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異世界に落ちたら愛を知った  作者: 青井空


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巣ごもり

春になった。


まだ寒さは残っているのに、ジョーガンのあちこちで小さな命の産声が上がり、国全体がふんわりと明るくなっている。


受果のあと、きちんと蜜月を過ごし、互いを大事にしていれば出産は順調になる——そうおもってはいたけど、目の前で元気な赤ん坊を抱き上げる姿を実際に見ると、胸の奥がじんわりとあたたかくなる。ああ、本当にうまくいくんだ、と。


メルたちも、パートナーを認識できる者が増えてきた。そのおかげか、メスたちの笑顔も日に日にやわらいでいた。


春が来て、笑顔が増えて。

——世界が、少しずつ整っていく。それが輝く未来に見えて幸せを感じる。


ただひとつ。

狐族の人たちに会うと、やたらと拝まれるようになったことだけが——嫌な感じだ。





春は、恋の季節らしい。

……らしい、というか。


外はまだ冷たい風が残っているのに、陽射しはやけに柔らかい。店先には色とりどりの花が並び、淡い空気に甘い匂いが混じる。道を歩くオスたちは妙にそわそわしているし、婚活で会うメスたちも、どこか気合いが入っている気がする。春って、そういう空気なんだと思う。


……で。その空気を全力で吸い込んでいるのが、うちの狼。


「春だな……外なんざ用はねぇ。巣ごもりだ」


そう言いながら、新しいシーツやタオルを積み重ねては「足りねぇな」とメモをしている。


「一般的には、お出かけの季節だと思うけど?」

「知らねぇ」


即答。


彼の中では、春=私を家に閉じ込める季節らしい。……なんだろう。ほんのりした気持ちと、ため息が同時に込み上げてくる。


——まぁ、頑張ろ。


バーツは当然だと言わんばかりの顔なのに、足取りはやけに軽い。尻尾も大きく振って、干し果物や干し野菜をせっせと用意している。あんな様子を見せられたら、私も覚悟、決めないと。


「私も、巣ごもり飯、作ってみるね」


バーツがパッと振り返り、抱き上げられる。


「俺のメス。かわいぃぃぃな。もう巣ごもりでいいか」


顔を見る暇もない。

キスの嵐に「え、ちょ、え?」ってなった次の瞬間、視界がぐるっと回って——ベッドの上。


「まだでしょ? まだだって。しないってば!」

「はぁ? そういう感じだったよな?」

「そういう感じも、こういう感じも、なかった」

「今は……あるよな?」

「ないよね?」


じわっと涙目になったバーツを置いて、ベッドから飛び降りる。


——本当に。

油断も隙もあったもんじゃない。



気を取り直して。


どうせ外に出られないなら、せめて美味しいものを用意したい。

頭の中で料理の引き出しをひっくり返しながら、日持ちする肉料理ってあったっけ、と首を傾げつつ、バーツと巣ごもり用の買い出しに商業街へ出た。


隣を歩くバーツは、繋いだ手のまま私の歩幅を気にしながら——目的の店へ迷いなく進んでいく。


「布が要るな……あぁ、それと蜂蜜か。ドンダに声かけとくか」


そう呟きながら、肉屋の前を素通りして布屋へ入っていった。


——え?

肉屋……通り過ぎた?


思わず足を止めると、振り返ったバーツが無言で顎をしゃくる。入れ、という合図。しかも一軒では終わらない。手触りを確かめては首を振り、次の店へ。


戦場より真剣なバーツに騙されて油断していると、親指で手の甲をなぞられて肩がびくっと揺れる。


——止めて! ぞわぞわする。

睨みつけるとニヤニヤしてた。もぉ。



「ルル、どれがいい。……色は、これだ」


カウンターに広げられたのは、綺麗な緑の布が三枚。同じ糸なのに、織りの違いか、指を滑らせると微妙に感触が違う。バーツは腕を組んだまま動かず、私の指先だけを見ている。


「これかな」


端をつまんで持ち上げると、バーツは即座に店主に頷いた。値段も聞かない。革袋がどんどん膨らんでいった。


商店街の端に差し掛かったとき、視界の隅に大きな影が入った。


「バーツ、この木の山はなに?」


行き止まりの空き地に、木が山のように積まれている。細い枝から、柱になりそうな太い材まで、ごちゃ混ぜだ。バーツは荷物を持ち替え、ちらりと一瞥する。


「冬に備えて積んどいた薪の余りだ。来年用に倉庫行きだな。……それと、かまくら潰した跡に家が建つ。その材料だ」

「そうなんだ」


頷きながらも、来年のかまくらはどこに作るんだろう、と一瞬思う。——でも。すぐに、別のものに意識を奪われた。


木の山の端に、革袋がいくつも積まれている。屈み込んで覗くと、中には乾いた木の欠片。ひとつ摘むと、指先にさらりとした手触りがして、ふわりと甘く落ち着く匂いが鼻を抜けた。


「……これ、なに?」


さらに鼻先を近づけ聞くと、バーツは肩越しに覗き込み、


「ん? あぁ、それか」


気のない声で肩をすくめた。


「鎧の臭い消しだ。血と汗が染みつくと洒落にならねぇからな。脱いだあと、袋に詰めて突っ込んどく」


思わず顔が引く。


——大丈夫。

未使用だよね、これ。


私はもう一度くん、と匂いを吸い込んでから、木片を指で転がす。横でバーツが怪訝そうに眉を寄せた。


「これ、燻製に使ったら……おいしい匂い、出るかも」

「……ん? ”くんせえ” なんだそれ?」

「んー肉料理かな」

「……」


もう頭の中では、作ったこともない料理が形になり始めていた。


『サラミ』


じゅわっとうまみが出てくるあのお肉。口に記憶がよみがえった。それと合わせて、あの固すぎて臭みの残る干し肉もどうにかしたい。


木片をぎゅっと握る。


頭上で、バーツが深く息を吐いた。見上げると、眉間にしわを寄せて、どこか遠くを見ている。


新しい料理が完成するまでの家の惨状を、バーツはよく知っている。充満する謎の匂い、黒くなった鍋と肉、何度か上がった小さな悲鳴と煙と火。あれを、また味わうのか、と——その目は語ってた。


しばらくして。


「……それは全部、俺が押さえとく。お前のためだ」


引きつった笑いを浮かべながら、私の手首を軽く掴むと、そのまま隣の店へ入っていく。


愛が勝った瞬間だった。




数日後。


煮込み部屋の横には、革袋に詰められた木のチップの山ができていた。バーツは無言でその山を見下ろし、私は満足げに頷く。


——たぶん、成功する。

……たぶん。




さて調理開始。まずは、サラミから。


あれは……腸詰のような見た目だった。問題は——腸なんて、そんな都合のいいものはない。あるかもしれないけど探せない。


「……最初から詰んでる……?」


——いや。

きっと、何か手はある。


記憶の中の形と匂いをひっくり返して、辿り着いたのは単純な方法だった。——サラミ型にして網に乗せ煙で燻す。これだ。


肉は二種類、赤身と脂身を用意した。サラミって、たしかこんな感じだった気がする。曖昧だけど……。


テーブルの上には肉の山。その前で、トントン、トントン、と規則的な音を響かせて、バーツが肉を刻み続けていた。すでに反対側には、ミンチの小山もできている。


——量が多い。

失敗前提でたくさん刻んでるのがわかる。……ありがとう、バーツ。


ひき肉を一部受け取り、塩を多めに入れる。たしか、ちょっとしょっぱかったはず。さらに蜂蜜とショウガも入れて——混ぜる。


サラミは、脂が粒で残ってた気がするから、溶けないように——外でやることにした……バーツが。


最初は私がやるつもりでコートに手を伸ばしたんだけど、後ろから腕を掴まれた。見上げると真顔のバーツの顔があった。


「危険だ」

「え!?」


——危険ってなに。

肉を捏ねるだけだけど?


と思ったけど、外は確かに寒いし指もすぐ痛くなる。ありがたいので素直に任せることにした。


指の間から肉がはみ出すほど強く、白っぽくなるまで練り込む。空気を抜くように叩きつけ、つくね状にまとめて網へ。そのまま外に干す。


——乾いたほうが、燻しやすい気がする。

……たぶん。


チップに火をつける。

煙は弱すぎても、強すぎても、ダメな気がする。


「どのぐらいだろ……」


とりあえず、手を入れて「アツッ」ってなるくらいにしておいた。肉を並べて煙を当てる。ときどき、ひっくり返す。終わったら、そのまま外へ吊るす。これは、沢庵が干してあったことを思い出して、サラミも乾燥してるし、と真似してみた。



そして。


一回目。

捏ねが足りなかった。


燻し終えて持ち上げた瞬間、ぼろっと割れる。


「……」

「……」


口に入れる。

——肉そぼろだ。


味は悪くない。でも、これはサラミじゃない。



二回目。

火が強すぎた。


煙だけにするつもりが、箱の中はいい匂いで満たされている。いい匂いすぎた。開けたら——ハンバーグだった。


「これか?」

「違う……」


バーツは何も言わず皿を持ってきて、全部食べた。……優しい。



三回目。

乾燥が足りなかった。


見た目は、かなりそれっぽい。期待して切ったら……ねっとりしている。腐ってはいないと思うけど、”一歩手前”の匂いがする。


「……これは、やめた方がいいと思う」

「わかった」


即答だった。



四回目。

できたのは、カチカチに締まった肉の塊。とりあえず切る。


断面は、深い色。そこに白い脂が点々と浮かんでいる。ナイフで薄く削ぐと、サクラの煙の香りと、蜂蜜が焦げたような甘い匂いが立ち上る。一枚、口に入れた。


……硬い。


「……美味しい」

「美味いな……」


横を見ると、バーツが噛みしめながら頷いていた。……たぶん、これで合ってる。




買い込んだ布の量、干し果物の山、あの尻尾の振り方。バーツの様子を見るかぎり、巣ごもりは——長い。——なら。サラミの量をもう少し増やすことにした。あとサラミ燻製中に、干し肉の改造にも手を出す。


「……まだ作るのか?」

「うん、必要でしょ?」


口調は変わらないのに、尻尾だけが急に高速で振れ始めた。 


「まぁ、お前がそう言うなら……ちょっと期間は長くなるかもな」


作業する手も、露骨に速くなる。


——うん。

勘違いって怖いね。


半泣きで、干し肉に取りかかる。


ビーフジャーキーは、たしか脂が少ない見た目だった。だから赤身を選ぶ。食感を思い出し繊維は断たず、筋に沿って、少し厚めに切る……やるのは、バーツだけど。


調味料は、塩と蜂蜜とショウガ。選択肢がないのは、ある意味ラクだ。塩を振って、蜂蜜を塗って、ショウガをこすりつける。


——あれ? 


ビーフジャーキーって、表面だけじゃなくて中まで味がついてたような……? 思いつきに背中を押されて、肉を蜂蜜とショウガ、塩と一緒に漬け込む。


半日後。

取り出した肉は、少し色が濃くなっていた。


「よし、燻そう」

「箱に入れるから、開けてくれ」


バーツが肉を持ち上げた瞬間、ぽたっと一滴、汁が落ちた。


「あ?」

「え?」


二人で汁が垂れた地面を見つめてる。


「……”さらみ”より、汁っぽい、な」

「うーん、干したほうがいいかも」

「わかった」


網に並べて外に出すと、冷たい空気がすぐに表面を締めていく。


「まだ柔らかい」

「いや、まだだ」


それを何度か繰り返して、ようやく“乾いた気がする硬さ”になる。回収する頃には、更に半日経っていた。


次の日、燻製。

白い煙が箱の中に溜まり、蜂蜜の甘い焦げと、ショウガの刺激が混ざる。


仕上げに、さらに干す。

指で叩くと、軽い音が返るくらいまで。できたのは——カチカチの板肉。見た目は、それっぽい。


1つ取って、口に放り込むバーツ。


「……干し肉じゃねぇな。別モンだ」


噛み続けると、じわっと旨味が出る。美味しい。


隣を見ると、バーツのタレ目がさらに垂れていた。無言で二枚目に手を伸ばしている。……合格、っぽい。



柔らかめに仕上げたものも作ってみた。それを使ってサンドイッチもどき。干し肉を裂いてパンに乗せ、木の実の油を垂らし蜂蜜を塗る。見た目は、それっぽい。で——これが、意外といける。


「旨い!」


そう言って、バーツは明日の分まで食べた。……なくなった。



ちなみに、サンドイッチといえばマヨネーズ。と思って作ろうとした。材料は、油、塩、酸味、そして——卵。


「バーツ、卵ってどこに売ってるの?」

「卵? 何に使うんだ?」

「サンドイッチ作ろうと思って……」

「そうか……まぁ、必要なら取ってきてやる。売ってねぇからな、あれは」


——嫌な予感。

自分の顔が歪んだのを感じた。


「どういうこと?」

「卵だろ? 手に入れられるとしたら……カマキリか…バッタだな」


首を傾げて「この辺にいたか?」なんて呟いてるけど、こっちはそれどころじゃない。


「いらない!」


そういえば、この世界、鳥類が見当たらない。だから卵といえば——虫のものだった。


「お前が言うなら、取ってきてやるぞ?」


デレデレの目でバーツは私の頭を撫でながら、そう言ってくれた。あとから聞いたけど、相当危険で普通は手に入れるのは無理みたい。……優しいのは、わかる。わかるけど。


——無理。

絶対に、私は、食べない。

いらない。

見たくもない。




順調にサラミと干し肉、あとパンを増やし、私なりに巣ごもりの支度を進めている。けど——こういうのって、いつからとか決まってるのかな?


「バーツ、そういえば、巣ごもりって、いつ……」


顔を上げた瞬間。

目が合った。


——あ。

まずい、と思ったときには、もう遅かった。


一歩で距離を詰められて、そのまま抱き上げられる。


「今だな」

「え?! え?! 今??」


景色が反転して、背中に柔らかい感触。


て……手加減お願いぃぃ!

























待ちに待った

あんあんあんの時期だ!


いつもとは、ひと味ちげぇ

あん 

が1つ多い

ここがポイントだ!


水も被ったし、今、すぐに、ヤってやる


さぁルル

あんあんあんだ!


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