新たなる戦法と生き様
メルのことを何日も考えた。
話をしたメルの表情、目線。なんでもいい。口から出てこなかったものはないか。
——あ、出てこなかった?
そういえば、誰一人として「メルが楽しい」とは言っていない。
「力を得るためにメルになる」——ここに答えはあった。なら、オスだけで戦えるようにすればいい。急がなきゃ。
結局のところ、"国を守る力"が鍵だ。国——人を守れれば、メルを増やす理由は消える。
その結論にたどり着いてから、私は前に提案した戦い方を、必死で広めた。
三人一組で一匹の虫に挑む形。武器は槍。ピンチのときは、魔石にため込んだ魔力を一気に解放して、魔法陣で一撃必殺。とにかく連携がすべてだ。ひとりじゃ生き残れない。
酒場で武器を見せる。
広場で槍を振る。
砦の傍で模擬練習をする。
草原で虫を倒す。
いろいろな場所で、皆にその動きを見てもらった。
もちろん、バーツの剣も同じだ。
特に水や火を使った模擬戦は、何度もやってもらった。
すると、ある日を境に、オスたちが次々とバーツに声をかけるようになった。
「よぉ、狼の。すごい戦い方だな。なんだその棒?」
「俺も仲間に入れてくれよ」
「そこの黒い狼。炎はどうやってるんだ?」
「その棒は、どうやって手に入れてる?」
「「「「え? メス?!」」」」
「見んな!」
「あー、その棒はね、こっちで説明するよ、ビールでも飲む?」
剣に惹かれて寄ってきたオスは、例外なく私に気が付く。するとバーツが牙を剥き、リックさんが回収して、そのまま説明と指導に連れていく。——この流れで、仲間はどんどん増えていった。
最初は、みんな素直に喜んでいた。けれど、すぐに問題が出た。——槍が足りない。ベーベさんが寝る間を惜しんで作ってくれているけど、とても追いつかない。
でも、それ以上に厄介だったのが、"人選"だった。
「よ! 俺も参加してやるよ」
「ん? ああ、リックのとこ行ってくれ」
今日の模擬戦も終わり、酒場で桃ジュースを飲んでいると、横から知らない声がした。顔を向けるとバーツの肩に腕を回している虎がいる。
「お? そうか、わかった」
そういうと、片手を上げて、黄色と黒の縞々の尻尾を揺らしながら、虎はカウンターにいるリックさんの方へ歩いていった。
「バーツの知り合い?」
「いや? 知らねぇな」
「初対面? 肩組んできたよね?」
「ん………? やっぱり、知らん」
何かが気にかかり、私は振り返ってその姿を目で追った。虎はリックさんのところではなく、その隣にいたウーさんの前で立ち止まっていた。
——あれ?
嫌な予感がする。
虎はじろりとウーさんを見下ろすと、指でぴん、と耳を弾き、酒場中に聞こえるような、わざとらしく大きな声を出す。
「兎かよ……弱い奴は端っこにいろ」
その瞬間だった。虎は店の外まで蹴り飛ばされていた。
「アホだな」
横でバーツが鼻で笑った。
「おい、今までで一番飛んだんじゃねぇか?」
同じタイミングで、誰かが、何かを気が付いたみたいに叫ぶ。その一言をきっかけに、酒場は一気に爆笑の渦に包まれた。
——え?!
あまりにも衝撃的な光景に、私はただ呆然とするしかない。
そのとき。
お代わりの桃ジュースを持ったウーさんが、いつもの顔でこちらへ歩いてきた。
円らな大きな目に、丸い顔。ぽってりした口。……かわいい。兎って狂暴なのかも、なんて疑ってごめんね、ウーさん。
こんお時点で、嫌な予感はしていた。でも——この虎は、想像以上に最低だった。
この頃、チームへの参加は疑似戦で相性や実力を見て決めるようになっていた。
今日は、あの虎の模擬戦日。だが、戦いぶりを見れば呆れるしかない。兎や狐ばかりを執拗に狙うくせに、熊と当たった途端、そそくさと狼の背後へ隠れてしまったのだ。
「ありえねぇ」
隣で見ていたバーツも、さすがに呆れた顔をして呟いていた。
当然、その場でお断りだ。
本人は散々文句を並べ立てていたが、バーツが低い声で一言、
「弱ぇ奴はいらねぇ」
そう言い放つと、虎は悔しそうに歯を噛みしめ、やがて踵を返して去っていった。
強さっていうのは、種族で決まるものじゃない。ウーさんは兎だけど、とんでもなく強い。あと、一番大事なのは——きっと「心の在り方」だ。
その後、リックさんが酒場で参加希望者の受付を始めてくれた。そして、疑似戦でふるいにかける仕組みまで整えてくれた。
合格した者たちは三人でチームを組み、ウーさんたちから槍の扱い方や戦いのコツを教わる。第一陣はもう戦場に出ていて、小さな一歩だけど……確かに"希望"を感じるようになってきた。
——そんな折だった。
今後の戦い方そのものを変えてしまいそうな、一匹の狐が現れた。
最初に見たときは、正直なところ、そこまで強そうには見えなかった。けれど、模擬戦が始まってすぐに気づく。
彼は、仲間の位置を見ながら動いていた。
誰かが危ないと、必ず助けに入る。無理に敵を追わず、味方が崩れそうな場所へ自然と回り込む。仲間を見捨てない——その姿勢が、動きのすべてに滲んでいた。
この世界で、仲間の動きを見て戦う人なんて、見たことがない。そもそも、そんな戦い方を誰も考えたことすらないはずなのに。それなのに、彼は最初から——チームとして動いていた。
「バーツ。あの狐の人に話しかけたい」
「ああ。俺も、だ」
バーツも鋭い目線を彼に向けていた。模擬戦が終わったところで、まだ中央で談笑している人の塊に近づいて行く。
「ちょっといいか?」
「え? ああ……もちろん」
バーツが、肩を叩き呼ぶと、びっくりした顔で振り返った。他の人が、「俺は?」と口々に話しかけてくる中、私たちは誰もいない広場の端まで歩くと、彼に振り返った。
「俺はバーツだ。こっちが俺のかわいいメスだ。あんま見るな」
「ルルです。よろしくお……」
「よろしくはしねぇ」
バーツは自分の後ろに私を押し込めながら挨拶をする。ちょっと……。
「はははっ。俺はザザ。ツガイがいる狐だ」
首から下げている指輪を見せながら、挨拶をしてくれる。指輪を凝視したバーツは、私の肩を抱くと自分の前に出し、「俺のメスのルルだ。よろしく頼む」とにこやかに紹介してくれた。もぉ。
「聞きたいことがあったんです」
穏やかな茶色の色をした細い目。顔も面長。少し上部がかかった茶色の髪。身体はがっちりしてたけど、全体的に整った感じのオスだった。
「戦いで一番大事にしてることって何ですか?」
驚いた顔で私を見つめるザザさん。
「そうだね。合格するためには、敵を倒すことって答えないとダメなんだろうけど」
苦笑いすると、頷きながら話し始めた。
「嘘を言って入れてもらっても、後で迷惑かけるからね。俺は、『結果、虫を倒している』そういう状態を望んでる」
そのまま、静かに、真剣な声で続ける。
「仲間がいるから、生きていける。戦場に立つと、それが嫌でもわかるんだ。……国があって、戦う皆がいて、ようやく俺の巣も守られる。俺には子供がいる。生き延びることも大事だ。けど——それ以上に、『何に生かされ、どう生きるか』を、子供に見せなきゃならない。それが、父親の役目だと思ってる」
さわやかな笑顔には、覚悟が見えた。
「それが、俺が大事にしていることかな。仲間を大事にして、一緒に生き延びられれば、結果、虫を倒してるはずだからね」
その言葉を聞いた瞬間、胸が震えた。きっとバーツも同じ気持ちだったんだろう。迷いなく「一緒に戦いたい」と答えていた。その後、いつもなら、勧誘には全く関与しないバーツが、酒場にいるリックさんのところまで連れて行くとみんなに紹介して回っていた。
しかも、今回、いい人に会えてよかった……では、話は終わらなかった。
ザザさんは、自己紹介の時に言っていた通り、パートナーはツガイだった。後日調べたら魔力も一致。今、ベーベさんが顔を引きつらせながら必死に"魔法剣"を作っている。
——バーツ以外にも戦況をひっくり返せる存在が生まれた瞬間だった。
少し経って、酒場でまた会った。
「バーツ! 酒場にいたのか。ルルちゃんも元気かい?」
「よぉ、ザザ。剣の調子はどうだ?」
「あぁ、それがさ……」
少し俯いて……でも、すごい笑顔なのが、座っている私からよく見えた。
「ツガイも、子供も、バカみたいに喜んでさ。俺……かっこいい、ってさ」
——この人も……だ。
この世界のかっこよさの基準は、本当に色々なオスを傷つけていて、見ているだけで心が痛い。
「魔法剣があれば稼げるし、家族を守れる。子供三人もいると大変なんだ」
でも、顔を上げて、大きな口を開けて笑うその顔は、本当に誇らしげで幸せそうで、見ているこっちまで、嬉しくなってしまうような顔だった。
槍を扱えるオスは、いつの間にか五十名近くに増えていた。
もちろん全員が毎日戦うわけじゃない。リックさんかブルーさんが指揮をして、虫の選定や連携を調整する。皆は十組ずつ交代で狩りに出る。怪我人が出ても、別のチームがすぐカバーに入れるようになった。だから最近は、全体の動きが少しずつ"軍隊"みたいに整ってきている。
みんなの顔から悲壮感が消えて、汗だくで帰ってきても、酒場の入り口をくぐるときは皆、笑っている。
「今日は三体仕留めたぞ!」
「いやいや、俺たちの方が早かった!」
勝手に競い合って、笑って、酒をあおって。
最初は正直、不安だった。チーム戦なんて慣れていない彼らで、本当にうまくいくのかって。でも今は、私が思っていた以上にみんな逞しくなっていて——帰ってきたときのあの笑顔を見るたびに、胸がぎゅっと熱くなる。
あの顔は、"やりきった"顔だ。家族や仲間のために命を懸けて、それを誇りにしている顔。
そして、そんな空気を一番大きく変えたのは、やっぱりバーツだ。皆、バーツの剣に憧れて、あの人の背中を見て、「自分もやってやる」と思ってる。……だから私も、負けていられない。
「バーツはすごいよね。でも、私も負けないから!」
その瞬間——バーツがぴかぴかの笑顔で「俺もだ」と答え、私をひょいと肩に担ぎ上げた。
「えっ!? ちょ、ちょっと待って!? バーツ!?」
そのまま凄い勢いで走り出す。風が髪を乱して、景色がびゅんびゅん流れていく。スピードが凄すぎて、声も出ない。
——なんで!? どこ行くの!?
……オスが多いな。——オスが……ルルを見てやがる。
オスが……多すぎだろ!——おい、ルルを見すぎてんじゃねぇか?
あぁ? てめぇ……今、俺に声かけながらルル見たな? 見やがったな?
チッ。帰ったら、ルルをいつも以上にアンアン言わさねぇと気が済まねぇ。
と思っていたら、ルルが俺にくっついて「バーツは(アンアンが)すごいよね。でも、私も(バーツに)負けない(ぐらいアンアンしたい)から!」と言ってきた。
お、ぉ、ぉ、ぉ! 今すぐに! 俺に負けないぐらいのアンアンを! してくれるってことか!
ここは出来るオスとして、しっかり俺のメスの希望を叶えて、満足させなきゃならねぇ。帰るぞ!




