白のパーカーと、ワンパンの光輝
白のパーカーと、ワンパンの光輝
重厚な黒曜石の扉を押し開けると、そこは地下闘技場のような広大なドーム状の空間だった。
ひんやりとした空気が肌を撫でる。
そして、空間の中央には『それ』が鎮座していた。
『ギ……ギギギ……侵入者、確認。生体反応、ネフィリム。排除対象ニ認定……』
暗闇の中で、不気味な赤い複数の眼光が灯る。
現れたのは、巨大なカブトムシのような漆黒の重装甲ボディに、カマキリの凶悪な大鎌の腕、そして下半身は無数の脚を持つ蜘蛛という、おぞましいキメラだった。
全身から漏れ出す濃密な死の魔力と、機械的な駆動音。
本能が告げている。こいつは、そこら辺の魔獣とは次元が違う。
――同じ頃、神界のコタツ部屋。
ゴッドチューブの配信画面を見ていた世界神ルチアナと魔王ラスティアは、同時にポテトチップスを吹き出した。
「はぁ!? ちょ、ちょっと待って! なんでキュルリンの迷宮に『合成死蟲将軍機』が湧いてるのよ!」
「嘘でしょ……!? あれ、創世記の『神蟲魔大戦』で死蟲王サルバロスが使ってた古代の殺戮兵器じゃない! 完全に災厄指定の規格外よ!」
コメント欄も、先ほどまでの熱狂から一転、パニックと悲鳴に染まっていた。
『アカン! あれはアカンやつや!』
『国が一つ滅ぶレベルの古代兵器だぞ!? なんであんなのが迷宮のボスになってるんだよ!』
『逃げろ少年! 一撃でも喰らったら消し飛ぶぞ!!』
『あーあ、終わった。せっかくの美少年がミンチになる瞬間なんて見たくない……』
神々ですら「逃げろ」と叫ぶ絶望的な状況。
しかし、当の僕はといえば。
「……あー、虫系のキメラか。酸とか毒とか撒き散らしてきそうだな」
僕は自分の着ている服をペラリと捲って確認した。
今日はタローマンで買ったお気に入りの白いパーカーを着ている。義母さんが「キッドは白が似合うわね」と、いい香りの柔軟剤で丁寧に洗ってくれた大切な服だ。
「絶対に、一滴も汚されたくないな」
僕が小さく呟いた瞬間。
『ギシャアアアアッ!!』
合成死蟲将軍機が、咆哮と共に超高速で突進してきた。
巨体からは想像もつかないスピード。さらに、下半身の蜘蛛の器官から、触れたものを一瞬でドロドロに溶かす『溶解粘着糸』が網状に放射される。
僕は静かに息を吸い込み、全身の闘気を限界まで練り上げた。
タンッ、と軽く床を蹴る。
重力を完全に無視したかのように僕の身体は空中へと舞い上がり、迫り来る溶解糸の網目を、体操選手のようなアクロバティックな動きですり抜けた。
『ギッ!?』
「遅いよ」
そのまま空中で身体を捻り、敵の死角へと回り込む。
キメラは即座に反応し、カマキリの巨大な両腕を交差させて僕を真っ二つにしようと迫ってきた。鋼鉄すら豆腐のように切り裂く斬撃の嵐。
――一方、その頃。
迷宮の入り口、崩壊したオロチ別邸の外では、最悪の『修羅』が降臨していた。
「……なるほど。ウチの息子が、あのヘルメット妖精の気まぐれ迷宮に閉じ込められた、と」
「ひぃぃぃ! そ、そうなんだぎゃリベラのお嬢! わしは悪くない! わしは悪くないがね!」
ポポロ村の自警団にロープで縛り上げられたオロチ会長が、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら命乞いをしている。
その目の前には、完璧な黒のパンツスーツに身を包み、金製の煙管を指先に挟んだ桜田リベラが立っていた。
『グルルル……リベラ様。キッド様の匂いと魔力は、完全にこの岩壁の奥から途絶えています。強力な空間結界です』
「……ええ、わかっとるわアモン」
三頭犬のアモンが低く唸る。
リベラは煙管に火をつけ、ふうっと無臭の煙を吐き出した。
その瞳の奥で、氷のように冷たく、そして業火のように激しい怒りが燃え上がっている。
「よりにもよって、ウチの可愛いキッドが……。今日の夕飯のほうれん草とベーコンのキッシュを、あの子がどんだけ楽しみにしとったと思うとるんじゃ」
ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
リベラの全身から、目に見えるほど濃密な殺気と闘気が立ち上る。
彼女は愛用のハンドバッグから分厚い『六法全書』を取り出し、そこに信じられない密度の闘気を練り込み始めた。
「キュルリンじゃろうが、神じゃろうが関係ないわ。ウチの息子の夕飯の時間を邪魔する奴は……このオカンが、物理(六法)で法をねじ伏せたる!!」
――そして、再び迷宮の最深部。
僕は、合成死蟲将軍機の猛烈な連続斬撃を、手足をわずかに動かすだけの最小限の動きで、すべて空振りさせていた。
一切の無駄がない、極限まで研ぎ澄まされた体術。義母さんから叩き込まれた合気道の理合と、僕自身の反射神経が、敵の攻撃をミリ単位で見切っている。
かすることすら許さない。服が汚れるから。
『ガガガガガッ!! エラー! 捕捉不可! 捕捉不可!』
古代兵器のAIがパニックを起こし、機械的な悲鳴を上げる。
僕は回避しながら、右手に魔力を集中させ始めた。
ネフィリムの血。天使族の母から受け継いだ、純粋なる『聖』の魔力。
僕の頭上に黄金の『光輪』が顕現し、空間の穢れた魔力を次々と浄化していく。
「あんまり長引かせると、夕飯が冷めちゃうからね。これで終わらせるよ」
右手の平に、極限まで圧縮された光の球体が生まれ、眩い神気を放ち始めた。
それは、空間そのものを震わせるほどの圧倒的な力。
「『ホーリー・バースト』!!」
カッ……!!
世界から、すべての音が消えた。
僕の右手から放たれたのは、太陽そのものを凝縮したかのような、純白の極太レーザー。
神気と聖属性魔法を完全に融合させた、絶対浄化の光輝砲だ。
『ギ、ギガァァァァァァァァァァッッッ!!!』
圧倒的な光の奔流が、巨大な合成死蟲将軍機を飲み込む。
古代の超合金装甲も、死の魔力も、溶解液も。すべてが絶対的な熱量と浄化の力の前では、紙屑のように蒸発していく。
数秒後。
光が収まったドーム状の空間には、もう虫のキメラの姿は影も形も残っていなかった。
壁の一角が光線の余波でドロドロに溶け落ち、焦げた匂いだけが漂っている。
「……ふぅ。よし、服は汚れてないな。完璧だ」
僕は自分の白いパーカーを確認し、満足げに頷いた。
――チーン。
ゴッドチューブの配信画面の向こう側では。
ルチアナも、ラスティアも。そして数十万人に膨れ上がっていた全次元のリスナーたちも。
誰一人として言葉を発することなく、ぽかんと口を開けて完全にフリーズしていた。
……十秒後。
『ふぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?!?』
『うおおおおおおおお!!!!! なんだ今の火力!!!!!』
『災厄級の古代兵器が、ワンパンで蒸発したぞ!?』
『しかも「夕飯が冷めるから」って理由で!? バケモノだろこの少年!!』
『【魔界の貴公子ルーベンス】から 50,000G のスパチャ!「美しい。あの無駄のない回避と桁違いの魔力制御、芸術的だ」』
『【竜王デューク(ラーメン屋台経営)】から 100,000G のスパチャ!「ワハハハハ! 痛快なり! うちのチャーシュー麺一年分奢ってやるわい!」』
コメント欄が、処理落ち寸前の猛スピードで滝のように流れ、スパチャの雨が画面を埋め尽くした。
「やったぁぁぁっ!! 同接100万突破!! スパチャで月人君のライブの最前列チケットが買えるわーーっ!!」
「ルチアナ、あんたのサーバーが熱持って煙吹いてるわよ! でも回せ回せぇっ!!」
神々が狂乱のお祭り騒ぎを繰り広げている頃。
僕は、ボスが消滅した部屋の中央に、音もなく『あるもの』がせり上がってきたことに気づいた。
それは、大理石でできた荘厳な台座だった。
「……なんだろう、あれ」
台座には、二振りの剣が深々と突き立てられていた。
一つは、白銀に輝く神々しい剣。
もう一つは、漆黒の刃を持つ禍々しい剣。
その二振りの剣を見た瞬間、僕の体内の『光』と『闇』の血が、ドクン、と大きく脈打ったのを感じた。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
古代の殺戮兵器(Sランク)を、「服が汚れるから」という理由でノーダメージ&ワンパンで消し飛ばしたキッド!
ゴッドチューブの同接は100万人を突破し、神界はお祭り騒ぎです!
そして、外ではついにリベラ・オカンが『六法全書』を構えてブチ切れモードに……!(物理でダンジョンを破壊する気満々です)
次回、ついにあの『伝説の二振りの剣』を引き抜きます!
光と闇の究極の力が覚醒する激アツ展開をお見逃しなく!
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次回『第6話:光と闇の神剣』




