私の決意
バーツが戦いに復帰してから、どれくらい経ったのか正確にはわからない。たぶん一か月くらい。その間に、彼は何度も戦場に行った。
今日は休みの日みたいで、昼ごはんを作ってくれている。と言っても、肉を串に刺して焼くだけだ。それ以外のやり方を見たことがない。火を使うときだけは「危ないから」と傍から遠ざけるバーツ。このときも私はいつものように、石のテーブルのそばに敷かれた革の上に座って、待っていた。
無意識に、彼の動きを目で追いかける。
手には、魔法陣が描かれた紙。薪の前にしゃがみ込む。紙をかざし、何かを呟く。
その一つ一つが、ここからでもはっきりと見えた。
――ボッ。
本当に聞こえたかわからない。でも私の耳は、小さな音を拾った気がした。それと同時に薪に火が移り、赤い光が彼の横で揺れる。
その瞬間だった。
ストンと
決意が
空から
心の底に
落ちた。
理由はわからない。ただ、目の前の光景を見ていただけ。空気が止まったように感じた。
次の瞬間、振り返りながら立ち上がったバーツに、意識が引き戻された。
肉を火に当てたまま、笑いながら籠を片手にこちらへ来る。
「今日は桃だ」
籠に桃が二つ入っているのが見えた。
桃は、簡単には採れない果物らしい。でもバーツは私が桃を好きだと思っているみたいで、いつもこれを採ってくる。以前、違う果物でもいいから危なくないものにしてほしいと言ったことがある。けれど「イヤ、ダメだ。ルルは桃が好きだからな」と言って、聞いてくれなかった。
籠をテーブルに置きながら、バーツが屈んで私の頬に触れてくる。
「うれしい。ありがとう」
バーツと目を合わせながら、お礼を言う。
この世界に来てからずっと感じていた、「私」を歪めるくらいの不安。でも狂わずにいられたのは、バーツがずっと同じ温度で「好き」をくれ続けたからだ。
両手を、バーツの方へ伸ばした。
彼は少し驚いた顔をして、次にとても嬉しそうな笑顔になると、ぎゅっと私を抱きしめた。
「お前からくるなんて、初めてだな」
掠れながら呟いたバーツの声は、いつもより少しだけ低かった。抱きしめてくる腕は痛くなくて、いつも通りの力。いつだって、私に合わせた強さだった。
「……本当に、ありがとう」
彼の首筋に顔を埋めて、清潔なのにどこか重さのある匂いを嗅ぐ。
いつもの匂い。安心を私にくれる匂い。
まだ、怖さと逃げたい気持ちはたくさんある。でも、全部を一人で抱えなくてもいいんだって、何度もこの匂いと温もりが教えてくれた。
――ここで生きていく。「私」として。
元の世界で、二十五年。私は、ちゃんと、精一杯生きた。だから――この世界でも、あと何十年続く人生を、自分の足で立って、精一杯歩いていく。
決意は、声にしなかった。
しなくても、きっとバーツは傍にいてくれると、もうわかっているから。
もう一度バーツの匂いを嗅いで、ぎゅっと抱きしめた。
「バーツ……お肉、焦げちゃうんじゃない?」
耳元で、ゆっくりと教えてあげる。
「ぐっ」
変な音を喉から出して、シブシブ私を離す。離れて見えた顔は、唇を尖らせたいじけ顔だった。可愛い。のそのそと肉のところへ戻るバーツの背中を見て、思う。
――バーツ、私、頑張るね。
この閉塞感に慣れて、何も決めない自分ではいたくない。怖いことも、痛いことも、知らないままじゃなくて、知ったうえで、それでも自分の未来を選ぶ。
自分で、未来を決める。
まずは外を、一目でいいから、自分の目で見て、歩いて、確かめる。それくらいなら、きっとできる。
――バーツ、ありがとう。
屈んで丸くなった背中に、温かい想いが溢れていく。




