忍び寄る悪意と、新入り神ワイズの謀略
忍び寄る悪意と、新入り神ワイズの謀略
ポポロ村の午後。
木漏れ日が差し込む桜田リベラ法律事務所の縁側で、僕は柔らかな布を使い、二振りの剣を丁寧に磨いていた。
白銀に輝く、光の神剣『ルクス』。
漆黒の刃を持つ、闇の魔剣『ノワール』。
「……よし、綺麗になったよ」
僕が声をかけると、二振りの剣は嬉しそうに微かな魔力の波動を返し、刀身をキラキラと輝かせた。
オロチ会長から没収した裏金(の一部)で、ドワーフの職人さんに特注の鞘を作ってもらい、普段はそこに納めている。剣たちは僕の『ネフィリム』の魔力と完全に同調していて、まるで意思を持った相棒のようだ。
「キッド、終わったかしら。おやつの時間よ」
「あ、行くよ、義母さん」
リビングに入ると、義母さんが淹れてくれた極上の紅茶と、甘い香りを放つ手作りのアップルパイがテーブルに並んでいた。
受付からやってきたアモンも、自分の専用ボウルに入れられた高級なお肉を嬉しそうに平らげている。
窓の外では、村の子供たちが笑い声を上げながら走り回っている。
平和だ。
鳥籠の中で死を待っていただけの僕が、こんなにも温かい日常を手に入れられたのは、すべて義母さんのおかげだ。
だから僕は、この日常を何よりも大切にしたい。
――だが、その平穏な世界を、上空の『神界』から冷酷な瞳で見下ろしている者がいた。
薄暗いサーバルームのような無機質な部屋。
多数のモニターが壁を埋め尽くす中、一人の男神が、愛用のノートパソコンのキーボードをカタカタと叩いていた。
彼の名前はワイズ。
最近神界に配属されたばかりの、第3種惑星創造神格公務員――通称『炎上神ワイズ』。
「……なるほど。これがルチアナのチャンネルで同接百万を叩き出した、ネフィリムのガキのアーカイブ映像か」
ワイズは、専用のタンブラーに入れたカプチーノを啜りながら、画面に映るキッドの無双劇を冷たい目で見つめていた。
神界の予算は、ゴッドチューブの『PV(再生数)』と『評価率』ですべてが決まる。
ワイズは効率的にPVを稼ぐためなら、下界の人間が何万人死のうが欠片も心を痛めない。彼にとって、人間とは動画を盛り上げるための『使い捨ての駒』でしかないのだ。
「確かに、規格外のステータスだ。……だが、これほどの力を持っていながら、ただの田舎の農村でパイを食って平和に過ごすなど、宝の持ち腐れにも程がある」
ワイズの唇が、歪な三日月型に吊り上がる。
「英雄ってのはな、悲劇を乗り越えて怒り狂う姿が一番『バズる』んだよ。平和主義で戦わない? ならば、戦わざるを得ない状況を作ってやればいいだけのことだ」
ワイズはノートパソコンと同期した『エンジェルすまーとふぉん(課金上限無限)』を操作し、下界の『とある男』へと通信を繋いだ。
『――お呼びでしょうか、ワイズ様。……ふぅ』
画面の向こうに現れたのは、聖なる純白の鎧とミスリルマントに身を包んだ、金髪の『勇者』だった。
容姿は整ったイケメンだが、よく見れば不自然な整形の痕跡があり、身長をごまかすために分厚いシークレットブーツを履いている。彼の手には、ポポロ村特産の高級葉巻『ポポロシガー』が握られていた。
「ゼロス。ポイ捨てはするなと言っているだろう。カメラが回っていない時でも、聖人君子の『勇者』を演じきれ」
『おっと、これは失礼。……で、今回の「ロケ(依頼)」はどこです?』
勇者ゼロス・ディバイン(25歳)。
彼こそが、ワイズと裏で契約を結んでいる『マッチポンプ勇者』だ。
彼はユニークスキル【マネー】を所持しており、神であるワイズから無限に資金(課金)を提供されることで、一時的にステータスを爆発的に引き上げることができる。
だが、その心には勇気も愛も微塵もない。
彼が助けるのは、カメラが回っている時と、ワイズから指示が出た時だけだ。
「次の舞台は、ルナミス帝国と魔皇国の緩衝地帯、『ポポロ村』だ」
ワイズはカプチーノを飲み干し、氷のように冷たい声で指示を下す。
「いいか、ゼロス。まずは裏で雇った盗賊団と魔獣の群れを使い、ポポロ村を襲撃させろ。村人が逃げ惑い、村の半分が焼け落ちて『絶望感』が最高潮に達したタイミングで、お前が颯爽と登場して魔獣を討伐するんだ」
『なるほど、悲劇からの救済。ゴッドチューブのリスナーが大好きな展開ですね。俺の株もまた爆上がりだ』
ゼロスがいやらしい笑みを浮かべる。
「それだけじゃない。その村には、最近話題になっている『ネフィリムのガキ』がいる。あいつの目の前で村を焼き、あいつが怒り狂って力を解放する姿を配信に抜く。俺のチャンネルで独占配信すれば、数億Gのスパチャは確実だ」
『最高ですね。俺の口座への振り込みもお忘れなく。……それじゃ、さっそく「仕込み」に入りますよ』
通信が切れ、ワイズはノートパソコンの画面にポポロ村の地図を映し出した。
「ルチアナのようなお花畑の女神には、真のエンタメは作れない。世界を熱狂させるのは、計算し尽くされた悲劇と、復讐の血だ。……さあ、最高のショー(炎上)を見せてくれよ、ネフィリム」
神界の闇の中で、悪意のシナリオが完成した。
――そして、その日の夕刻。
ポポロ村の平和な風景は、突如として破られることとなる。
「……アモン? どうしたの?」
法律事務所のリビングで、夕食の準備を手伝っていた僕の足元で。
アモンが突然立ち上がり、窓の外に向かって三つの頭を向け、毛を逆立てて低く唸り声を上げた。
『グルルルルッ……!!』
「アモンがこんなに警戒するなんて……」
キッチンから出てきた義母さんが、ピタリと動きを止めた。
僕も、背中に預けていた双剣『ルクス』と『ノワール』が、鞘の中で微かに震え、警告の魔力を放っているのを感じ取った。
『リベラ様、キッド様。……村の西側、深い森の方角から、尋常ではない数の魔獣と、人間の「悪意」の匂いが急接近しています。これは自然発生の群れではありません。何者かに統率された、明確な「襲撃」です』
「……襲撃、じゃと?」
義母さんの表情から温もりが消え、修羅の顔へと切り替わった。
ポポロ村は緩衝地帯であり、ドンガン地下帝国から密輸した重武装の自警団がいる。並の魔獣や盗賊が寄り付くような場所ではない。
それを知った上で、大規模な襲撃を仕掛けてくる者がいるというのか。
「キッド」
「うん。行ってくるよ、義母さん」
僕は着ていたエプロンを外し、背中の双剣をしっかりと結び直した。
相手が誰であろうと関係ない。
僕の、僕たちの帰る場所を、理不尽な暴力で奪わせはしない。
「怪我だけはしないようにね。……アモン、自警団の連中を叩き起こして西門の防衛に当たらせなさい。ウチもすぐに出る」
『承知いたしました、リベラ様』
僕は事務所の扉を開け、ポポロ村の西へと向かって駆け出した。
空は夕暮れから夜へと変わろうとしていたが、西の森の奥からは、不自然な土煙と、魔獣たちの悍ましい咆哮が響き始めていた。
僕の【知恵 A】が告げている。
この襲撃の裏には、薄汚い誰かの『意図』が隠されていると。
「……絶対に、村の畑ひとつ、傷つけさせない」
万能のネフィリムの少年と、神の悪意に操られた偽りの勇者。
避けられない激突の火蓋が、今まさに切って落とされようとしていた。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
ついに登場した新入り神『炎上神ワイズ』と、その手駒である偽りの勇者『ゼロス・ディバイン』!
彼らの企む卑劣な「ヤラセ配信」のために、平和なポポロ村に魔獣の大群が迫ります!
しかし、彼らはまだ気づいていません。ポポロ村には、規格外の万能勇者と、怒らせてはいけない最恐のオカン(リベラ)がいることに……!
次回、村を襲う魔獣の大群に対し、キッドが双剣を抜いて立ち向かいます!
胸糞悪い悪党どもを粉砕する、超絶カタルシス展開をお見逃しなく!
もし「ワイズ許せん!」「ゼロスみたいなクズは早くボコられろ!」「キッド頑張れ!」と少しでも思っていただけましたら、
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次回『第11話:偽りの勇者と、聖魔の双剣』
お楽しみに!




