リック頑張った
……本当に、大変だった。
眠いのに寝かせてくれない。もう無理だって言ってるのに、まだ求めてくる。何度、逃げようとしても、そのたびに引き戻されて——結局、最後までベッドから出してもらえなかった。
燻製肉を作っておいてよかった。干し果物も。あれがなかったら、たぶん途中で力尽きてた。
当の本人はといえば、尻尾をばっさばっさ振って、ご機嫌そのもの。私が偵察の支度をしていても口出しはせず、ただ後ろをついてきて、気が向いたら背中にくっついてくる。
——邪魔だ。
ものすごく邪魔なんだけど。
揺れる尻尾を見てると、強くも言えない
偵察の待ち合わせは、ガザル。
そこでリックさんたちと合流してから、ジューへ向かう予定だ。
ガザルまでは、大トカゲで向かう。二頭のうち一頭は、すっかり私専用になった頭上小屋付きの子。もう一頭は、荷物をこれでもかと積み込んだ運搬用。
出発前、熊族もぞろぞろついて来ようとしたけれど、ドンダさんが止めてくれた。偵察に一般人は連れて行けない。……本当に助かる。ありがとう、ドンダさん。
サラミも、干し肉(改)も多めに用意した。
途中で食べたいし、リックさんたちにも渡したい。でも、私が用意したものだと、きっと揉める。だから、私たちの分は私が。リックさんたちの分は、バーツに任せることにした。
「バーツ、サラミと干し肉(改)、リックさんたちの分も作ってくれる?」
「あ゛ぁ゛……」
——嫌そう。
「お肉はね、この大きさにして、全く違うものにする予定」
そう言って見せると、バーツは肉を見比べて、ニヤニヤと笑った。
——あ、これならいいんだ。
量は十分ある。……ただ、バーツのほうが小さいにいいのかな。
今回、ガザルへ向かうのは——ブルーさんとウーさん。それから、迎えに来てくれたドンダさんとサムさん。護衛の兵士は、一人もいない。春になって虫が動き出し、オスもメルも砦の守備で手一杯だからだ。長老たちは「護衛が最優先だ」と言ったけれど——私は断った。だからこそ、絶対に、無事に辿り着かなければならない。
ジョーガンを出ると、目の前には真っ直ぐな道が伸びていた。
踏みしめた地面は固く、沈まない。ところどころに石まで敷かれていて、大トカゲの足取りも軽い。以前のぬかるんだ獣道とは、まるで別物だった。この道は、ガザル奪還が決まってから狐族が総出で整備したものらしい。
進みながら、ふと気づく。……静かだ。獣の気配が、やけに少ない。前回と同じ日数を見込んでいたのに、初日だけで一日半ぶんも進んでしまった。違和感に、隣のバーツを見上げる。
「あー、多分、獣は虫に食われてるな」
それだけ言ってバーツがすっと身を屈めてきた。距離が近い。耳元に、低い声が落ちる。
「……だが心配すんな。虫はトカゲを嫌う。だから俺たちの周りには寄ってこねぇよ」
——ちゅ、と。
頬に、軽い感触。
「……!」
顔が熱くなる。
安心させてるのか、からかってるのか。
わからないまま、視線を逸らした。
でも確かに、その後の道中は驚くほど順調だった。獣に出会ったのは一度きり。しかも大トカゲが唸っただけで、すぐに逃げていった。虫の群れにも一度も遭遇しなかった。
そのおかげで。
五日を見込んでいた旅は、四日目の昼には——ガザルに着いた。
着いた。
高い石門をくぐった瞬間、ぱあっと視界が開けた。
一気に、街が飛び込んでくる。
真っすぐ伸びる大通り。その先には、区画が整った建物がずらりと並んでいる。道の両脇には住宅街。家の造り自体はジョーガンと大差ないのに——空気が違う。
整っている。
乱れがない。
「すごい……綺麗になってる」
思わず、声が漏れた。
だって、ここが戦場だった頃を知っている。
家という家が蜘蛛の巣に覆われて、光は遮られ、昼でも薄暗くて。息を吸うのもためらうほど、重苦しかったあの場所が——今は、まるで別の街みたいに明るい。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
思わず、深く息を吸い込んだ。
大トカゲたちは、迎えに来ていた店長に引き渡した。どうやら両方に支店を出して、行き来できるようにしたらしい。荷物も城まで運ぶと言われたけれど、大きな木箱を三つだけ下ろしてもらう。中身は——リックさんたちへの土産。
門のそばで、二人が待っていた。
「お土産、ちゃんと持ってきたよ!」
手を振って駆け寄る。
懐かしい顔に、胸がふっと緩んで——そして。リックさんを顔を見た。
——え。
やつれてる。
顔色が悪い。目の下の隈も、隠しきれていない。胸が、ちくりと痛んだ。少しでも元気になってほしくて、無意識に小袋へ手を伸ばして——止める。代わりに、大きな木箱を指さした。
「お土産は、サラミっていうお肉」
——だから、そんな目で見ないで。
横から、バーツが私と小袋を交互に見ている。今にもレーザーでも撃てそうな目だ。
——わかってる。
これは、バーツのだもんね。
「さらみ?」
ジャンさんが首を捻ってる。
「そう。干し肉とは違う干した肉……かな」
——うん。
干した工程もあったし、多分嘘じゃない。
「肉か!」
ジャンさんは迷いなく木箱に飛びつき、一切れつまんで、そのまま口に放り込んだ。
「……旨い!」
——でしょ!
どや声が喉まで出かかったのを、必死で飲み込む。
「それ、美味しいよねぇ」
「作り方もろたから、今度、酒場で出すわ」
後ろから来たドンダさんたちの顔も笑顔だ。皆、相当気に入ったみたい。いつものようにウーさんにレシピも渡してあるから、今後は酒場でいつでも食べられる。
「それ、バーツが作ってくれたんだよ」
——ね。
そう言って見上げると、バーツは、ニタァっ、と笑っていた。振り返ると、ジャンさんも一瞬、嫌そうな顔をした気がする。
——気のせい?
うん、きっと気のせい。そういうことにしておこう。
城へ向かう道すがら、リックさんから近況を聞く。
復興の進み具合。
街に戻った人たちの笑顔。
春になって虫が動き出したこと。
国の中からは、一切、虫の死骸が見つからないこと。
「おかしいと思ってな。片っ端から調べた」
リックさんは短くそう言った。その声が、少しだけ重い。
「ひとつだけ妙な報告があったんだ」
奪還直後。
森で蟻の群れを見つけ、偵察に出たときの話だ。
こちらに気づいてもおかしくない距離。なのに——蟻たちは、こちらを一切見なかった。まるで“最初から存在しないもの”みたいに無視して、地面を這い回り、何かを探していたらしい。日が暮れかけていたため、その場は撤退。翌朝、改めて確認に向かった。
そして——そこにあったのは。
森と草原の境目に、一直線に並べられた蟻の死骸だった。
折り重なることもなく。
踏み荒らされた様子もなく。
まるで——誰かが一匹ずつ置いていったみたいに。
話を聞くほどに、胸の奥がざわついていく。
偶然じゃない。
自然でもない。
でも、理由が見えない。
「何かある」
低く言ったリックさんの声に、私は、強くうなずいていた。
城に着くと、まず狐族の長老のもとへ挨拶に向かった。
木箱を差し出した瞬間、長老の顔がぱあっと輝く。……いや、輝くどころじゃない。宝物でも授かったみたいに、両手で抱きしめている。
「国の復興、おめでとうございます。すごく綺麗になってて、びっくりしました」
そう言った瞬間。
長老の胸が、ぶわっと三倍くらいに膨れた気がした。
背筋が伸びる。
顎が上がる。
全身から「ドヤァァ!」って音が見える。
「そのとおりです! 女神が、ガザルを、秩序ある国と褒めた! これぞ狐族の誇り! これぞ我がガザル!」
拳を握りしめ、天を仰ぐ。
——しまった。
その後は、止まらなかった。
「この角度で見た街並みですが……」
「石の配置は……」
「女神は三度頷かれ……」
——長い。
「ルルちゃんも長旅で疲れてるから、今日はここまでで」
もう無理かも……と思ったとき、リックさんが、すっと入ってくれた。——救世主だ。
城に泊まることになっていたので、部屋まで案内してもらう途中でリックさんが教えてくれた。
「ガザルではね、『秩序』って言葉は肉よりも大事なんだよ」
——え、肉より? この世界で?
ちょっとびっくりした。でも、続きを聞いて納得。
初めて女神がここを訪れたとき、「秩序ある街」って褒めたらしい。だから街並みや建て方は細かく決まっていて、勝手に好きなように家を建てると、狐族が大群で押しかけて壊していくんだって。
——なんというか、狐族っぽい。
それで、ずっと気になってたことを思いきって聞いてみた。ジョーガンの家並み、あのバラバラで不思議な感じ。なんであんな建て方するんだろうって。
リックさんは首をかしげながら答えてくれる。
「うーん……自由でいいんじゃないかな?」
「でも、歩きやすさとか、いざというときの通りやすさとか考えないんですか?」
「重要じゃないよ。歩きにくいのも、通りにくいのも、自由だからね」
——え、そういう感じ?
「ルル。ルールはな、自由を唄えねぇやつの言い訳だ」
手を引かれ、腰を抱かれる。耳元に落ちてくる低い声に、肩がびくりと震えた。
「建ててぇように建てりゃいい。邪魔なら壊される。居座りてぇなら戦え。それだけだ」
「……じゃあ、自由がすべてなの?」
違和感がグッと沸き起こってきて、すぐそこにあるバーツの目を正面から覗き込む。彼はニッと笑って、短く返した。
「いや。好きがすべてだな」
いきなり思考が鮮明になった気がした。
”好き”を声高く、一人で叫んだところで、この国のように集団で阻まれる。重要なのは、皆に認められる”好き”。この世界が言う”自由”は、秩序ある”自由”なのかもしれない。
もう空はそろそろ陽が沈む。
足を止めてもう一度、お城の廊下を見渡す。
点在する建物一つ一つが部屋となって、廊下で部屋をつないでいる。赤く色づく建物たちは木造だからなのか、ぬくもりと厳かさを出していた。
ジョーガンと違い、高さも作りも同じように作られてるから、一見、秩序ある風景に見える。
でもよく見ると、部屋は好きな方向へ向いていて、ドアは大きさも形も違う。廊下も、蛇行していて太さが違う。敷いてある石も部屋の前ごとにバラバラ。
もっと広い空間でとらえると面白いことがわかった。
左側の廊下は三十メートルほど続き、赤が多い。でも右側は、四十メートルほどのあいだに、やたら光るものが多い。扉にまで魔石が埋め込まれていて、きらきらしている。
「秩序ある”好き”……なんだね」
大事なところと自由なところ。このバランスは国によって違うけど、人の邪魔をしない”自由”って、凄く素敵なのかもしれない。
やっとわかった気がする。
この街並みの不思議さの意味が。
部屋に入ると、ベッドが二つ。
明らかに顔を歪めたバーツがいた。
「…いつ、偵察に行くんだ?」
——え?
バーツが偵察参加推奨してる?
「明後日だけど……」
そこからは、あっという間だった。
「お…風呂……にぃ…」
「あとでいい」
ァー
夜通し泣かされて、次の日の朝、狐族の皆に凄い目で見られた。泣ける。
けっ、小細工しやがって、狐どもめ。
俺の匂いが染みついたルルを見て、歯ぁ食いしばってる連中の前でよ、ルルのちっちぇぇぇ手で作った俺専用のちっせぇ干し肉を、これ見よがしにかじってやった。
で、主犯くせぇ長老には、でけぇサラミは俺が作ったって言ってやってよ。わざわざルル作のちっせぇのを目の前で食ってやった。
下手なことしなきゃ夢見させたまま終わったのによ。ま、絶望に染まった面も、それはそれで悪くねぇ眺めだったぜ。
こっちに牙剥いたのは、あいつらだ。




