結愛
私は彼の頬に、そっと唇を落とした。
たったそれだけの動作なのに、雷が落ちたみたいにバーツは身体を硬直させ、目を見開いて私を見つめた。
「……いまの……おまえ、今……」
無理やり声帯を動かしたような声。目に、火がついたように熱が宿っていく。私の精一杯を、喜んでくれている様子が、私の自信に繋がっていく。
――でも……。
もっと……これだけじゃ、まだ足りない。
私を欲しがる目の中に、様子を伺う色がまだ見えた。たぶん、ゆっくり時間をかければ、きっと信用してもらえる。でも、それじゃ今までと同じだ。”今だ”と、心が叫んでいた。
「好き」
正面から抱きついて、人生で初めて「好き」という言葉を口から出した。声が勝手に震えていた。
その瞬間、今まで一番痛いくらいの抱擁を貰った。
「俺もだ」
同じくらい震える声で、バーツも返してくれた。
温もりが混じり合ったころ、顔が見たくて背中を叩いて腕を緩めてもらう。彼の目をまっすぐに見た。――綺麗な緑の目。優しい柔らかい色に変わっている。
「ルル……ルル…………ルル」
大きな手が私の顔を両側から包む。宝物を確かめるような手つきで、優しく撫でながら、何度も呟いていた。
――あと少し。
そうしたら"今だけ"じゃなく、信じてくれる。
その確信が私を後押しした。彼の頭の後ろに手を回して引き寄せ、唇を重ねる……かすかに。これが私の勇気の精一杯だった。
バーツの瞳が見開かれ、止まった。
「……やべぇ……」
一瞬のあと、彼の腕が隙間なく抱き寄せる。
「すまねぇ……止まれねぇ……ルル……愛してる。クソッ……おまえだけだ……!」
何度も愛を呟きながら、私の温もりを、匂いを、存在を確かめるようにキスをしてくる。頬に、首筋に、額に、彼の熱い唇を感じた。
「……クソッ、もう無理だ。理性が焼けちまいそうだ……」
私を腕から離すこともできず、欲望のままに踏み越えることもできない。そんな葛藤が、声に滲んでいた。
――私も、そう。
この優しい激情が、胸の奥に空いていた穴を、静かに塞いでいく。出そうになる涙を堪えて、私は彼の胸に額を預けて呟く。
「……バーツ、私も……」
「……ルル」
耳元に落ちた声は、すでに濡れていた。感情と欲と愛に、ぐしゃぐしゃに濡れた声だった。
「おまえが……先に触れたんだぞ」
低く、押し殺すような声が喉を揺らす。
「……もう止まれねぇ……責任、取ってもらうからな……ルル」
私の首筋に彼の唇が触れる。その熱が、じんわりと身体の奥まで残った。私はもう、とっくに逃げ道を捨てていた。震える身体も、潤んだ視界も、この人に預けると決めていた。
「……怖くないって言ったら……違うけど……」
私はそっと、彼の髪に指を差し入れた。
「けど……怖くても……バーツがいい」
バーツが顔を上げた。その目の奥が、獣のように光る。けれどそこに、私を脅かす影はなかった。
「おまえってメスは……本当に、どうしようもねぇくらい俺を狂わせる」
彼は私を抱き上げた。次の瞬間、視界が反転して、ベッドの感触が背中に広がる。
「いいか、ルル」
バーツの手が私の脚から腰へと、確かめるように撫でていく。
「今さら逃げようとしても、もう遅ぇぞ」
「……うん」
私は目を閉じた。
心の奥にあった寂しさも怖さも、今は彼の熱に溶かされていく。それがそのまま涙になって、頬を伝った。
「……泣かせたくねぇのに、泣かせてんな、俺」
バーツが微笑んで、キスを落とす。額に。頬に。まぶたに。そして唇に――。
「でも今日だけは……許せ。全部、俺にくれ」
夜は、深く静かに堕ちていった。
体温と吐息が絡まり、何度も名前を呼び合いながら。
彼の熱が私の中に入り込むたびに、心の奥が満たされていく。「愛している」が重ねられるたびに、私の心と彼の心が、しっかりと組み合わさっていくのを感じた。それに応えるように、私も彼の背を強く抱いた。
夜の終わりは見えず、星はとうに消えていた。
これはただの交わりではなく――命を繋ぐような、強い絆の儀式だった。二人の境界はもう曖昧で、どこまでが自分でどこからが彼なのかも、わからなくなっていた。




