死んでも一緒
昨日買った布が届いたので、今日は一日中裁縫の日になった。本当は寝ている間に作りたいってバーツは言ったけど、一緒がいいって言ったら、嬉しそうに頷いていた。
この世界では、オスは基本的に自分のことは全部自分でする。裁縫だって当たり前で、バーツも迷いなく手を動かしていた。
今日は「危険」だからって、私はテーブルの反対側に座らされている。ナイフを使うから、らしい。なんとなく「危険」の判断は、彼と私の距離でわかるんじゃないかな、と思い始めてきた。
「バーツ、上手」
「メスがやらなくてもいいように、って昔から教わるんだよ」
「私、家庭科でパジャマ縫ったぐらいしか覚えがないんだけど」
「そりゃ上等だ。だがな、おまえはここにいるだけでいい」
バーツがテーブルの向こうから、ナイフを置いて手を伸ばしてくる……けど、ちょっとだけ私に届かない。バーツの顔がむっとしたのがわかった。なんか面白い。私が寝ている間に服を作っている理由もこれかもしれない。ナイフを使っているのに型紙通りで、驚くほど正確だ。あっという間に、必要なパーツを切り出していた。
「そういえば、薪ってどうしてるの? 肉屋しかなかったよね?」
「ん? あるぞ」
作りかけの緑色のAラインワンピースから目を離さないまま、バーツは教えてくれた。
「薪はな、国営で店が出てる。安いが、数に制限がある」
「じゃあ、足りない分は?」
「民営だ。高ぇが、好きなだけ買える」
――数が少ないか、値段が高いか……困った。冬、寒くなったらどうしよう。この世界、東京よりは断然寒くなりそうなんだよね。
何もしていない私は、テーブルに肘をついてぼんやりとバーツの指の動きを見ながら、言われたことを考えていた。
「ルル、おまえは何にも気にすんな。薪なんぞ、俺が取ってきたやつで十分に間に合わせられる。おまえが寒いなんて思う暇もねぇように、俺が全部段取りしてやる」
ちらっと上げた目は、まるで「俺はメスを養えるオスだ」と言わんばかりの、無言の誇示をしていた。
「ありがとう、バーツ」
なんか、むず痒いほど過保護で……それが安心する。けど、養われるだけっていうのも望んでいるわけじゃないし、バーツの仕事の手伝いもただの掃除だってわかったから、そろそろ本当の仕事をしたい。
「ねぇ、バーツ。お金ってどう稼いでるの?」
「おい、金の心配はすんなよ。おまえの分の金は全部貯めてあるからな」
まだ何も言っていないのに、ぱっと顔をあげて怒っている。一応「うん、わかった」と言ったら、たれ目に戻って、また縫い始めた。
「戦士はな、倒した虫の量で金が出る。だから腕一本で生きてるやつばっかだ。……俺もな」
ふと、その横顔に影が落ちた……気がした。その影はすぐに笑みで拭われたけど。
「どうやって、倒したってわかるの?」
「解体屋ってのがいてな、虫を捌いて素材と魔石を取り出す。それを国が回収して、報酬が払われるって仕組みだ。戦いが終わるとこいつを呼ぶ」
「戦える者が、戦いに専念できるように整えた制度ってわけね」
私がそう返すと、バーツはちらっと私を見て、軽く肩をすくめた。
「ま、立派な建前だな。だが、仕組みがあるだけマシってもんだ」
砦の中で、肉も野菜も揃う。ほとんど完全自給自足。だから店には国営と民営があるらしい。国営の店主は国の役人。肉屋の役人……薪屋の役人……。不思議な響きに捕らわれて、バーツの説明を頭半分で聞いていた。
「砦税ってヤツがあってな。ま、俺も義理堅く払ってるさ、きっちりとな」
そう言いながら、私の肩に片腕を回してぐいと引き寄せた。
――え?
いきなり、アップのバーツの顔。そして、唇にちらりとかすめさせて、目元だけで笑っている。いつの間にかワンピースは完成していた。
次はコートの作成だ。少し厚手の布を買っていたのはこのため。最初に用意してくれたコートは、大きくてずっしり重くて、何より可愛くなかった。
「……ルルには重すぎたか、こりゃ」
私が不満げに肩をすくめた瞬間、バーツは小さく唸って渋い顔でぼやいた。
「頑丈で全身が隠せるんだがな……しゃーねぇ。おまえが着れねぇなら意味がねぇ」
そう言いながら、渋々、新しいコートを作ってくれた。黒地に、彼の目の色そっくりな緑の狼の刺繍入りだ。
「……こっちなら、似合うし、軽いからいいな」
少し機嫌をよくしながら刺繍を縫うバーツ。前右腰から裾にかけて一体、後ろ左肩に一体、大きな狼を縫い込んでいく。二体とも鼻にしわを寄せ、唸り声が聞こえてきそうな、牙を向いた狼だった。
愛が欲しかった私だけど、ちょっと想定より大きすぎるバーツの愛に、お腹がくすぐられるような笑いが出てきた。
「似合ってる。背筋がぞくっとするくらいにな」
軽口混じりに、でもどこか真剣な眼差しで言うバーツに、顔が熱くなる。バーツも私が目の前にいて作る服はすごく楽しいのか、始終尻尾が揺れていて、少しできると着替えさせられ、調整して、と、すごいクオリティの洋服を作ってくれた。
仕上げは私だ。コートの内側には魔力漏洩防止の魔法陣と防汚魔法陣を縫い付けた。スカートには防御用の魔法陣も入れた。
ただ、バーツは魔力を生み出せない。服に魔法陣を入れても、溜めるまでに時間がかかりすぎる。だから代わりに、ハンカチに魔法陣を刺繍してみた。丸めて首に巻いてみると、折り目がつかないせいか、ちゃんと発動する。私が魔力を入れておけば、そのまま持って行ける。
「……これはいい。すぐに触れれば命綱になる」
テーブルに置かれたハンカチ。バーツの指が魔法陣をゆっくりなぞっていく。その動きが、戦場の過酷さを物語っていた。
さらに、私の黒布のチョーカーも手作りしてくれた。それに、裏一面使った魔法陣を私が刺繍する。
「これはね――望遠機能を付けたの。五秒じっと見つめると発動」
小学生のころ、夏休みの宿題キッドで望遠鏡を作ったことがある。学校の宿題に感謝する日が来るとは……。
「ほぉ……遠くを見れるのか……革屋しか行かねぇが必要か?」
初めて聞く機能みたいで、「俺のツガイは凄い」と喜んでいる反面、内容的に嫌な感じがするみたいで、顔をしかめながら首をひねっている。さすが野生のカンって思えて笑えた。
イチャイチャを挟みながら作るから、七日もかけて全部できた。全部できた夜、いつものようにバーツに愛をもらってうとうとしていたら、心を直接殴られたような――衝撃を受けた。
外に出る準備として、バーツは色々なことを教えてくれた。国の制度、店や酒場、戦場や獣といった砦外のことまで。そして、生物としての常識――"寿命"についても。
この世界では、寿命が「魔力量」に左右されるという。体内の魔力が多ければ多いほど長く生きられる。てことは、オスは体内に魔力を保持できないから、当然…………短命。
水の中に沈んだように音が遠くなる。胸の奥が黒い靄で覆われて、落ち着かなくなってくるのを感じた。
――けど。
ゆっくりと不安という"感情"が全身を覆っていく中で、今までと違う"何か"が生まれてくるのを感じる。
落ち着け。
そう、頭が言ってくる。
落ち着け、私。
そう、思考が訴えてくる。
そうだ、不安で怖がっていても前には進めない。落ち着け、私。不安がるな。考えろ。
――なにか……変だ。
考えろ、考えろ、私。
ツガイの話は伝承として残っている。「戦いで」オスが先に死ねば、メスは衰弱して死ぬ。――だが、戦以外で先に死ぬ伝承がない。
生物は、空気中の魔力を得ることができる。……そう、教わった。
オスは溜められない。メスは、生み出せて、溜められる。
胸が苦しい。それでも、頭だけは止まらなかった。
魔力――?
メルはオスに抱かれることで回復する。あれも魔力のやりとりか。メスが産むとき、魔力をたくさん使う。あれは子に魔力を渡しているとすれば……
……譲渡?
そんな都合のいいこと、あるわけ……でも。
ツガイ同士は、魔力の質が近くて、交わるとほぼ同じになる。魔力が行き来するのでは? だから伝承に「戦い以外で」オスが先に亡くなるものがいない――
いや、違う。そんな単純な話じゃない……はずだ。
「ルル」
名前を呼ばれ、我に返る。バーツが私の顔を覗き込んでいた。
「考えすぎるな。俺は、ちゃんと生きてる。な?」
その言葉が、深く、静かに響いた。
「……うん」
私は微笑んで目を細めた。
「離れないよ。私はあなたのツガイだから」
「……ったく、泣かせるなよ。いいメスめ」
小さく笑って、彼は私の頭を撫でてきた。その手のひらは、やさしくて、あたたかかった。
……俺のルルだ。
――だから、ただ…どこまでも
一緒にいりゃ、それでいい




