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法律事務所への来客と、オロチ会長の土下座

法律事務所への来客と、オロチ会長の土下座

 ポポロ村の朝は早い。

 緑豊かな畑からは、朝露に濡れた陽薬草の爽やかな香りが風に乗って運ばれてくる。

「キッド様、おはようございます。今朝も麗しい魔力の波長ですね」

「おはよう、アモン。今日も受付よろしくね」

 一階の受付カウンター横で、三つの頭を揃えて優雅に挨拶をしてきた漆黒のケルベロス、アモンの頭を撫でる。

 僕がカウンターを拭いていると、キッチンから極上のコーヒーの香りが漂ってきた。

「おはよう、キッド。ポポロ・コーヒーが入ったわよ。朝食のサンドイッチもできてるわ」

「ありがとう、義母かあさん」

 完璧な黒のパンツスーツを着こなした桜田リベラ――僕の義母さんが、優雅な手つきでコーヒーカップをテーブルに置いた。

 村で採れた新鮮なレ足す(保温効果のあるレタス)と、ピッグシープの厚切りベーコンを挟んだホットサンドだ。サクッとした食感と溢れる肉汁がたまらない。

「う〜ん、おいしい!」

「ふふ、よく噛んで食べなさいね」

 穏やかで平和な朝の食卓。

 しかし、その静寂は、事務所の扉が乱暴に叩かれる音で破られた。

「リベラ先生ぇ! 捕まえてきましたぜ!!」

 バンッ!と扉が開き、ポポロ村の自警団のおじさんたちが、ロープでぐるぐる巻きにされた初老の男を引きずり込んできた。

 派手な昭和のパチンコ店長風スーツは泥だらけで、男は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしている。

 先日、別邸がキュルリンの『厄災迷宮』に飲み込まれた際、僕を置いて一人だけ爆速で逃亡したゴルド商会のトップ、オロチ会長だった。

「ひぃぃぃっ! り、リベラのお嬢ぉぉっ! わしは悪くない! わしはただ、本能に従って逃げただけなんだぎゃ!!」

 床に転がされたオロチ会長は、そのまま見事なジャンピング土下座をキメた。

「あの状況で残っとったら、わしみたいな一般人は秒でミンチになっとったがね! キッド君なら絶対生きて帰れるって、わしは信じとったんよ! ほんとだぎゃ!!」

 必死の命乞いが事務所に響き渡る。

 義母さんはコーヒーカップを静かに置き、ふうっとため息をついた。

 そして、バッグから金製の煙管キセルを取り出し、カチリと火をつける。

 無臭の魔導煙が揺らめき、義母さんの瞳の奥に、氷点下の怒りが灯った。

「……ほう。信じとった、ねえ」

 完璧な標準語から、ドスの効いた岡山弁へのシフトチェンジ。

 事務所の温度が一気に数度下がったような気がした。

「ウチの大事な息子を、あんなわけのわからん地獄の迷宮に置き去りにして、ようそんな寝言が吐けるのう、オロチ会長」

「ひいっ!?」

 ヒールの足音が、カツン、カツンと床を鳴らす。

 オロチ会長は土下座の姿勢のまま、ガタガタと震え上がった。

「キッドが無事じゃったからええようなもんの……もしあの子の身に何かあったら、アンタの会社ごと、この世から消し飛ばしとったところじゃぞ」

「お、お嬢、堪忍してちょうだい! わしはもう、あんたの奴隷同然だがね! な、キッド君! 君からもリベラ先生に口添えして――」

 すがるような視線を向けてくるオロチ会長に、僕は苦笑しながら歩み寄った。

「義母さん、もういいよ。オロチ会長の言う通り、あの場にいても足手まといになるだけだったし。僕なら一人でも大丈夫だったから」

「……キッド。あなたは優しすぎるのよ。こういう大人は、一度甘い顔を見せるとつけ上がるんだから」

 義母さんは煙管をふかしながら、呆れたように僕を見た。

 僕のステータスにある『優しさ A』は、時として悪人を許してしまう甘さに繋がることがある。でも、義母さんが教えてくれた『罪を憎んで人を憎まず』という言葉が、僕の根底にあるのだ。

「オロチ会長。僕は怒ってないから、もう顔を上げてください」

「うおおぉぉん! キッド君は天使だぎゃーっ! 十年前、わしがあんな酷い扱いをしたのに、なんて心の広い子に育ったんだぎゃー!」

 オロチ会長が歓喜の涙を流しながら僕の足元にすがりつこうとした、その時だった。

『グルルル……』

 受付横のアモンが、真ん中の頭を低く下げて唸り声を上げた。

 その鼻先が、ピクリ、ピクリと小刻みに動いている。

「アモン? どうしたの?」

『……キッド様。オロチ氏の心音と魔力の揺らぎから、極めて生臭い【嘘】と【安堵】の匂いがします』

「えっ?」

 アモンの三つの頭が、鋭い眼光でオロチ会長を睨みつけた。

『彼の深層心理を読み解きます。「よっしゃ、チョロいガキだぎゃ。これでわしの隠し財産(ドンガン地下帝国との密輸で得た裏金)がバレずに済んだわい。あの別邸の地下金庫に隠しておいた金貨五千枚、無事でよかったぎゃー」……とのことです』

「な、ななななななっ!?」

 オロチ会長の顔面が、一瞬にして土気色を超えて真っ白になった。

 静寂。

 義母さんが、煙管を持った手をピタリと止めた。

「……ほう。裏金、とな。金貨五千枚、とな」

「ち、違う! アモンの誤探知だぎゃ! わ、わしはそんな大金――」

『左の頭が、彼の冷や汗から確信を捉えました。嘘偽りない事実です』

「アモンンンンッ! お前は犬のくせに有能すぎるんだぎゃーーっ!!」

 義母さんはヒールで、オロチ会長の鼻先スレスレの床をガンッ!と踏み抜いた。

「民法・第七百九条『不法行為による損害賠償』。それから、ウチとの顧問契約の特記事項『隠し財産の全面没収』。……オロチ会長。キッドの優しさに付け込んだ罪は、重いぞ」

「お、お助けぇぇぇぇっ!!」

 結局、オロチ会長の別邸地下に隠されていた金貨五千枚(日本円にして約五千万円相当)は、義母さんの手によって合法的にすべて差し押さえられた。

 その大半は、ポポロ村の復興資金と、近隣の孤児院への寄付に回されることになった。

「残りの資金で、キッドに新しい服と、あの双剣を収める立派な鞘をオーダーメイドしてあげるわ」

「ありがとう、義母さん。でも、こんなに大金、いいの?」

「当然よ。悪党の金は、正しく社会に還元させないとね。これが法を司る者の務めよ」

 ニコリと笑う義母さんは、世界一美しくて、世界一えげつない修羅の弁護士だった。

 ――そして、数日後。

 ポポロ村はいつもの平和を取り戻していたが、外の世界では、確実に一つの『噂』が広がり始めていた。

 ルナミス帝国の帝都、酒場の片隅。

「おい、聞いたか? ゴッドチューブの配信でバズりまくってる、あの少年の話」

「ああ。なんでも、たった一人でSランクの古代兵器をワンパンで消し飛ばして、次元ごと迷宮を切り裂いたらしいじゃねえか」

 レオンハート獣人王国の兵舎。

「あの身のこなし、魔獣の動きを完全に読み切っていた。我が国の最精鋭の人狼族でも、あれほど美しい体術は使えんぞ」

 アバロン魔皇国の執務室。

「光と闇を統べるネフィリム……。ふふっ、これは面白いことになってきた。魔王様が夢中になるのも頷ける」

 彼らはまだ、その少年が『桜田リベラ』という最恐のオカンに育てられた『キッド・ジーニアス』だとは気づいていない。

 だが、『聖魔の双剣使い』という異名だけが、風に乗って大陸中へと広がりつつあった。

「義母さん! 庭の草むしり終わったよ!」

「ありがとう、キッド。おやつにアップルパイを焼いたから、手を洗っていらっしゃい」

 当の僕はといえば、そんな世界中の騒ぎなど知る由もなく。

 今日も今日とて、義母さんの美味しい手作りお菓子と、ポポロ村の平和な日常を満喫しているのだった。

 しかし、その平和な日常に、ゆっくりと、だが確実に『悪意』の足音が近づいていることを、僕たちはまだ知らなかった――。

最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!

第9話、逃亡していたオロチ会長が捕まり、リベラ母さんの恐怖のお説教タイムでした(笑)

キッドの「優しさA」で許されかけたものの、優秀すぎるケルベロス・アモンの前では隠し事は通用しません! 悪党からは合法的にむしり取る、それが桜田法律事務所のスタイルです!

そして、ゴッドチューブの配信をきっかけに、キッドの『聖魔の双剣使い』としての噂が各国に広がり始めました。

平和な日常はいつまで続くのか……不穏な伏線が動き出します。

もし「アモン有能すぎる!」「リベラ母さんえげつないww」「キッドの無自覚な大物感すき!」と少しでも楽しんでいただけましたら、

ページの一番下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、執筆のモチベーションが爆上がりします!

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次回『第10話:忍び寄る悪意と、新入り神ワイズの謀略』

お楽しみに!

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