母からの手紙と、嘘がバレる日
母からの手紙と、嘘がバレる日
ポポロ村の朝は、いつも活気に満ちている。
村長宅のリビングでは、今日も今日とて、緑色の芋ジャージを着た人魚姫――リーザ・シーラン・リヴァイアサンが、ペットボトルをマイク代わりに握りしめ、奇妙な発声練習に勤しんでいた。
「あー、あー! 本日はお日柄もよく! 五円、五円、御縁、御縁、ハイッ! 絶対無敵のスパチャアイドル、リーザですわ!」
キュッキュッと健康サンダルを鳴らしながら、謎のステップを踏むリーザ。
その隣のデスクでは、新村長のキャルルさんが、山積みの行政書類と格闘しながら深いため息をついていた。
「……ねえリーザちゃん。朝から元気なのはいいけど、少し静かにしてくれない? 村の予算の計算が合わなくて頭が痛いの」
「キャルル、アイドルは朝の発声が命ですのよ! 常に喉を開いておかないと、いつ特大のステージ(お立ち台)のオファーが来ても対応できませんわ!」
「お立ち台って、みかん箱のことだよね……?」
僕――キッド・ジーニアスは、キャルルさんのデスクに温かいハーブティーを置きながら苦笑した。
ポポロ村の用心棒である僕は、最近、キャルルさんの村長業務の護衛や手伝い(という名の雑用)で、この村長宅に入り浸るようになっている。
その時だった。
「バサバサバサッ!!」
開け放たれた窓から、ポポロ村には似つかわしくない、巨大な『海鳥』が飛び込んできたのだ。
「うわっ!? な、なに!?」
驚くキャルルさんをよそに、巨大ペリカンはデスクの上にドサッ、と『何か』を吐き出すと、そのまま器用に窓から飛び去っていった。
デスクの上に残されたのは、一枚の封筒だった。
ただの封筒ではない。深海でしか採れない最高級の『月光真珠』で封がされ、金箔と珊瑚の装飾が施された、恐ろしく豪華で重厚な魔導書簡である。
「な、なんだろこれ……宛名は……『ルナミス帝国No.1アイドル、リーザ・シーラン・リヴァイアサン様』?」
「まぁっ!」
自分の名前を呼ばれたリーザが、ステップを止めて目を輝かせた。
「ついに! ついに私の人気が海を越えて、ファンレターが届きましたのね! しかもこんなに豪華な封筒……きっと大富豪のタニマチに違いありませんわ!」
リーザは鼻息を荒くして書簡をひったくり、恭しく真珠の封を切った。
そして、中に入っていた分厚い羊皮紙の手紙を広げ、得意げな顔で読み始めた。
「ふふん、どれどれ……『愛する娘、リーザへ』。……ん? 母様(お母様)から?」
その瞬間。
リーザの顔から、サーッと血の気が引いた。
「えっ? お母さん? リーザちゃんのお母さんって……海中国家シーランの、リヴァイアサン女王様だよね?」
キャルルさんが尋ねるが、リーザは返事をしない。
彼女のサファイアの瞳は、手紙の文面を追うごとに、どんどん絶望の色に染まっていく。カタカタと、手紙を持つ手が激しく震え始めた。
「り、リーザさん? 大丈夫?」
僕が心配して覗き込むと、リーザは「ひぃっ……!」と小さな悲鳴を上げ、その場にペタンとへたり込んでしまった。
手から滑り落ちた手紙を、キャルルさんが拾い上げて音読する。
「えっと……『愛する娘よ。ルナミス帝国に親善大使として赴いてから数ヶ月。お前からの手紙で、お前がかの地で【トップアイドル】として大成功を収め、数百万のファンを熱狂させ、超高級タワーマンションの最上階で優雅に暮らしていると知り、母は感涙にむせびました』……えっ?」
キャルルさんが、信じられないものを見るような目で、芋ジャージ姿のリーザを見下ろした。
リーザは顔を両手で覆い、ウーパールーパーのように首を激しく横に振っている。
「……続くね。『つきましては、我がシーラン国とルナミス帝国との友好の証、そしてお前の輝かしいステージを視察するため、明日、我が国の【視察団】をポポロ村へ派遣することにしました。将軍シャーク率いる精鋭百名が、お前のVIP待遇のライブを楽しみにしております。母より』」
「…………」
「…………」
静寂。
重すぎる静寂が、村長宅のリビングを支配した。
「……ねえ、リーザちゃん」
キャルルさんの声が、地を這うように低くなった。
「あんた、お母さんに『ルナミスで大成功してる』って、嘘の手紙書いてたの?」
ビクゥッ!! と、リーザの肩が跳ねる。
「う、嘘じゃありませんわ! いつかそうなる予定の『未来予想図』を、少し前倒しでお伝えしただけですの!」
「それを世間では嘘って言うんだよ! トップアイドル!? 超高級タワマン!? 現実はデパートの屋上でテント生活して、タローソンの廃棄弁当を野良犬と奪い合ってた底辺じゃない!!」
キャルルさんの的確すぎるツッコミ(事実)に、リーザは「うわぁぁぁぁぁっ!!」と頭を抱えて床を転げ回り始めた。
「ど、どうしよう! 視察団が明日来るなんて! バレますわ、絶対バレますわぁぁぁっ!」
「……バレたら、どうなるの?」
僕が冷静に尋ねると、リーザは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、僕の足元にすがりついてきた。
「国に連れ戻されて、深海でお見合いさせられますのぉぉっ! お相手は、水深五千メートルに住む、樹齢ならぬ年齢二百歳の『チョウチンアンコウ公爵』ですわ! あんな真っ暗な海底で、頭の提灯だけを見つめて暮らすなんて絶対に嫌ぁぁぁっ! 私は、お立ち台の上でスポットライトを浴びたいんですのぉぉっ!」
想像を絶する深海ブラック婚活事情である。
確かに、アイドルを夢見る十六歳の少女にとって、それは死刑宣告にも等しい絶望だろう。
「キッド様ぁ! キャルルぅ! お願いです、助けてくださいませ!」
ズルザザァァァァッ!!
リーザは、オロチ会長もかくやという見事な『ジャンピング・スライディング土下座』をキメて、床に額を擦りつけた。
「三日! 視察団が滞在する三日間だけでいいんです! 私が『超大物アイドル』だって勘違いさせたまま、接待して帰らせてください! お願いします、このご恩はいつかスパチャで必ずお返ししますからぁぁっ!」
必死に懇願するリーザ。
しかし、キャルルさんは頭を抱えてウサギ耳を垂らした。
「無茶言わないでよ! トップアイドルを偽装するなんて、衣装も、ステージも、取り巻きのスタッフも必要なんだよ? 今のポポロ村に、そんな予算もノウハウもあるわけないじゃない!」
「そうですわよね……ああ、私の人生、終わりましたわ……チョウチンアンコウの餌付け係として余生を過ごします……」
完全に心が折れ、白く燃え尽きた灰のようになるリーザ。
僕も腕を組んで考え込んだ。僕の剣術や魔法で魔獣を倒すことはできても、「アイドルをプロデュースする」というのは完全に専門外だ。
視察団を武力で追い返すわけにもいかないし、これは本当に詰みかもしれない。
――だが、その時。
「……面白い話をしとるじゃないの」
カツン、カツン。
リズミカルなヒールの音と共に、村長宅のドアが開いた。
そこに立っていたのは、完璧な黒のパンツスーツを着こなし、金製の煙管をふかす、我が家の最強のオカン――桜田リベラだった。
「義母さん!」
「リベラ先生!」
義母さんは、左脇に分厚い『六法全書』を抱え、ニヤリと悪魔のように、そして極めて知的に口角を吊り上げた。
「海中国家シーランの視察団……。ポポロ村の村おこしと、新たな外交ルート(資金源)を開拓するには、絶好のカモ……じゃなくて、お客様ね」
「リベラさん……まさか、リーザの偽装作戦に協力してくれるんですか!?」
キャルルさんが驚きの声を上げる。
義母さんは煙管の灰をコンッと落とし、床で白くなっているリーザを見下ろした。
「ええ。ウチが直々に、この泥だらけの野良人魚姫を『宇宙一のトップアイドル』にプロデュースしてあげるわ」
「ほ、本当ですの!?」
リーザがガバッと顔を上げる。
義母さんは、キセルでリーザの鼻先をツンと突き、岡山弁交じりの凄みのある声で告げた。
「ただし。この『桜田芸能プロダクション(仮)』が動く以上、絶対に失敗は許されないわよ。キッド、キャルル。そしてそこの畑で芋を掘ってるポンコツ神共も全員招集しなさい。……村を挙げての、超特大の『偽装接待作戦』を開始するわよ!」
最強のオカンにして、敏腕弁護士。
彼女の恐るべきプロデュース能力(と法的な圧力)によって、ポポロ村はかつてないドタバタ劇の渦へと巻き込まれていくことになるのだった。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
リーザの「見栄っ張りな嘘」が招いた大ピンチ!
故郷からの視察団がやってくることになり、深海での「チョウチンアンコウ公爵(200歳)」とのお見合いという絶望の未来を回避するため、リーザの見事なスライディング土下座が炸裂しました!
そして、この絶望的な状況を「村の資金稼ぎ(外交)のチャンス」と捉え、悪魔の笑みを浮かべるリベラ母さん!
ついに『桜田芸能プロダクション(仮)』が始動します!
キッドやキャルル、さらにはヒモニートの神様たちまで巻き込んだ、前代未聞の「トップアイドル偽装作戦」!
果たして、ポンコツ極貧アイドルは、本物のVIP視察団を騙し通すことができるのか!?
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次回『第4話:桜田芸能プロダクション(仮)始動』
お楽しみに!




