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異世界に落ちたら愛を知った  作者: 青井空


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豚の進化

朝、日の出前。


空気は刺すように冷たく、吐く息が白く広がる。眠気も一気に吹き飛んでいく。干し肉を齧りながら手早く支度を済ませ、私たちは川辺へ向かう。水を汲むのと、トカゲたちに水を飲ませるためだ。


野営地のすぐそばにある川に着くと、皆、トカゲから降り、大きめの革袋に手際よく水を汲み始めた。


「ドンダ、止めろ」

「でもさ、ちょっと汚れてるから」

「だからって、ここでするな」


槍を洗い始めたドンダさんに、水しぶきを飛ばされて怒るジャンさん。

サムさんも、トカゲの水飲みで被害に遭っていた。


「朝から元気だね」

「じゃれてるだけだ」


水汲み係を外された私は、なぜか“皆を見守り係”になり、バーツの隣で、納得いかないまま皆を眺めていた。


革袋が半分ほどトカゲに積まれた、そのときだった。


「右手や! 一体、来るで!」


ウーさんの鋭い声が響いた瞬間、場の空気が一変する。汲んでいた革袋が投げ出され、全員が武器を構えた。バーツも私の前に立ち、無言で剣を抜く。


草むらが、かさりと揺れる。現れたのは——巨大な蜘蛛。顔の高さは、私のお腹ほどもあった。


「大きい……」


茶色の毛むくじゃらの足で、ゆっくりと草むらをかき分けて出てくる。


「……遅ぇな」


バーツが呟いた、その直後だった。


ダンッ!


重たい音とともに、ドンダさんが地面を蹴る。

巨体とは思えない速度で踏み込み、まだ出きっていない蜘蛛へ、そのまま槍を突き出した。


ドスッ


槍が胴体の中心を貫く。蜘蛛はそのまま動かなくなり、脚をだらりと崩して横倒しになった。……戦闘は、あっけなく終わった。


——凄い。

あんなのを一撃なんて。


「やるやんけ」

「すごいですね」


周りからも声が上がる。


ドンダさんは振り向き、にぱっと笑うと、そのまま槍を引き抜いた。


——あっ!


止める間もなく、血がドバッと辺り一面に飛び散る。当然ながら、振り向いた姿のまま、ドンダさんも全身血まみれになっていた。


——そう、なるよね……。


「あれー? 汚れちゃったよ」


皆が唖然とする中、ドンダさんはのんきに自分の体を見ている。


「……川に行け」


リックさんの一言で、全員が動いた。


「あ、ちょ、待っ——」


槍でつつかれながら、ずるずると川へ押し込まれていく。


ドボン。


「冷たぃ、ぃ、ぃ!」


叫び声が響くが、誰も助けない。逃げようとするたびに押し戻され、血が完全に落ちるまで水責めは終わらなかった。


――さむい。


見ているだけなのに、体の芯まで冷えてくる気がする。これ以上見ていたら、本当に凍えそうだ。私は視線をそらして、蜘蛛へと振り向いた。


「やっぱ冬がええな。動き遅すぎや」

「あぁ、ドンダの槍は重いが遅い。それが急所一撃だ」


ウーさんとジャンさんが、すでに蜘蛛の解体を始めていた。ちょうど、魔石を取り出したところらしい。



しばらくして。


「……まぁ綺麗になったな」


サムさんから、ようやく許可が下り、ドンダさんは、びしょ濡れのまま川から這い上がってきた。


「……なんでぇ俺だけ……」


ぼやくその姿に、思わず笑いそうになる。


——仕方ないよ。

あんな勢いで槍抜いたの、ドンダさんだし。


よし。

ドンダさんも無事に(?)綺麗になったし——出発しよう。





今日からは、まだ整備が済んでいない道に入る。だから私も窓を開け、景色を睨みながら周囲を警戒していた。風は冷たく、耳がちぎれそうなくらい寒いけど、我慢。油断していたら、一瞬で襲われるかもしれない。


そんな緊張感の中で、いきなり始まったのが、トカゲのご飯タイムだ。


最初はティラノサウルスみたいな見た目に、「ほんとにトカゲ?」なんて思っていたけど——この食事シーンを見て、妙に納得した。


御者が鼻先に座り、大きな籠から野菜を取り出す。私が丸まったくらいの大きさの、ゴロッとしたやつ。それを、そのまま放り投げる。すると、トカゲの舌がシュパッ!と伸びて、空中の野菜をパクリ。もぐもぐ、ごくん。


――うん。

全然可愛くない。むしろ、ちょっと気持ち悪い。


でも、やっと理解できた。昨日の移動中、私はずっと頭上の小屋にいたのに、一度も揺れなかった理由。


——なるほど。


この食べ方なら、走りながらでも安定したまま食事ができる。しかも御者さんがすごい。あの巨大な野菜を、絶妙な角度とタイミングで投げて、トカゲの口元にぴたりと収めている。一度も暴投なし。思わず見とれてしまった。


そんな大道芸みたいな光景を眺めながら、旅は順調に続いていく。




窓から見える景色は、ずっと単調だった。


今、走っているのは、かつて道だった場所。平坦な石畳がところどころ崩れ、土が顔を出している。その両脇には、膝ほどの高さの草原が延々と続いていた。前方には、遠くに山が見える。半分以上は雲に隠れていて、もしかしたら頂上は、この星を飛び出しているんじゃないかと思うくらいだ。背後では、もう一体のトカゲがついてきているのが、地響きみたいな足音でわかる。……のんびりしていて、退屈なくらい。


そう思った、そのとき。


「左前や!」


ウーさんの声が飛んだ。


同時に、視界に入った“何か”に心臓が跳ね上がる。


——え、なにあれ。


体はクラゲみたいにふわふわしているのに、色と質感はどう見ても豚。なのに、その上についている顔は——蛙。


「ぎゃああああああああっ!!!」


反射的に悲鳴が出た。


——無理! 

無理無理無理! 


鳥肌と寒気が一気に押し寄せて、全身が総毛立つ。あり得ない合成獣だった。


すぐにバーツが窓をガシャンと閉めてくれたけど……遅い。あれはもう、しっかり脳裏に焼き付いてしまっている。


「大丈夫だ、不味いから食わねぇよ」


バーツは私の顔を見て察したらしく、妙に念押ししてきた。


——え!? 

そういう問題!? 鳥肌が全然引かない。


「問題ねぇよ、大丈夫だ。もう倒し終わった。いねぇから安心しろ」

「う…ん……」


——私の目の裏には、まだいるけど。


「あの手の獣はトカゲを狙う。見つけりゃすぐ討伐だ。心配すんな」


そう言って、バーツがぎゅっと抱きしめてきて、顔中にキスを落とす。全力で慰めてくれているのがわかる。


――ありがとう。大好き、バーツ。





二日目の夜。

石畳の上で焚き火を囲み、皆で腰を下ろした。


何度も旅を重ねてきたからか、誰もが落ち着いている。ただ座っているだけなのに、いざとなればすぐ戦える——そんな余裕が空気に滲んでいて、不思議と安心できた。


ぱち、ぱち、と薪がはぜる音を聞きながら、ふと空を見上げる。少しくすんだ光の中に、無数の星が広がっていた。時間を忘れそうになるくらい、綺麗だ。


「おい、そりゃ俺のだ」

「いや、俺が先に取ってた」


焚き火の向こうでは、サムさんとドンダさんが肉を取り合って騒いでいる。その声に小さく笑いながら、バーツが差し出してくれたドライフルーツを口にした。


——甘い。

やさしい香りが、ふわっと広がる。


ドライフルーツにできる果物は限られているし、用意するのも簡単じゃない。それでもバーツは、今回の遠征に私を連れていきたくないと言いながら、何度も森に入って集めてくれた。


荷物だって、本当は自分のためのものを優先したかったはずなのに——いつも、私の分を先に用意してくれる。


バーツは、全部で「私が大事」って教えてくれてて、私は、毎日バーツに恋をしてる。


「ありがとう」


少し恥ずかしかったけど、皆の前で一口ずつ食べさせてもらう。ゆっくり噛みしめるたびに、甘さが胸の奥まで染みていった。



その向こうで、リックさんが静かに口を開く。


「明日の夕方には、目視できるはずだ」


冬のおかげで虫の数が少なく、予定よりも順調に進んでいるらしい。明日はもう少し進んで、高台から城周辺を偵察する——そんな説明を聞きながら、私は隣のバーツの毛並みをブラッシングしていた。


少し硬めの毛が、ブラシの間をすり抜けていく感触が心地いい。全部整え終わると、そのまま毛に顔を埋めて、焚き火を眺めながら横になる。


火の温もりと、皆の声。

それに包まれているうちに、いつの間にか意識が遠のいていった。




気がつくと、バーツの腕の中だった。どうやら、そのまま寝てしまっていたらしい。空はまだ暗い——けれど、今日は日の出前に出発する予定だ。そのまま体を起こし、支度を始めることにした。


「バーツ、おはよ」

「あぁ、ルル、かわいいな」


軽く抱き寄せられて、朝のキス。


——ちょっと。

皆いるのに。


トカゲの影に隠れているとはいえ、やっぱり恥ずかしい。




朝ごはんは、トカゲの背の上で走りながら食べる。干し野菜と干し果物、それに少しの干し肉。水を口に含んでふやかしながら、なんとか噛み砕く。……この干し肉、美味しいけど固すぎる。そんな私の苦戦をよそに、隣のバーツは、同じ量の干し肉をあっという間に食べ終えていた。——やっぱり、すごい。



果てしない草原を、トカゲがぐんぐん進んでいく。


私はバーツと一緒に小屋の中にこもり、窓も開けずにいた。あの“クラゲ豚(?)”を見て以来、バーツの過保護はさらに強化され、窓に触ることすら嫌がるようになったのだ。


——まぁ……。

開けると寒いし、いいんだけど。


少し暇ではあるけれど、遠くで獣が出たという話を聞くたびに、やっぱり開けなくて正解だと思う。——あんなのをもう一度見たら、たぶん肉が食べられなくなる。


自分の食欲は大事。


だから、今日も窓は開けない。




昼前、高台に到着した。


目の前にあったのは——山、と呼ぶにはあまりにも異様なものだった。積み上がった灰色の岩が、そのまま空に向かってそびえている。木も土もほとんどなく、ただ岩だけでできた巨大な塊。……なのに、高さだけは完全に“山”だった。


その岩肌に、トカゲが足をかける。


——え、登るの?


そう思った次の瞬間には、もう登っていた。巨大な体なのに、当たり前みたいに、するすると。


思わず窓から顔を出す。


ほとんど揺れないまま上がっていく感覚。間近に迫るごつごつとした岩肌。その隙間から、ちらりと覗く遠い青空。全部が新しくて、目を離せない。


やがて、トカゲが最後の一歩を踏みしめた瞬間——視界が、一気に開けた。


「わぁ……!」


思わず声が漏れる。


どこまでも続く草原。風に揺れる緑の波が、遠くの森へと繋がっている。その境目は、まるで地平線みたいにまっすぐで——そして、その手前に。ぽつんと、黒い影のように佇む“国”。


「バーツ、もう降りていいの?」


気づけば、そう口にしていた。虫も獣も、この瞬間だけは全部どうでもよくなるくらい、外に出たかった。


「あぁ、大丈夫だ」


バーツは私を抱き上げ、そのまま地面へと降ろしてくれる。足元に広がる岩の感触と、頬を撫でる風。冷たくて澄んだ空気を、胸いっぱいに吸い込んだ。やっと来たんだって実感が湧いてくる。


「高台あってよかったね」

「そうだな」


髪を撫でる手が優しくて、少しだけくすぐったい。


「ここからなら道筋が見えるぞ」


案内役の狐族の兵士が、尻尾を揺らしながら指し示す。見ると、草原の中に細い筋がいくつも走っていた。獣道のようなそれが、国へと続いている。


「ふむ……なるほどね」


リックさんが腕を組み、真剣な眼差しでその先を見据える。その横で、バーツが何か言いたげにこちらを見ていた。


「ねぇ、バーツ」


つい小声で呼んでしまう。


「大好き……」

「あぁ…」


ほんの少しだけ口元を緩めて、彼は視線を草原へ戻した。その横顔を見た瞬間、胸がどきんと跳ねる。


——本当に。

かっこよすぎて困る。


慌てて視線を逸らした。




小屋に入り、トカゲが二足で立ち上がる。頭上の小窓から身を乗り出し、チョーカーの魔法陣に指を触れた。次の瞬間、視界がじわじわと引き伸ばされていく。さっきまで一面に広がっていた草原が、端へ押しやられるように遠ざかり——代わりに、あの国が迫ってきた。


「……!」


思わず息をのむ。


目の前に、窓があるみたいに見える。その周囲は、びっしりと蜘蛛の巣に覆われていた。白く光る糸が風に揺れて、かすかにきらめく。


ピントを合わせる。


城全体に焦点が合った瞬間——それはもう、建物には見えなかった。


中までは見えない。でも、中庭や廊下の一部は覗ける。廊下が、ぐるりと渦を巻くように繋がっている。部屋をいくつも通って、中心へと至る構造。猿族の城と同じ造りだ。


——本当なら、綺麗だったんだろう。


整った配置と、かすかに残る黒い壁の名残りが、それを教えてくれる。けれど今は、すべてが灰色にくすみ、部屋も廊下も関係なく、蜘蛛の糸で繋がれていた。まるで——巨大な蜘蛛の巣。


そして——


「……繭?」


思わず、小さく呟く。


糸にぶら下がるそれが、いくつも、いくつも見える。


「巨大蜘蛛は冬眠に入るとき、繭を作る。どれぐらいある?」


下からリックさんの声が飛んできた。


「……見える範囲だけで、二十はある」


言った瞬間、その数が現実として重くのしかかる。


——二十。


息が詰まる。思わず、窓枠を強く握りしめた。


「過去の奪還戦では、糸を裂く間に目を覚まされてね。燃やせば火が回る。水でも刺激が伝わって、一斉に起きる」


リックさんの淡々とした説明が、余計に重い。


——だから。

奪い返せなかったんだ。


城だけじゃない。街にも、外壁にも、さらに多くの繭が見える。外壁は一部が崩れ、黒く焦げた跡が残っていた。何度も挑んで、何度も失敗した痕跡。それでも、ここはまだ取り戻せていない。


無意識に、唇を噛む。

胸の奥がざわついて、落ち着かない。


「ねぇ……」


声に出したはずなのに、風にさらわれて消えていく。


ざわめきだけが胸に残って、私は、もう一度城を見つめた。
































岩山の頂上から、狐の城を見てるルル。

光の当たり具合がまるで女神のようだ…


イヤ、間違えたな。

女神のよう、じゃぁねえな、女神そのものだ。


ただ、あまりに綺麗だから、

「今、ここで、あんあん言わせるか」

―――皆の前は恥ずかしがるからなぁ


「後でたっぷりあんあん言わせるか」

―――旅の途中はテレるからなぁ


と、悩んでいたら、ルルが


「大好き…」

という


お誘いだ!間違えねえ!


「あぁ…(わかってる、今夜、お前が満足するぐらい、あんあんだ)」






いてぇー!

何で、ブラシで叩く?


あんあんだろ?

そんなにテレるな。


まて?おい?

なんで詠唱をはじめ…。


ギャフン!


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