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異世界に落ちたら愛を知った  作者: 青井空


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メル / スキル発動:検証 

寝転んでいた土間から立ち上がり、窓の外を見た。陽が落ちてオレンジな空。特段、代わり映えしないいつもの風景に「時間だ」と感じた。メスの食事を用意してやる必要があった。


肉を片手に串棚に行く。なんで僕がメスの食事の支度をしなきゃならないんだ……と思わないこともない。その感覚がおかしいと頭ではわかっているが。


あれほど夢を描いていた「ツガイ」への渇望は、メルになると日を追うごとに消えていった。だからなのか。たまに、自分がどこに立っているのかわからなくなる。陽の当たる場所にも、影の中にも自分がいないような感覚だ。


肉を焼くため薪を積む。火をつけるのは簡単だ。時間をかけて魔法陣を発動させる、どこかの知らないオスを鼻で笑うと、用意してあった魔法陣を使って、一瞬で薪に火をつけた。


二人分の肉を焼きながら、また考えに捕らわれる。


メルの義務だからと受果をしてみたが、どうしてもメスをパートナーとして感じることができない。食事を作っていても感じるのは「面倒くさい」という気持ちだけだ。肌を合わせることすら億劫だ。わかってたとはいえ、ダルすぎる。


皮肉なことに、パートナーとですら億劫を感じているのに、明日も虫を殺すために、吐きそうなオスとも、やらなきゃならない。笑えるよ。


焼きあがった肉を片手に立ち上がる。


とりあえず、抱かれるのには勃たなくてもいいが、子を作るためには勃たせる必要があるから、薬を飲んでから肉を持ってメスのいる巣に向かう。


 


とりあえず今日は抱けた。いつまで薬でごまかせるかわからないけど、まぁよかった。


ひと仕事終えてベッドから出る。メスが手を伸ばしてきたのは見えたけど、見ないふりをする。顔を見る必要もない。そのまま、また居間に寝転ぶ。


泣き声が聞こえる。顔も忘れた、僕の哀れなメス。


こうなるって全部知ってた。それでもいいと選んだ人生だ。今更、何も文句はない。ただダルいだけ。知ってた人生どおりに歩いている僕が……情けなくてダルすぎる。


あぁそうだった。あのメルは「もしお前に止まれる"勇気"があるなら辞めたほうがいい」と言ってたっけ。


僕がまだ子供のオスだったころメルと会った。話を聞いてからメルになるかを決める規則だからだ。


だから知っている。


メスに心が反応しなくなることも。オスに抱かれなきゃならないことも。


そして最後は、血を吐いて、血だまりの中で死ぬことも。


……それが僕の生き先だ。


肉の味も、もうわからなくなってきた。寿命が削れている証拠だろう。それでも、僕たちが人の希望だ。血を吐いて倒れるなら、必ず戦場と決めている。


そのためなら、反吐が出そうでもオスに抱かれ続けてやる。


虫を一匹でも殺す。それが重要かつ唯一の、僕の生存意義だ。


 


泣くなよ、僕の哀れなメス。次は(メル)を選んじゃダメだよ。


 




 


メスと話して、現在の状況は理解できた。けど——メル側の状況がわからないと、対策は立てられない。だから私は状況を知るため、メルが誕生してから今までの資料を見せてほしいとお願いした。……そして判明したのが、想定外の事実。


——メルを生み出した後の「結果の検証」を、誰もしていなかった。


一瞬、耳を疑った。けど、何度確認しても同じ答えしか返ってこない。


「え……と、メルの体調とかメンタルの状況とか、そういう資料はないんですか?」


「はい……。ありません」

「それは……必要なのですか?」


「は……はい…………そうですね」


——誕生させて……終わり?


迷子のとき、行き止まりにぶつかったような感覚が襲ってきて、期待だけが行き場を失って床に落ちていった。


城に借りた一室、テーブルの上にはメルになるための取り決め書がある。けど、それは本人の了承を取るための内容だけで、他の記載はなかった。


「ですが、前からこの方法でメルに実を渡していましたが……」


対応してくれている兵士たちも、私の質問の意味が理解できないみたいで、困惑を隠しきれていない。


「そう……ですか」


愕然としている私の様子に、調査に協力してくれた兵士たち——バーツがこだわって既婚者を選んだ——は、ぽかんとした顔で私を見ている。


「私の国では、結果の調査は重要なんです。それをもとに、今より良くしていくので……」


「……なるほど」

「今より……」


必要性を理解したのか、驚いたあと「やっていなかった」事実を思い出したみたいで、耳がしゅんと垂れ下がって、顔が下を向いてしまった。


——この世界にないんだ。

……結果の検証なんて概念自体が、存在していなかったんだ。


皆が思考停止になっている中、バーツだけがしっかりと自分を保っていた。


「ルル、このあと、どうすんだ?」

「……あ」


——そうだ、ないなら、今からでもすればいい。


私は、この世界では一人で生きていけないほど弱い人間だ。けど、私が生きてきた中で身につけた社会人スキルは——この世界では、チートと呼べるものなのかもしれない。


——もっと、ちゃんと意識して使わなきゃ。


そう、強く、深く、反省した。


 


私はメルたちの状況を調べ始めたけど、想像していたより、ずっと難航した。


城に借りた一室で、バーツと並んで質問を続けたけれど——出会うメルは皆、決まって私たちに冷たくて、質問には答えない。最初に刺してくるのは、あの独特の嘲りだ。


「僕たちの力が必要なんでしょ?」

「不細工なオスが何をしようとしても無駄だよ」


そのたび、バーツの頬がぴくっと引きつる。すごくイライラしているのが隣でよくわかる。でも、彼は一言も言い返さず、歯を噛みしめて耐えていた。……本当に、すごいと思う。正直、私なら殴っていた。


ただ、そんな中、踏み込んだ質問ができたメルがいた。


「メスとの関係は順調ですか?」

「はっ。順調って何? 肉ならあげてるよ」

「……そうですか。踏み込んだ質問となりますが、愛はどうでしょうか? ツガイへの渇望は?」

「………本当に踏み込みすぎ。まぁ、渇望ねぇ。そんなもの、あったかな?」


メルは、嘲るように笑った。


「……ああ、小さい頃はあった気もするかな。とはいえ、メルになったら、"自分のメス"への憧れなんて、すぐに消えたけどね」


皮肉交じりに言われたその答えは、私の胸を深くえぐった。——と同時に、バーツの言葉を思い出させる。


『メルはツガイを認識できない。それが、この世界の"常識"だ』


耳元で言われたぐらい、はっきりとしたバーツの声が聞こえてくる。——私は、その"常識"を疑いもしなかった。"ツガイが大好き"なこの世界で、それがどれほど歪んだ事実なのかも考えずに……。


それ以上は質問させてもらえず、メルは「僕、やさしいよね~。僕のチームに入んなよ」とバーツに声をかけて、帰っていった。


 


それ以上の進展はなく、らちが明かないため、メル自身に聞けないなら——と、亡くなったメルたちの記録を調べることにした。


結果——なぜかメルは、オスより短命で、ほとんど資料がなかった。


魔力が高いほど長寿になるはずなのに、その理屈に反してメルは早く死ぬ。長老たちにも、家族にも確認したけれど、手がかりはゼロ。万策尽きた……と途方に暮れたとき——ようやく一人のメルが協力に同意してくれた。


その出会いで、私は初めて「歪んだ生き物の悲しい戦い」を知った。


魔力は細胞を修復する力だ。だからメルは普通なら長寿になるはず。けど、彼らは魔力を戦いで使い果たす。敵を多く倒すため、自分の身を削り続ける。修復が追いつかず、身体の中がぼろぼろになり、最後には血を吐いて倒れ、そのまま死ぬ——それが、彼らの宿命だった。


さらに、そんな彼らを追い詰めているのは"孤独"だ。


メルはメスを"感じない"。甘い匂いも、温もりも、パートナーの気配さえ心に届かない。常に、ひとりぼっちのまま生きている。


なのに、魔力を回復するためにはオスに抱かれ続けなければならない。オスがオスに抱かれる苦痛、虚しさ、屈辱……それら全部を抱えたまま、「明日の戦い」のために受け入れている。


存在意義こそが、彼らを生かす唯一の理由だった。


——あの時、メルが手段を選ばずバーツを仲間にしようとした理由が、ようやくわかった。



「どういうことですか? そんなこと、先に知っていて……どうしてメルに……」


気づけば、私は震えた声で問いかけていた。


メルはすぐには答えなかった。

俯いたまま、少し疲れたように笑う。そして、静かに言った。


「ルルさん。守る者がいない者なんて、いないんです」


その言葉に合わせるように、頭上のバーツが小さく息を呑んだ気配がした。


「親兄弟が虫に殺されても……友を、一族を……残った人間を守りたいんです。俺たちは」

「……あぁ、そうだ。誰だって……絶対に、その気持ちが、ある……」


バーツは、自分に刻みつけるような口調で、ひと言ずつ噛みしめていた。


「だから、一匹でも多く倒せるメルになれるなら、それでいいんですよ。もちろん……かっこいいですしね」


気まずい空気を払うように彼は笑ったが、その笑みに隠れている痛みを思うと——もう、溢れる嗚咽を止めることができなかった。


 


やっと涙が止まって、しゃくり上げながらも話せるようになったころ、待ってくれていたメルに謝ってから、質問を続けた。


——今回、なんで協力してくれる気になったんですか?


彼は少し照れくさそうに笑った。


「俺は、卵巣がうまく定着しなくて魔力が低いんだ。だから……オスほど強くはないけど、パートナーを"感じる"ことができる」


膝の上で指をくねくねと絡めながら話す姿は、見ているだけで胸が温かくなった。


「俺、幸せなんだ。だから……オスが戦えるなら、メルやメスを救う手助けをしたい。というか、逆にメスにここまでしてもらっていいのかな?」


本当は遠慮しなきゃいけないんじゃ……そんな葛藤が顔に出ていた。それでも最後には、「ぜひ手伝わせてほしい。ありがとう」と言って、手を差し出してくれた。


仲間ができて、うれしい。


握手しようと手を伸ばした——けれど、その手を取ったのは私ではなかった。バーツが代わりに、力強く握り返していた。しかも私は、しっかり腕の中に抱え込まれている。


「よろしくお願いします〜……」


そう言ってみたけど、泣きすぎて声が……。それを見た二人は、同時に噴き出すように笑ってた。酷い。


 


日を改めて、今度は打ち合わせだ。場所は前と同じ、城の一室。


協力してくれるメル——トートさん。茶色の目にグレーの髪が印象的な、猿族の人だった。背丈はメルほど小さくなくて、バーツほど大きくもない。その中間くらい。でも、猿族自体が華奢だから、そう見えるのかもしれない。


「メルと自分との違い? うーん……わからないな。筋肉量じゃないか?」


トートさんが首をかしげながら教えてくれる。確かに、他のメルより筋肉がついている。


「実を身体に入れて卵巣を作っても、土台はオスだから、内部は歪んでいるんだと思う。俺はオスの感覚をどうしても抜けなくて……。魔法陣を作る傍らで筋トレをしていたら……気づいたらこうなっていた」


なるほど。メスは筋肉がそこまでつかない。けれど土台がオスだから、筋肉がついたのだろう。トートさんは細マッチョくらいはある。健康的で力強い体つきだった。


そういえば、前にテレビで聞いたことがある——フィギュアスケートの選手が体脂肪を落としすぎて、生理が止まったって。この世界と私は見た目は似ていても、生物的に同じとは限らない。けど、トートさんの話は妙に腑に落ちた。


やってみる価値はある。というか……他に情報がない。


ということで、まずは高タンパク食と筋トレを試してみる方針で決定。バーツとトートさんは、なんかよくわかっていない顔をしながら、「「それがいい」」とそろってうなずいていた。ちょっと笑ってしまった。


手段や予算は後で長老会に報連相することになるけど、バーツとトートさんが向かい合って笑いながら話している姿を見て——私はこの件、絶対に諦めないって心の底で決めた。


オスとかメルとか、もういいよ。そんなのいらない。カテゴリーなんていらない。笑顔が一番、重要だ。


 


打ち合わせを終えて扉を出た瞬間、兵士が血相を変えて走ってきた。至急、砦に来てほしい——そう言われ、バーツと二人ですぐ駆けつけた。


そこには、大きな血だまり。そして、その血だまりに顔を突っ込むように倒れているメルがいた。彼は、前に城で質問したメルだった。


『そこのオス、ブサイクすぎ。重要任務についたら? てか、なんでメスがいる? メスは巣に引っ込んでなよ』そんな言葉を平然と投げつけてきた彼。


血だまりの中から彼は私たちを見上げ、なぜか……満面の笑みを浮かべていた。


「教えてあげるよ……メルの宿命を」


そう言って語ったのは、悲しくて、悲しくて、でも確かに"覚悟"と呼べる人生だった。


「僕の…メスは……長老…なんとか……するって…言ってた……けど…次は……オスに…してやって、よ……」


不思議なほど満足したように笑って、それが彼の最後の言葉になった。


 


国を守るために、自分の人生を歪めた人がいた。血を吐いて倒れる瞬間まで戦った人がいた。普通の人だったのに、全部を捨てて。


愛がない? そんなはずない。

じゃなきゃ、最後の言葉が"自分のメスのこと"になるわけがない。


何度泣いても、この世界の愛は深くて……それ以上に、哀しみが深い。


苦しい。胸が裂けそう。


血だまりの前で、私は動くことも、声を出すこともできなかった。ただ……泣くことだけしか、できなかった。


 


バーツに抱えられ、揺られながら城に戻る途中で気づいた。


私が攫われたとき。バーツは一度もメルを責めなかった。ただ、私を失うかもしれない恐怖に揺れていた。


——そうか。彼はもう、この"悲しい生"を知っていたんだ。


バーツ……ごめん。私は、うまくいかなくてよかったなんて思ってしまっている。ごめんね。


けどね。"いたかもしれないバーツ"のためにも、そして死んでいったメルのためにも——私は、メルを救う方法を必ず探す。


愛してる、バーツ。


 




 


三か月が経つと、成果が見えはじめた。トートさんのようなメルが、まだいたのだ。


魔力は弱まり、筋肉が増え、性欲も戻ってきた。ある程度まで行くと、メスをパートナーとして認識しはじめる。性欲が増すとパートナーを普通に抱けるようになる。そうするとオスとしての自信がつく。生きる別の意味を見つける。


その変化を目の当たりにして、私は震えた。絶望しかなかったはずの存在に、わずかでも光が差し込んだのだから。


 





























 


オレが決意して、成れなかった人生を歩んでいる奴らがいる。


オレのツガイは、俺の寂しさを救うだけじゃなくて、希望もくれた。


そして——次はオレだったかもしれない人生まで救うのか。


お前は、もしかして、本当は、本当に、女神——なのか?

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