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異世界に落ちたら愛を知った  作者: 青井空


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熊族は戦士?

「で、いつにする」


顎の下でゆっくりと手を組み、円卓を見渡す狼族の長老。その視線は一人ひとりを確かめるように滑り、逃げ場を与えない静かな圧があった。声は低いが、場の空気をぴたりと止めるだけの重みがある。


「シャレならんで」

「ええ、まずいですね」


兎族と狐族の長老は、ほとんど同時に顔を歪めた。兎族は耳の根元がわずかに寝て、口元に小さな皺が寄る。狐族は細い目をさらに細め、尾の先が落ち着きなく揺れていた。どちらも冗談では済まない、と表情だけで語っている。


「……うむ」

「はぁ」


虎族と猿族の長老は、苦々しい顔でそれぞれ頭を抱えている。虎族は太い指で額を押さえ、低く唸るように息を吐いた。猿族は指の間から天井を仰ぎ、乾いた溜め息を零す。考えれば考えるほど、ろくな未来が浮かばないのが見て取れた。


「そんなに………ですか?」


思わず首が傾く。自分でも間延びした声になったのがわかった。今はいつもの長老会に参加している最中――のはずなのに、今日は妙に進みが悪い。普段なら議題は次々と決まり、あっという間に終わるのに、今は言葉が机の上で足踏みしているみたいだった。


理由は、長老たちが揃って悩んでいるから。

けれど、何にそこまで頭を抱えるのか、私にはさっぱり見当がつかない。


「ルルちゃん、熊の村に行ったんか?」

「まだ行ってないです」

「さよか……」


兎族長老は小さく息を吐き、耳をわずかに伏せたまま視線を横へ逃がした。机の縁を指でなぞり、もうそれ以上は言う気がないという態度だ。答えをもらえると思っていた私は、宙に浮いた言葉の行き場を失い、「どうしよう」と喉の奥で小さく迷う。


「わしぃらは~やる気だのぉ」

「そうですよね」


熊族長老が胸を張って理由らしきものを口にする。にこにこと朗らかな声で、悪びれる様子もない。けど、言葉の輪郭がふわふわしていて、肝心なところが掴めない。賛同してみたものの、私の疑問は少しも軽くならなかった。


助けを求めるように、自然と視線が狼族長老へ向く。それに気づいたのか、狼族長老はひとつ深く溜息をつき、背筋をすっと伸ばした。椅子が小さく軋む音がして、場の空気がわずかに引き締まる。低く、重い口調で言葉を落とした。


「熊は、職人ばかりだからな。やる気はあっても……な」

「せや。図体だけデカくてもな、戦士やないのに連れていけるわけないやろ」


横から被せるように兎族長老が続ける。その顔がこちらへ向いた瞬間、思わず息を飲んだ。目は据わり、口元は不機嫌にひん曲がっている。兎族特有の愛嬌は影も形もなく、眉間には浅い皺が一本、くっきりと刻まれていた。頬にも細かな皺が寄り、ふわふわとした柔らかい印象は消え失せ、残っているのは棘のある険しさだけ。さっきまで視線を逸らしていたのが嘘みたいに、その表情ははっきりと「無理だ」と告げていた。


「せやのに、熊ら本気で行く気やで」

「やっかいだ」


猿族の長老も、腕を組んだままこちらへ視線を寄越してきた。細い指が肘をとんとんと叩き、落ち着かないリズムを刻んでいる。目の奥には「面倒なことになった」という色がはっきり浮かんでいた。


「連れて行かないって言ってもダメですか?」

「無理だ。聞いてない。というか理解しない」


返ってきた言葉は短く、乾いていた。狼族長老は眉一つ動かさず言い切る。もう何度も同じやり取りをしたのだろう、声に疲れが滲んでいる。


――説得はしてみたんだ。


熊が戦士じゃない、というのが、どうしても引っかかる。あの大きな体に太い腕。どう見ても強そう。でも、長老たち全員が「戦士ではない」と口を揃えて言うんだから、この世界では他の基準があるのかもしれない。と、半分無理やり自分を納得させて、熊族の国—ジューの奪還に連れて行かない方面で提案してみる。


「じゃあ、奪還は、来年にしますか?」


ぽろりと落とした一言は、自分でも拍子抜けするほど軽かった。


「「「「「「え?」」」」」」


空気が一斉にこちらを向く。耳が立ち、尾が止まり、視線が突き刺さってくるのがわかる。


「どっちにしても、あと少しで春が来ますし、何より、今、奪還しても移住者が足りない気がします」


言葉を続けながら、街を思い出してみる。ジョーガンからガザルへ、半数近くが移住した。そのせいで、酒場は空席が目立ち、畑も市場も、どこか隙間風が吹いているような印象。多分、ガザルも同じだと思うんだけど……。


恐る恐る顔を上げると、長老たちが揃って「あ」と口を開けたまま固まっている。まるで、目の前に置かれていたのに誰も触れていなかった肉を、今さら見つけたみたいな顔だった。


「半年の間に、徐々に説得していくのは、どうですか?」


言いながら、自分でも慎重すぎる提案かなと思う。けれど、今の重たい空気だと、それくらいゆっくりな案のほうがいい気がした。


「「「「「それだ!」」」」」


声が重なり、部屋の空気が一気に跳ねた。耳が立ち、尾が揺れ、椅子の背にもたれていた背中が次々と起き上がる。長老たちは互いに顔を見合わせて大きく頷いた。張りつめていたものが、ふっと緩んでいくのが目に見えるようだった。


「ジョーガンは昨年より子が増えている。喜ばしいことに、更に今は、出産を控えたメスも多い。わしの記憶にある限り、これほど子が多くなる年は他にないかもしれん」


猿族の長老が身を乗り出すようにして補足する。ついさっきまで眉間に深い皺を刻んでいた顔は嘘みたいに和らぎ、目尻に細かな笑い皺が寄っている。暗い話題ばかりだった場に、柔らかな光が差し込んだようだった。


「なら、奪還は来年の冬でいいか」


狼族長老が、今度は肩の力を抜いた声で全体を見渡す。先ほどまでの低く重い響きは薄れ、確認というより、合意を確かめる穏やかな問いかけに変わっていた。


「猿族は同意する」

「狐もです」

「兎もや」

「ふむ」

「熊もぃいぞぉ」


順番に声が重なり、円卓の上に静かな一体感が広がる。熊族長老の間延びした声に、何人かの口元がわずかに緩んだ。


部屋の空気が、ようやく「会議の終わり」の匂いに変わっていた。




長老会後、部屋を出て、先に出てたバーツに聞いてみた。


「バーツ、ガザルの復興ってどんな状況だろ」

「リックが、なんとかしてるだろ」


振り向きもせずに返ってきた言葉は、あまりにも軽かった。肩越しに手だけひらひらと振る仕草が、なおさら「どうでもいい」と言っているようで、胸の奥がむっとする。


「そんなに気になるなら、”俺”がリックに手紙を出してやる」


わざと強調するように自分を指差し、少しだけ口角を上げる。


――私が連絡を取るのは嫌だったんだ。


自分がするにはいいみたいで、「じゃあ、トカゲを手に入れねぇとな」と言いながらキョロキョロしてる。かわいい。


ちょうど長老会から出てきた狼族長老を見つけると、ずかずかと歩み寄り、「手紙用のトカゲ、貸してくれ」と声をかけた。頼んでいる言い方なのに、態度はどう見ても“借りてやる”だ。狼族長老は一瞬だけ眉を上げたが、何も言わずに、さっきまで会議で使っていた隣の部屋を顎で示した。


「ほれ」


差し出されたのは、小型のトカゲ。掌ほどの大きさで、鱗が光を受けてつやりと輝く。黒い目がぱちぱちと瞬き、細い尻尾が落ち着きなく揺れていた。


――ちっちゃ!


思わず声が出そうになるのを飲み込む。本当にこれで大丈夫なのかな。途中で獣にぱくりといかれたりしない? 心配がそのまま顔に出てたみたい。


「獣より早くてすばしっこいからな。問題ねぇ」


バーツが肩をすくめて言う。トカゲはするりと腕を上り、次の瞬間には頭の上まで移動していた。その速さに、思わず目を瞬かせる。


――確かに、捕まえるほうが大変そう。


「ありがとうございます」


小さな頭をぴたりと押しつけるようにして、トカゲはバーツの頭にしがみついている。このくらいの大きさだと、本当にかわいい。細い指先が髪の毛を器用に掴み、尻尾がふりふりと揺れるのを見ているだけで、頬が緩む。


その横でバーツは、「手紙を書くから、ペンと紙も貸してくれ」と長老に追加で頼んでいた。さっさと片付けたいって顔に書いてあった。


「大丈夫です。家で書きます。それより……物も送りたいと思ったんですけど……ちょっと小さいから無理ですよね」


そう言った途端、バーツが急にしゃがみ込み、ぐっと顔を近づけてくる。視界いっぱいに緑になった気がして、思わず一歩引きそうになる。


「あ? リックに何をやるんだ。何をやる必要があるんだ。俺以外のオスにプレゼントを渡すつもりか」


声音は低く、早口で、妙に必死だ。トカゲだけが状況を気にする様子もなく、頭の上で体勢を整えている。


――わかった。

わかったから。


怒っているというより、拗ねているに近い。

ガザルを取り戻した直後だし、ウーさんにお願いしてビールでも送ろうと思っただけなんだけど……。


「無理だ。物を運べるような大型のトカゲは数が少ない。配達員も限られてる。中型の一人乗りなら、戦士が乗るが、あまり運べんぞ」


横から静かに入った狼族長老の声が、場の熱を少し下げる。視線はバーツへ向けられていて、どこか“哀れなオス”と言っているようだった。


「オスは基本、皆、戦士だ。それに今まで外へ物を運ぶことも、ほとんどなかったからな」

「そう……ですよね」


そうだった。今までジョーガンしかなかったから、国外配達なんてなかった。


「でも、今後はガザルとのやり取りも増えますよね?」

「そうだな。トカゲはすぐに大きくなるから、必要であれば繁殖させればいいが、乗り手がな」


狼族長老は顎に手を当て、少しだけ目を細める。問題はトカゲではなく、人手みたい。


――うーん。あれ? 


頭の中に、以前見た光景が浮かぶ。


トカゲの鼻先にちょこんと座る業者。

釣り竿みたいな棒を垂らして、

方向転換は、ぶら下げた野菜を左右に動かすだけ。

餌も、乗ったままぽいっと投げる。


――あれ? これって……。


「長老、トカゲって騎乗中、足使わないですよね?」


言いながら、さっきの光景をなぞる。乗っている人はほとんど足を動かしていなかった。


「負傷して戦えなくなった人の再雇用で、配達員はどうですか? 二人一組で行けば、途中トイレとかも問題ないですし、トカゲの上で寝れば安全だし。獣対策で、もう一人を戦士にすれば……」


途中からは、頭に浮かんだ順に言葉を並べているだけになっていた。けれど口に出すほど、形になっていく気がする。


「ほお、なるほど。次の長老会で議題にしよう」


狼族長老はゆっくりと頷き、口元に小さな笑みを浮かべた。そのまま踵を返して廊下へ出ていった。バーツの頭の上では、トカゲが満足そうに尻尾を一度だけ揺らした。



後日――と言っても、三日もしないうちに。

長老会であっさり採用されて、職人さんたちが、トカゲ用の椅子まで作ってくれた。そしてついに、大型トカゲが、地面を蹴る鈍い音とともに――追加物資を積んで走り出す。第一陣は”バーツ”から送るビールだ。


そのトカゲの背を見送りながら、胸の奥がぽわっと温かくなる。


「……ちゃんと届きますように」


無意識に手を握り、祈っていた。

そこでようやく、自分の手の形に気づく。


――あ、私、日本人だ。


その姿勢に気づいたとき、なんか、全く違うことが頭に浮かんで、ちょっと笑えた。空を見上げた私の鼻先を、ひんやりした風がすり抜けていった。































戦士A「女神の使徒という新しい仕事、聞いたか?」

戦士B「ああ、長老が我が族から出したいって血眼になってたな」

戦士C「血眼はお前もだろ、俺もだけどな」

戦士AB「ちげーねぇ」


負傷兵弓隊全員「女神よ…」号泣


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