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異世界に落ちたら愛を知った  作者: 青井空


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13/25

彼の渇望と私の成長

決意したなら行動あるのみ――と、誰か偉い人が言っていた気がする。でも、バーツはきっと心配するからタイミングを見て、外界に出る話をするつもり。


 


今夜も、恒例のブラッシングをする。


バーツはベッドに腰を下ろして尻尾だけを無造作に垂らしていて、隣に座った私は、足元に落ちてきた尻尾をブラシで梳く。夜は少し肌寒いけど、バーツの尻尾はふさふさで膝掛けより大きくて、触れているだけで温かい。私の手の動きに合わせて、尻尾がわずかに揺れる。振り返りもしないその背中は、リラックスしているのがわかった。


――今だ。




 


「ねぇ、バーツ。私、外界に出たい」


その言葉を口にした瞬間、部屋の空気がぴたりと止まった。目の前の背中が強張る。ゆっくり振り返った彼の顔は、血の気が引いて固まっていた。目を合わせようとせず、呟くように呼ぶ。


「……ルル」


ひしゃげた声だった。


「愛してる。命張れるくらい、本気だ。俺には……お前しかいねぇ。ずっとだ。……ずっと、待ってた」


叫ぶように続いた声は、悲痛そのものだった。


「出したくねぇ。取られたくねぇ。無理だ……無理、嫌だっ……!」


私を抱きしめようと伸ばした手が、途中で止まり、そのまま自分の顔を隠す。向けられた背中はかすかに震えていて、私は目を離せなかった。


バーツに好かれているとわかっていた。でも、それがこんなふうに、命を削るような覚悟だったとは、わかっていなかった。あの熱い笑顔の裏に、こんなにも重たい愛が込められていたなんて。彼の中の何かが、崩れていくのが――見えた。


ただ、「外界に出たい」。それだけの言葉で。


 


私はそっと、彼の背中に手を伸ばした。


 


この世界には"ツガイ"という、特別な繋がりがある。狼族は匂いで見つけるらしい。でも"メル"のように認識できなくなる人もいて、今はツガイに出会える人はほんのわずかなんだって。


バーツは諦めなかったと言っていた。何百回も、何年も、砦中を巡って探したと。


 


『もしかして、どこかに――』

その言葉だけを、握りしめて。


『寒かった。ずっと辛かった。でも……』

『俺のメスが、どこかで泣いてると思ったら、諦められなかった』


そんな想いをして待ち続けて、やっと出会えた私を手放すことが、どれだけの恐怖か。


 


私の手を感じた瞬間、全身をびくりと震わせ、そのまま小刻みに揺れ続けた。「出さねぇ……出さねぇ……」と繰り返す声は、濁って怯えていた。私は小さく息を吐きながら、背中から抱きついた。


「バーツ……」


彼の怖さは、理解できる。だってつい最近までの私だから。

ただ、不思議だった。私は家庭の事情が複雑だったからだが、彼は、そうじゃないと言っていた。


——じゃあ、なんでだろう。


彼は、私が目移りする前提で、こんなにも怯えている。愛を疑ってる。ツガイが「無二の存在」だから——それだけじゃ、足りない気がした。


抱きしめた私の手に、縋るように彼の手が重なる。


「ぁぁ……」


息だけの返事が、怯えの深さを伝えてくる。


――そうか。


頭の中で、あの日のバーツの声が響く。

『魔法が重視されて、"華奢で可愛らしい姿が褒められる"』


華奢で可愛い姿が美しいとされるこの世界では、大きくて筋肉質で男らしい彼は、きっと"選ばれない側"だ。


――だから、こんなにも。


私は握られた手を引いて、バーツの膝の上に向かい合って座った。下から見上げると、彼の目が、怯えで揺れている。


「私……」


私の好みは、目の前にいるような人だ。それに"好き"という気持ちが足されれば、理想そのものだ。


――伝えたい。

自分の気持ちを。………でも。胸の奥で、幼い私が囁く。


『また、見てくれなくなったら?』


不安が湧き出て、身体を覆っていく。


 


――ううん、負けない。


その声に従って逃げる癖は、今、終わりにする。



おでこをバーツの胸にぐりぐりと押しつけて、歯を食いしばる。バーツは辛くても、私を待ち、探し続けてくれた。心の不安は何より辛い。今度は私が頑張る番だ。


彼を失ったら、そのとき泣けばいい。それで心が壊れたら、「この世の終わりだ」と大泣きしてやる。


 


だから――。


 


私は顔を起こして、彼と目を合わせた。


そっと手を伸ばし……


涙で濡れた彼の頬に、静かにキスを落とした。












































ルル 俺の最愛

                捨てないで 

      そばにいて 

  俺を 

            愛して     

     くれ

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