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異世界に落ちたら愛を知った  作者: 青井空


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煮込み部屋と塩味の豚骨うどん

想定よりずっと早く終わった蟻塚攻略だったけど、それでも心も身体もくたくたになっているのがわかる。だから、少しだけ——大好きなバーツと家でゆっくりすることにした。


今日は、豚骨うどんを作る。


蟻塚の帰り、あまりの寒さに「豚骨ラーメン食べたい!」と思った瞬間、我慢できなくなって作ることに決めた。


とはいえ、まずは煮る場所の確保が必要だ。暖炉でやると油や匂いが家中に回るし、外で煮るには寒すぎる。


「バーツ、相談があるんだけど。新しい煮た料理を作りたい」


干し野菜を作るため、テーブルに野菜を並べていたバーツに声をかける。


「シチューと違うのか?」


不思議そうな顔で手を止め、こちらを見る。


「うーん。ちょっと違うかな。もっと長時間、火を強くして煮る必要があるんだけど、今回はお肉の骨を煮るから、部屋でやると匂いが……」

「煮るんだろ? そうか。骨まで煮るシチューか。旨そうだ」


バーツはニヤニヤと頷いた。


バーツの言葉を聞いて、ふと気づく。


——バーツの中では、煮る料理が、全部“シチュー”になっている。


そう思うと、少しだけ面白かった。


「ルル、こっちだ」


バーツは尻尾を振りながら、お風呂の隣にある革の暖簾をめくった。


そこは、小さい小部屋だった。壁は石でぐるりと囲まれ、入口は革の暖簾。しかも燃えにくい加工がされていて、煙突までついている。火を使うことを前提にした部屋だ。


「え? いつの間に?」

「お前用の風呂を作ったときに、用意してた場所だ」


そう言って、私の頭に軽くキスを落とす。


「ありがとう、バーツ」


お礼に一瞬だけ抱き締めて、すぐに離れる。長いと連れ込まれるから要注意だ。物足りなさそうな顔をしたバーツに、追加のお願いをする。


「バーツ、もう少し欲しい物があるの」

「ん? なんだ? 俺のメスは欲しがりだな」


バーツのにやにやが止まらない。


おねだりしてほしいバーツと、普段あまりしない私。しかもお願いするときは、だいたいバーツが嫌がる外出絡みばかり。だから“物”を欲しがると、やたら喜ぶ。今なんて、まだ何が欲しいかも言ってないのにこの顔だ。ただ——絶対に手に入れようとするから、頼む内容には気を付けないといけない。下手をすると、どこかで喧嘩してでも持ってきそうだから。


「肉Bの骨と、ブラシの……ものすごく固いやつが欲しい」


肉Bは豚に近い味だ。この骨ならいけると思う。ダメなら肉Cで試す予定。あと、骨を洗うためのたわしが欲しい。本当は自分で見に行きたいけど、外界に出すぎたし、しばらくは家にいた方がいい気がする。


「買ってきてやる!」


案の定、食い気味に返事が返ってきた。私の考えを読んだみたいに、すぐに寝室へ押し込まれ、そのまま外界へ飛び出していく。


バーツはすぐに戻ってきた。

手には、バーツの半分くらいの大きさの革袋いっぱいの骨と、数本のブラシ。


「あ……ありがとう、バーツ」


骨の量に、期待がにじみ出ている。


——プ、プレッシャーが……。

頑張る。


ブラシを確認する。

「これがいい」


硬さの違うものがいくつも揃っていて、“たわし並みに固いブラシ”もちゃんと入っていた。


「よし! 洗うぞ」


腕まくりをして外に出た——けど。すぐに戻ってきた。寒い。一瞬で身体が凍りつくかと思った。


「ルル……まさかと思うが、その骨をブラシで洗いたいのか?」

「うん」


カタカタ震えながら答えると、バーツが目を丸くした。


「無理だろ。俺がやるから、お前は部屋にいろ」


なんでそんな無茶を思いついたんだ?と言わんばかりに溜息をつき、外へ出ていく。……ひどい。そして、ありがとう。バーツ。




煮込み部屋——そう名付けた部屋の囲炉裏に火を入れ、大鍋を据える。骨と少しの野菜、それに肉Bを紐でぐるぐる巻きにしたチャーシュー状のものを入れて煮込む。


煮込んでいる間は、魔法陣の改造。


じっくり丸一日かけて煮たスープは、乳白色になっていた。骨の旨みが溶け出した香りが、ふわりと立ちのぼる。いい匂い。塩を少し加えて、バーツに味見を頼む。


「こいつはいい」


よだれを垂らしながら、おかわりをねだるほど気に入った様子だった。成功したみたい。よかった。


チャーシューもトロトロで、柔らかい。小麦粉をこねて、うどん状に伸ばす作業はバーツに任せてある。茹で上がれば、塩味の豚骨うどんの完成だ。


異世界で食べる、初めての麺。

うどんでもないし、ラーメンでもない。けれど——どこか懐かしい味がした。





煮ている間に、魔法陣のことを考える。


今回はターゲットが「蟻」に限定されていたから、専用の範囲魔法がよく効いた。けれど——次は、どんな虫が出てくるか分からない。


蜘蛛、カマキリ、バッタ、蟻……。全部を対象にしようとすると、名前を並べるだけで魔法陣が無駄に大きくなる。


——どうする。

どうやって「敵だけ」を選び出す?


ふと、虫の解剖を思い出した。


巨大化していない虫には、体内に魔石の粉が存在しない。つまり、魔石が作られていない。バーツいわく、人間にも魔石はないらしい。


——だったら、魔石の有無で判別すればいい。


そう考えたけど、すぐに却下した。

こっちの武器にも魔石は使われている。これを基準にすると、味方まで巻き込む可能性がある。


——ダメだ。


しばらく考えて、ふと気づく。


——血の色。


魔石を持つ虫だけ、金色の血を流していた。理由はまだ分からない。でも、違いは確かにある。なら——ターゲットを「金色の血」に絞ればいい。少しだけ、息を吐く。これなら、余計なものを巻き込む危険は減る。


残る問題は、範囲だ。

大範囲魔法は強力な分、魔力の消費が大きすぎる。それに虫は動く。範囲を広げても、すぐに外へ逃げられてしまう。思ったほどは、数を減らせない。だったら、答えは一つ。


小さい範囲で、何度も撃てる魔法。

小規模殲滅用の魔法陣を、新しく用意する。


ただし、問題がある。魔法陣を刻める場所には限りがある。


一つの魔法陣で、太もも一面。すでに単体用を両足に二つ。大範囲魔法は、右腹から脇にかけて使っている。残っているのは——左側だけ。


——よし、決めた。

ここに「小規模範囲殲滅魔法陣」を刻む。


これで四つ。

私の体に刻める、限界だ。


この魔法陣が完成すれば——きっと、次の戦いも生き延びられる。





蟻塚攻略から五日が経った夜。

愛を確かめ合い、体の奥までその温もりが残っている中で——私は、バーツに伝えた。


「偵察に行こう」


その瞬間。

私を抱いていたバーツの腕が、さらに強くなる。

身じろぎひとつできないほどに、ぎゅっと。

まるで、閉じ込めるみたいに。


——ああ。

わかってたんだ。


バーツは、私が言い出すことも、行かなきゃいけないことも、全部わかってる。 それでも——嫌なんだ。その気持ちが、言葉にされなくても、痛いほど伝わってくる。


――けど。

バーツは、まだ、私の”希望”をわかってない。


私は——バーツのいない世界で、生きるくらいなら。


「……生かさないで」


小さく呟いてから、言い直す。


「バーツがいない世界で、私を生かさないで」


抱きしめる腕に、自分の手を重ねる。


「……死ぬときは、一緒に」


バーツは何も言わない。

ただ——ゆっくりと、私の手を握りしめた。その温もりが、答えだった。


——これでいい。


どんな未来でも。

バーツと一緒なら。







さらに三日後、私たちは長老たちに会うため城へ向かった。

目的は——偵察の相談。


メ人選、費用の分担、準備する物資。決めることは山ほどあったけれど——最終的に、今回もバーツと仲間たちで行くことになった。


今回は「調査だけ」。戦闘は、できる限り避ける。それに冬の盛りでは、虫たちの動きは鈍い。多くは繭の中か、巣にこもったまま外へ出てこないという。


——だからこそ、今が好機だ。


静かに息を吸い込む。

冷たい空気が、胸の奥まで落ちていく。


この偵察をやり遂げる。そして——次に備える。


バーツと。

みんなと一緒に。






























俺を生かしてぇ、てな。

順番だ、って——親父も、お袋も、そう言って死んだ。


ルルはかわいいからなぁ。

今なら、まぁ何となくだが、親の気持ちもわかる。


だから——

次は、俺の番だと、俺も思ってた。



けどな。


俺は、あいつが死の匂いを出した、あのときから——ずっと考えてる。


あの、大事なもんが欠けていく痛みを。

あのクソみてぇな痛みを。

あいつに味わわせるのが、本当に正しいのか、ってな。



幸せって、なんだ?



……二人で生きる。

それが一番いい道だ。


俺にとっても。

ルルにとっても。


だが——

もし、それが、どうにもならなくなったら? 


そのときは…




……そのときも、一緒に逝るさ


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