく駆け寄ってきた。
「長老より、城に来るよう指示が出てます!」
兵士の額にはうっすら汗が浮かんでいる。
「わかった。バーツとルルちゃんが行く」
「はっ!」
リックさんが勝手に回答している横で、私とバーツは顔を見合わせて、同時にニヤリと笑った。
「長老たち、いたね」
「そうだな」
「俺らは酒場で待っとるわ。堅い話は苦手やしな」
ウーさんが手をひらひら振る。
「わかった。あとで行く」
バーツが頷いて了解すると、皆は
「さすがに疲れましたね」
「ビールと肉、だな」
「酒場開業、早くねぇか?」
「蜂蜜酒ある?」
「酒場代も長老に請求しとこか」
勝手なことを言いながら、さっさとあっちに歩いて行ってしまった。
――寂しい。
とはいえ、長老が待ってるから、城に向かう。
長老たちが待っていた部屋は、別世界のように整えられていた。艶のある黒壁はまるで漆塗りのように光を含み、床には珍しい黒石が敷き詰められている。その中央に、同じ色合いの椅子が八脚、円を描くように置かれていた。窓から差し込む光が床を滑る。
私とバーツは、自分たちの席の後ろに立った。黒い石床に靴音が小さく響く。六人の長老たちの視線が、一斉にこちらへ向いた。
――やっぱり、緊張する。
喉の奥が少しだけ乾くのを感じながら、私はジューの様子を順に報告した。
街はガザルと同じく、蜘蛛と巣に覆われていたこと。建物は形こそ残っているものの、屋根は崩れ、壁には大穴が空き、柱も傾いていること。城も例外ではなく、一部が崩落し、石の継ぎ目から草が伸びていたこと。
言葉を重ねるごとに、室内の空気が重く沈んでいく。
「……ガザルより崩壊が進んでいる……」
猿族長老が低く呟く。
別の長老は目を伏せ、静かに指を組んだ。
ガザルより先に虫に侵略された。だから、想像はしていたはず。それでも、実際の光景を聞くのは違うらしい。誰もが険しい顔になる。だけど、ただ一人――熊族の長老だけは違った。
目が、きらきらしている。
完全に「いつ戦える?」の顔だ。
――怖い。
いや、熱い。
「戦いですが、兵士百名、熊族三十名で行う予定です」
熊族三十名と言った瞬間、長老たちの顔つきが変わった。驚愕が、露骨に浮かんだ。円卓がざわめき、空気が張り詰める。
「なんと!」
「戦うのか?」
「さ…んじゅう…」
「解体さすつもりか?」
長老たちが身を乗り出して抗議に近い声を上げる中、狼族と熊族長老だけは違った。
「ほぉ」
ニコニコと満願の笑みをうかべる熊族長老。勝者の笑みみたい。
「して、どうする?」
面白そうな顔に変わった狼族長老は、私に更なる説明を求めた。
「新武器を作ります。それで戦場で活躍してもらう予定です」
隣で腕を組んでいたバーツが、ちらりと私を見る。私は小さく息を吸い込んだ。
「名付けて――ウォーターガン!」
一瞬、長老たちの耳がぴくりと動く。
静まり返った室内に、自分の声だけがやけに響いた。
「背中の樽に入れたミント酒を噴射する装置です。ドバーっと! 今までは樽ごとひっくり返していましたが、これなら飛距離も命中率も上がります」
「どのような仕組みか?」
「酒の備え、不足なきよう算段しておりましょうな」
「射程は?」
「材料は足りるのか?」
矢継ぎ早の質問に、思わず言葉が詰まりかける。
「ドバー……!」
そんな中、熊族の長老がやたら嬉しそうに呟いていた。皆の希望がかなえられるとわかって本当に幸せそう。
「これからべーべさんに相談する予定ですが、今は春の終わりなので、素材の確保も加工も間に合うと思います」
私が言い切ると、長老たちが個々に頷きあい、曇っていた表情にわずかに光が差す。ちょっとホッとしながら私はバーツを見上げた。彼は無言で頷き、尻尾をゆっくり一度だけ振った。一瞬の、目だけの会話。でも、それが幸せ。
長老たちがゆっくり立ち上がる。椅子が石床を擦る音が静かな部屋に響き、外から夕方の風が吹き込んできた。ふわっと髪が揺れて、思わず窓から外を見つめる。
ジュー奪還作戦、いよいよ本格始動だ。
長老会が終わって酒場に行くと、もう皆、大いに出来上がってた。ジャンさんとリックさんは酒に弱いらしく、すでにテーブルにうつ伏している。近づく前に、ドンダさんがこちらに気づいた。
「きた! ルルちゃん! 蜂蜜、とっておいたよ!」
ぶんぶん手を振っている。
「おせぇよ」
「本当ですね」
「ここで飲んだくれてた連中が、よく言うぜ」
バーツの低い声に、皆がけらけら笑った。
用意してくれていた席に座ると、ウーさんが「お疲れさん」と桃ジュースを置いてくれる。その横でバーツは、すでにテーブルの肉にかじりついていた。何杯飲んでも問題ないらしいブルーさんが、素面のうちに出ていた話を教えてくれる。
「そういえば、二人が寝る前に少し話してたのですが、ジューの奪還は食料が足りなくなる可能性があります」
「そうなの? ガザルは大丈夫だったよね?」
「ええ。ジョーガンは自給が安定していますから。ただガザルは、次の冬に余剰が出るかは微妙です。ジョーガンから運ぶ案もありますが、輸送が課題ですね」
ブルーさんはこめかみを押さえ、ビールを一気に飲み干した。
「そう。じゃあ、草原に何かないか見に行く……」
そう言いながら、ちらりと隣を見ると、バーツの顔がぐにゃりと歪んでた。
「行きましょう!」
言質を取ったとばかりに、ブルーさんが被せる。
「おい、待て……」
「いいな! 行こう! どこにだ?」
いきり立ったバーツに、酔いのまわったサムさんが、背中から圧し掛かるように会話に参加してきた。
「はははっ。サムは飲みすぎだよ。メッ!」
ドンダさんが揺れる尻尾に向かって、指を立て叱ってる。
――カオス……かもしれない。
酔っ払いって家まで送っていった方がいいの?
オロオロしてる私の真後ろから、呆れた声が聞こえてきた。
「あかんな。今日は終いや。帰れ」
と言った瞬間、兎の耳をつけた四人がスッと表れて、皆を肩に担ぐと、そのまま凄いスピードで走って出て行った。
「毎回毎回、よう飽きへんな、あいつら」
「本当に。家の前に捨てられて、朝には毛並みがボサボサになるってわかってるくせに、飲みすぎるんです。ジャンなんて、次の日は泣きながらブラシをかけるのが定番になってますよ」
――家の前に捨ててくるんだ。
ていうか、毎回なんだ。知らなかった。
腕を組んで溜息をつくウーさんと、「馬鹿ですね」と笑ってるブルーさんを、驚きと心配が入り混じった心で眺めてたら、バーツがビールを飲みながら教えてくれた。
「ルルは先に帰っちまうから知らねぇだろうがな。ビールを山ほど流し込むと、急に眠くなる奴と、逆に妙にハイになる奴が出てくる。そうなると店がいつまで経っても閉められねぇ。最後はウーが見かねてな、軍団に運ばせるってわけだ。」
また一口飲んで、引きつった顔で続ける。
「ちなみに運び代は別料金だ。えげつないぐらいに高い」
「え? とるの?」
「当たり前や。金払って雇ってるんやで」
胸を張って答えるウーさん。
たしかに、悪いのは酔っぱらう皆だ。でも……なんだろう。なぜかウーさんのほうが、ちょっとあくどく見える。私はさっきまで、「酔う? 体調不良が起こるの?」って不思議に思っていたはずなのに――その疑問は、ウーさんのあくどい笑顔を見た瞬間、どこかへ飛んでいってしまった。
「ルル」
呼ばれたほうに顔を向けたら、バーツが真顔になってた。ジュースをテーブルに置く。
「何? どうしたの?」
「草原は……」
「行くって言いましたよ」
バーツのセリフをぶった切ってブルーさんが言う。二人の目つきが悪くなった。目線が絡まって戦ってるみたい。バーツなんて歯が見え始めてる。
「大丈夫だよ、ちゃんとバーツと一緒にいるから」
バーツの腕に手を置いて、そう伝えたら「…そうしろ」と呟いて、ふいっと顔をそらした。…耳赤いよ、バーツ。かわいい。
数日後。
ガザル南方の草原へ向かう日が来た。
視界いっぱいに広がる緑の海みたい。風は少し冷たく、揺れる草の匂いがふわりと鼻をくすぐった。
「空も草も、ジョーガンとあんまり変わらないね」
「あー……空気がちょいと乾いてるな」
腕を組んだまま、バーツが鼻をひくつかせる。
確かに。
北側では膝まであった草が、南へ進むほど短くなる。足裏の感触も、柔らかい草地から、砂の混じった乾いた土へと変わっていく。――これ以上は、あまり南下したくない。
今日の目的は、ジュー奪還に備えた“食料確認”。野営の近くで手に入るものを探すこと。ウーさんが耳をくるりと回して「問題なし」と頷く。その横で、私は地面をきょろきょろと探していた。そして――見つけた。
「……あ、ツルだ!」
草の隙間を縫うように伸びる緑の蔓。しゃがみ込み、両手で引く。――ゴロッ。
「じゃがいも!」
土のついた塊を掲げると、リックさんが目を丸くして近寄ってくる。
「その蔓、他にもたくさんあるよ」
「なんだ?」
「え? あれ? これ……」
左右から覗き込んだサムさんとドンダさんは、顔を見合わせると三メートルほど離れた場所へ走った。
「これか?」
「そうかも?」
「よし、引っ張れ!」
「おう!」
次々と転がり出るじゃがいも。
「ルルちゃん、これ?」
「うん、それ!」
にぱっと笑ったドンダさんは止まらなかった。サムさんの声援を背に、次々と引き上げる。他の皆も負けじとじゃがいもを引っ張って収穫。やがて力加減で収穫量が変わると気づいたらしく、じゃがいもの山の高さ勝負が始まる。
笑い声と、転がる芋の音。
草原に、にぎやかな時間が広がった。
ひと段落して、山積みになったじゃがいもを眺めながら、私は腕を組む。
――うーん。
どうしよう。せっかくだから、このじゃがいもで何か作ってあげたい。
でも、何度も言うけど、私、日本でも料理ってあまりしなかったんだよね。レシピも、材料も、頭の中はぼんやり。家庭科で作ったのなんて、せいぜいスクランブルエッグと味噌汁くらい。
「どうした、眉間にしわ寄ってるぞ」
バーツがのぞき込む。
その顔を見た瞬間、ひらめいた。
――コロッケ。
じゃがいもがある。肉もある。油も搾れる。いける。……タブン。
「バーツ、ちょっと協力してほしいんだけど…」
「お、おう?」
帰宅後、バーツに大量のオイル調達を任せる。私は鍋に水を張り、火を起こし、じゃがいもを茹でて潰す。刻んだ燻製肉と塩を混ぜる。衣は砕いた乾パン。卵の代わりに小麦粉水。
不安はある。でも形にはなった。
そして――油へ。
「じゅわっ」
いい音。
香ばしい匂いが広がる。
バーツが鍋を覗き込んだ。
「これは……食いもん、だよな?」
「うん、食べもの」
初めての揚げ物にドキドキしながら、きつね色になったコロッケを取り出す。少し冷ましてから、そっとバーツに渡した。
「はい、試食」
バーツは眉を上げながらも、ためらわずガブッとかじった。カリッという音がして、次の瞬間――
「……うまい!」
すごい勢いで尻尾を振りながら、もう一口、もう一口と食べていく。見てる私まで嬉しくなって、思わず笑ってしまった。
「よかった」
今はまだ夕方。
――間に合った。
急いで酒場に行くと、ウーさんにも作り方を伝える。私が作ったものは、いつもの通り“バーツ専用”だからね。ウーさんにみんなの分を作ってもらう。ウーさんも、今までの料理の出来を知ってるから、喜んで作ってくれた。
できあがったコロッケを仲間たちに配ると――
「うめぇ!」
「肉じゃないのに、満足感あるね」
「燻製が効いてます」
「あれがこれになったの? 蜂蜜つけてもおいしい?」
「……うまいな」
大好評だった。
ドンダさんは蜂蜜をかけながら、涙目で叫ぶ。
「こんな幸せな食べもんがあるなんて!」
――それは、想定外の味…かも。
ウーさんはすでに残りのじゃがいもを全部コロッケに変え、「ほんじつげんてい」と書いて売り出していた。……仕事が早すぎる。
ジョーガンで花飾りが流行ってるらしい。
メスが喜ぶ、って話も耳に入った。
ガザルは復興中だ。
花なんざ、影も形もねぇ。
ジョーガンから運ばせる?
馬鹿言うな。花は運んでる間に枯れちまう。
……だがな。
俺は、俺のメスにやりてぇんだよ。花飾りを。
婚活指輪、プロポーズ。
どれも誰もしたことがねぇ、女神の世界の儀式だ。
俺も同じぐらいにルルを大事にしたい。
花がねぇなら、宝石で作りゃいい。
こっそり作りたくて、リックを通してベーベに頼んだ。
「花を宝石で作れ」ってな。
で、今日。
人目を避けて受け取りに行った。
渡されたのは、片手に乗る小さな花瓶。
そこに咲いてたのは、“石の花”。
宝石の粉を布に練り込んであるらしい。
光を受けるたび、ちらりと瞬く。
……悪くねぇ。
これなら、あいつも笑う。
「ありがとよ、ベーベ」
気づいたら、口元が緩んでた。
夜
膝の上に、俺の宝がいる。
違う世界から落ちてきたくせに、
俺の隣で笑ってやがる。
強くて、優しくて、可愛い、俺のツガイだ。
「……ルル」
少しだけ息を吸う。
「ガザルにゃ花はねぇ。花飾りもねぇ。だがな――」
石の花を差し出す。
「これは、俺の愛だ。……受け取ってくれ」
ルルは震えながら、それを抱きしめた。
泣きながら、何度も言う。
「愛してる」ってな。
胸の奥が、妙に熱い。
俺は――
とんでもなく、幸運なオスらしい。




