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異世界に落ちたら愛を知った  作者: 青井空


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ねじり鉢巻

狐族の国の奪還について、城の一室で話し合いが行われた。


本来なら広く感じるはずの部屋が、今は緊張でぎゅっと狭く見える。

集まっているのは長老たちと、いつもの仲間たち。視線はすべてテーブルの上の地図に落ちていて、空気が重い。そして——結論が出た。


奪還は、今年の冬。


「問題は、どう攻めるか……だ」


狼族長老が静かに言う。


繭に手を出せば、他の蜘蛛まで目を覚ます。それが、これまで何度も失敗してきた原因だった。


「俺ねぇ、思うんだけど、一つずつ切り離してから槍で刺せば?」


ドンダさんが軽く言うと、すぐにリックさんが首を振る。


「繭は繋がってる糸を切ると、その時点で起きる。戦ったことあるだろ」

「リック。連鎖しないのは、自分から出てきたときだけですよね?」

「ああ。その場合は単体で処理できる」


つまり——こちらから仕掛ける限り、連鎖的に起こしてしまう。誰も、決定打を持っていなかった。


「もうさ……繭の中から出てくんなって話だよな」


サムさんが首の後ろを掻きながらぼやく。


「ミントでもばら撒くか? あいつら嫌いだろ」


冗談みたいな口調。でもその顔は、本気で嫌がっているのがわかるくらい歪んでいた。


「あ……それだ」


思わず声が漏れた。

一斉に、視線がこちらに向く。


少しだけ息を整えてから、私は口を開いた。


「ミント酒……なら、どうでしょうか」


ざわり、と空気が揺れる。


昔、夜中に蜘蛛が出たことがあった。泣きそうになりながら虫スプレーを探して、見つからなくて、必死に調べたら——『アルコールをかけろ』


あのときの記憶が、ふっと蘇る。——まさか、こんな形で役に立つなんて。胸の奥に、不思議な感動が広がった。


目的はシンプル。

嫌がらせでいい。自分から繭の外に出てもらう。





作戦の骨子が、少しずつ形になっていく。


想定される蜘蛛は八十匹。

対してこちらは、総勢百名。


数だけ見れば心許ない。けれど——過去とは違う。かつては、一体の蜘蛛に何人もかかり、それでも犠牲が出て、最後はメルが燃やすしかなかった。それが今は、三人で槍を合わせれば——状況次第で一撃で仕留められる。戦力は、確実に底上げされていた。


「今回は守りじゃない。奪還だ。復興も視野に入れる。犠牲は最小限に」


狼族長老の言葉に、全員が静かに頷く。


一気に殲滅するのではなく、削る。


三人一組を三組編成する。

一組がミント酒を散布。

一組が討伐。

残り一組が警戒。


これを五箇所で同時に開始。


蜘蛛以外の敵は、仲間たちが兵士三組を率いて対処。残りは運搬と交代要員に回す。


総指揮は城壁外の本陣でリックさん。

本陣の警護はウーさん。

そして——バーツと私は、本陣待機。


——作戦は、整った。


そう思った、そのときだった。


「わたくしも、参ります」


狐族長老の一言が、空気を揺らした。


——え? 


長老が? 

行くの? 

なにしに?


失礼だとわかっていても、疑問が止まらない。


「ご安心なさい。このわたくしも、“やり”を持つ覚悟くらいは持ち合わせております」


背筋が伸びた綺麗な立ち姿に、今日は、艶やかな十二単のような服を纏ってる。私も槍は持てないけど、長老も持てるようには見えない。


焦ったように周りを見渡しても、誰も何も言わず、顔には何も浮かんでなかった。でも——たぶん全員、同じことを思ったのを感じた。


『不要!』


微妙な空気が流れる中、狼族長老が口を開く。


「狐の。戦衣で決意はわかった。だがな——」


静かに、しかし重く言葉を落とす。


「奪還後に民を導くのが我らの役割だ。今ではない」


まっすぐ見据えられた狐族長老は、しばらく沈黙し——


「……わかりました」


静かに引き下がった。


全員、大きく息を吐くのを感じる中、私は別の意味で固まっていた。


——戦衣?

改めて、その姿を見る。これが、鎧?


あまりの衝撃に言葉を失っていると、バーツが小さく囁いた。


「狐にとっちゃな、衣を重ねるのが防御だ。だから、あれが“戦いの正装”になる」


——そうなんだ。

たしかに似合ってる。綺麗だし、強そうにも……見え、ない。けど、文化だからいいと思う。けど、どうやっても違和感があるのが、頭の上。—―ねじり鉢巻。


煌びやかな衣に、あのねじり。どう見ても——戦いというより。年末の、コント。


「恐れながら……女神直伝の、正統なる戦闘衣装でございます」


私の視線に気づいた狐族長老が、誇らしげに言い切る。


——え?

……うん。間違ってない。たぶん、間違ってないんだけど。


その後。

私の顔を見て何かを察した仲間たちが、わざわざ寄ってきて——


「鉢巻は……私はしません」

「俺もやらん」

「絶対やらない」


口々に、きっぱりと言い残していった。


……だよね。


でも。

たぶん、あれもちゃんとした伝統なんだと思う。

……たぶん。





休憩後、連れて行く兵士についての話し合いが再開された。どの種族から何人ずつ出すかによって、チーム編成も変わる。その真剣な議論の最中——部屋の外から、必死な声が響いてくる。


「連れて行ってください!」

「どうか我らも!」

「お願いします!」


しかし、誰も反応しない。会議はそのまま、淡々と進んでいく。


「ねぇ……」


私はバーツの腕をそっと引いた。その瞬間——全員の視線が、一斉にこちらに向いた。


——ん?!


「ふむ。気になるようでしたら、見てきたほうがよろしいでしょう」


狐族長老は、ゆったりとほほ笑むと、窓際に則すように顎をあげた。


「はい……」


どこか嫌がる様子のバーツを連れて窓を開ける。そこにいたのは——ふさふさした大きな尻尾と、真ん丸の身体の狐たち。耳をぴんと立て、潤んだ瞳でこちらを見上げてる。


——可愛い。

ううん、可愛いを通り越して……あざとい!


思わず振り返ると、狐族長老が満足げに、にんまりと笑っていた。


——長老の入れ知恵だ。間違えない。


「戦いたいです!」

「おいて行かないでください!」

「頑張ります!」


窓の下の彼らは、全力で訴えてくる。その姿がまた、ずるいくらい可愛くて——触りたい……違う。あざとい!


結果として、当初考えていた均等な編成は少し崩れ、選ばれたのは——狐族が半数。残りの半数が、他の種族。


——ち、違う!  

毛皮に釣られたわけじゃないからね!?


「無実だから!」


首を横に振るが、皆の視線は痛いほど刺さってくる。ちょっと悔しい。触ってすらいないのに。その横で、バーツがじっとこちらを見ていた。すぐ真横から、目を覗き込むように——。


……触るのか?

触るのか……?


まるでレーザービームを放つ直前のような圧。そんな視線を向けられて、触れるはずがない。命が惜しい。なのに、周囲の視線も同時に突き刺さる。触っていないのに、なぜか責められている——理不尽だ。




国の奪還後は、すぐに立て直しを進めなきゃならないから、物資の準備も必要だった。その点も含めて各族に役割を割り振ったけれど……一番張り切っているのは、当然のことながら狐族だった。


「我が一族の悲願!」

とばかりに気合十分、戦いの練習を繰り返している。長老も尻尾をこれでもかと膨らませて、物資の調達に走り回っていた。


すごいんだけど、なんだろう。

迫力より先に「モフりたい衝動」が来てしまう私はおかしいのかな。








——そして、気づけば奪還の前夜になっていた。


昼間までの慌ただしさが嘘のように、夜はしんと静まり返っている。国の外に張られた陣営も、今は焚き火のはぜる音と、兵士たちの小さな声だけが漂っていた。


それなのに、私の心臓だけはドクドクと落ち着かないまま鳴り続けている。


バーツの胸の上で横になりながら、まぶたを閉じても、頭の中は「もしも」の想像でいっぱいになった。


——本当に、大丈夫かな。

蜘蛛は八十匹、こちらは百名。数字だけでは測れない戦いだ。


不安を確かめるように、そっと手を伸ばしてバーツの胸に触れる。すると、大きな手がその手を包み込んだ。


「……眠れないのか?」


焚き火の光に照らされた緑色の瞳が、静かにこちらを見ていた。


「うん……怖いっていうより、緊張してる」

「……そうか」


バーツはしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと私を抱き寄せる。分厚い胸板に顔を預けると、不思議と呼吸が楽になる気がした。


「ルル。お前が考えた作戦なら、きっとうまくいく」

「……でも、もし失敗したら」

「失敗はさせない」


迷いのない一言。


その言葉に、胸の奥が強く跳ねた。不安や緊張を上回るほどの、確かな重さがあった。


「……ありがとう」


呟くと、バーツの手がゆっくりと髪を撫でる。大きくて無骨な手なのに、その動きは驚くほど優しかった。


「俺は……お前とこうしていられるだけでいい。生きていて、生きていられて、良かったと思う」


「バーツ……」


胸の奥がじんわりと熱くなる。怖さも緊張も、その言葉に少しずつ溶かされていく。気づけば視界が滲んでいた。バーツは何も言わず、その涙をそっと拭う。


そして私は、その腕の中で、ようやく静かに眠りに落ちていった。


——明日は、奪還の決戦だ。








































鉢巻なんざ、すぐに捨てちまわねぇと。

ルルに軽蔑される……あんな目で見られんのは、死ぬより堪える。


けどよ……狼族の連中は大丈夫か?

あいつら、同じ目で見られちまうんじゃねぇか……?


……いや? 待て。

そういや、会合のあと、リックとうちの長老が廊下で立ち話してたな。



そしたらだ。

次の日には「狼族、鉢巻禁止令」だとよ。


あー、やっぱりリックだな。

ルルの視線に気づいて、即座に、潰したんだろう。抜け目ねぇやつだ。


後日、城の廊下で長老に会った。

胸張って偉そうに言いやがる。


「狼に鉢巻文化などは存在せん!」ってな。


けっ! 

あと三十年後なら、ボコボコにしてやったのに。


ルルがくすっと笑って、「あぁ、そうなんですか」なんて優しく返してる。


かわいいなぁ

——―と、デレたら、その後ろの柱から猿族の長老が覗いてるのが見えた。


あぁ??

俺のメスを覗いてやがる!


鼻にシワがよるのを抑えられねえ。牙が出る…………寸前で、声が聞こえた。


涙ぐんで「また狼が抜け駆けしておる……」ってぶつぶつ呟いてやがった。


はぁ? 

……知らん。


猿のでも狼のでもねぇ。

ルルは俺のメスだ!

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