スキル発動:思創
剣を作ろうと思う。素材は――あれ、だ。
私は今、バーツの膝の上に座り、髪を梳かされていた。
使っているのは、バーツのブラシじゃない。木で作られた櫛。正式名は「女神の櫛」。これを使えるメスは少ないんだと、初めて私の髪を梳いたときはすごくどや顔をしていた。
バーツ曰く、髪を梳く行為は「毛づくろい」という愛情表現らしい。気持ちいいし楽だから私も嬉しい。でも、これをしているバーツは、それ以上にご機嫌になる。
――今がチャンスだ。
「ねぇ、バーツ」
無意識にバーツの膝を撫でながら、お願いをする。
「この間、話してくれた酒場に行き……」
「却下だ」
低く短く、全部言い終わる前に拒否された。振り返ると、バーツの目が鋭く光っている。
「あそこはな、欲の臭いが充満してる。オスどもの溜まり場だ。そんなとこに、てめぇを連れてくかよ」
「冷えてるカップの話をしてたでしょ? あれが見たいの」
「あぁ? あの鉄のカップのことか。なら話が早ぇ。買ってきてやる。今すぐにな。だから酒場には絶対に近づかねぇって誓え」
真顔で誓いを立て、ベッドの上まで自分でいったら、すぐに扉が閉まり、外から少し甘く崩れた声が聞こえた。
「おいルル。おめぇは可愛いんだよ。あんなとこに連れてったら、目線で擦り減っちまうだろ。すぐ戻る。だから大人しく待ってろ。いいな?」
――もぉ。声がエロすぎ。
涙目になりながらベッドの上でじたばたしたあと、食器屋なんてあったっけ?と不思議に気がついた。けど――悩む間もなくバーツが帰宅。早くない? でも、ありがとう、バーツ。
でっか!
異世界仕様だから? めちゃくちゃでかい。私の顔並みだ。底が広い円錐型で、上から見るとぼこぼこした楕円。手に持っても……重い!
「なんでこの形?」
「ん? これはな、女神のお山だ。虫がいて行けねぇからな。これで我慢だ」
「そう……なの」
――この人たち、本当に女神が好きなんだね。
気づけば、口元が勝手に笑っていた。ただ、持っていたカップはずしりと重くて、私はテーブルに置き、上からじっと眺める。
――これが女神の山か。
確かに山って言われたら、上の部分を切り取った山に見えなくもないな。……ん? 鉄? なんだか白っぽくない?
「バーツ、これどうやって冷やすの?」
「ここに指、全部当てて……息、吸って、吐く。ほら……な」
カップ全体に冷却魔法が広がっていく。
――え?
なんでオスの魔力で発動するの?
冷却魔法はランプみたいに単純じゃない。魔法陣を見直してもやっぱりオスの魔力量では発動しないはずだった。
――これは鉄じゃない。
素材が魔法伝導に優れているから、オスの空気中の魔力だけで発動しているんだ。もしかして、これ……
「バーツ、これって鉄? 他に鉄って呼ばれてる素材ある?」
「んー。ねぇな。これが鉄だ」
――これ……。
ミスリルだ。本当の鉄がないから鉄って名前になってるけど……本物の、初めて見たファンタジーだ!
「凄い! 凄いよ、バーツ。本当にありがとう!」
興奮を抑えきれず、バーツの首元に抱きつく。
「お、おぅ」
戸惑いながらも、抱きしめ返してくれる。
だよね、カップ一つでなんで私がここまで興奮しているかわからないよね。でもね、これがあれば、あの構想、実現できる! ただ……そうなると鍛冶屋に行く必要があって……バーツの説得、か。
バーツは大反対した。
「イヤだ、イヤだ、連れてかねぇ」と渋りに渋って、顔をしかめ、低くうなり、最後には口もきかなくなった。説得に体感で一時間――いや、二時間は経ったころ、疲れ果て万策尽きた私に、スッと天啓が下りてきた。
――神様はいた。
困り果てた私は、その天啓――もとい"お告げ"に飛びついた。けど今思えば、あれはどう考えても悪魔からのものだったと思う。私はその日はもちろん、次の日もベッドから出られなかった。しかも……思い起こすと、恥ずかしすぎる。
結果、ようやくたどり着いた鍛冶場。
むせ返る鉄と炭の匂い。火花が散る中、どっしりと構えていたのは、巨大すぎる人だった。
私はバーツにしっかり抱きかかえられたまま紹介されたけど、それでも見上げる。丸く少し奥まった目。小さく丸い鼻。厚めの唇に、ごつごつした顎。そして決め手は、頭の上にある熊の丸い耳。
熊の人だ……。
「べーべ。俺のツガイだ。ルル、なに作りてぇんだ?」
「ルルです。よろしくお願いしま……」
「よろしくはしねぇ。べーべ、俺のツガイをじっと見るな。減る」
「下ろして」「挨拶させて」「イヤだ」「ダメだ」とひと悶着し、最後は抱っこから下ろしてもらった私は、作った説明書を指さしながら仕上がりを説明する。
「……これ。ここの棒のところに刃をつけて、持つところはこんな感じにしたいです。あと重さはこのくらいで、バランスはこの程度。魔石をここに埋めて、素材はあれ。ミスリルのカップを使いたいです」
べーべさんは腕を組み、ふんと鼻を鳴らした。
「や~てみるさぁ」
――え?
ちょっとびっくりした。ごつい見た目とは裏腹に、のんびりした声だ。熊さんは、癒し系かぁ。思わず顔がほんわかした……瞬間、バーツが屈み、私の顔の真横でうっすら眉をひそめ、細い目でじっと見てくる。
――こわ!
背中がぞわっとした。私は「無心・無心・無心」と念仏を唱えながら説明を続ける。
「魔石は取り外せるようにしたいです。魔石を核にして火と水の魔法陣を彫って、切り替えは柄に埋めた板をスライドで」
べーべさんが大口を開けて、のんびり笑った。
「……おもしれぇ。や~てやるぅ!」
ほっと息が漏れた。たぶん、どこかで緊張していたんだと思う。バーツは私の顔色を確かめ、問題ないと判断したみたいだ。依頼が済むと、挨拶もそこそこに私を抱き上げ、鍛冶屋を後にした。
「ベーベさぁぁぁん よろしくーお願いしますー!」
バーツの肩越しにお礼を叫んでみたけど……声、届いたかな?
こうして始まった。
有意識参加者、私だけのプロジェクト――その名も「限界突破」。
依頼してから完成の連絡をもらうまで、八日かかった。
ミスリルはひどく気難しい素材らしく、連絡が来たとき、バーツが「早い」と驚いていた。なんでも、打てば割れ、熱せば逃げる。熟練者でも、カップ一つ作るのに失敗することがあるんだって。
取りに行ったとき、「難しい素材って知らずに、無茶な依頼してすみません」と言ったら、「何度もぉヒビが入って~失敗したよぉ。時間~かかってごめんねぇ」って、べーべさんが苦笑いしながら言っていた。
べーべさんは挨拶が終わると奥に行って、私の身長ほどありそうな布の塊を持ってきた。
「これか……」
バーツがゆっくりと、台の上に置かれた布を外す。
出てきたのは、刀身とガードは白っぽい銀色。でも銀でもプラチナでもない、七色の光沢が見える。片刃で幅は二十センチ以上ある。持ち手は黒の木製。漆塗りをしたような光沢がついていて、握りやすいようにカーブがある。スイッチになる切り替え部分と、魔石を埋め込む部分もあった。刃の部分を除いた全体に魔法陣が刻まれていた。複雑な魔法陣なので、剣全体を使わないと描き切れなかったんだと思う。
「すごい……」
「あぁ……」
美しくて力強い剣に圧倒されて、言葉も出ない。
これを見て、はっきりわかった。この素材で、この世界初の「剣」と漢字の魔法陣。完成したこと自体が奇跡だ。複雑な形と極小の魔法陣が刻まれたミスリルのカップを、三十年叩き続けてきたべーべさんだから作れたんだと思う。
「なまぁえつけるか~?」
「あ? あぁ……"ルル"でいいだろ」
「え……」
「俺のもんだからな」
そう言ってにっと笑った。
バーツは無造作に剣を手に取り、外へ出る。
裏庭の真ん中に立ち、何も言わず、一振り。
――ギンッ!
刃が振るわれた瞬間、赤と青の光が交錯し、水しぶきが弾けた。空気が震え、蒸気が上がる。
バーツはしばらく沈黙していた。
剣を見つめたまま、もう一度ゆっくりと振る。
――ヒュゥ……バチィッ!
細かい火の粉が広がり、刃の周囲が炎を帯びる。熱風が空気を裂き、火が大地を焦がした。
「……なんだこれ」
低く呟いたその声には、驚きよりも警戒と感嘆と、そして少しの興奮が混ざっていた。
「わぁぁ。すごい……想像以上かも!」
私の驚きの声に、バーツは頷きながら戻ってくる。
「あぁ。すげぇな。できすぎてる。こんな棒、見たことも聞いたこともねぇ」
剣の柄を撫でながら、べーべさんに目を向けた。
「おい、べーべ、おめぇ……ホントに、カップしか叩いてなかったのか? この仕上がり、冗談じゃねぇぞ」
べーべさんは腕を組んでうんうんと頷いている。
「ミスリルは~気まぐれでぇね~。でもぉ魔石と組ませて~なんて……初めてだった。ぅん、面白かったよぉ~」
「面白いですむか? この出来が」
「だなぁ。僕も、ぃま見てそ~思ぅ」
べーべさんが、顔をくちゃくちゃにして大笑いしている。
「その剣の苦労したとこ~刻印の深ぁさと距離と線の向きぃ。ぁと、板のスラィドの素材を、魔力に反応しにくぃ木にした。一つのものに~両方入れるのは、初めてだったからな~。刻むぅのがやばかったぁ」
「……こっちは色々と目ん玉ひっくり返りそうだ。ったく……」
バーツはくしゃっと笑って、もう一度剣を空へ振る。
「俺のメスはやべぇな。でも……これで、もっと生きて帰れる」
数日後、私はさらなる作成図を持ち込んだ。
「べーべさん、次はこれをお願いしたいです。槍。先端に貫通用の魔法陣、魔石は固定。柄の重さでバランス取って、魔力を通しやすい素材で」
べーべさんはまん丸の目をさらにまん丸にして笑う。
「やばぃな~。どんどん来るねぇ~! これはぁ……貫通、特化型だねぇ~?」
「うん、何でも突き通す。防御ごとぶち抜く用」
べーべさんはごつい手で図面を撫で、ぽつりと呟く。
「……僕、今までカップだけを叩ぃてきたんだぁ~。こうして"命ぃを守る武器"作ったの、初めてかもしれなぃなぁ~」
バーツが短く鼻を鳴らす。
「カップの延長にしちゃ、完成度がバケモンじみてる」
「へっへ~、そぅ言ってもらぇると、悪くなぃ気分だぁ~」
戦える武器が二つ。バーツは満足げに私に向き直り、小さな声で呟いた。
「ありがとうな。……ほんとに」
ルルが鍛冶屋に行きたいと言い出したときゃ、頭がグラついた。
……ダメだ。絶対に反対だ。
あそこはオスの巣窟だ。酒と汗と欲望が混ざったような場所に、あいつを連れていけるわけがねぇ。
メスの頼みを断るのは、正直、こたえる。けどな、それ以上にきついのは、ルルが他のオスのいる場所に行きたがるって事実だ。
信じてるとか、信用してるとか、そんなもんじゃ片づけられねぇ感情が、胃の奥でぐずぐず燻ってる。それを見せちまったら、俺はもう――ただの、情けねぇオスになっちまう。
だから……だから俺は、睨んで、黙って、背中を向けるしかなかった。
が
お……俺のメスが……"俺"を咥えてる。
ぉお……あ……ぁ……。
マテ、……デル
ぅ……。
ダメダ。
……ルル……ヤメロ!
誰に教わった!!
誰がお前にこんなことを……
ヤメロ。
ペロペロ……は……すんな!
ぁぁ……腰が止まらねぇ。
くそっ!
う……ぅぅ……くっぅ。
出てしまった後のキスは、ルルとのキスとは思えないくらいに、不味かった。
あとで知ったが、ルルの世界では、誰かに教わるわけではなく情報として入るらしい。酒場か? まぁとりあえずよかった。ルルに触ったオスもいなかったし、何より――最高だった。
嫉妬と快楽で、脳と心が焼き切れるかと思ったがな。




