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異世界に落ちたら愛を知った  作者: 青井空


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偵察

ガザルを出て、目的地ジューへ向かうことになった。


今回の偵察は、大トカゲ一体。兵士はゼロ。メンバーは、仲間六人とバーツ、それに私。合計八人に御者さん。……改めて数えると、やっぱり少ないけれど、これ以上は増やせない。


理由は二つある。

ひとつは、単純に兵士が足りないから。そしてもうひとつは……


「ダメ! まだだよ!」


砦の前でドンダさんの必死な声が響いた。


視線の先には、ガザルの熊族が二十人ほど。全員、片手に“金づち”を握りしめている。


——それ。

どう見ても鍛冶道具だよね。戦場に持ってくやつじゃない。


「今からルルちゃんがジューを見に行くんだ! それからが皆の出番だろ! その間にガザルの復興を進めておかないと! 順番は大事なんだ!」


ドンダさんは額に汗を浮かべながら、必死に説得している。


——がんばって。

私も精一杯、心の中で応援しつつ、同時にツッコミも入れる。

 

違うから! 

ジューを奪い返すのに必要なのは職人じゃなくて戦士! 

順番の問題じゃない!


もう泣ける。


ちらっと仲間を見れば、リックさんは「まぁこうなるよな」と言いたげに、疲れた顔で空を仰いでいる。

ブルーさんは肩を震わせて笑いを堪えているし、サムさんは「金づちでどうする気だよ……」と呆れ声。他の仲間たちも、揃って引きつった笑みで眺めてる。


そして——バーツ。


腕を組んだまま、熊族たちをじっと睨みつけている。呆れているのはわかるけど、その奥にあるのは明らかに——「殴るか?」という気配。……怖い。


「……行くぞ」


低く落ちた一言。


ぐいっと腰を抱き寄せられたかと思うと、次の瞬間には大トカゲの鞍の上に乗せられていた。


「えっ、ちょ、ちょっと!?」


私が慌てて声を上げる間に、バーツは御者に軽く顎で合図していて、大トカゲは地面を蹴って一気に走り出した。


「待ってぇ! 今こそ僕たちの出番だ!」


後ろから、熊族たちの声が追いかけてきて、私は思わず顔を押さえた。その隙間から見えたのは——大トカゲを呆然と見送るドンダさんの顔。


「え? 置いていくの?」とでも言いたげな、見事な固まりっぷりだった。


——ごめんなさい。

心の中でだけ謝っておく。


砦の門をくぐり、ガザルへと続いていた道を逆に辿る。そして分岐点を、ジューへと続く、もうひとつの道へ進む。


――ああ、前途多難。


たぶん今の私、引きつった笑いを浮かべている。間違いなく。




走り出して少しして、ふと気づいた。足元の石畳が、前とまるで違う。


前に通ったときはデコボコで、走るたびに土埃が舞い上がっていたのに——今は、つるりと滑らかに整っている。揺れも少ないし、埃も立たない。


何気なく窓から顔を出した、そのとき。


「おーい!」


後ろから声が飛んできた。

振り返ると、ドンダさんが全力で走ってくる。


「先行っちゃうなんてひどいよ!」


息を切らしながら文句を言っているけど、顔はどこか楽しそうだ。


「やっと追いついたよ」

「道、走りやすかった?」


トカゲに乗り込もうとするドンダさんに、思わず聞いてみる。


「うん。いつもよりずっと楽だった」


そう言って、足元をどんどんと踏み鳴らす。


「この道はね、皆が頑張ったんだよ」


少し誇らしげな声だった。


ジュー奪還の報せが届いた瞬間、熊族が真っ先に手をつけたのは――槍でも鍋でもなく、道の舗装だったらしい。……うん。なんというか、熊族らしい。


ドンダさんがトカゲに乗り込み、出発しようとしたそのとき。ウーさんの耳が、ぴくりと動いた。視線が草原へ向く。


「来るで。カマキリ、二体や」


低い声が落ちた瞬間、全員が同時に動いた。大トカゲから飛び降り武器を構える。


「サムとジャン、ブルーとドンダで一体ずつ。ウーは警戒!」


リックさんの指示が短く鋭く飛ぶ。その直後、草むらが左右に割れた。ぎらりと光る鎌。思わず息が止まる。


「ガザルには行かせねぇよ!」


サムさんが吠えるように踏み込み、振り下ろされた鎌を槍で受け止めた。金属がぶつかる音と同時に火花が散る。その横から——ジャンさんの槍が、迷いなく突き込まれた。カマキリの動きが止まり、次の瞬間には腹を貫かれていた。あまりにも鮮やかで、思わず見入る。


反対側に目を向けると——もう終わっていた。ドンダさんの一撃で、もう一体は真っ二つになっている。……圧倒的。


「つ、強い……」


気づけば、声が漏れていた。

胸の奥が熱くなる。みんな、前よりずっと頼もしい。


そのとき。


「俺なら……カマキリ三体を……同時に……相手できる」


横からぬっと顔を近づけてきたバーツが、一語ずつ区切るような妙に低い声。……また妬いてる。バーツはできそうだから反論はしないけど。もぉ。


「バーツは一番かっこいいもんね」


そう言った瞬間、尻尾がばっさばっさと振られ始めた。目がとろんと緩んで——べろっと顔を舐められる。


「ひゃっ!? ちょ、ここではやめて!」


慌てて顔を押さえる。


その背中に——


じとっ。


仲間たちの視線が、突き刺さった。振り返らなくてもわかる。完全に呆れられてる。……もう、顔から火が出そうだった。




その先――石畳の道は、三分の一ほど進んだところで、ぷつりと途切れていた。そこから先は草原に飲み込まれた“かつて道だったもの”。草に覆われ、かろうじて形だけが残っている。大トカゲから見れば足首ほどの高さの草だ。けれど問題はそこじゃない。草の下には石が埋もれ、地面はやわらかく沈む。足場が安定せず、どうにも走りづらいらしい。


しかも、ひとたび降りようものなら――虫がわらわら寄ってくる。トイレに行くだけで命がけ。正直、かなりハードだ。


「……誰よ、ここを五日で抜けられるって言ったの」


思わず、ぽつりとこぼれた。


周りも苦笑いを浮かべる。本来なら五日で着くはずの道のりは、気づけば六日目に入っていた。顔にはじわじわと疲れがにじんでいる。それでも、誰一人として弱音は吐かなかった。


――そして。

ようやく、ジューが見えた。


これ以上近づけば虫に気づかれる。私たちは途中で道を外れ、高台になっている草原の丘を目指した。途中、獣との遭遇もあったが――なんとか無事に到着した。


私はその場で魔法陣を展開。視界がぎゅっと収束し、遠くの街並みが、一気に目の前へと引き寄せられる。


「……ここも、蜘蛛の巣だらけ」


思わず、息が詰まる。


見下ろしたジューは、ガザルと同じ――いや、それ以上に荒れていた。建物は辛うじて形を保っているが、屋根は崩れ、壁には穴が空いている。城でさえも傷だらけで、崩れた隙間から草が生えていた。


「ガザルより崩壊が進んでいる…」

「蜘蛛の巣なら、前回と同じやり方でいくのか?」


サムさんの問いに、リックさんはすぐには答えなかった。わずかに首を傾げ、考え込む。


「……無理かもしれないね」


その言葉に、私も心の中で静かに頷いた。

脳裏に浮かぶのは、戦場に立つ熊族の姿。そして、手には金づちを持っている。


——うん。

無理しかない。


――後方支援……?

ダメ。戦士より、武器の手入れ係のほうが多くなる未来しか見えない。


「うーん……」


小さく唸って、息を吐く。


――よし。


最初は「ミント水をかける係」。

次に「蜘蛛の巣を引っ張る係」。


これなら危険も少ないし、後方支援しながら“戦った気分”にもなれる。あとは――そう、秘密兵器をひとつ。熊族特製の、何か。


――ふぅ。

これでなんとか形になる……かな?


そう思って帰ろうとした、その時。

ふと、背後の森に違和感を覚える。


後ろの森。

なんだか少し、近づいてきてるように見えた。


――え? 

気のせい……? 背筋にぞわりと冷たいものが走った。



帰り道も、結局は虫との戦いだった。


それでも――昔とは違う。かつてはオス十体がかりでも、カマキリ一体すら倒せなかったのに。今は、私たちが圧倒している。それだけ、強くなった。……とはいえ。十三日も戦い続けるのは、さすがに堪える。


大トカゲの背で交代しながら眠り、なんとか体力をつなぎつつ、私たちは帰路を進んだ。


「私も戦――」


そう言いかけて降りようとした瞬間。ぐいっと腕を掴まれ、そのまま強引に座らされる。


「お前は降りるな」


バーツの、短い一言。


……結局。

最後まで、私は戦わせてもらえなかった。






















少し前のジョーガンでのできごと。



ルルちゃんとガザルへ向かうその日――ドンダは、いつも以上に気を張っていた。これから自分が口にする言葉ひとつで、村の今後が決まる。だからこそ、失敗は許されない。ぐっと拳を握り、顔を上げる。


「皆、聞いて!」


呼びかけに応じて、三十頭以上の熊族たちの視線が一斉に集まった。丸く大きな瞳は、どれも真剣そのものだ。ドンダは一呼吸おいて――言い切った。


「女神の“ダメ”はダメ! イヤなことしたら、女神に嫌われちゃうよ!」


その瞬間。

熊族たちの肩が、同時に落ちた。


まん丸の目は伏せられ、短い尻尾がしょんぼりと垂れる。手にしていた金づちまでも、力なくぶら下がった。空気が一気に沈む。だが――


「でもね!」


ドンダの声が、それを断ち切った。


「今、皆がやるべきことは何? それをやろうよ! あとね、プレゼントもちゃんと考えないとダメ!」


熊族たちが、ぴくりと顔を上げる。


「ルルちゃんは女神なんだ。フライパンがなくても、すっごく強い!」


どよめきが走った。ドンダは胸を張る。その声には揺るぎない確信があった。


「でもね、強くて優しくても――ルルちゃんは“か弱いメス”なんだ」


その一言に、熊族たちの表情が引き締まる。


「だから、防御がすっごく大事!」


ぐっと拳を握りしめ、ドンダは宣言した。


「ルルちゃんがベーベに頼んだ鍋に、魔法陣を入れてもらうようにしたよ!」


一瞬の静寂のあと——熊族たちの目が、ぶわっと潤んだ。目の前に立つ存在が、“勇者”にしか見えない。


「被ったらね、頭に近づく敵は全部燃やし尽くすようにするから!」


その言葉で――未来が見えた。


お、お、お、お、お、お、お、お!!


歓声が爆発する。


――さすが勇者。頭の使い方が違うね。

――やっぱりドンダさんは特別だ。


尊敬のまなざしが、一斉にドンダへと向けられる。


誇らしい。

胸の奥が、熱く満たされていく。


「出来たら、皆で渡そう!」


そして、最後に。


「じゃあ、オレはルルちゃんと一緒に行くからね!」


力強く言い放ち、ドンダは大股で歩き出した。その背中を見送る熊族たちの胸には、同じ想いが灯っていた。熱く、まっすぐな想いが。


「「「「「うちの勇者はすごい!」」」」」

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