巨大化
もう恒例と言っていいと思う。
「ダメだ。川なんて虫がいっぱいいる。そんなとこにルルを連れて行けるわけがねぇ」
どんなところでも、家以外はダメでしょ——なんて言わない。言い合っても「ダメだ、イヤだ」しか返ってこないから、この攻撃はもう、聞いていないふりが一番だとわかっている。
「連れて行かねぇぞ!」
「……俺は、イヤだ」
「……ダメだぞ」
「………ルル、お前は……留守番……してくれ」
最後は半泣きになっていたけれど、それでも知らん顔を続けた。
「…………わかった。俺から離れんじゃねぇぞ」
「うん」
抱きついて、バーツに腕を回す。今日は、私も積極的に頑張るね。………恥ずかしいけど。
川の調査といっても、調べるのは城の中を流れる水路ではなく——草原を抜けた先にある、自然の川のほうだ。
実は少し前、どのあたりの川を調べようか迷っていたとき、バーツに思わぬことを教えてもらった。肉屋へ向かう途中、何気なく「川」を眺めながら相談したのが始まりだ。
「どのへんで調べようか」
「日帰りだからな、一番近いとこだな」
「ん? 家の裏?」
「どういうことだ?」
二人してかみ合わない顔を見合わせ、よく聞いてみると——城の中を流れる水は自然の川ではなく、水路だった。幅も広く水流もしっかりしていたから、てっきり川だと思っていた。女神の教えにならい、昔、川から水を引き入れたのが今の水路の始まりらしく、飲み水にも風呂にも洗濯にも使われている。
「井戸はないの?」
「いど? なんだそれは?」
「土を掘ると、水が出てこない?」
「土? なんで掘る必要がある」
この世界で土は、掘るものではなく固めるものらしい。バーツが靴でぎゅうぎゅうと地面を踏んで見せてくれた。
——本当に、固めてる。
土を固めて、家を建てるとバーツが教えてくれた。なるほど、同じ言葉でも生活の仕方によって使い方が変わるんだって気が付いて面白かった。
「掘るのは、鉄だけだ」
「じゃあ、水路は?」
「あれは、削るもんだな」
——削る。大きな意味ではそうかもしれないけど……文化が違うと、色々と違う。
もう一つ、気になったことがあった。水路には、塀をくぐったところに魔石が沈めてある。理由を聞いたら、「そりゃ、女神とともにだ」と嬉しそうに教えてくれた。
——ちょっと、モヤモヤする。
唇が尖っていたらしい。バーツが「どうした?」と低い声で耳元に囁き、ごつごつした指先で顎を持ち上げて——キスしてきた。もぉ。
今日は出発の日。夜明け前から、乗り物屋へ向かっている。
日帰りのスケジュールだ。本当はもっと上流まで行きたかったけれど、野営は危なすぎると仲間全員に反対された。今日中に帰るためにも、今回は乗り物を使うらしい。
「どんな乗り物?」
「大人しくて揺れねぇから、乗り心地もいいぞ」
砦の入口にあると思っていたら、お店は国の中心、商業区の一角にあった。「居住区にはルールがあるからな、あいつらが国の中を彷徨うのはまずいだろ」とバーツは言っていたけれど、ルールって何だろう。というか、乗り物か——馬かな?
馬には乗ってみたかった。颯爽と走る姿はかっこいいし、触れてみたい。ワクワクしながら歩いていたら、すぐに店についた。手前には普通の家屋。後ろには大きな柵がずっと続いていて、中が見えない。
バーツと一緒に店に入ると、奥にいる仲間たちのところへ案内されたる。
——え、トカゲ? ちがう、きょ……恐竜!?
ギョロッとした丸い目。
カサカサと乾いた音を立てる足。
背中には横二列、合計六席の籠がぐるりと巻きつけられていて、全体の長さは三メートルほどもある。
……怖すぎる。
乗りたくない。
けど、行かないわけにもいかない。
——泣きそう。
足が竦んで動けなくなっている私を見て、バーツはため息をひとつつくと、ひょいっと軽々抱き上げた。そのまま籠の中に座らせてくれる。それでも——怖い。
肌が擦れるたび、背筋がぞわっと粟立つ。とても一人で座っていられなくて、私はすぐにバーツの膝の上へ移動した。そして、そのまま離れられなくなる。それを一番喜んだのは——当然、バーツだった。ずっとニタニタ笑っている。
「ほらな。俺の上がいいんだろ」
そう言っては、私の頭のてっぺんに何度もキスを落としてきた。
そっと周りを見てみると——仲間たちに、ものすごく引かれていた。……本当に、居たたまれない。
ちなみに、このトカゲ。
見た目はこんなに怖いのに、草食らしい。
帰り道には、さすがに顔つきにも慣れてきて、そっと触れるくらいなら怖くなくなっていた。——可愛いとは思えないけれど。それでも、今度は一人で座れる。
ちょっとだけ成長した自分が、なんだか嬉しかった。
……ただ、それが気に入らなかったらしい。
隣に座ったバーツは、帰り道ずっとブスッとした顔のままだった。もぉ。
走り出すと、トカゲはスーッと風を切って進む。音が意外と静かで、道もよく整っていた。まるで最初からトカゲが走ることを想定して作られているようだった。
「道、異世界に来て初めてかも……」
そんなことを思いながら、少し感動した。あとから知ったけれど、この道は川を抜けて外陸へ行くために整備されたものらしい。なるほど。
驚いたのは、虫がトカゲをまったく寄ってこないことだった。虫は全種類、トカゲが苦手らしい。
——すごい。頼りになる。
ただ、走らせ方が少し……独特だった。
釣り竿に野菜をつけて目の前にぶら下げると走る。ある程度走ったら野菜をあげないと不貞腐れる。いきなりやる気をなくして急停車し、籠がぐらっと揺れたと思ったら、地面を掘って頭を突っ込んでいた。
——お笑いコントみたい。
異世界って、本当に理解が追いつかない。
川に着いたのは昼前。安全のため、トカゲの上で昼食をとった。お弁当はサンドイッチだ。
調査に行くと決まってから、ずっと試作を続けていた。お米がないから小麦を使うことになり、思いついたのがサンドイッチ。小麦粉と塩とナッツの油を混ぜて平たく焼いたら、意外とどこかの国のパンに近いものができた。配合を変えて焼いては失敗し、気づけば何百枚も無駄にしたけれど。
そこにハンバーグに似た肉を挟み、蜂蜜と塩で作った即席のタレをかけたら——びっくりするほど美味しかった。味見したバーツはタレ目をまん丸にして、試作品を全部食べた。「旨い」と何度も言ってくれて、料理に自信がなかったから、本当に嬉しかった。
仲間にも分けたかったけれど、バーツが首を縦に振らなかった。メスが作った料理は、力ずくでも自分以外には食わせない——この世界の習わしらしい。でも……皆、干し肉を齧りながら恨めしそうに見ているんだけど。バーツ……?
川の調査を開始した。
仲間が周囲を警戒している間、私は川を覗き込む。水中で暮らす生物はいないとバーツが教えてくれた。その代わり、川底には金色の砂が沈んでいた。まるで魔石の欠片のような粒が、キラキラと光っている。
「虫の魔石と違って、ずっと明るい金色だ……」
——魔力が込められているのかな。
そんなことを考えていたとき、ふと疑問が浮かんだ。
「ねぇ、人って……死んだら、どうするの?」
「戦場から持ち帰れたら、持ち帰って燃やす。女神が教えた弔い方だ」
「……燃やした後に、魔石は?」
「出るわけねぇ。あれは虫だけのもんだ」
——どうして虫だけ……?
そのとき、ウーさんが叫んだ。
「前方の森から蜘蛛二体や!」
皆が一斉に森へ向き、槍を構えた。直後、影の中から巨大な蜘蛛が飛び出す。仲間が散開し、私の前にはリックさん、ウーさん、そしてバーツ。
「続いて三体来るで。たぶんバッタや」
上空の枝が揺れ、緑の影が落ちてきた。
「——っ!」
バーツが私を抱えて横へ跳ぶ。地面を転がる衝撃。すぐに立ち上がった彼が剣を構える。その背中越しに、息を吸った。
「疾き稲妻よ、我が軌跡を照らせ——電光石火!」
掌から放たれた光の束が、一体のバッタの胴を貫く。翼が焦げ、バッタがふらつきながら落下した。リックさんとウーさんが前へ出て、残りを引き受ける。
「バーツ、落ちた一体をお願い! 二人は他を私に近づけさせないで!」
声が震えていたけれど、もう止められなかった。
——私も戦うって、決めたから。
深呼吸して構える。私が自分の戦い方を見つけたのは、少し前のことだ。
草原の戦いを見に行ったとき、偶然ヘナを見つけた。ヘナタトゥーに興味があって成分も調べたことがあった私は、思いついた。魔法陣を身体に描けるんじゃないか、と。発動条件を魔法陣の中に組み込み、身体に刻む。常に魔力が巡っていても暴発しないよう制御する。詠唱はちょっと恥ずかしいけれど、暴発させないためには仕方ない。
一番の難関は、バーツが猛反対したことだった。
「ダメだ。ルルに何かあったらどうする。ダメだ」
何度も止めにきた。愛されているのは嬉しいけれど、本当に過保護なんだから。
——と、戦闘中に思考が飛んでいた。集中。
仲間が一瞬動きを止めて私を見ていたけれど、今は無視だ。
落ちたバッタがバーツへ跳びかかる。
「ルル剣!」
バーツの剣が炎を纏い、振り抜かれた。
——恥ずかしすぎる。
ちょっと涙目になりながら、右手を高く掲げる。
「我が名は雷帝! 放たれるは天罰の轟き——万雷の裁き!」
空が光り、轟音が走る。落雷がバッタを直撃し、焦げた翼が舞い上がった。ふらつく敵にウーさんがとどめを刺す。もう一度詠唱して、リックさんが残りを仕留めた。
蜘蛛との戦いも終わり、静寂が戻る。息を整えながら、仲間がぽかんと私を見ていた。
……やめて。そんな顔しないで。
恥ずかしいんだから。
帰還後、私たちは倒した虫を解体した。
体内には——川の砂と同じ、金色の粒があった。まるで金色の血のようだ。しかも、体が大きいほど魔石も大きかった。ただ……光は鈍く、どこか濁っていた。
「……やっぱり、そういうことか」
気になって、何体も続けて解体した。血の匂いと焦げた肉の臭いの中で、確信だけが形になっていく。
——虫は、川の砂を食べている。金色の砂を体内に取り込み、魔石を作り、魔力を吸い上げながら、どんどん巨大化していく。
その砂は、上流から流れてくる。そして源——始まりの場所は、聖なる山の麓。虫たちが繁殖していた、あの場所だ。
拳を握りしめた。指先にまだ、血の臭いが残っている。
——つまり、あそこが鍵だ。
静かに息を吸って、心の奥で言葉を結ぶ。
「……行こう。女神の山へ」
俺のメス、かっこよすぎて、かわいすぎるんだが!?
サムのやつらが「女神じゃね……?」とか頬を染めて言い出しやがったから、物理的に黙らせた。
称えるのは、ツガイの俺だけでいい。




