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異世界に落ちたら愛を知った  作者: 青井空


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最後の日

槍を持つ人が増え、怪我も出なくなり、草原の虫がだいぶ減ってきた。今日も草原で虫相手に連携の練習。


終わったら塀の上まで私を迎えに来る。今日はリックさんも一緒だ。二人で草原を見下ろしながら、今日の動きについて確認していた。


「これなら森、行けるな」

「虫も減ったし、明後日ぐらいには」


リックさんは肩をすくめながら、にやっと笑った。


私は二人に挟まれながら、やりとりを何気なく聞いていたけど、「森」という一言に捕らわれる。


森は魔法を操りにくく、メルは行かず戦士だけが入る場所。バーツは爪で戦っていた頃も、ずば抜けて強かったらしく、基本ひとりで森に入っていたみたいだ。メルが「バーツを誘った」理由も、結局のところ、その強さ。


強いから囮になっていないと喜んでいいのか。一人で森で戦うなんて危ないと不安なのか。強いからメルに誘われるんだとやきもちを焼いているのか。


全部混ざって、自分でもわからない。


そんなことを考えていたら、バーツが顔を覗き込んできた。


「ルル。何考えてんだ。変な顔してるぞ」


私は首を振った。何も考えていない、そう言いたかったのに、バーツは抱き上げてキスをしてくれた。


「……そのうち刺されるよ」


リックさんが呆れ顔で言っている。


「羨ましがんな。ルルのほうが大事だ」


にやにやしながら言うバーツ。


――少し気持ちが落ち着いた。ありがとう、バーツ。


 


私はすごく怖かった。知らない場所で、知らない虫と戦う。そんなの、想像するだけで足が竦む。だけど、この世界で知ったことがある。


人が一番怖いと思うもの。それは"知らない"ことだ。事実より想像のほうが十倍怖いと、人は感じる。


だから、私は"知りに行く"。


竦む足というものを初めて体感した。腰が引けるとはこういうことをいうのかと。


けど、私は行く。力が入らずふにゃふにゃな足を物理的に叩いて、私はついていった。もちろん、バーツとは大喧嘩だ。


「あり得ねぇ。連れてかねぇ。絶対にダメだ。俺はイヤだ。イヤだイヤだ」


青い顔してごねるバーツは、私の腕を掴んで離さない。私が竦む自分の足を叱咤して歩こうとしたら、「足を叩くな。いてぇいてぇ」と涙目になって大騒ぎする。


――ん。あれ? これ、喧嘩じゃない?


冷静になってみると、私がいじめているように見えなくもない……。


 


そして今日、ついに森へ向かう初遠出。


砦のすぐ外が草原で、その先が森。バーツ以外は皆、森で戦うのは初めてで、警戒しながら草原を抜けていく。


「……バーツは規格外に強いからな……イテ!」


ジャンさんが隣で呟く。


「そうですね。私たちはメルとは相性が悪いので、いつもこのメンバーで草原の虫相手に戦っていました…………ぐ、はっ」


隣でブルーさんが王子様風の笑顔で教えてくれる。もちろんどきどきなんてしない。バーツが真横から覗いているからね。


「皆、メルが嫌い。俺も嫌い。よくわかんないからぁ…………ギャフン!」


真顔でドンダさんが説明してくれる。


けど……たぶんドンダさんは、メルのことを言えない立場じゃない……。


「奴ら、嫌味しかゆわんねん。聞いていてムカつくわ…………げっ、ちょっ」


ウーさんの言葉を聞いて、ドンダさんの嫌いな理由をやっと理解した。


「俺たちはつえぇし、毛並みもいいから、草原でも負けねぇ…………ウガ!」


サムさん、毛並み関係なくない?


私の足にくっつきそうな場所でふらふらしている虎縞の尻尾はすごくかわいい……なんて思っていないよ、バーツ。


 


左隣にバーツがいて、私の様子を警戒しながら見ている。開いている右隣には、私の護衛のため、一人来てくれていた。


――本当に護衛しているのかは、若干疑問だけど。


バーツは顔を歪ませながら「警戒しやがれ。虫が出るぞ」と文句を言っている。でも、誰も聞いていない。皆、前任者を蹴飛ばしては自分の番を確保していたけど、最後はバーツに蹴飛ばされて誰もいなくなった。参加しなかったリックさんが一歩後ろを歩いて、ため息とともに「アホだな」と言っていた。


「ふふふ……あははは」


なんだか、面白い仲間たち。声を出して笑ってしまった。


 


そんな感じの散歩のような雰囲気で草原を抜け……見えた。――これが森か。


 


最初にそれを間近で目にした時、私はただ、口をぽかんと開けて立ち尽くした。


「……でっか」


とにかく木が太い。一本一本が信じられないほど巨大で、幹の太さは八人ぐらいが両手を広げてようやく抱えられそうだ。しかもその一本一本が、ぽつん、ぽつんと立っていて、隣の木までは五十メートル近くはあると思う。幹と幹の間にできた広い空間に、朝の光が静かに差し込んでいた。


「これ……森っていうより、木でできた自然の神殿みたいだね」


ふと、森の匂いがないことに気がつく。どちらかというと荘厳な感じの空気だ。視覚と嗅覚が相まって、思わずそんな感想がこぼれた。


バーツ以外の皆は初森なので、最初こそ物珍しげに木を見上げたり、木の根元で「よいしょっ」と背比べしたりしていたけど、すぐに顔つきが変わった。足音が違う。気配の反響も違う。虫の動きが見えない分、森は草原よりもずっと緊張する。


「ここでやるなら、背中合わせだけじゃ足りないな」

「音の反響、逆に使えねえか」

「この木に登れたら、上から見渡せそうですね……」


その一言一言が、戦い方の工夫へと形を変えていく。警戒を続けながら、皆の話は止まらない。今日は様子見なので戦わずに帰る。だけど、この会話だけで皆は学んでいく。


私は黙ってその声を拾っていた。話に出てくる虫は、カマキリ、蟻、バッタ、そして蜘蛛ばかりだ。


同じ虫ばかりで気になったから、ちょうど目の前にいたジャンさんにコオロギとか、テントウムシとか、いないのかと聞いたら、「てん……?」と本気で眉をひそめていた。全員に聞いたけど、それ以外は見たことがないと言う。


――種類が限られているというのは、たぶん偶然じゃない。それに気がついた瞬間、鳥肌が立った。急に、森が神秘なものから異空間へ変わったような感じがして、ぞわぞわし始めた。


バーツが抱き寄せようとしたけど、腕を抑えて自分で耐える。


――大丈夫。大丈夫。"知らないこと"は怖いことじゃない。大丈夫。


肺の奥まで空気を入れて、ゆっくり吐く。もう一度。もう一度。


森がまた神秘なものに見えるまで、ゆっくりと深呼吸を続けた。


 


その日の夕方、初めてバーツが、営業時間内に酒場へ行くことを許可してくれた。


皆、飲みながら今日のことを話している。


「カマキリは距離取ったら、突っ込んでくるのがクセだな」

「あー。ただ横に回り込んだら、なーんもできねぇよ。あいつら」

「バッタな……とにかく飛ぶんや、でもな、どこに降りるか、なんとなく読める気ぃすんねん」

「蟻は背中向けた瞬間に、めっちゃ追ってくるんだよ。執念深っ」


誰かが言うと、それを聞いた誰かが「じゃあさ、それってこうすれば対処できる?」と乗ってくる。気がつけば、虫の動きを語りながらビールを飲んで、知らず知らずのうちに作戦会議になっていた。


なんだか、それがすごく嬉しかった。


 


一日休んで、休み明けの今日、皆、森へ行く。私はとても不安だった。留守番だからか、不安が拭えない。草原よりずっと危険な気がする。あの静けさが怖い。


バーツに新しい魔法陣を渡す。今度は十枚、ぎりぎり描けた。改良して耐久も少し上げた。反応速度も短縮した。微々たるものだけど。


渡す時、何も言わなくても、彼は私を見て静かにうなずいた。その瞳の奥には「わかった」よりも深い、「任せろ」が見えた気がする。


「自分を守って。みんなを守ってね」


その言葉に、バーツはくっと口角を上げていつもの調子で答えた。


「ああ。俺が傷ついたら、ルルが泣くだろ。それだけは、絶対に見たくねぇ」


その言い方、なんかずるい……大好き、バーツ。


 


じりじりと寝室で待つ私。


「帰った。ルル」


扉が開いた瞬間、思いっきり飛びついて、頭をぐりぐりくっつけて、バーツを感じる。


「くくくっ」


にやにや笑いながら、顔中にキスをしてくれるバーツ。私が少し落ち着いたのを見計らって、抱き上げて外界へ出た。家の前に、皆が笑顔でいた。ぼろぼろの装備だけど、擦り傷ぐらいしか見えない。誰も、大きな怪我はない。


森での戦闘は、慎重に、慎重に、進められたらしい。木の根元を盾にしながらまず敵の動きを見極め、風の音と羽音の違いを聞き分け、遠距離から槍を構える。飛び道具がない敵には距離戦法が一番有効だということも、もう皆わかっていた。


「無事帰ってきたよー」

「今日の蜘蛛は少し足が速かったですが、パターンは一緒でしたね」

「チッ、火ぃ使うまでもなかったな……ルル剣、今日は出番なしだぜ」

「くそ、俺の槍にも名前つけてぇ」


わいわい笑いながら夕食を食べに酒場へ歩いていくその姿に、私は心の底から――安心した。


本当に、無事に帰ってきてくれて、ありがとう。


 


いつものように酒場へ行くために、兎の大きな家を周り、小さな熊の家の裏側に入ったところで――知らないメルが、ぬっと立ちはだかった。その場所は、確かに砦の裏道だ。通行人も少ない。皆が戻ってくるこの時間に、ここに立っているメル。わざとこのタイミングを狙ったんだと、私は一瞬で理解した。


「活躍してるらしいね」


猫のように目を細めて笑うメルは、口元だけで感情をつくり、静かに近づいた。


「だったら僕のチームに入れてあげるよ、バーツ」


その声は甘く、舌に残るようだった。


私がよく考えなかったからいけない。戦士が活躍すれば、メルの活躍が減る。メルの価値が下がることを、指をくわえて待つようなメルじゃない。絹の布が絡みつくように、バーツの腕にしなだれかかる。バーツの眉がわずかに動くが、すぐに腕を振り払うことはなかった。その指先が、再びバーツの腕を這う。


――バーツは唇を噛んだまま。


動かない。何も言わない。何もしない。


……なにも。


――あ。


胸の奥の何かが、ひび割れる音がした。


バーツの沈黙が、ただただ静かに、私の自信を削っていく。あれだけ「俺のツガイだ」と言ってくれたはずなのに。あれだけ、疑うことすらばかばかしいぐらいの愛をくれたはずなのに。けど、身体と心に染み付いた"愛を疑う"癖は、いつまでたってもなくならない。


愛されている。

――うん、わかってる。


でも、怖い。

愛されているから……裏切りがある。いつ、本当はそうじゃなかったと否定されるのか。


乗り越えたはずの傷が、不安という黒いものを生み出していく。


無意識に、私は一歩、後ずさった。


それを見た瞬間。バーツの目の色が変わり、静かに低く、しかし有無を言わさぬ調子で言い放った。


「魔法を使う場所が少なくなったからって、俺たちに縋るな」


バーツはようやく動いた。メルを軽く押しのけ、私の腰を抱き上げる。その腕の力強さに、胸が熱くなる――はずなのに。


なんで。なんで、怒らなかったの。――なんで……私を選んでくれた……んだよね。


胸に刺さった針のように、痛くて、辛くて、耐えられなくて。私はその腕の中からするっと抜け出すと、驚くバーツをよそに走り出した。


「ルル!」


バーツの声が、背後で聞こえる。隙間道を走った。狭い路地を走った。


「この不細工が! 覚えておけよ!」


遠くでメルの怒号が聞こえる。すごく走った気がするけど、たぶん秒でバーツに捕まったんだと思う。腰に腕が巻きついて、進めなくなった。


「いや」


咄嗟に腕を突っ張って、バーツを拒絶してしまった。


今は、嫌なの。

今は、一人にしてほしい。

だけど今、温めてくれないと嫌。

今、優しくしてくれないとダメ。


そういう矛盾した私の心を、私自身が扱いきれなくて、もう色々と嫌で、涙が止まらなかった。私に拒絶されても、押されても、私の腰を腕で巻きつけてくるバーツ。片手で頭をぐしゃっとかきむしりながら、真剣な目でこちらを見て、


「前にも言ったがな。メルは執念深い。だから、自分で去ってくようにさせるしかねぇ」

「でも……」

「俺のメス。俺のツガイ。悲しそうな顔すんな。すまねぇ。思ったとおりに動けなくて……」

「……違う……ごめんね。私が……」

「いや。全部、俺がわりぃ」


二人で、謝りながら、顔中にキスをしながら、家に帰り、ずっと、ずっと、離れずにいた。


離れられなかった。


 






























 


次の日、

俺のツガイが

オレのセカイから


キェタ

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