エピローグ3 安心……とは?
「ルル。俺の可愛いツガイ。疑ってすまねぇな」
――ふん。
今回は言葉だけじゃ、絶対に許さないから!
怠さいっぱいの身体を、壁に寄りかからせて起き上がる。
ブンブンと振られてる尻尾と、幸せで垂れ落ちた目を見ながら、私のなけなしの力を振り絞って、ジロリとバーツを睨みつけた。
「バーツ」
「ん? どうした。可愛い顔して……ん?」
ドロリとした低い声で返事しながら、顔を寄せてくる。
――甘い!
甘すぎる! 反省なんていうピリッとした空気は微塵も感じない!
「私、起きられないんだよ。ひどすぎるよ」
「そうだよな、ルルはかわいいからなぁ」
――たまに。
バーツの脳みそがおかしくなったんじゃないかと思うときがある。
壁があって、これ以上、仰け反れない身体が、それでも残った隙間を埋めるように後ろに下がるのがわかる。
「そうじゃなくてね!」
ドンドンドン!
ビクッ。
訪問客が来たみたいだ。訪問文化があんまりないから、いきなり扉を連打する大きな音にびっくりした。
「チッ。ルルはここで寝てろ。俺は、やんなきゃいけねぇことができた」
「……バーツ。優しくしてね?」
「ベッドの上でか?」
ニヤァとしたバーツは、したたり落ちるフェロモンが半端じゃなくて困……ううん、そうじゃない!
「違う! 来た人に!」
「ふん。まぁ考えとく」
そういって、扉を戻してバーツは出て行った。本当は私もついて行きたかったけど、立てないんじゃ、しょうがないよね。
不貞腐れた顔して戻ってきたバーツが、私の隣に身を投げ出すと、私のお腹に顔を埋め愚痴り始めた。
「長老たちが呼んでる。ったく、なんでどいつもこいつも、俺たちの行く先々に集まってんだ」
「いつ?」
「明後日だ」
「うーん。バーツ、なんだかわかる?」
「ああ? 知らねぇよ。ルルに何かを泣きつきてぇだけだろ。……チッ。ってことはつまり、また、奴らと一緒になんかすんのか? やってられねぇ」
と言いながら、徐々に私の上に身体を重ね始めた。
――やってられねぇ?
それは……私のセリフ!
「バーツ、しないよ? 私の身体、ボロボロだからね。当分、し・な・い」
耳をつまんで、誤解しないように一文字一句、区切って伝える。
この世の終わりとばかりに縋ってきたけど知らない。自業自得だよ、バーツ。
「よく来たな、二人とも。こっちだ」
ギャラ会議室。にこやかな狼族長老に誘導されて座ると、皆の視線が集まる。
長老といつもの仲間たちが集まってるけど、他は……いないね。メンバーを見たバーツは早速、感が当たったとばかりに、舌打ちをしていた。
――うん。
バーツの言う通りかもしれない。何かあったのかな?
「では、始める」
虎族長老の言葉を待っていた様子で、狼族長老が話始めた。
「ルルちゃん、それがな、女神の巡礼の帰りだ。今回は時間があったからな、ドゥの跡地を訪問したんだが。……ルルちゃんが言う通り、何にもなかった。ドゥに係ることはな」
「せや。あんなん、わしでも初めて見たで」
少し寂しそうにしている狼族長老とは、全く正反対な様子で、兎族長老は立って熱弁を始めた。
「ドゥに関わることはあらへんかったけどな、木に太い糸みたいな草が巻き付いとってな、そこに実ぃが生っとったんや。食えるかどうかはわからへんけど、獣にやったら食うとったさかい、人間でも食えるかもしれへ……」
「ルルに、ドゥへ行けと?」
興奮気味の兎族長老を、バーツが呟くように遮った。
「何でもルル、か……。国の在り方を変えたんじゃなかったのか? それとも、また女神頼みの世の中に逆戻りってわけか」
誰に言うでもない言葉は、会議室の中央で時を止めた。断ち切ったのは横に座ってたリックさんだ。
「そうだ、バーツ。最後は何でもルルちゃんだ」
苦笑しながら、頷いている。
「否定なんてできないな。けどさ、そんなに簡単に知識も経験も追い付かないんだよね。がんばってんだけどさ」
「けっ」
肩を落としたリックさんと、それをわかってても現実に釘を指したバーツ。
決着ついたでいいのかな?
「それで、いつ、見に行くの?」
ぎょっとした顔をしてバーツが私を見てるけど、あれ? 決着ついたでいいんだよね?
「くそっ!」
――行きたくないだけか。
気のせいか、バーツは、キマり始めた目をリックさんに向け、禍々しい空気を出し始めてる。
「バーツ?」
どうしたの?
そんな雰囲気の中、バーツの様子なんて気にもしないで、兎族長老は耳をこっちに傾けて期待した眼差しを向けてきた。
「ルルちゃん、行ってくれんのやな! わしなぁ、あの新しい実ぃ、食べられるっちゅうんやったら、ビルで育てたい思てんねん」
新しい食材に対しての熱意が凄い。テーブル越しに、身を乗り出してきた。
「女神のな、ゴボウはほんま驚いたわ。でもな、あれで体調ようなったやつもおんねん。せやさかい、わしは野菜もっと増やしたいんや」
――やっぱり長老って凄い。
こんなに皆のこと考えてるなんて……。
感動の視線を兎族長老に向けると、横から真っ黒になった空気を感じた。
――ヤバい。
もちろん、学べる私はすかさずバーツの膝の上に座る。危険、危険。
すぐさま、私の身体にがっしりとした腕が巻き付いた。それと同時に、腕の持ち主の空気は爽やかになった気がする。セーフかな?
その後、旅の内容が詰められた。
「俺は女神んとこ、帰るぜ」
「オレも行けないよ、ごめんね」
サムさんは興味がないと言わんばかりに欠伸してるし、ドンダさんはすまなそうにしてるけど、ツガイがいるからしょうがないよね。
それより気になるのがウーさん。
「ウーさん、子供たちはいいの?」
「俺が行かんで、どうすんねん」
確かにウーさんがいてくれたら安心……って、前にもこんなやり取りした気がする。
「うん、そうだね。ありがとう」
ホッコリと暖かくなった心……痛っ!
「バーツ!? 腕、痛いよ」
「俺の可愛いツガイ。兎は要らねぇよな?」
覗き込んできた目は、私の真横まで来ていて、真っ黒で光が無くなっていた。
――もぉ!
何でこんなにヤキモチ焼きなんだろ。
「大好きだよ、バーツ」
でも、これがバーツだし、やっぱり、少しだけ嬉しい気もするから動く隙間なんてないけど、心持ちバーツに身体を押し付けてみた。
「でも、ウーさんは来てほしいし、帰らない!」
もうね、ここまで来たらバーツの行動は嫌でもわかる。家に運び込まれたら困る。絶対に帰らない!って意思表示をするため、前傾姿勢で力一杯テーブルを掴む。
「ルル……」
――ダメ!
耳垂らしてショボくれても騙されない。
そんな攻防を私とバーツがしている間、一緒に来るメンバーも揉めていた。
「リック、ジャン。さすがに三人同時不在は、国にとって問題です。せめて一人残る必要があります」
「そうだね。それは俺も賛成だよ。やっぱり、国防のどっちかは居るべきだよね」
「……リック。あなたって人は。わかりまし……」
「おい待て! 俺は行くぞ! 森は俺の管轄だからな!」
「それは昔の話ですね、ジャン。話し合いなんて出来る問題ではありませんので、教わった『じゃんけん』で決めましょう」
「チッ! ……わかった」
悔しげにリックさんを見たジャンさんは、ブルーさんの前に立つと二人して一緒に声を出す。
「じぁんけーん、ポンポンポンポンポンポン」
「じぁんけーん、ポンポンポンポンポンポン……クソ!!」
目が追いつかず、結果はわからないけど、ジャンさんのリアクションからすると、高速ジャンケンに負けたっぽい。
ジャンさんは頭掻きむしって悔しがってる。
国は大事だからお留守については口出せないけど、仲間の中でも一番と言ってもいいぐらいに、髪の毛……ううん、毛並みは気にしてるジャンさんなのに。ちょっと可哀想だった。
明後日にはドゥに向けて旅立つことになった。話も纏ったみたいだし、ホッとした。
「バーツ、帰りに野菜みたいかも」
「店、行くか?」
そんな会話をしながらバーツと会議室を出ようとしたとき、ボソリと声が聞こえてきた。
「……ウー。わかっとるやろな」
「せやな」
思わず振り返ると、窓から入る夕日を背に、長い影を伸ばす二人の兎族が立っていた。耳をピコピコと小刻みに動かしながら、同時にニッタリと笑うその姿に、お約束の嫌な予感がゾワッと肌を駆け巡った。
――安心……で、いいんだ……よね?
リックめ。
いつもいつもルルの隣に来やがって。
しょぼくれたツラ見せて、ルルを騙しやがる。
……ちっ。鬱陶しい。
あいつが本当にしょぼくれてるわけねぇんだ。
ウーもウーだ。
何人もガキを連れてってやったってのに、まだルルに構う余裕がありやがる。
足りねぇのか?……あと五人ぐらい、連れてくか。
まったく。
どいつもこいつも、忌々しいほど邪魔だ。




