表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界に落ちたら愛を知った  作者: 青井空


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/72

執着とシチュー

虫の調査をしていたとき、もうひとつ——重大なことに気がついた。


——このままだと、私……凍え死ぬ。


毛皮の性能は、人型でも受け継がれるらしい。バーツは寒さなんて何でもない顔をしているし、仲間たちも似たようなものだ。彼らが持っているのは、寒冷地仕様とでも言うべき毛並みで、冬を生き抜くのに苦労しない。オスなら革のコートだけも冬を越せる。メスも寒さに強く、布のコートでいいらしい。


——でも、私は毛皮がない。


風が吹くたびに、服の隙間から冷気が忍び込んで、骨の芯まで冷える。彼らにとって「少し涼しい」気候が、私にとっては生死の境目だ。このままでは、本当に危ない。


「……バーツ、抱っこしてほしい」

「当たり前だ。……どうした、なんで震えてる?」


嬉しそうに抱きつく前に抱きしめてくれたバーツだったけど、私がカタカタ震えているとわかった途端、瀕死の重傷でも負ったかのように真っ青になって動揺し始めた。


「ル……ル。どこか……悪いのか……」

「ううん」

「お……俺を、置いて……行くのか?」

「違うよ……」

「……震えてる。うぅ……俺も一緒に……」

「待って! 違うから、剣はしまって! 大丈夫、寒いだけだから……」


温かいバーツの腕の中にもっと入りたくてグイグイ押していたら、それを聞いたバーツは衝撃を受けたように動きを止めて——そのまま私を抱きしめたまま立ち上がった。悲壮な顔でベッドまで運ぶと、どこからか持ってきた厚手の毛布でぐるぐる巻きにして、すごい勢いで家の改造を始めた。



まず寝室から。


木で一段高い床を作り、その上に革の絨毯、次に毛の絨毯と二重に敷いてくれた。毛がびっしり詰まっていて、踏むとふかふか沈む。横になった瞬間、全身が包み込まれるように温かくて、「もうベッドいらないかも」と思ったほどだ。毛布とお揃いの毛でできていて、部屋がかっこいい黒に統一されていく。


壁には革を垂らした後、さらに布を垂らして隙間風を防ぎ、その布には緑の狼の刺繍。黒い絨毯との対比が綺麗で、部屋全体にバーツの気配が漂う。……身体の芯からほぐれていくような、そんな安心感。気づけば、心まで、じんわりと温まっていた。


次は居間だ。


石のテーブルをどけて、木の床と座卓を設置した。「ここで食べる」と言って、私の席のあたりだけ、壁にも革と布を垂らしてくれた。さらに大きなクッションまで。ふわふわで、鼻を近づけるとバーツの匂いがして、思わず心臓が跳ねる。


——これ、絶対に彼が使っていたやつだ。


絨毯を売っているのを見たことがないし、何より革以外の縫製品は簡単に手に入らない。思わず聞いてしまった。


「どこで手に入れたの?」

「ツガイが見つかったときのために、ずっと作ってた」


バーツは照れくさそうに笑った。そのあと絨毯に寝っ転がっている私の頭を撫でて、満足そうに一言。


「……やっと、役に立った」


その顔があんまり優しくて、息が止まりそうだった。



それにしても、この世界は本当に寒い。落ちてきた頃はまだ暖かい季節だったけれど、今では外に出るだけで息が白くなる。寒さに慣れていない私には、命懸けの冬だ。


この間作ってもらったコートは普通の厚さだから、今は毛皮のコートを新しく作ってもらっている。完成が待ち遠しい。靴も中まで毛皮付きに変えるらしい。


そういえば暖炉も作ってくれた。「俺がいる時だけしか使うなよ。まぁ俺がいれば使うこともないが」と言いながら、私の身長に合わせて火床を調整して、鍋を吊れる柵までつけてくれた。優しい。





せっかく暖炉を作ってもらったから、そこでシチューに近い煮込み料理を作ることにした。


材料は、落ち人でも食べられる白菜風ほうれん草、肉、塩、ショウガ、ビール。今回で五回目の挑戦で、ようやく成功した。


最初の一回目は、ほうれん草のえぐみと肉の臭みが絶妙に高め合うシチューになった。ハーモニーに善と悪があるとは知らなくてびっくりした。一口以上食べられずに終了。その後もビール臭かったり肉臭かったりと、何かが主張するシチューができ続けて、諦めようかと迷ったとき、あれを思いついた。


——緑色のカレー。……ペーストにすれば、もしかして?


すり鉢のようなものが必要だとバーツに説明したら、「持って帰って」きてくれた。


持ってきたのは、加工なしの岩そのものだった。形は凹ではなく凸で、ボコっと出たところで擂れる仕組みだ。擂った後は全部下に落ちるけれど、お盆のような平たい石の上でやれば何とかなった。すり推、と呼ぶことにする。


茹でたほうれん草をすり推に乗せる。棒で叩く。落ちたものをまた乗せる。叩く。乗せる。叩く……。ドロドロして乗らなくなってきたら、バーツがすり推を持ち上げてお盆石の上でゴリゴリやってくれた。人間、頑張れば何でも作れるものだと思った。


肉とビールとショウガを一日かけて煮て、灰汁をとる。煮込んだ肉がほろほろになったところで、ペーストに具だけ混ぜて味を調えて——できた。


味は……美味しい。ただ、見た目はどろどろの緑だ。


バーツはひと口食べて、無言のまま完食した。途中、皿を抱えて誰にも渡さない顔をしていて、少しほっとした。試作中、シチューから漂う匂いが臭くて、バーツが涙目になっていたから。





料理を作ったら、お礼にウーさんへレシピを渡すことにしている。今回も酒場で出したら、猿族に大人気だったらしい。ウーさんに感謝された。バーツは不満そうだったけど。


実は、寒さが苦手なのは私だけではなく、猿族も同じだ。毛皮を持たないぶん寒さにめっぽう弱く、だからこそ国土の中でも一番温暖な場所に城を構えているとバーツが教えてくれた。今回の家の改装も、猿族のやり方を真似たらしい。「猿族の冬ごもりの準備は、すげぇな」と、バーツが感心していた。



ちなみにこのシチュー、寒がりな猿族の間で大流行し、「女神のごちそう」と呼ばれる最高級料理になっていたらしい。


——そんな恥ずかしい名前を私が知るのは、ずっとずっと後のことだけど。

























毎年、生え変わりで抜け落ちる毛を集めて——ツガイ用の絨毯を作る。

まぁ、オスどもの間じゃ、ちょっとした流行りってやつだ。


ツガイがいなかった俺も、その作業が妙に好きでな。

毛を並べながら、ふと思うんだ。


「いつか、俺にもツガイができて、ここで一緒に暮らすんだろうな」——ってな。

……それだけの妄想でも、案外、悪くなかった。


でも今は違う。


今は——俺の毛にくるまれて眠ってるルルがいる。

それが、なにより最高に決まってる。


特にあれだ。腹毛で作ったクッションに顔をうずめて、すやすや寝息を立ててる姿。

……あれはもう、極上って言葉しかねぇ。


しかも今、ルルのために毛皮のコートまで作ってる。

「俺の毛に包まれたルルを、抱きしめてる俺」

その絵面を思い浮かべるだけで、頭ん中がとろけちまう。


……最高だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ