エピローグ2 久しぶりの全員
「さむっ……」
突風の刺すような冷たさに、外界に一歩踏み出した足が止まった。そろそろ本格的に寒い時期になりそうだと実感するのは、この風を感じた時かもしれない。
「ルル。ダメだ。家にいろ」
バーツが心配げに私を抱き込み、家に入ろうとしてくる。
「まって、バーツ。今日は、久しぶりにサムさんも戻ってきてて、全員揃うから絶対行きたい」
無駄だとわかっていても、脚に力を入れて踏ん張った。けど……身体ごと抱き上げられたら意味ない。
「ねぇ、バーツ。行きたい」
「何かあったらどうするんだ」
腕を掴んでゆすって、いやだと訴える。バーツは渋い顔して不安そうにしているけど、このままじゃ、ベッドに逆戻りだ。違う意味で何かある。
「うーん。毎年、もっと寒くなるし、このぐらい大丈夫」
首を振って抵抗したら、やっと下ろしてくれた。心配性なんだから。
久しぶりに行った、えちぎょにゃ・ギャラ支店には、まだ昼間ということもあって店内はまだお客さんは誰もいなく、一番奥の石テーブルでいつものメンバーが飲んでいるだけだった。
薄暗い店内を、いくつか適当に置かれた石テーブルを避けて近づくと、気配で分かってたのかサムさんがこっちを見て笑う。
「よぉ! お二人さん、元気だったか?」
「まぁな」
「サムさんは?」
ランプの下でも光ってる髪の毛や尻尾の毛艶から、洞窟生活でも問題なく栄養が取れているのがわかる。――フッと肩の力が抜けていく。元気そうでよかった。
バーツが、ウーさんにビールとジュースを頼んで、私たちは開いていたサムさんの目の前に席に座った。
「問題ねぇな」
サムさんはビールをグイッと飲むと、ニヤって笑い、目の前にある骨付き肉にガブリと齧りついた。
「うめぇ! 神殿だと木の実ばっかりだからな」
「ビールも、ねぇだろ」
「バーツ、わかってねぇな。ビールなんて俗世の飲みもんはダメだ。神殿の前にはな、聖水がたっぷりある」
鼻の穴を膨らませてドヤるサムさんだが、手にはビールをしっかりと握りしめている。ジッとその手を見つめていると、視線に気がついたのか、「ルルちゃん……」と、内緒話のように話しかけてきた。
「俺はな、女神からできたものだけを食べて身体を綺麗にしている。それが俺の女神への愛だからな。だが、このビールと肉は……まぁあれだ。もう一人の女神用だ! くくくっ!」
凄いご機嫌にビールと肉を消費していくけど……んー。今、屁理屈に私を使ってなかった?
「けっ。勝手にルルを使うな」
「いいじゃねぇか」
――そうだね。
まぁ、いいか。実と聖水だけじゃ、味気ないもんね。
「そういやぁ、ルルちゃん。女神の国の言葉は少し違うだろ。アレ、俺に教えてくんねぇか?」
「うん、いいけど……どれを?」
「一つずつ、順番に教えてほしいが、全部だな」
「サム、まって。それはきっと狐族も立ち会いたがるよ」
「……長老たちもですね……」
想像できたのか、会話に参加してきたリックさんもブルーさんも頭を抱え始めた。
「そりゃ、めんどくせえな」
「でもさ、抜け駆けして、あとでバレた時の方がうるさいと思うよ」
「ですね……書き留めたものに皆で群がっている姿が思い浮かびます」
「……やめてくれ」
――確かに。
紙にしろ、板にしろ、書き留める物はそこまで大きくないはず。そこにぎゅうぎゅうと長老たちが頭を押し付けあって、覗き見ようとしてる姿が目に浮かぶ。そこに狐族も来る……あ、無理……揉める。絶対に揉める。
「ルルちゃん、いい方法が見つかったら連絡するね」
苦い顔してたら、リックさんが、どうするか決めてくれることになった。サムさんも少し不満そうだけど首を縦に振ってる。
しょうがないよ。作戦立てないと、後がカオスになるしね。
一旦話が落ちついて、桃ジュースを飲みながら、皆を眺める。
皆が勝手にしゃべって、ビールを飲んでる。ただそれだけなんだけど、なぜか、そのざわめきが心地よくて、全員いるっていいなぁって、平和で温かい時間に幸せを感じる。
でも、そんな時間もつかの間だった。ゆっくりと耳を立てて会話を聞いてると、まず、ドンダさんの話がおかしいことに気が付く。
――ん?
サムさんの横で、ドンダさんが、蜂蜜はどれだけ戦いにおいて重要なのか、『ジューの蜂蜜』として国を盛り立てるのに使いたいと、隣りのウーさんに熱く語ってた。
「ウー。そう思わない?」
「……どないやろな」
苦い顔してドンダさんを見てるけど、ドンダさんはそれどころじゃないらしい。
「蜂蜜には、心を癒す効果があるんだ! あと疲れも取ってくれる! なら、身体も癒してくれると思うんだよ!」
ごそごそと取り出したのは——蜂蜜。革袋に入ったいつもの蜂蜜だ。
「俺ね。皆には、戦い方ってものがあるって教えてるんだ。皆の戦いの相手は、カマキリでも蜘蛛でもない。虫の中でも最強クラスの蜂だって言ってる」
首を傾げて見てると、ドンダさんはドヤ顔で、手に蜂蜜を乗せていた。
「俺、考えたんだ。こうやって身体に塗ったら……ケガ、治るんじゃない?」
「アホやな」
腕に蜂蜜をぬっていく。もちろん、そんな効果はない。しかも、怪我もない。優しいツーが、濡れた布を持ってきて、ベトベトになったドンダさんの腕を拭いていた。そんな光景を温い目で見ながらウーさんがダメ出しをする。
「戦士になりたがってる熊らに、戦ってる気分にさせたげるんはええことや。けど、蜂蜜薬は売れへんで。ただの蜂蜜やさかいな」
「ダメか……」
――まだ戦士希望の熊さんたちがいるのか。
諦めないなぁ。とほほえましい感じがして笑っていると、チラチラと二人の視線が私に刺さってるのに気がついた。
――え。
またこの問題!? うそでしょ。……何かいい案あったっけ?
うーん。
石でも発射させて、武器にする?
――だめだ。よく考えたら、使うの熊さんだ。無理。
この間、ドンダさんのマネして、季節が一周するぐらいに槍を学んでる熊族の人がいたけど、圧倒的な「センス」不足だってわかった。
二回目の冬でも、遠心力で自分の体勢を崩す。間合いを間違えて突進する。槍なしならいいんじゃないと思ったら、武器がないとビビッて、その辺の物を投げつけるらしい。そして泣きながら道具と蜂蜜を抱えて逃走する。
――え?
あんなに戦いたがってたのに?
と、思うけど、彼らは、自分たちの武器に絶対の自信がある。だから戦いたい、それだけだった。本当にそれだけ。武器を使う側のセンスの重要性なんて、蜂蜜一滴分も考えてないのが熊族だった。
ほかに……。
――あ! あの問題なら……。
前から、どうにかしないといけないと思っていた問題について、ちょうどいいから提案してみる。
「小麦を育てる場所を作って、ウォーターガンで水撒きしたら? 今のままだと普通に撒いたほうが早いから、改造はしないとダメだけど。今、クッキーとかで、自然にとれる小麦だけだと足りないんじゃない?」
「それ! ウォーターガンなら、戦ってる気になるよ!」
すごいいい感じの提案だったらしい。満願の笑みが二つ。
解決法を見つけたと喜ぶドンダさんと……輝くようなウーさんの笑顔だ。あ……やな予感。
「ええな、それ。ドンダ、ガザルの跡地やねんけど、石やら木材やらの岩場への移動があるから、それをうちが引き受けてんねん。跡地、使うか? 使うんなら畑に整備しといたるわ。あと、熊らが安心して仕事できるように、休憩所と、きょおかいも建てたろか? 使用料は……これくらいや」
「蜂蜜、家で二個……これは季節ごと?」
「せや。熊らのためやからな。ドンダの悩みでもあるし。あの広さやったら、ほんまはもっとするんやけど、おまけしといたるわ」
「ウー! ありがと。本当に助かるよ!」
晴れやかな二人の顔つき。
――でも。
ドンダさん、おかしいことに気が付いて! その跡地って、誰のものでもないよ。
こうやって、実質「休憩所と、きょおかい」の使用料が、家二つ分の蜂蜜になった。私もバーツもすっぱい何かを食べた顔になったけど、ごめん、ドンダさん。
私たちはそれについて触れることはなかった。
――だって。
ウーさんは自分にお金をかけない――酒も食事も服も家も。
いま、ウーさんの家に子供たちが三十人ほどいる。全部、養子に迎えたウーさんの子供たち。さらに、昼間は、きょおかいで勉強を教えてるから、更に倍以上の子供がくるんだって。
この間、ウーさんに給食のことを教えたら、調理場を作って、お昼ご飯をその子供たちに食べせるようになった。調理は、車いすとかも用意して、戦士で生活できなくなった人を中心に雇用してるのも知ってる。
だから、私はもう、ウーさんが稼ぐことに否定はしないことにした。心の中の突っ込みだけは、思いっきりするけどね。
「そういえば……」
リックさんが綺麗な笑顔で話しかけてきた。
「ドンダだけじゃないんだよ。実はこっちも困っててね」
「おいリック、ルルを巻き込むんじゃねぇ。国の面倒を見るのは、お前の仕事のはずだ」
バーツが鋭い声で遮ってきた。
「そういうなって。今、ドンダのも相談のっただろ? あの程度でいいからさ」
ニコニコと笑ってバーツを説得にかかるリックさんに、ブルーさんも参戦してきたから、これはバーツが負けるんじゃないかな……。
「バーツ。例の毛皮を持った獣の件ですよ」
「ああ、あれか」
「そうそう、あの獣、小さいから、肉や骨も小さくてね。でも、毛並みは……まぁまぁだったよね」
「リック、ダメですよ。毛皮を使うのは、どのオスも黙ってません」
「なんだそれ?」
「サムは知らないんですね。見たこともない獣がドゥの草原で出たんですよ」
「オスどもが、嫉妬でめった刺しにしたがな」
同じテーブルで、ジャンさんとブルーさんが、そのときの戦いについてサムさんに詳しく説明していた。オスがそうとう殺気立ったらしい。リックさんはあまり気にしないみたいだけど、ジャンさんは毛皮に強い想いがあるみたいで、たまに喉から唸り声が漏れている。
「ルルちゃん、困ったことがこの獣の活用法だよ、どうしたらいい? 今まで目を向けてなかったけど、小麦とか食べるようになって草原に行く機会が増えただろ? そしたら、地面に巣穴を掘って、たくさんいることに気が付いたんだ」
――ネズミかな?
うーん。見ないと全くアイデアが浮かばない。
「実物を見ないと判断できな……」
「おい! ルル!」
それまでリックさんの話を鼻で笑ってたバーツが、いきなりカマキリに囲まれたぐらいの殺気をまき散らしながら立ち上がり、まくし立ててきた。
「毛皮を見たいってどういうことだ! 極上だからか!? 浮気か! そんなことはさせてたまるか! ちくしょう!」
驚いて顔を見ると、バーツのタレ目は釣り上がり、巻き毛の髪の毛は逆だってるように見える。顔色はドス黒く――発狂し始めた。激怒じゃない、発狂。
――バーツ?
どうしたの? なに? なんで?
一瞬のことだった。
驚いて何も考えられずにいる私を、いきなり抱き上げ走り出すバーツ。「ダメだ! オレのだ!」と耳元で聞こえたと同時に呼吸もままならなくなる。
「ルルちゃん!?」「おい! バーツ!」と、焦ったような皆の声が遠くから聞こえたような気がした。
次に呼吸ができたのはベッドの上。そしてバーツに「バーツ以外の毛皮なんて興味がない」って言えたのは……二日目の朝だった。ひどすぎるよ、バーツ。
この一件で、私は、心に誓いを立てた。
今後、二度と、絶対に、何が何でも、毛皮については話さない!
久しぶりに揃ったが、相変わらずこいつらは……ジャマだな。
どいつもこいつも、ルルの気を引きたがる。
特にリック。
お前だ。
ウーの毛皮に隠れてわかんねぇと思ったか?
てめぇのメスを諦めんのは好きにしろ。
人生を国に捧げんのも自由だ。
だがな。
ルルへの想いを一滴でも見せてみろ。
兄弟同様のお前でも……殺るぞ。




