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異世界に落ちたら愛を知った  作者: 青井空


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18/23

死んでも一緒

昨日買った布が届いたので、今日は一日中裁縫の日になった。本当は寝ている間に作りたいってバーツは言ったけど、一緒がいいって言ったら、嬉しそうに頷いていた。


この世界では、オスは基本的に自分のことは全部自分でする。裁縫だって当たり前で、バーツも迷いなく手を動かしていた。


今日は「危険」だからって、私はテーブルの反対側に座らされている。ナイフを使うから、らしい。なんとなく「危険」の判断は、彼と私の距離でわかるんじゃないかな、と思い始めてきた。


「バーツ、上手」

「メスがやらなくてもいいように、って昔から教わるんだよ」

「私、家庭科でパジャマ縫ったぐらいしか覚えがないんだけど」

「そりゃ上等だ。だがな、おまえはここにいるだけでいい」


バーツがテーブルの向こうから、ナイフを置いて手を伸ばしてくる……けど、ちょっとだけ私に届かない。バーツの顔がむっとしたのがわかった。なんか面白い。私が寝ている間に服を作っている理由もこれかもしれない。ナイフを使っているのに型紙通りで、驚くほど正確だ。あっという間に、必要なパーツを切り出していた。


「そういえば、薪ってどうしてるの? 肉屋しかなかったよね?」

「ん? あるぞ」


作りかけの緑色のAラインワンピースから目を離さないまま、バーツは教えてくれた。


「薪はな、国営で店が出てる。安いが、数に制限がある」

「じゃあ、足りない分は?」

「民営だ。高ぇが、好きなだけ買える」


――数が少ないか、値段が高いか……困った。冬、寒くなったらどうしよう。この世界、東京よりは断然寒くなりそうなんだよね。


何もしていない私は、テーブルに肘をついてぼんやりとバーツの指の動きを見ながら、言われたことを考えていた。


「ルル、おまえは何にも気にすんな。薪なんぞ、俺が取ってきたやつで十分に間に合わせられる。おまえが寒いなんて思う暇もねぇように、俺が全部段取りしてやる」


ちらっと上げた目は、まるで「俺はメスを養えるオスだ」と言わんばかりの、無言の誇示をしていた。


「ありがとう、バーツ」


なんか、むず痒いほど過保護で……それが安心する。けど、養われるだけっていうのも望んでいるわけじゃないし、バーツの仕事の手伝いもただの掃除だってわかったから、そろそろ本当の仕事をしたい。


「ねぇ、バーツ。お金ってどう稼いでるの?」

「おい、金の心配はすんなよ。おまえの分の金は全部貯めてあるからな」


まだ何も言っていないのに、ぱっと顔をあげて怒っている。一応「うん、わかった」と言ったら、たれ目に戻って、また縫い始めた。


「戦士はな、倒した虫の量で金が出る。だから腕一本で生きてるやつばっかだ。……俺もな」


ふと、その横顔に影が落ちた……気がした。その影はすぐに笑みで拭われたけど。


「どうやって、倒したってわかるの?」

「解体屋ってのがいてな、虫を捌いて素材と魔石を取り出す。それを国が回収して、報酬が払われるって仕組みだ。戦いが終わるとこいつを呼ぶ」

「戦える者が、戦いに専念できるように整えた制度ってわけね」


私がそう返すと、バーツはちらっと私を見て、軽く肩をすくめた。


「ま、立派な建前だな。だが、仕組みがあるだけマシってもんだ」


砦の中で、肉も野菜も揃う。ほとんど完全自給自足。だから店には国営と民営があるらしい。国営の店主は国の役人。肉屋の役人……薪屋の役人……。不思議な響きに捕らわれて、バーツの説明を頭半分で聞いていた。


「砦税ってヤツがあってな。ま、俺も義理堅く払ってるさ、きっちりとな」


そう言いながら、私の肩に片腕を回してぐいと引き寄せた。


――え?


いきなり、アップのバーツの顔。そして、唇にちらりとかすめさせて、目元だけで笑っている。いつの間にかワンピースは完成していた。


 


次はコートの作成だ。少し厚手の布を買っていたのはこのため。最初に用意してくれたコートは、大きくてずっしり重くて、何より可愛くなかった。


「……ルルには重すぎたか、こりゃ」


私が不満げに肩をすくめた瞬間、バーツは小さく唸って渋い顔でぼやいた。


「頑丈で全身が隠せるんだがな……しゃーねぇ。おまえが着れねぇなら意味がねぇ」


そう言いながら、渋々、新しいコートを作ってくれた。黒地に、彼の目の色そっくりな緑の狼の刺繍入りだ。


「……こっちなら、似合うし、軽いからいいな」


少し機嫌をよくしながら刺繍を縫うバーツ。前右腰から裾にかけて一体、後ろ左肩に一体、大きな狼を縫い込んでいく。二体とも鼻にしわを寄せ、唸り声が聞こえてきそうな、牙を向いた狼だった。


愛が欲しかった私だけど、ちょっと想定より大きすぎるバーツの愛に、お腹がくすぐられるような笑いが出てきた。


「似合ってる。背筋がぞくっとするくらいにな」


軽口混じりに、でもどこか真剣な眼差しで言うバーツに、顔が熱くなる。バーツも私が目の前にいて作る服はすごく楽しいのか、始終尻尾が揺れていて、少しできると着替えさせられ、調整して、と、すごいクオリティの洋服を作ってくれた。


仕上げは私だ。コートの内側には魔力漏洩防止の魔法陣と防汚魔法陣を縫い付けた。スカートには防御用の魔法陣も入れた。


ただ、バーツは魔力を生み出せない。服に魔法陣を入れても、溜めるまでに時間がかかりすぎる。だから代わりに、ハンカチに魔法陣を刺繍してみた。丸めて首に巻いてみると、折り目がつかないせいか、ちゃんと発動する。私が魔力を入れておけば、そのまま持って行ける。


「……これはいい。すぐに触れれば命綱になる」


テーブルに置かれたハンカチ。バーツの指が魔法陣をゆっくりなぞっていく。その動きが、戦場の過酷さを物語っていた。


 


さらに、私の黒布のチョーカーも手作りしてくれた。それに、裏一面使った魔法陣を私が刺繍する。


「これはね――望遠機能を付けたの。五秒じっと見つめると発動」


小学生のころ、夏休みの宿題キッドで望遠鏡を作ったことがある。学校の宿題に感謝する日が来るとは……。


「ほぉ……遠くを見れるのか……革屋しか行かねぇが必要か?」


初めて聞く機能みたいで、「俺のツガイは凄い」と喜んでいる反面、内容的に嫌な感じがするみたいで、顔をしかめながら首をひねっている。さすが野生のカンって思えて笑えた。


 


イチャイチャを挟みながら作るから、七日もかけて全部できた。全部できた夜、いつものようにバーツに愛をもらってうとうとしていたら、心を直接殴られたような――衝撃を受けた。


 


外に出る準備として、バーツは色々なことを教えてくれた。国の制度、店や酒場、戦場や獣といった砦外のことまで。そして、生物としての常識――"寿命"についても。


この世界では、寿命が「魔力量」に左右されるという。体内の魔力が多ければ多いほど長く生きられる。てことは、オスは体内に魔力を保持できないから、当然…………短命。


水の中に沈んだように音が遠くなる。胸の奥が黒い靄で覆われて、落ち着かなくなってくるのを感じた。


――けど。


ゆっくりと不安という"感情"が全身を覆っていく中で、今までと違う"何か"が生まれてくるのを感じる。


落ち着け。

そう、頭が言ってくる。


落ち着け、私。

そう、思考が訴えてくる。


そうだ、不安で怖がっていても前には進めない。落ち着け、私。不安がるな。考えろ。


――なにか……変だ。


考えろ、考えろ、私。


ツガイの話は伝承として残っている。「戦いで」オスが先に死ねば、メスは衰弱して死ぬ。――だが、戦以外で先に死ぬ伝承がない。


生物は、空気中の魔力を得ることができる。……そう、教わった。


オスは溜められない。メスは、生み出せて、溜められる。


胸が苦しい。それでも、頭だけは止まらなかった。


魔力――?


メルはオスに抱かれることで回復する。あれも魔力のやりとりか。メスが産むとき、魔力をたくさん使う。あれは子に魔力を渡しているとすれば……


……譲渡?


そんな都合のいいこと、あるわけ……でも。


ツガイ同士は、魔力の質が近くて、交わるとほぼ同じになる。魔力が行き来するのでは? だから伝承に「戦い以外で」オスが先に亡くなるものがいない――


いや、違う。そんな単純な話じゃない……はずだ。


 


「ルル」


名前を呼ばれ、我に返る。バーツが私の顔を覗き込んでいた。


「考えすぎるな。俺は、ちゃんと生きてる。な?」


その言葉が、深く、静かに響いた。


「……うん」


私は微笑んで目を細めた。


()()()()()。私はあなたのツガイだから」

「……ったく、泣かせるなよ。いいメスめ」


小さく笑って、彼は私の頭を撫でてきた。その手のひらは、やさしくて、あたたかかった。


 





















 


……俺のルルだ。

――だから、ただ…()()()()()

    一緒にいりゃ、それでいい

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