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異世界に落ちたら愛を知った  作者: 青井空


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22/24

戦場

次のやりたいこともバーツは絶対に反対するはず……と、お願いのタイミングを見つけられずに、日数だけが経過していた。でも、考えていた武器が出来上がってしまった。


今日は、絶対に、言う!


夕食後、膝の上で、胸に顔をくっつけて……次のお願いを口にした。


――戦いを見たい。


「はぁ? 観戦!? ダメだ! ダメだ! オスがうじゃうじゃいる。ぜってぇ行かせねぇ!」


"驚愕"という言葉はこの顔を表すんだ……と現実逃避してしまうくらいに、バーツから反対をもらう。でもここで引くわけにはいかない。「どうしても行きたい」と何度も伝える。バーツの顔は……驚愕から鬼のような顔になって、最後は泣き顔に変わっていった。尻尾をだらんと下げ、まるで世界が終わったみたいな顔だ。


――困った。


「見ないと戦術が練れないの」

「戦術なんてどうだっていい!」


私には唸れないのか、最後は膝から私を下ろすと、壁に向かってヴーヴー唸っていた。尻尾は硬直したように全く動かない。バーツの不安は愛不足。もう私はそれを知っている。だから、私はバーツの手を引いてベッドに行った。


バーツはすぐに何をするのか気がついたらしく、親(ツガイの本能)と息子(全オスの本能)が戦っていたけど、最後はバーツのバーツが勝ったみたいだ。ズボンを降ろすのに、顔は渋々、身体は協力的、尻尾はふりふり。


なんかすごくバーツが可愛い。


バーツはしばらく目を閉じて、

喜び、

悶え、

耐えて、

果てたあと、

ぼそりと呟く。


「……ったく。俺の命も理性も、ぜんぶお前に握られてんだな」





塀の屋上に行く日、隙間道を少しでも覚えたくて頑張った。


隙間道を抜けて、四つの玄関が向き合う場所を左に折れる。尻尾みたいな飾りがついた家の背を通ったあたり――で、今日も諦めた。無理だ。ルールがなさすぎる。あと何回通ったら一人で行けるのかな。目の前に迫った巨大な塀を見上げながら、溜息が出た。


塀の階段に着いて、上り始める。革屋に行くより近い距離だったし、塀を見上げても三十階建てのビル程度に見えたから、自力で登れると思ったんだけど……想定外に階段が多すぎて屋上にたどり着けない。


「はぁはぁはぁ……」

「ったく……しょうがねぇな、もう抱き上げていいか?」


バーツはにやにやしながら、頷いた私にコートを巻きつけ、片手で抱き上げると、時折キスを落としながら登っていく。


――すっごい、ご機嫌だ。


全く息切れもせず、「疲れたか? ん? かわいいなぁ」と、コートでぐるぐる巻きにされて後頭部しか見えていない私に話しかけながら、ぐいぐい上っていく。途中、知り合いらしきオスとすれ違ったんだけど、近寄ろうとしていたらしく、バーツが低く唸って追い払っていた。


――嘘ついた。すっごく、危険だ。


私に近寄られるのは嫌らしい。二人っきりに戻ると、いつもの買い物デートみたいな甘い雰囲気を漂わせ、バーツはご機嫌に屋上まで上っていく。


「ついたぞ」


コートから出してもらうと――空が近かった。ちょっとべったりとした重さがある色だけど、すごく綺麗な純粋な青。音も匂いも何もかも消えて、その青に見入っていた。


どのくらい経ったのか。一瞬だったか、一時間だったか。空に気を取られていた身体に――凄まじい衝撃を感じた。


身体が爆風で飛びそうになって、バーツが抱きしめた。次に来たのが音。脳まで揺れるくらいの爆音。最後に匂い。土と草、そして……血。


ハッと塀の下を見て――私は言葉を失った。


広い草原で、オスたちが走り回って虫を引きつけている。メルの声が響くと、すべてのオスがぱっと引く。次の瞬間、そこに魔法が落ちた。炎とか水とか。まるで地面が爆発したみたいに。時々、巻き込まれたのか動かなくなるオスもいる。でも誰も気にしていないみたいだった。


「ど、ういう……こと?」

「危ない!」

「まだ、倒れてる人がいる、止めて!」


叫んでも、身をよじっても、抱きしめているバーツの腕は力を変えず、無言で私を拘束し続けた。


「バーツ……? 離して……」

「ダメだ。お前は知らない。これが、戦場だ」


無表情な瞳が、事実を私に突きつけてくる。いつも私を守ってくれる温かい緑は光を映さず、私は迷子になった気がした。


目の前では、また魔法が一つ落ちた。オスが一人、爆風で飛んでいく。倒れた時には片腕がなかった。誰も助けにはいかない。皆はバラバラになりそうな虫たちを中央に集めている。「落ちるぞ!」オスの声と同時に火柱が上がる。中規模くらいのキャンプファイヤー並みの炎だ。今度は直接当たったオスはいなかった。またオスが散開して虫を集め……受け止めるには、大きすぎる現実だった。


「……ど、うし、て?」

「ん? お前が聞きたいのは、俺が止めたことか? それとも……戦い方か?」


ゆっくりと大きな手で私を撫でているバーツ。手から「落ち着け」というバーツの声が聞こえるみたいだった。何も言えないでいる私に、温もりを与えるような声で教えてくれる。


「魔法陣に魔力を流し込む速さはな、メルによってばらばらだ。早ぇやつもいりゃ、やたら時間食うやつもいる。だからな、注ぎ終わるまでの時間稼ぎはオスの仕事ってわけだ。敵のど真ん中にわざと飛び込んで、連中の目を引きつける。腕がもげようが、足が砕けようが関係ねぇ。とにかく時間を稼ぐ。それだけが役目だ」


――これが"この世界の当たり前"なんだ。


少しずつ固い地面に水が沁み込むように、事実が私に浸み込んでいく。目の前のぼこぼこになった戦場を見下ろしながら、バーツの言う"現実"を理解していく。


「あぁぁぁぁああ!!」


頭に、心に、染み渡った瞬間、押し寄せたのは"拒絶"だった。


――理解、できない!

おかしい。おかしいでしょ!


この世界の当たり前も、目の前で起こった事実さえ、私は否定していた。


湧き上がる怒りと、取り留めもない悲しみに、弾け飛ぶように涙が出てくる。止められなかった。


叫んで、

叫んで、

叫んで……

涙も声も出なくなった私をバーツは抱き上げて、家に帰るためにゆっくりと階段を降り始めた。バーツは、ときおり「大丈夫だ」と呟いて、小さく背を撫でてくれる。


少ししてから、バーツの腕から下りた。バーツは下ろしたくなかったみたいで、すごく抵抗していた。でも、少し自分の足で歩きたかった。






砦の裏手、細い隙間道に入る直前だった。


「おい、そこの黒い不細工。おい、醜い肉。……お前だよ!」


声をかけてきたのは、さっき戦場で魔法を放っていたメルだった。初めて近くで見るメルは、驚くほど細い。メスと言われても信じてしまいそうなくらい、中性的で綺麗な顔立ちをしていた。


魔法を扱うには魔力が必要で、効率よく蓄えるためにメルたちは昼夜を問わずオスと交わるらしい。細身で中性的なオスが好まれるけれど、ときには強いオスが選ばれることもある――特に急ぎのときには。


だから、バーツに声をかけたんだと思う。前にも声をかけられたことがあると言っていたし。バーツはそれを"まずい"と判断したのか、自然な動きで私を背中に隠し、そのままゆっくりと振り返った。


「さっさとしろよ、デカノロが。今日はお前に抱かせてやるよ。ついてこ……」

「立たん」


誘いを迷惑だと言わんばかりの口調でさえぎりながら答える。


「……は?」

「言ったろ。立たん」


バーツは微動だにしない。メルの誘いにも、表情ひとつ変えずに答えてる。


「僕が誘ってるんだから、くればいいじゃないか。醜くても、今日は許してやるよ」

「お前には立たない」


ぴしゃりと、何の迷いもなく言い切った。するとメルの顔がねじれる。目が笑っていない、歪んだ笑顔で毒を吐き始めた。


「不細工のくせに生意気。ちょっとソロで戦えるからって調子に乗るな。お前みたいな筋肉バカ、魔力回復以外に何の役に立つんだよ」


―—不細工はお前だ!


心の中で思いきり叫んだ。でも言えなかった。バーツがまだ、私を背中から出してくれなかったから。


「立たないものは、立たない」


それだけを言って、一歩も引かないバーツ。やがてメルは舌打ちしながら言い捨てた。


「使えねぇ。筋肉まみれの不細工が」


そして、去っていった。


戦場での衝撃でまだ心が辛いのに、メルの登場で、心と頭の混乱が凄い。


たしかバーツは初め「俺はメルに近づかない」と言っていた。今日のメルを見ると意味がわかる。念のため、帰ってから確認をする。危険回避は重要事項だ。ここは日本じゃない。


「メルはなぁ、執念深ぇんだ。こっちから動くと逆に火がつく。ああいう場合は、去るまでじっと待つってのが一番いい」


ほとほと疲れ果てた様子でいうバーツ。そのあと、何かに気がついたみたいで、切羽詰まった様子で何度も「ついて行ったことなんてない」「俺にはルルだけだ」って、ずっと、ずっと繰り返していた。


今日は厳しい一日だった。疲れて横になりたいという気持ちも大きいけど、ずっと抱きしめて「大丈夫」と言い続けてくれたのはバーツだった。


私ならバーツの前で誰かにあんなことを言われたら、立ち直れないかもしれない。きっとバーツもメルの言葉に傷ついている。彼がしてくれたように、私も彼の心を守りたい。


「私もバーツだけだから一緒だね。私ね、バーツの外見すごく好きだよ。めちゃくちゃかっこいい」


ちょっと恥ずかしかったけど、頑張って思ってることを伝えてみた。私の言葉の意味がすぐには解らなかったんだと思う。バーツの目は、徐々に大きくなっていって、最後は目も口も大きく開いて、固まった……まるで、雷でも落ちたみたいに。


「……マジか。こりゃまた、すげぇツガイを引き当てちまったな……」


バーツも頬を赤くしながら、ぽつりと呟いた。

なんだかよくわからないけど――ただ、すごく温かくて。気づいたら、二人で顔を赤くして、寄り添いあっていた。


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