空色が見るもの
朝、毛皮に埋もれ、バーツに抱きしめられながら目を開けた。
体温に包まれたまま目覚めると、不思議と空気まで柔らかく感じる。けど、それは外の空気が変わったのではなく――私の心が落ち着いているからだ、とすぐに気づいた。
ゆっくりと起き上がり、胸の奥に広がる静けさを確かめる。ようやく、心と身体と決意がひとつに結びついた気がする。
「起きるか?」
隣でバーツも上半身を起こし、眠たげな瞳のまま、私に優しくキスを落とした。
「うん。外が見たい」
着替えてコートを羽織り、外へ出る。まだ空は明けきっておらず、青黒い影が大地を覆っていた。静かな世界。冷えた空気が肺に入り、胸の奥が痛いほど澄んでいく。
――覚悟ってなんだろ。
ひとつ決めたと思えば、次の現実が押し寄せ、また新しい覚悟を求められる。私はこれまで何度もそうやって、震えながら一歩を踏み出してきた。今は、その覚悟が全身に染みわたり、血肉に変わったように感じる。
――ここは、人の命のやり取りが行われてきた場所。その現実を、ようやく自分の体で受け止められた。
澄んだ冷たすぎる空気を吸い込み、震える息をゆっくり吐き出す。心は落ち着いている。怖いけれど、不思議と静かだ。
バーツの大きな手を握りしめ、互いのぬくもりを確かめながら、本陣へと歩き出した。
もうリックさんは起きていた。
本陣に引いてある革の絨毯に座り、背を丸めている。
――いつから起きての……?
私が近づいても視線を上げず、おはようも言わずに、ただじっと絨毯を見ていた。
「……弟が居たんだ。まだ生まれたばかりで…」
空気を震わせるような声だった。
淡々と語られるのに、吐き出される一言一言は、朝の澄んだ空気とは真逆で、胸を締めつけるほど重い。熊の国も、兎の国も、そして狐の国さえも、虫に押し潰されていった。
幼いリックさんは、母と弟と必死に逃げて――。
「俺も、まだこんくらいでさ」
膝を指差し、弱い笑みを浮かべる。
その笑顔が痛い。
母が弟を抱え、リックさんの手を引いて走る。蜘蛛の巣に囚われた母と弟。迫るカマキリ。母の爪が弟の胸を裂き、自らの喉に突き立つのを、幼いリックさんは振り返って見てしまった。
――ずっと焼き付いたまま。
「今日が終わったら、この光景は消えるのか…?」
掠れた声に、私の胸も裂かれる。
どんな覚悟を重ねても、友の嘆きは鮮血のように痛い。
助けになる言葉なんて持ってない。
神なら過去を変えられた。
聖者なら心を癒せた。
私はどっちでもない。
心も声も掠れて涙が止まらなかった。
でも、神より、聖者より、リックさんを知ってる。届けたい言葉がある。
「私は、女神じゃないから過去を変えることはできないけど、でも――リックさんができることはわかるよ」
顔を上げたリックさんの濡れた空色の瞳を見据える。
「リックさんが生きてるから、仲間が生きてる。今日、国を取り返せる。未来はリックさんのおかげで、輝き始めてる」
その瞳は、過去に縛られるには綺麗すぎる。
「リックさんのママと弟さんは寂しいけど、ジョーガンで、家族が一緒に居られる未来は、リックさんが作ったんだよ。変えられない過去より、作れる未来を見てほしい。その方が、その空色の目には似合ってる」
沈黙のあと、リックさんは小さく息をついた。
「……そうだ。俺は……友が…家族のよ……うなもんだ」
彼の頬は涙で濡れ、空色は滲んでいる。
それでも、彼は笑った。
「ってことは……俺は……家族…を救えた……んだな」
寂しさに歪んだその笑顔は、確かに強く、確かに前を向いていた。
大丈夫だ。
泣くな、ルル。
ほら、見てみろ。
みんな、もうそばに寄ってる。
俺たちにゃ、帰る家なんて残ってねぇ。
長老が親代わりみてぇなもんで、
あとは全部……兄弟だ。
だから、問題はねぇ。
落ち込んでりゃ、容赦なく拳が飛んでくる。
それが、俺たちのルールってやつだ。
くくっ……
リックの野郎なんざ、今ごろ袋叩きだろうな。
……ほら。
俺が抱いててやる。
だから、そんなに泣くな。
いいか、ルル。
笑え。
――それが、俺たちのルールだ。




