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異世界に落ちたら愛を知った  作者: 青井空


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聴聞会

寂しさと不安を、深呼吸で少しだけ落ち着かせたら、黄色いフードの人の言葉が、頭の中を回りだした。


言葉の端々から、害するつもりじゃない――そう感じられた。そして、「バーツが近くまで来てくれている」それだけで、張りつめていた心が少しずつ緩んでいく。深呼吸を意識して繰り返す。ぎこちなくしか動かない身体を起こして、屈伸と伸びもする。脳だけじゃなく身体も動かすことで、さらに心が落ち着いてきた。


――空が、見たい。


扉の外に誰かいるのは物音でわかっていたから、叩いて、「空が見たい」と言ってみた。


日本にいた頃のことを思い出す。


悩んでいるとき、空のことなんて考えたこともなくて、視線は下ばかりだった。世界は狭くて、自分の問題だけがすべて、そんな感じだったと思う。けど壁を乗り越えた後、なぜかいつも空を見た。


その空はいつも青くて、「あぁ、人生全体から見れば、この悩みなんて小さいな」――そう思わせてくれる色だった。


何度かそんな経験を繰り返すうちに、「悩んだら空を見よう」なんて考えるようになったけど、結局は乗り越えた後じゃないと、その青さには気づけなくて……。


きっと、今の私が空を見たいと思えたのは、もう大丈夫になり始めている証拠だ。


兵士らしき人たちが数人、私を囲むようにして中庭へと連れ出してくれた。足元の土が、踏むたびにふわっと舞い上がる。乾いた匂いが鼻に届く。やがて視界がひらけた。


目の前に広がるのは、厚みのある綺麗な青。空いっぱいの、広い広い青。


ただ見ているだけで、呼吸が、心が、落ち着いていく。明日は聴聞会。バーツも近くまで来ている。


――大丈夫。私はやれる。


 


聴聞会の日。


扉が開き、別の部屋へ案内される。この城は部屋ごとに独立した造りで、城の塀の中に小さな町があるみたいだ。城内を兵士に連れられながら、私は考えていた。


――何で攫われたんだろう。


初めからバーツは、メルを"執念深い"と言っていた。


――いくら執念深くても、あれだけで人を攫う? 

ここはお城だから、権力者を動かして攫っている。


――なんでメルがこんなに権力を持っているの? 

わからない。けど、そもそも、オスはメルの顔色を窺っているような気がする。


――強いから? 

それだけじゃ、あのプライドの高いオスが顔色を窺うわけがない。


――オスだけの火力では虫と戦えないから? 

囮役しかできないから?


伺う理由はわからない。でも、バーツがあの役をやるかもしれないなんて、絶対に、受け入れられない。


――なら、この聴聞会はチャンス。


 


私は、着いた扉の前で目を閉じた。


――落ち着いて。大丈夫。やれる。


バーツ。あなたの愛が、私に勇気をくれる。私は……私の戦いをしてみるね、バーツ。


 


通されたのは広い部屋。円卓のようにテーブルと椅子が置かれていて、すでに六名が座っている。開いている一席に座るよう促された。部屋の中に兵士はいなくて、本当に六名と私だけだった。


――裁判のように立たされるのかと思っていた。


同等に見える席に、安心していく自分を感じる。


「聴聞会を始める。落ち人よ、まず答えよ。なぜ狼と行動を共にしていた。女神の指示か?」


深く息を吸い、意識的に目を閉じて、数回呼吸を整える。


――落ち着いて。大丈夫、やれる。


「私の名前はルルです。まず、あなた方が誰なのか。なぜ私を攫ったのか。そして、質問に答える義務があるのかを教えていただきたいです」

「落ち人よ、答えよ」


青いフード付きコートの人物がそう言った。今日はフードを下ろし、顔を見せている。深い皺と白髪、細身の体つきからしてかなりの年配らしい。座っていてコートも着ているせいか背丈はわかりにくいが、バーツよりは小さそうだ。


――え、耳が顔の横にある? どういうこと?


「まぁまぁ、猿の長老よ。我々は文化人だ。名乗り、会話を重ねることは女神が認めたこと。我ら六種族の特権だ。ならば実行すべきだろう?」


口を挟んだのは黄色いフードの人物。銀色の毛皮と頭の上の尖った耳――狼だ。体格はバーツと同じくらい、ナイスミドルな渋めのかっこいい男性だった。


「……わかった。落ち人よ、私は猿族の長老サマルだ」

「狼族の長老、カミールだ」

「虎族、トークルだ」

「ワイ、兎族のギュークっちゅうもんや! 覚えときや〜」

「わしは~くま族のヒ~アじゃぁ」

「ワタクシは狐族、ネヒルと申します」


衝撃で、他の長老を観察する余裕すらなくなる。


狼、熊、虎、狐、兎……そして猿!


――バーツ、猿いるじゃない!


驚きは一瞬だった。けど……今は、それどころじゃない。軽く深呼吸をする。


猿族の長老が口を開いた。


「攫ったというが、そうではない。我が群れのメスを保護したのだ」

「それは意見が分かれている。狼族は反対だった。攫ったというのもあながち間違いではない」


狼族の長老が反論するが、猿族の長老は聞かずに続ける。


「この星に関わることだから、答えねばならぬ。なぜ群れに合流せず狼といた?」


問い詰めるような口調だったが、不思議と冷静な自分がいた。


「戦場に落ちたところをバーツが保護してくれたからです。猿族に合流するという決まりは知りません」


――そんなルール知らない。

バーツがいたから、今、ここで生きていられる。冷静なだけじゃない。バーツと過ごした時間が私を強くしている。


「そんなルール、ないのぉ」


熊族長老の口調がベーベさんそっくりで、癒し系? ってベーベさんに感じたのを思い出した。心が少し和んでいく。


「群れに来るのは当然であろう。まぁ戦場に落ちたのであれば、狼にも礼を言わねばな。聴聞会後、群れを案内させる」

「行きません」

「なに? 女神の意思か!?」


猿族長老が顔を引きつらせながら、中腰になる。


――なんで、そんなに怒るの?


「女神には会ったことがありません。行きたくないから行かないと答えました。私はバーツのツガイです。バーツのそばにいます」

「勝手な受果は無効だ。女神の意向でないなら、群れへ帰るのが決まりだ」


――また、決まり決まりって……。


「そんな決まり、あらへんでぇ」


ウーさん!? 五十年後のウーさんがいる! 顔に皺があるくらいの違いしかない。


「落ち人の知識を独占なさろうとは、相も変わらずなお振る舞いですこと」


嘲るような声に視線をやると、蜂蜜色の髪と、女性と言っても通じるくらい綺麗な顔立ちをした狐族の長老だった。


「ツガイを引き離すのは女神の理に反する。全族との戦を望むのが猿族の希望か?」


狼族長老が牙を剥き、低く唸る。


「……落ち人よ、群れには仲間がいる。会ってきたらどうだ」


猿族長老の言葉だけは、圧が少なくなった。でも私は首を振る。


「バーツと相談して決めますし、行くなら一緒に行きます」


猿族長老の顔は険しさを増したが、その場は諦めたみたいだ。私もほっと息をつく。


 


――さあ行こう、私。今しか聞くチャンスはないかもしれない。


胸いっぱいに息を入れてから。


「私から質問があります」


長老たちの視線が集まり、心臓が飛び出そうだ。


「先日、虫との戦いを見ました。こちらでは、オスが囮になるのが普通なのですか? 失礼かもしれませんが、オスを軽んじているような戦い方に見えました。理由を知りたいです」


その瞬間、猿族の長老の体がビクッと反応したけど――私は気づかなかった。


「……好奇心か?」


虎族の長老の声は低く響き、胸が圧迫されるような重みがあった。


――違う! そんな楽な感情じゃない。


あの情景が目に浮かぶ。自然と歯を食いしばり、目には涙が浮かんだ。決意に似た想いが、胸の奥から溢れてくるのを感じる。


「違います。この悲しい毎日を変えるために、何かできることがないか模索したいからです」


「ふむ……」


虎の長老はそう言うと、目を閉じ何かを考え始めた。


 


そして、再び目を開け、ゆっくりと物語を語り始めた。

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